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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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ガイノイド・ナナ誕生

  

  

「あなたはここをコンベンションセンターだって言うけど、何かの展示をしているの?」

「なに?」とナナは素で玲子に首を捻り、

「あ、はい。レイコさん。ここはみなさまがたへ、我が社の製品を見てもらうために展示するプライベートショールームれーす。お気に入りのモノがあれば、ご遠慮なくワらシにお申し出くださぁ~い。それとぉー。ご質問も随時受付中れす。何でも訊いちゃってくらさい。何んだって答えちゃいますからぁ」

 ようやく話が前に進みだした。


 にしても軽い──軽いなぁ。

 本当にここは衛星イクトの裏側に突如現れた謎の建造物の中なのか。

 どこが謎なんだ。アニヲタが集まった、どっかのコミケ会場じゃねえだろうな。


「せやけど。ちゃんと人の名前と顔の認知をしとるがな」

「あ、はい。しとりますよ、ゲイツさん。ワらシの顔認識機能は最新式です。一秒間に九十名の顔を同時に識別れきます」

「無駄な機能だな」

「そんにゃことありましぇんよ。やはり顔を覚えるというのは重要なことで……はて。どちらさまですか?」

「こ、このヤロウ。俺だけ認識できないのかよ!」


「あはは。冗談だよ、ユースケ。ジョークの通じない男性はモテないぜ」


 急いでシロタマを探した。これは絶対にあいつが転送データに何かを混ぜたのに違いない。

 目下のところシロタマはどこへ飛んでいっちまったのか、姿は見えなかった。


「お前、さっきからちょくちょくタメ口になってないか?」

「そぉかぁ?」

「ほら、なってんじゃんか」

「す、すみませんでござる」

「本当に高品位にレベルアップしたのか?」

 ナナはにこやかに頬をもたげ、

「レベル2なら、やっぱこんなもんすよ。あーはっはっはっ」

 明るく笑って俺の肩に小さな手を載せやがった。

「なんだお前!」

 ある意味すげえ。こんな人工生命体はあり得ない。まるで人間だ。



「そやけど。おまはんよう出来てまっけど、ここで一人なんか?」

「あ。早速のご質問ありがとうございまーす」

 ようやくナナはしゅたっと立ち上がり、

「他にも何体か待機してんすがー、いまメンテナンス期間れして、管理者も留守をしていますのれー、起動してるのはワらシひとりなんすよ」

 まだ口調がおかしいが、手首を曲げて可愛らしく肩をすくめる姿にはみたび圧倒された。


 この子や、この建物を作ったのが管理者と呼ばれる種族だという事実が、そのままシロタマやW3Cに繋がること。そして俺たちとはあまりにも違い過ぎる技術水準に息の根を止められる思いがした。


 ──俺と社長はな。


 玲子は何も考えていないのだろうから平然としてる。今だって、ナナを連れて展示品の観覧へと向かって離れて行った。


「それにしても、まさかやな……」

「まさかっすね」

 二人そろって思考が止まってしまい、床に直接座り込んで嘆息するのみだった。




「あの丸い円盤みたいなのは何に使うの?」


 あっちから玲子の弛んだ声が渡って来た。

 こんなとこでハゲオヤジと並んでポカンと口を開けている場合ではない。俺たちには使命がある。藩主にこの状況を説明しなければならない──のだが、どうするよ。


「ほんまやな。どない説明したら信じてもらえるやろか」


 行ってみたら、そこはW3Cを作った連中の商品が展示されたプライベートのショールームでした。面白い物がいっぱい並んでましたよ。って言うのか?

「誰が信じまんねん」

「だよな……」

 会社でもそんな報告したらどやされるぜ。


 いっそのこと、あそこは宇宙人の遺跡で、ピラミッドの中にエイリアンのミイラがずらっと並んでいました。とでも言ったほうが、真実味があるし、気も休まる。


「ほんまやな。イクトの裏には地底人の基地があったって言うたろか。ほんで、見たかったら金を払えって言われたから工面してもらうってのはどないや?」


 お金から離れろよー、社長ぉ。


「そんなウソ即行でばれるだろ。王室の研究機関が乗り込んできたらどうすんだよ」

「金だけもろて逃げたらしまいや」


 ひっでぇーな。


「あほ。冗談にきまっとるやろ! ボケっ」

 あんたの場合、冗談で済まない気がするんだよ。




「あれはー。亜空間通信のパラボラアンテナれす」

「亜空間? パラボラ? なあにそれ?」

 俺たちが一生懸命頭を痛めていると言うのに、あっちからは俺を呆れさせる声が伝わってきた。

 亜空間は知らないにしても、パラボラアンテナぐらいは知っていないと、文明人として恥ずいぜ、玲子。


 ここで思案していても何も始まらんので、ゆるゆると立ち上がり声のするほうへと近寄ることにした。


「この長い杖みたいなのは?」

「あ、はーい。お嬢さま。お目が高い。それは最新式ですよー」

 玲子は『お嬢さま』と言われて確実に引いていた。俺だってそうさ。


「あなたメイド喫茶に行ってたの?」

 近づく俺に玲子が振り返って眉毛の角度を鋭角にし、俺は急いで否定する。

「行ってねえって。田吾から聞いた話だ。それがその子に伝わったのか、あるいはシロタマが何か細工したんだ」

 潜在意識の奥底に眠っていた言葉などに責任取れるか。でもってそれがこの子に伝送されたからって、俺が責められる筋合いは無い。


 だけど玲子は違うようで。

「ほんっと、男って……」

 危険を察知したので、数歩間合いを取る。


「あ、どこに行かれるんれしゅか。こっちにおいでよ、コマンダー」

「俺はお前の友達じゃねえって」

 逃げようとする俺の腕に飛び付いたナナ。すげえ力で引き寄せられた。しかもこの柔らかさ。究極の柔軟性。ロボットってこんなに柔らかくていいのか。おいおい、丸くて盛り上がった胸のブツを腕に押し当てるんじゃねえ。うぉぉ。防護スーツ越しなのに。

 ああ、気色いい。

「なっ───っ!」

 鬼の形相で睨みつける玲子と目が合った。


「ケダモノ!」

 鋭い声と槍みたいな視線で威圧される。

 何で俺の思考がばれるんだろ?

 こいつはテレパスなのか?


「あうぅっ! ちょ、ちょっと、お嬢さん離れてくれる。困るからさぁ」

 ナナを引き剥がそうとするが、この子にはまるで通じない。

「ちょっと離れなさい!」

 玲子が無理矢理引き剥がし、俺の鼻先を勢いよく指で弾いた。

 バチンッと目から火花が散り、猛烈な痛みが襲う。

「いっ、痛ってぇぇぇな! 何すんだよ」

「間抜け。スケベ! ケダモノ! ムッツリ腰抜け! 女たらし! 淫乱野郎! チンチロリンの大馬鹿えっち!」


 どれだけ罵倒する気だ、この世紀末オンナは。


「うるせぇ。鉄の女! 体育馬鹿!」

「色情魔、あほ! 蟲ケラオヤジ! この、おっちょこどっこい!」

「な、何だよ、“おっちょこどっこい”って?」

「あんたみたいな、スケベな『すっとこどっこい』のことよ」


「あーっ! うるせぇ。うるせぇ。うるせぇ! うるせぇー」


 と言い放った途端、世界がぐりんと回転して背中から床にドーン。

「いちちちちち……」

 これが有名な床ドンさ。


 踏み込まれた気配すら察知できない刹那に玲子に投げ飛ばされたのだ。でも防護スーツのおかげでダメージは無い。まさかこんなことを防護するために着込んでいたワケではないのだが、命拾いをしたのは間違いない。


「ちょっと、防護スーツ脱ぎなさい! 正式に相手になってやるわ」

「ばっきゃろー。まだ死にたくねえワ、ばーか」


 罵り合う俺と玲子に挟まり、ナナはキョトン顔。社長はニタニタと笑みを浮かべて顎をしゃくる。

「よう見ときや。これがヒューマノイドの修羅場ちゅう現象や」

「しゅ……ら……ば……」

 とナナが可愛らしい口をもにょもにょさせてた。


「社長、変なことを教えないでください」

 咄嗟に素に戻った玲子が俺を突き飛ばして離れた。俺、後頭部を床にドン。

 マスクを外していたので直接だ。

「あ痛っ! やっぱ床ドンは危険だぜ」


 俺がチンピラオンナに絡まれているあいだ、社長は杖みたいな物の上下を何度もひっくり返して眺めていた。


「それってポータブル型の3D映像器だよ」


 今までどこにいたのかシロタマがやって来てそう告げた。

「なんや。3D映像かいな」

 これだけのアンドロイドを作った種族が手掛けた物なので、よほどすごい物だと思っていたのだろう。3D映像と聞いて、社長は拍子抜けのようだ。


「あのぉぉ。お気に召しましぇんかぁ? お客さん……」

 ナナのトーンが落ちた。悲しげな雰囲気がリアルに伝わって来る。ロボットには不可能な感情表現だ。

 小さな溜め息が漏れ、潤んだ瞳が光る。

 すげぇ。アンドロイドが吐息をして目を潤ませた。あり得ない、こんなの絶対にありえない。


 社長もその感情の変化に驚きを隠せいない様子。かなり動揺していいわけめいたことを言う。

「いやあのな、ナナさん。珍しくないと言っただけやから……別に悪口やないねん」

 ところが少女はなおも消沈した声にトーンダウン。

「でも……このポールから出る光子を空気中のアルゴン原子だけに当てて立体映像を作り出すモノですよ。お客さん、珍しくないんですかぁ?」

「え───っ! そんなことできまんの?」

 社長は目を見開き、口をぱっかりと開けた。


 ハゲオヤジの高揚した声を聞いて、少女はみるみる声を高らかに、口調を明るくさせ、

「あ、は──い! 場所を選ばず空気のあるところなら、どこでも3D映像をお楽しみいただけます。3Dもどきではありませんよ。完全なる3Dです。映像の裏側、表、下から上から、すべての方向からの連続同時再生が可能でーす。すごいでしょ、お客さーん」


「いや、いや、いや。ウソやろ? 空気中に散らばる特定の原子だけに光を当てるんでっせ?」

「はーい。お客さん。商品番号1230番でーす。どこでも3D投影機でーす」


 お前がネコ型ロボットではないのが幸いしたぜ。でないと、この話が炎上するとこだ。


「すっごいモンがおますんやな。世の中広いでぇ」

 社長は信じられない様子で杖状の物を光に掲げ、その前を通過するシロタマを追い払う。

「こら、タマ。見えへんやろ。どけ」

 どけと言われて素直に動くシロタマではない。よけいにウロウロする。


「目ざわりや、どかんかいな」


 血色のいい顔に慈愛を込めたナナが手を伸ばして、シロタマを抱き寄せた。

「管理者製の筐体にしては、珍しいカタチしていますね」

「このボディはW3Cが創ったでしゅ、あんたらとは関係ないでしゅ!」

 素直に手のひらに乗るものの、さっと移動して玲子の肩に着地。


「この建物もそうだけど、あなたとこの子は同じ人が作ったの?」

 肩に球体を乗せた玲子が尋ね、ナナは短い銀髪をふさりと揺らして会釈する。

「はい、お嬢さま。ワタシとアイオー(I/O)インターフェースに互換性がありまぁす。先ほどの神経インターフェースは商品番号3250番のものれす」


 商品番号を連呼されると、驚異のマシンが俗っぽく見えてきて、感激度が三割減になる気がする。


「まだまだたくさんお見せするモノがありまーす。どうぞ奥へお客さん。お嬢さんもどーぞ」

「あのな。ナナくん」

 何か腑に落ちない社長。

「何や気になるんやけどな」


「あ、はい。何でしょうか、お客さん?」


「何で、ワシは“お客さん”で、玲子は“お嬢様”。ほんで裕輔が“コマンダー”とか言う呼び名になってまんの? だいたい、コマンダーってなんやねん?」

 社長が不機嫌な面持ちで尋ねる。そろそろ雲行きが怪しくなってきた。


「あ、はい。ワらシはコマンダーに、お仕えするように作られていまぁーす」

 おおぉ、いいじゃねえか。メイドロボットか。田吾が羨ましがるな。


 社長は気に入らない様子。玲子もだんだん不機嫌になって、

「どうして裕輔なのよ」と喰いつきそう。

「ほんまやデ」社長も荒い口調になってきた。


 だけどナナは平然と答える。

「この中で最も若いオスだからでーす」

「それだけ?」

「あ、はい。それだけですよ。他に何か?」

 おいおい。急に安っぽくなってきたぞ。

「他に理由は無いの?」

「ありましぇーん」

 言語レベルが元に戻ってねえか?


「あほらし……」

 背中を見せた社長に、ナナがすがりつき、

「あのう。外のウィザードを解いて御来場されたんですよね? ちゃんと説明されていたと思うのですが」

「あー。あれな……。あれはシロタマが勝手に解いたんや」

「うっそー」

 あり得ないと言う顔をするナナ。

「うそやおまへん」

「でも、セキュリティを通過しています。ちょっと失礼して調べてきますね」


 ナナは片膝をついて目をつむった。


「なんや。マズイことでもゆうてもうたんかな?」

「きっとインチキして入って来たので追い返されるんだぜ」

「でしょうね。たぶん管理者っていう人にどうしていいか問い合わせてるんだわ」

 それぞれに不安を抱いて、じっと動かなくなってしまった美少女アンドロイドを取り囲んだ。

  

  

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