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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  周回する電波源  

  

  

 それからたったの数分後。玲子が食堂から戻るのと時を同じにして、銀龍は5光年の移動を完了していた。キロメートルに換算して47兆3000億キロメートル。食堂から司令室まで25メートル。後片付けをしていたからと言ったって、たかが25メートルだ。それと経過時間が同じって……。

 せっかく身に沁みた時間と空間の概念がブチ壊れそうだった。


「どないでっか?」

 操縦室に尋ねる社長。


《目標位置まで45万キロ手前で実体化完了して、現在は停止中です。進みますか?》


「せやな。デバッガーの出現に注意して目視領域まで前進してくれまっか」


 それからほとんど間の無い寸刻の(のち)

 無線機の上に載せたフィギュアの白い脚を見つめていた田吾の視線がそこから外れて、ヘッドセットを肩に落としつつ振り返った。


「社長。管理者の周波数帯で何らかの電磁波が飛んでるダ」

「どういうことや?」

「通信波じゃなくて、ノイズみたいな電磁波の輻射を傍受してるダ」


 優衣も白い顎を前後させて、

「こちらでも検知しています。人工的なパルス性の輻射波でとても規則正しい周期で放出しています。通常なら全周波数帯にノイズとなって拡散するのですが、それを管理者が使用する周波数帯に絞って放出するというのが、どうも作為的ですね」


「作為的か……」

 社長は困惑に揺れる眼差しで茜を見た。


「ちょうどエエがな」と膝を打ち、

 すでにメイド服を作業着に着替えて、優衣の横でちょこんと座る茜に目じりを下げた。

「これからのメイドはな、長距離スキャナをこなさなあかん時代や」

 んなわけねよ。


「せやからな、おまはんに初の指令や。発信源が何か長距離スキャナで調べて分析してみなはれ。どーや。できまっか?」


「え? あ、はーい。できますとも」

 社長は孫に買い物でも頼むような口調で(うなが)し、茜は気軽に引き受けると操作コンソール前に座った。


「では、いきますよー」


 穏和な空気に包まれてパネルの操作を始めようかとしたときだ。司令室に水風船野郎が浮遊して来た。さっきまでこいつは格納庫で不気味な実験を繰り返していたのだが、興味がこちらに切り替わったのだろう。


 早速それへと小言めいたことを言う社長。

「タマ。銀龍のパイロットシステムに手を加えて進行方向を自動的に変える件やけどな。なんやそれ?」

「少しでも早く目的地に向かうようなシステムだよ」

「ターゲットは何でんね。今回はネブラと関係なさそうやで」

 不機嫌に尋ねる社長に、報告モードは冷然と告げる。


『現在問題にしているあらゆる事象を考慮した推論エンジンで目的地を決定しています。人間の推測を数千万ネスティングした先に見つけ得る結果を答えとしますので、一見して異なる道筋へ向かうように見えても本筋からブレることはありません』


「あ…………」

 社長は返す言葉を失ったようだ。

「何やて?」

 今の難解な説明を簡単に述べるとだな。

『ウダウダ文句を垂れていないで、猿はだまってついて来い』と言っているに等しい。


「理解不能なら訊かなきゃ、いいにょに……」

 社長に聞こえないようにブチブチ小声で漏らしながら今度は俺の真上を通過。それを見上げる。


「どうだ? 研究中の武器は完成したのか?」


「まぁまぁだね」

「あそ……」

 ロボットからの返答とは思えないほどの人間臭い返しに、俺は肩をすくめる。


 今こいつが夢中なのは例のゴキブリ麻痺ビームだ。今度のはもっと進化したらしく、標的となる生命体の種類を絞ることができるらしい。ようするに、ある生態系をだけを狙って効果を得ることができると言う。例えば、全方向に放射しても魚類だけを麻痺させたり、爬虫類だけをぶっ倒せたりすることが可能だと。でも使い方を間違えると俺たち哺乳類だけが痛い目に遭うことにもなる。とんでもなく迷惑な(ぶつ)なのだ。


 そのうち俺に実験台になれと言ってくるはずだが、そんときは田吾でも推薦(すいせん)してやろう。脂肪と水分の影響がどう現れるか実験すべきだ、とでも主張すれば納得するはずさ。


 茜の指の動きに目を戻す。

 シロタマも分析結果を待って宙で浮遊し、玲子は暇そうにそのプヨプヨした表面を指の先で押していた。


「発信源は個体の物質ですねぇ……」

 茜は柔らかな銀髪をふありとなびかせて、まるで独り言のよう。


 そのまま半面を社長に振り返えらせて続きを報告した。


「一周6キロの円周上を秒速100メートルの速度で旋回してますよ。なぜですかぁ?」


「知りまへんがな」

 そりゃそうだ。謎だって言ってんだろ。


 すぐにシロタマが補足。

『アカネの分析結果に間違いはありません。6キロの円周を1分で周回しています』


「お前はスキャン装置でも内蔵してんのか? なぜ解るんだ?」

「秒速100メートルで6キロ進むんだじぇ。だったら1分だろ。バーカ。計算できねえのかよー」

「くぬっ! なんでお前は俺が質問すると素に戻るんだ!」

「オメエがくだらない質問するからだろ!」


「あー、うるさい!」

 社長は両手で俺とシロタマを引き離すと、空中に浮かぶほうに訊いた。


「ほんで。おまはんは、これを何やと思うんや?」


『この物体は一周するごとに規則正しいパルスを発しています。この事実から推測すると、宇宙船の姿勢コントロール、あるいは何かの位置を表すビーコンの可能性があります』


 報告モードの声はいつもと変わらず冷然とした女性の声で、それがひどく違和感を覚えるのは、悪たれを吐くバカのときとの差が過ぎる二面性のせいだ。なのでついまた突っかかってしまう。


「そこまで分かってんなら、お前が先に答えたらよかったんじゃねえか」


『アカネがここで分析装置をマスターすることは時間規則です。その結果がユイへとつながっていくのです』

「くのっ!」

 クソ生意気なことを言うが、正しい事なので何も言い返せない。


「そんなことは解かってらー。お前なんかに教えを請う気はねえよ」

「オマエはバカだから言葉で言っとかないと、むぎゅっ」

 俺を罵倒しかけたシロタマを玲子は引っつかんで制服の胸の中に放り込む、という強行的な手段を取った。

「裕輔も黙ってなさい。いちいち引っ掛かるんじゃない!」


「へ~い」


 玲子の温かそうな胸の内でモゾモゾするシロタマを見て、俺は膠着(こうちゃく)状態だ。もちろん羨望の眼差しでな。


 社長も玲子の大胆な行為に戸惑いを隠せず、

「と、とにかくや……。シロタマ、ほんまにプロトタイプの気配はないんやな?」


『プロトタイプから放出されるEM波はとても特徴的です。探知は常時行っていますので、見逃すことは考えられません。この10光年内に潜伏する気配はほとんどありません』


 大きく盛り上がった玲子の谷間から語るという、なんとも言い難き(ねた)ましい環境下にあるにもかかわらず、報告モードは淡々としていた。


「ほーらみろ。こいつはどこか安全牌を握ってんだ。今『ほとんど』と言ったな。100パーセントと言い切らない理由はなんだよ?」

 俺は玲子の胸を指で差して尋ね、楽園の中からタマの声。

『ネブラがEM波をシールドする技術を獲得した場合を考慮しています』


「ほんまやな……」

 ひと唸りして、社長は現在の状況を整理するように独白めいた言葉を述べる。

「怪人エックスの指示の場所に来てみたらプロトタイプやのうて旋回する物体を見つけたんや。ほんでそこから管理者しか使わん周波数帯であきらかに作為的な電波が出とるっちゅうことや。こりゃどういうこっちゃ?」


「シロタマの作ったパイロットシステムのほうが、怪人エックスより先に向かっていたデしゅよ」

「そんなもん偶然や!」

 社長は一顧だにせず、ひとことで言い払ってタマに背を向けた。つまり玲子を背に回した。


「怪人エックスが正体を現そうと俺たちを呼んだんじゃないのか。その個性ある周期的な電波がその証拠さ。いよいよご対面なんだぜ」

 今度は俺に半身を捻り、

「ほな、なんでぐるぐる回ってまんのや?」

「動けないんじゃないかな?」


「何がそこにあるのか、行って確認するべきですよ社長。怪人エックスって、ほんとうは救難信号を出していたのかもしれない。ぐるぐる回って、助けてくれーって、あたしたちを呼んでいたのかも」

 玲子は出口を求めてモコモコ動く胸を押さえつつ、社長は振り返って少し顔を出したタマをひょいとつまみ出すと、

「それやったら、すぐにでも飛んで行かなあかん」

 と言って、ビューワーの正面へ投げつけた。タマは一旦スクリーンでバウンドして無線機の脇に落ちた。


「もう……ヒトをゴミみたいにあちゅかってぇ」

「お前は人じゃないからちょうどいいんだ」

「オメーだってしゃる(猿)のくちぇちて……」


 再び空中に漂った銀白色の球体を見つめながら田吾が主張する。

「なんで宇宙船だと決めるんスか? ここからではまだ遠すぎるダよ。彗星か衛星の破片が回転してて雑音を反射させてるのかも知れないっすよ」


 こいつが偉そうな口を聞くと、なんだか無性に腹が立つ。と言うより、こういうときこそ優衣のお告げを求めるべきだ。


 そう。優衣が涼しげな視線で見つめる先にいる茜。あの子は自分の過去の姿だ。つまり優衣の記憶を遡ると現在の茜に突き当たる。ということは茜が見て来たことを優衣はすでに経験したことになる。こいうのを重複存在と言うらしい。どちらも同じ人物。違うのは存在した時間のみ。未来か過去だけの違い。


 そう考えると俺の疑念はますます深みにはまる。これから起きることが事前に解かっていて、あんなに平然としていられるものか?

 俺なら絶対に冷静でいられん。


 ここで唐突に思い出したね。以前社長が言っていた言葉だ。優衣は無限の時間を持つというヤツさ。

 時間を自由に飛べる優衣を比喩して説明したのだが、俺は気付いた。無限じゃないってことを。



 たとえば俺の前で別の時間に飛んで、向こうで1年経過させて1秒後に戻ってきたとしよう。この場合、俺の世界ではたったの1秒だが、優衣は飛んだ先で1年を経過させている。な。相対的な時間の流れは何も変わらないということさ。ちっとも難しくないだろ。コンピュータのタイムシェアリングと大差ないぜ。どうだい。少しは賢くなったろ。


「ユイ。どういうことだ? お前ならこれは過去の事だろ? 教えてくれよ。これは何だったんだ?」


 優衣は少しのあいだ沈黙を守っていたが、ゆるゆると小さな唇を開いた。

「ユウスケさん、よく聞いてくださいね」

「な、何だよ? あらたまって……」


「ワタシがここで未来の出来事を知らせたらどうなります? もしそれがよくないことなら、それを避けようとして修正するでしょ?」

「そりゃー、そうするだろうな。イバラの道をワザワザ歩きたくないものな」


「そうです。人間とはそういうものです。でもアンドロイドは違います。イバラであろうと瓦礫であろうとそこを歩いて行きます」


「一歩も外さずに?」

 毅然と言い張る優衣に少々ビビりながら訊いた。


「あ、はい。まったく同じように歩きます。それが私の使命なんです」

 なんだか怖いほどの気迫を感じたが、優衣はそれをふっと緩め、

「そういうもんです。だから未来の出来事は何も意味が無いのです。そこを歩いてこそ意味が見出されるのです」


「──あ? はぁ?」

 虚を衝いて来た今のセリフは何を言おうとしたのかさっぱり解からん。もしかしてごまかされたのか?

 それすら解からんかった。



「おまはんみたいな煩悩にまみれた(もん)が未来を知ったら、宇宙の歴史がむちゃくちゃになるちゅうことや。それこそネブラと同じや」

「そんな大袈裟な……」

 と言いつつも、その忠告は正しい。サンクリオのカジノの一件を思い出した。


「せやけどな……」

 社長はにたりと笑って言う。

「未来を予測することは問題無いねん。機長、慎重に進んでや」

 予測すればいいのか……。


 にしたって。優衣にしろ、タマにしろ、この船にはワケ解からんことを言う奴が多すぎる。


「何してんだ、こいつ……」

 フィギュアのミニスカートをめくっている田吾も同じ穴のムジナだと断言しておこう。

  

  

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