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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  暴れ踊るタマくん  

  

  

 轟音と一緒に白煙が部屋に吹き込んできて息を飲んだ。前が見えなくなるほどのひどい有り様だったのだ。

「どうしたんだよ?」

 混迷状態で床に転がっていたら、

「レイコどこ? ユイ、アカネ?」

 聞き覚えのある声が──俺だけを無視するこの声の主は、宇宙にあいつしかいない。


「シロタマ! こっちよ」

「こ、こら。わざわざ呼ぶことないだろ」


「レイコ! だいじょーぶ?」

 懸念は的中した。白煙の中から銀白色の球体が飛び出してきた。

 どうやってここを突き止めたのかは知らないが、拉致られたアマゾネス団を救助すべくシロタマがやって来たのだ。


 俺は一気に脱力したね。これでお終いさ。

 茜たちを目覚めさせてここを抜け出し、秘密裏にホテルに帰る計画を練っていたのに、こいつのおかげでそれが台無しだ。


「こんな派手にやらかしたら、大事(おおごと)になるだろ。このバカ! おとなしく銀龍の留守番をしとけばいいものをのこのこやって来やがって!」

 ついつい叫びたくもなる。


「バカって、オメエのことじゃにぇーか」

 まともに喋れないくせに。


 万策尽き果てて、頭を抱え込む俺。その隣で緊急バイオクリーナーを起動させた優衣と茜の深呼吸が始まった。

 フルマラソンを終えた走者みたいな早い周期で深く繰り返す呼吸音。そこへとシロタマの声も渡る。


「レイコ、縛られてる?」

「見りゃわかるだろ、バカ」

「ふんっ」

「こ、こら俺を無視するな。こっちも縛られてんだぞ!」


 そこへ。


「野郎! こっちにいたぞ!」

 怒号を発して、ザリオンたちが部屋に飛び込んで来た。


 ゆっくりと連中へ正面を回転させて対峙するシロタマ。


「よ、く、も……レ、イ、コ……を………」


 ヤツはえらく興奮していた。ブラックジョークをこなし、人をケチョンケチョンにけなす。そして興奮もする機械。何なんだこいつは……。


 シャ────ッ!

 プニュプニュと揺れる柔らかげな身体から刀を(さや)から抜いたのと似た音がして、鋭利に尖った突起物を瞬間に伸ばした。


 ダンッ!


「ぐわぁっ!」


 目にも止まらぬ速さで長々と突き出た剣先は深々と壁に突き刺さり、かろうじてそれをかわしたザリオン人の頬からはオレンジ色の血液が滴り落ちた。


「もう……怒ったでちゅ」

 怒っているように見えないが……。


「怒った、怒った、怒ったのーっ!!」


「どわーっ! わかったって。落ち着け、タマ!」

 まるで暴れ狂う銀色の雲丹(ウニ)だ。剣山みたいなボディをやたらめったに壁や天井にぶつけて意思表示。危なくってしょうがない。


「こっ、のー!」

 初めて見る激高したシロタマだった。

 剣呑な刃先をさらに伸ばしたシロタマは高速回転をするとザリオン人へ突進した。


「くっ!」

 自らを狼だと豪語するだけの運動神経をしており、ザリオンの男は飛び込んで来たシロタマを髪の毛一本のタイミングでかわした。


 大きな金属音がして、壁をえぐり反対側に突き抜けるシロタマ。


 バガッ!

 間髪入れず、別の場所から飛び出して来る。それはまるで紙を貫く勢いだ。想像を絶するパワーに驚愕する。


「裕輔! 何があったの?」

 壁のほうへ体を向けていた玲子からは惨状が見えていない。

「シロタマが暴れてるんだ」

「形勢は?」

「むちゃくちゃで何だか解らない」


 このままでは船内が穴だらけになると、怖気づいた一人のザリオン人が至近距離からシロタマ目掛けて銃を撃った。

 だが、

「グゲェェェ」

 大きくひろがる白煙の中から平然と飛び出したシロタマが男に体当たり。爬虫類らしい声を漏らして床で延びるワニ一匹。


 こっちはワニと言うより恐竜だ。

「誰かあれを持って来い!」

 ぶっとい腕を振って艦長が命じた。


 再び金属ウニと化したシロタマが高速回転。それは見るからに危なっかしい物で、トゲ一本一本の先が鋭い剣の切っ先だ。そりゃ怖ぇえぞ。俺は相手したくないね。


 怒りをぶちまけるシロタマは標的が定まっていない。めったやたらに飛び回り、通路の壁を端から捲りあげ、ある時はそのまま床を突き抜け、天井から落ちてくる。どこをどう飛び回っているのか支離滅裂だ。耳を覆いたくなる大音響を放ち、船内がズタボロになっていく。


 今度から怒らさないようにしたほうがいいな。

 シロタマの隠れた能力を露呈され、俺は驚きを通り越して恐怖を感じるまでに陥った。


「シロタマ! 落ち着いてぇー。あたしは無事だから、もう大丈夫よ!」

 絶叫に近い黄色い声を聞いてシロタマが停止。トゲを引っ込めた。


 なにしろこのタマ野郎は玲子にだけは従順なんだから始末に置けない。

 シロタマはいつもの力の抜けた鏡餅みたいな楕円形に戻り、ぷゆんと銀白色のボディを揺らした。


 そこへめがけて、

「これでも喰らえ、くそったれがっ!」

 後ろにいたザリオン人が金属の箱をシロタマの後ろから被せた。


「何を……ぴゃ──っ!」

「ざまーみろ。やったぜ。こういうのは電磁シールドで抑え込むにかぎる!」


 一部始終を背中で受けており、状況がまるで分かっていなかった玲子。シロタマの叫び声がするほうへ体を捻らせたその刹那、箱に閉じ込められたところを目撃。


「し、ろ、た、まを……よくも……」

 お……おい。今度はお前かよ。


 みるみる黒髪が広がり床を這って宙へ舞いだす。静電気でもここまで髪の毛は持ち上がらないだろ。どういう現象でこうなるのか、知っている奴がいたら教えてくれないか。こいつが本気で怒り出すといつもこうなるんだ。


 さらに玲子の目つきが険しくなった。宿敵を見つけた猛禽類のそれさ。鋭く尖った攻撃的な眼光を艦長に突き刺すと、

「絶対にゆるさない!」

 という言葉が反撃開始の合図になった。

 玲子は縛られ床に寝転がった状態なのに、バネみたいに全身を反らして、果敢にも艦長の股間を力いっぱい蹴り上げた。


「ぐはっ!」


 他人事だが俺も痛みを感じて、いや想像して目をつむる。そうさ想像だけでも痛々しい。男なら誰しも知るヤツさ。これは痛いぞ。

 常々シロタマを大切に思う玲子だ──俺は思っていないが──それを無下にされたのだ。そりゃあもう殺意がこもっていただろうね。


 蹴られた艦長は反動でそのまま壁にぶち当たり倒れた。そこへ──。


「F877A、再起動完了です」

 バイオクリーナー処置でアルコールが飛ばされた優衣が最初に立った。


「ユースケさん、レイコさん!」

「どうしたんレすかー? もうおネムの時間ですかー?」


「のんびりした奴だなアカネー。これが寝る格好かよー」


「ほんとだー。パジャマを着ないと社長さんに叱られますよー」

「力抜けるねー。アカネくん」


「ユイ! ロープを解いて!」

 片膝を落として優衣が引きちぎる。それはまるで糸だった。


 優衣のパワーを改めて知らされて目を見張る俺の横で、解放された玲子は爆発したみたいに起き上り、痛みに耐えながら床にうずくまっていた艦長の下腹部をもう一度蹴り飛ばした。


 俺がここで言うのもなんだけど。こいつの攻撃は卑怯極まりない。お前は男の尊厳を何だと思ってやがるんだ。

 とまぁ。敵方に付く気は無いが、男としてはひと言付け加えておこう。


 艦長は蹴り上げられ、反動でせり返る半身を玲子は容赦なく猛打。後ろに倒れる直前に両脚ドロップキック。

 奴は「ガッ」とか「グッ」とか、カ行濁音のいくつかを口から漏らすものの、思ったとおりこの中で最も体格がいい男だ。股間の痛みもなんのその。俺の真ん前で平然と仁王立ちした。


 ぐわばぁっと起き上がった巨体はまるでバケモンだ。玲子の直接攻撃なんぞ屁とも感じていない。力で屈服させるということは、このザリオン人に限って不可能かもしれない。

  

  

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