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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
111/297

  ジャックポット クイーン  

  

  

 ホールの一角にずらっと並んだおなじみのマシンと言えば──。

「スロットマシンかぁ」と言う玲子と、

「「スロット?」」

 やっぱり首をかしげる茜と優衣。二人は戸惑いの眼差しで見つめ、それへと歩み寄る俺の後ろから警戒しながらくっついて来る。


「おぉ。プログレッシブ・ジャックポットがすげえ数字になってるぜ」

「詳しいのね」


「今日初めて俺を褒めたんじゃないのか?」

 という疑問を漏らしつつ、

「男なら、スロットはやるだろ?」

 男なら、の意味が自分でもよく解らないけど、どうしても玲子の前では虚勢を張るクセがある。



「この数字はどういう意味ですか?」

 マシンの頭にくっ付けられた表示器を指差して訊いてくる優衣へ、

「んと。店によってまちまちだが……ここでは『7』をそろえたら、数字が示す数だけコインが貰えるっていうことだな」

 表示器には指折り数えないと、いったいいくらになるのか、瞬時には解らない天文学的な数値が流れていた。


「いち、じゅう、ひゃく……5千895万4289だな」


「そろえるって?」

 今度は茜だ。こいつらは何も解っていないようだ。


 さっきから茜はマシンのレバーやボタンを触って、

「ほら見てくださーい。大発見です。これは何かの探査装置ですよぉ。レバーやボタンが付いてますよ。それに正面には象形文字みたいな絵柄が並んでまーす」

 遺跡の発掘現場から何かを見つけた学者みたいな目をして優衣へ知らせる茜は、たわいないっちゃあ、たわいない。


 優衣が握っていてくれたおかげで、コインが5枚だけ残っていた。それを摘まみ1枚を入れようとすると、

「あなたはやらなくていいの。負けるのがオチだからね」

 腹が立つ言い方をする奴だ。


 玲子は憤怒に目を吊り上げる俺からコインを取り上げ、投入口から放り込んだ。


 小気味よい効果音がして、小さな表示器に数字が灯る。

「この数字、『1』と出ているのが今の持ち点で。それから」

 もう一枚入れて、『2』にしてからベットボタンを2回押す。

「これがベットね。賭け金よ。持ち点がその分減ったでしょ」


 玲子がおもむろにレバーを引くと、停止していた3つのリール(ドラム)が勢いよく回りだした。


「さぁ。ここからよ、よく見てて」

 茜が顔を近づけて覗き込む。

 銀河を包含するような透明で汚れの無い輝きに満ちた瞳を大きくして、

「おユイさん。始まりますよー」

 期待に燃える表情は幼い子供のようで、小さな口をきゅっと締めて回転するリールに視線を固定させていた。


 玲子は左のリールからリズミカルに止めていく。

 左と中央にオレンジの絵柄が2つそろったが、右端には異なる絵柄が止まりゲームは終了。


「惜しかったな。今のは外れだな」

 肩をすくめて目を離す玲子の背後から俺が実況中継する。


「ぷふぅー」

 外れたのが不服だったのか、茜は尖らせた唇から息、いや呼吸はしていないので空気だな。それを噴き出した。


「ルールは簡単でしょ。リールに描かれた3つの絵柄を横か斜めにそろえたら勝ちね。そろった絵柄に設定された倍率に従って、掛け金が加算されて支払われるゲームよ」


 茜は納得いかない顔のまま、

「これが、げーむ?」

「娯楽さ……」

「ごくらくー? あぁ、極楽れすかー」


「ちがーう。射幸心をそそらすのさ」

「車庫ぉしん?」

 堂々巡りかよ──。


 散々、車庫だとかガレージだとか、本屋の倉庫だとか言っておきながら、

「おもしろいのですかぁ?」

 ふぅ。しんどいな。やはりいくら出来が良くても所詮はロボットだ。娯楽なんて物を理解させるのは不可能なんだ。


「とにかくやってみろよ」

 残り3枚を入れて、1ベットで玲子がもう一度挑戦する。

 リズミカルにリールを止めるものの失敗。


「簡単じゃないわね。こんなの扉を開けて手で止めたらいいのよ」

 やはりこいつは『力ずく』とか『腕ずく』とかいうのがお気に入りのようだな。


「あのー。生命体の人はこれをゲームとして楽しんでおられるのですか?」

 優衣が綴る言葉も否定的だった。


 それでも試してみようと、残り2ベットをすべて賭け点にしてリールを回し始めた茜。肩から羽織っていたショールがまとわりついて邪魔になった彼女は、さらりとそれを脱ぎ去ると、隣の座席に掛けて白くほっそりとした肩を剥き出しにした。


 自然な仕草と色っぽい容姿に目を細める俺の前で、茜は左端の停止ボタンを押した。

 トンと止まったリールには、上から『ベル』、『オレンジ』、あとは見慣れない緑色のフルーツの絵柄が並んでいた。


「どの絵柄の点数が高いのですか?」


 俺の顔を見つめる茜の目が輝く。

 緑のフルーツは見たことが無かったので、

「そうだな。この場合だと、『ベル』だな」


 茜の目が中央のリールに固定された。異様なほど集中して睨みつける表情が可愛いらしい。


「ふふふ。そんなに見つめなくてもいいのよ」


 肩口から玲子の微笑む声がかけられ、

「はいっ!」

 タイミングを見計らっていたのか、掛け声と共に中央の停止ボタンを押す茜。

 すとん、と止まったリールの中央に『ベル』が止まった。


「いいじゃないかアカネ。その調子で右端に『ベル』を止めたらお前の勝だぜ」


「えいーっ」

 子供みたいな声を出して右端のリールを止めた。


 横一列に『ベル』の絵柄が並び、心地よい音楽と共に払い出し口からコインが吐き出てきた。


「やったじゃないかアカネ。お前の勝ちだぜ」


 マシン中央上部の赤いランプが点滅して雰囲気を盛り上げているが、


「………………」

 当の本人はなぜか苦笑いを俺に返してくるだけ。その乾いた笑みが何を意味するものか、なんだかよく解らない。


「ほら、このコインはお前が勝って得たもんだぜ」

 払いだされたコインを受け皿から出し、すべてを投入口から放り込むと、持ち点が『16』となった。


 茜は平静な顔ですべてを賭け点に移して、ふたたびゲームを開始させ、

「コマンダー。どの図柄をそろえるとたくさんになりますかぁ?」

「いきなり自信あり気なセリフだな?」


 訝しがる俺の横から、

「よくわからないけど、たぶん『BAR』じゃない?」

 玲子が告げたのは、横に張り付けてあるオッズ表に『BAR ×25』という文字が書いてあるからだ。


 うなずいた茜は回転するリールをじっと見つめながら、小さな掛け声を3回に区切ってリールを止めた。

 きれいな音楽が鳴って赤ランプが点滅。続いて表示器にプレーヤーの勝ちを告げる文字が流れると、コインが400枚も払い出された。


「すごいじゃないアカネ。裕輔より博才があるわよ」

 玲子は嬉々として小躍りするが、何とも気分の悪い話だ。まぁ最後のコインを400枚にしてくれたのはうれしいけどな。


 だが、彼女はさらに俺たちを驚愕させる行動に出る。

 払い出されたコインを10枚だけ賭け、

「もう一度、止めますねぇコマンダー。今度は重複させますよー」


「え? ちょっと待てよ」

 困惑と不安が混じる複雑な気分に(さいな)まれ、ゲームをしているムードだとは言えない。


 茜は再びリールの停止に集中する。左から「えい、えい、えい」と、掛け声とともにリールを順に止めて『BAR』を並べた。よく見ると最初に宣言したとおり、上の段の横列と、上から右下の斜めに『BAR』が並んでいる。


 再びきれいな音楽が鳴って、勝を告げる赤ランプが点滅して、コインが500枚払い出され、それをせっせと玲子が掻き集め、カップが山盛り状態になった。


 たったの2枚から900枚ものコインが手元に残ったのだ。


「お、おい。まさかお前……」


 言葉を失い茜の顔を覗き込む。

 しかしインチキ臭いことをやっていた様子はなく、タイミングを合わせて止めただけだが、すべて予告どおりの絵柄を止めるなんてことは、やはり不自然だろ。


「つまりませんねぇ」

 遊び飽きたおもちゃを隅に押しやるような仕草で、マシンの横っ腹をパタンと(はた)いて席を立った。

「あー。キレイな絵ですよー」

 ブラックジャックのテーブルで退屈しのぎにディーラーがカードを広げていたのを見つけた茜。背もたれに掛けてあったショールをさっと肩に羽織ると、風になびかせて飛んで行ってしまった。


 驚きを隠し切れない表情で、後ろ姿を凝視する俺と玲子。

「ユイ……。あいつはどうやって好きな絵柄をそろえたんだ?」

 疑問はこの一点に絞られている。

 それに答えようと言うのか、それにしても、こいつはとんでもないことを言いやがった。


「このキレイな『7』をそろえたら、この数だけもらえるんですよね」

「ば、バカな。5千895万のプログレスだぞ。無理に決まってんだろ」

 マシンの天辺に取り付けられた表示器にはとてつもない数値になっていた。


「そろえるだけなら簡単ですよ。見ててください」

 こともなげに宣言した優衣は最大ベット、64枚のコインを掛け金にしてリールを回転させた。


「ま、まさか!」

「ちょ、ユイ……5千895万の64倍って……いったい何枚よ」

 スタートレバーが引かれリールが回ると、あり得ない数値を口にした。

「セブンのオッズを加えると、37億7300万以上です」


「ぬぁぁぁぁぁぁぁー」

 膨大な数値に膨らむ困惑と期待とで、胸が張り裂けそうだ。優衣の宣言は妄言(もうげん)だったと本気で思いたい。でも結果も見てみたい。


 神様ー。外れてくれぇぇ!

 このマシンの前で、これまでに願ったことも無い思いを俺は天にマシマスお方に念じてしまった。



 優衣が左端のリールを止める。

 リールの最上段に金色に輝く『7』が止まった。


「………………」


 中央のリールに視線を集中させる。

 ストンという感じで『7』の数字が止まり輝く。


「マジっすか……」


 何の躊躇も無く、優衣は茜より軽い感じで最後の停止ボタンをポンと押し、右端のリールをトンと止めた。


 途端。派手な音楽と電飾がカジノ中を響き渡り、ぎょっとして顔を上げた俺たちにスポットライトが当たった。


 何が始まったのかとオロオロするのをよそに、スロットマシンから止めども無くコインが払い出され始め、それはみるみる受け皿を盛り上がり、溢れたコインが床にまで落ちる。見るとマシンの中央で一列に並んだ金色の『7』が点滅していた。


 電飾が(いろど)目映(まばゆ)い光がマシン全体から噴き出し、テンポのよい音楽が鳴り響き、大当たりが出たことを表明していた。


「どうやったんだ!!」

 震え声の俺に優衣は平然と告げた。

「『7』を並べただけです」


「きゃぁ。コインが止まらない」

 悲鳴混じりの声を上げ、コイン払い出し口を手で押さえる玲子。


 開け放たれた水道の蛇口から吹き出す水のように、後から後からコインが吹き出し。持っていたカップもあっという間に満載。マシンの受け口も満杯だ。そしてそこから溢れたコインが床の上で小山になっていく。


 騒ぎに気づいた各テーブルのディーラーたちと、カードを小さな絵画として鑑賞していた茜が駆け寄って来た。


 いち早く飛んできた支配人が驚きの声を上げる。

「これはおめでとうございます……。あっ! ジャ、ジャックポットです……か?」

 一段と声を震わせて、

「なーっ!! ぷ……プログレッシブ・ジャックポットですよ。えっ! あっ、フルベットで……あ、う、あ、え」

 支配人は声だけでなく全身をワナワナと震わせ、息も絶え絶えだ。どう対処していいのか分からず、ホールをうろうろするだけ。


 やがて、スロットマシンに搭載されていたコインが無くなったのだろう。払い出される小うるさい音が止まったが、まだ勝ち点の精算は終わらない。音楽に踊って数値だけが持ち点に加算されていく。まもなく2万点を超えるところ。


 床を広がるコインを従業員がカップを持ち寄り拾い集めたが、もはや砂場の砂だった。両手でかき集めてドサッと入れるとそれで一杯になる。カップが足りるか逆に心配になる始末。


「ごめんなさいユースケさん。機械を壊してしまったみたいで」

 申し訳無さそうに優衣がうつむき、茜も目を丸くして、惨状みたいに広がるコインの海を見つめていた。


「ち、違う。壊したんじゃない。お前がジャックポットを当てたんだ」


 優衣はまだ俺が語る言葉の意味が解っていない。マシンの中央で点滅を繰り返す一列の『7』の数字を見つめ、

「当ててません。止めただけですよ」

「止めたって、まさか……」


 口に手を添えて玲子が割り込む。

「し。大きな声出さないで」

 説明を始めた優衣を黙らせるかのように、部屋の隅へ連れて行き、

「どうやって絵柄をそろえたの? 小声で言ってちょうだい」

 周囲に気づかれないように窺う玲子へ、優衣は視線だけでうなずいた。


「ワタシたちの目は電波から赤外線、そして可視光、さらに紫外線を超えた領域まで見ることができます。その上、ピコ秒(1兆分の1秒)単位の瞬間の動きまで分解できます。この目で見れば、回転するリールは停止して見えますし、いつ押せば止めたい絵柄が止まるのかも解ります。ですので、これはゲームというよりか、たんなる作業です。それでアカネはつまらなそうにしていたんです」


 玲子は喉の奥をごくりと鳴らし、

「どうしよう、裕輔。これは正当に勝ったことにはならないわ」

 と悲観的な考察をするが、俺は異なる意見を出した。

「いや、これはイカサマではないだろ。超人的な目で針の先のような止めるタイミングを見極めただけだぜ」

 俺の言葉で優衣は肩の力を緩めた。


 スロットマシンの得点加算はまだ続いており、まもなく50万点を越るところ。ここまでくると、このマシンは壊れたと言ってもいいかと思うほどの点数だった。


 インチキをしていないとは言っても、普通のやり方ではないという後ろめたさで、そのまま逃げようかとも思ったが、素性がバレバレだし、逆に換金したい気持ちもある。


 この星の貨幣価値がよくわからないが、支配人やディーラーの慌てふためく態度から見ても、そうとうな金額なのだろう。ここでミッションを投げ出して大金持ちにくら替えするか、あるいはこのラッキーチャンスを放棄するか。さぁどっちだ、俺……。


「なぁユイ。この豪華なホテル代を支払うピクセレートと、この37億の持ち点とどっちが大事だ?」

 我ながら変な質問だと思った。しかしせっかくの目の前で起きた幸運をチャラにする気も起きないほど、俺の肝っ玉は小さいのさ。


 優衣は即答だった。

「ピクセレートは『星を動かす力』を持っています」


 心を決めた。あーさっぱりとしたぜ。これは夢だと思ってあきらめよう。


 そう決心して顔を上げるが、それより先に玲子が毅然とした態度で言い切っていた。

「支配人さん。たぶんこれは機械の故障です。あたしたちは数回しか遊んでませんし……」


 だが、痩せ男はかぶりを振る。

「とんでもございません、お客様。ちゃんと盤面には『7』が一列に止まっておりますし、ほら」

 マシンの天辺にある表示器を示し、

「勝ちを告げております。それにカジノ協会のコンピュータにも報告が行ったことでしょう」


「あたしたちは特別な任務中なのはご存知ですよね」

「存じております」


「ですので。あまり目立つことをしたくないんです。このゲーム無かったことにしてくれませんか?」

「しかし換金後、入金はひっそりと行うこともできますし……」


「お金なんか要らないの」


 なんと!!


 金持ちは腹が据わっているのか、執着心が無いのか。よく平気でそんなことを言えるよな。俺なんかあれこれ悩みまくって、ようやく結論をひねり出したというのに、まだ少し揺らぐけど。


 玲子は、震える手で引き留めようとする支配人を顧みることなく立ち去ろうとした。


 あ──もったいない。


 あ──金持ち人生を棒に振るのかぁ。



 いつまでもウダウダ思い続ける俺様さ。


「あ゛の。ちょっと……」

 支配人は魚の骨でも喉に残っているみたいにえずきながら、

「げほ、げほっ。そ、そんな。一生に一度あるガ無いガ、げへっ、いやいや。二度と無い幸運を放棄するのですガぁ? がはっ。そんなお方がいらっしゃるなんて……」


 なんだかそこまで言われると、カッコ付けたくなってきた。


「じゃぁ。この勝ち点はあんたにやるよ」

 顔では笑って、心で泣いてやらあ。


 くるりと踵を返して、グイグイ背を引かれる思いを何とか吹っ切って、優衣と茜の背を押してエレベーターのあるホールへと歩む。


「ちょっ! こ、困ります。支配人や従業員が自分ちのカジノでジャックポットを当てたなど知れたら、ホテル業界の笑い者になります」

 行こうとする俺を引き止めた。

「俺たちもこんな金はいらないんだ」

 ああぁ。自分の口から出した言葉とは思えない台詞だ。


 でも。そう言うしか仕方ない事情に悔しさ満杯。これがアルトオーネなら人生変わっていたのに……。

 まだあきらめ切れない俺ってガラスの自制心なんだ。どこまではかなく、か弱いのだろう。大物になれない理由はこれかも知れない。


 支配人は拾い上げられたコインを入れたカップを持てるだけ持つと、近くで茫然としていたディーラーを捕まえて、

「これを大至急換金してきなさい。すぐにです」

 と命じ、立ち去ろうとする俺の腕にしがみ付き。

「お客様。すぐに終わります。ですからここでお待ちください」

「先行くよ」と、エレベーターホールへ歩む玲子たちを追おうとするのを阻止された。


「あぁ。要らないって、もともと俺たちの金じゃないし」

「そういうワケにはいきませんお客様。これは正当なお金でございますから、受け取ってもらわなければ」

 押し問答みたいな会話の応酬を受ける前で、スロットマシンの持ち点はまだ音を出して増えており、ようやく200万点を越えるところだった。たぶんまだまだ止まらず増え続けるはずだ。優衣が射止めたジャックポットは37億だ。


 何だよ、37億って。この銀河の星とどっちが多いんだ?

 あー。星だな。たぶんな。いや違うのか?

 混乱してきた。


 すぐに換金を済ませたディーラーが紙幣の束を持って現れた。俺は何度も要らないと断ったが、支配人は断固として受け取らなかった。仕方無しに札束を内ポケットに詰め込み、玲子たちが待つエレベーターホールへ向かおうとする、その背中へ支配人が心細そうな声をかけた。


「お客様。後の金額は……」


 俺は生まれて初めて、そしてこの先、二度と言うことは無い台詞を吐く。


「恵まれない子供たちに寄付してくれ」


 肩をすくめるという決めポーズめいた仕草で支配人たちに見送られ、俺は悲しい思い出から逃れるように、後ろ髪に結った重さ10キロの鉄アレイを、ズルズルズルズルと引き摺る思いでホールへと歩を刻む。


「待たせたな」

 そこで待っていた玲子たちへ紙幣で膨らんだポケットを見せた。


 奴も気が重たそうに言う。

「まともに勝って得たお金じゃないから、すっきりしないわね」


 茜は純白のロングドレスの(すそ)を翻しつつ、内ポケットに詰まった紙幣の束を見て小躍りをする。

「お給料が出たんですねー?」

 的の外れた無邪気な質問を投げ掛け、

「どうもすみません。何か余計なトラブルを作っちゃいまして」

 優衣は瞳の奥を曇らせた。


 この()と茜の関係が俺にもようやく理解できた気がする。茜が見て経験していないことは優衣の記憶にも残っていないのが時間のパスで繋がった同一体なのだ。自分がジャックポットクイーンになる頃、茜はカードの絵に興じていたからだ。


「気にするな。お前は何も悪いことをやってない。ミッションの最中という事情がまずかっただけなんだ」

 そう言うと、俺は優衣の肩を引き寄せて声を潜める。


「この任務が終わってアルトオーネへ帰ったら、真っ先に行こうぜ」


「どこへですか?」

「カジノさ……」


「そんな馬鹿なことに、この子は付き合わないわよ」


 玲子が大声で一喝し、優衣も苦笑いを浮かべる。

「すみません、ユースケさん。ワタシたちのこの能力はカジノでは封印することに決めました」

 小さく頭を下げて、可愛い唇のあいだから赤い舌をペロッと出した。


 茜も向こうで頭を下げるところを見ると、俺を待つあいだにアマゾネス軍の参謀会議が開かれたようだ。


「最初で最後の夢よ。よかったわね。でも、残りの換金は何て言って断ったの?」

「恵まれない子たちに寄付してくれ、って……言った」

 小さく消えそうな声に、

「うふふふ。男を上げたじゃない」

 玲子は俺の背中を威勢よく平手打ちをすると、高らかに笑いあげやがった。


 くそっ。今夜は目覚めの悪い夢を見るんだろうな。




「よし。ホテルの外へ行こう。それでこの金をぱぁっと使おうぜ」

 こういうあぶく銭は、こんな使い方をするに限る。どうだいグッドアイデアだろ?

 玲子もルンルン気分で賛同する。

「そうね。社会勉強に行こうよ、優衣、アカネ。裕輔のオゴリでね。こんなことは生涯これで最後だかんね」

「そんなこと分かるかよ。俺の人生まだまだ捨てたもんじゃない……かもしれねえぜ」


 なぜこんなことを言ってしまったのだろうか。この(あと)、俺は自分の最悪の人生を恨むことになる。


 あぁぁ。人生って何だろう。切ないなぁ……。

  

  

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