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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  貸し切りのカジノ  

  

  

「ここが火事? の?」

「無理やり変なところで区切るな。カジノだ。カジノ。恥ずかしいからでかい声出さないでくれよ、アカネ」


「火事の見学じゃないんですかー?」


 意味不明な言葉を吐きつつエレベーターから降りた俺たちに、

「どっか燃えてました?」

 と言って近づいて来たのは支配人だった。


「ようこそ。グランホテル特設カジノホールへ」

 細長い体形で揉み手仕草を繰り返し、俺たちの前へ歩むと丁寧に腰を屈めた。


「支配人さん。どうしたんですか?」

 不審な顔で玲子がそう訊くのは当然さ。ほんのさっきまでレストランで社長たちの相手をしていたからだ。


「いえ。当ホテルは広うございます。まんがいち迷子になられてはいけないと思いまして。先日も遭難騒ぎがあったばかりですので」


 どんなホテルなんだよ。


「ちょうどいいや。面白いゲームは無いかな? この()らカジノを知らないというからさ」

「あ、なるほど。管理者様はあまり娯楽と言うものに興味がございませんので、はいはい。そうでしょう。お客さまが初めてです、ガイノイド様をお連れしてカジノに入られるのは……光栄なことでございます。さぁどうぞこちらへ」

 意外とよく口の動く男だなとか思いながら、その後ろをついて行く。


「で、チップはいかほどご準備いたしましょう?」

 腰を屈めたままそう尋ねられても、よく考えたら俺たちは持ち合わせがない。


「これで支払いはできます?」

 玲子は手慣れた振る舞いで、スーツからレインボーカードを指で摘まんで出した。


 おおぉ。玲子のオゴリか?


「とんでもございません。チップは当ホテルからプレゼントさせていただきますよ。ピクセレートをお持ちのVIP様ですから、お支払いなんてとんでもございません。お客様はコンプでございます」


「コンプ?」

 訊き慣れない言葉だった。

「上客のことよ」と玲子。

 腹が立つが、こいつはセレブだったことを忘れていた。こういうのにマジで慣れているんだ。


「じゃ。楽しませてもらうわ」

 さらに腹が立つことに、この堂々とした態度──ああぁ。お前は遠いところの人だったんだね。


 なんだか(みじ)めになって来たぞ。




「ではこちらで少々お待ちください」


 俺たちが連れて行かれたのは、カジノとバーが一つのフロアーに広がる手前にあるホールで、ゴージャスなソファーが並べられた高級感漂う立派なものだった。


 バーはカウンター席しかないが、ずらっと並んだ座席は二十ほどあり、ピカピカに磨かれたグラスが並ぶガラス棚が、照明の光に煌めいてとても眩しい。それを前にして数人の客がグラスを傾けていた。


「やばいな。酒の匂いがするかもな」


 警戒する俺に玲子が気付き、従業員へ指示を出す支配人を呼び戻す。

「実はこの二人、お酒の匂いにとても敏感なの。こういう場所はダメなんです」

 支配人は小さくうなずくと、

「承知しておりますよ。管理者様もアルコールは飲みませんから、ガイノイド様もそうなのでしょう。はい、ではすぐに追い出します」


「い、いやそこまで……」

 と言う俺の言葉を聞かず、目の前でバーカウンターの明かりが消され、天井から金属製のポールシャッターが下りてきた。


 先客には代金無料と別部屋で続きをと言う支配人の説明で大きなトラブルも無く、むしろ上機嫌で客は引き上げて行った。


「マジかよ。このでっかいホテルのカジノを独り占めだぜ。貸し切りにしちまったぞ」

 優衣はじっと支配人の動きを目で追い、茜はぽかんとしたまま。俺と玲子は二人で顔を見合わせてから嘆息した。


 いったいピクセレートって何なんだ。あんなガラス棒にどんな力が秘められているんだ。体験したことが無いこの優越感は心地よいが、ますます謎が深まる一方だった。


「はい、お待たせしました。空気の入れ替えもさせていただきましたので、もう大丈夫だと思われます。さ、さ。どうぞ奥へ」


 見上げるほどにそびえ立った大扉が押し開けられると、射し込む照明が目を圧迫して一瞬めまいを覚えたが、目前に広がる光景に息を飲む。そこは煌びやかな色合いで織り込まれたゴージャスな絨毯が広がる空間だった。


 ホールの中心から左右に仕切るような配置で、左側はずらっと規則正しく並んだカードテーブルがどーんと奥まで設置され、右側には大きなルーレット台がたくさん並んでいる。他にも豪華なテーブルの列や見慣れたマシンの島が見えるが、遠くてここからはよく解らない。


「マジかよ……」

 ホールの端が見えないほどの広さを誇るカジノホールに俺たち四人だけと言うのはあまりに寒々とする。


 俺の慎み深さは宇宙一だと自負しているので、玲子にそっと耳打ちする。

「これは長居しないほうがいいぞ。他の客にすげえ迷惑だ。カジノを楽しみに来た人が気の毒だ」


 玲子も小さくうなずく。

「ここまでやられると、反対に恐縮して動きづらいわ」

 と言いつつも明るい顔を上げ、

「さ。ユイ、アカネ。これがカジノよ」


「はぁ。何するとこですかー? 火は燃えてませんねぇ」

 乗り気のない返事をする茜。優衣は黙って見守っていた。


「火事現場とでも思っていたのかよ。俺たちゃ放火魔じゃないんだぜ」

 支配人はこっちのくだらない会話に笑みを返しながら、手をパンパンと叩いて合図を送った。


「管理者様とそのガイノイド様ですね。本日はありがとうございます。これはホテルからの心ばかりの贈り物です」

 美しい衣装をまとった女性が奥から現れて、4人の前で深々と腰を折った。そして近くのテーブルに山済みにされたコインを示し、

「ここではコインをカップに入れてお運びください。それと足りなくなりましたら、いつでもお申し付けください。お幾らでもお持ちしますので」

「幾らでも?」

「はい。無尽蔵に……」

 勝たないことがあっても。負けることも無いということじゃないか。



 つまらんコトになりそうだ。自分の懐具合と相談してやるからスリルを感じて面白いのであって、こんな緊張感の無い賭け事は、ギャンブルとは言えないが、でも一度は人の金で遊んでみたくもあるね。


「それとお嬢様」と頭を下げる支配人。

「先ほどの衣装の仕立てが終わりました。奥でお着替えください」

 支配人が恭しく差し出したのは、丁寧に折り畳まれた茜の衣装だった。


 斬新なデザインばかりが繰り広げられたファッションショーだったが、結局その中から茜が選んだのは、純白の煌びやかなレースが編み込まれた、ごく普通の衣装のようだ。ショーまでした意味はあったのか?


「よかったわね、アカネちゃん。付き合うから着替えて来たら?」

「では、こちらへ……」

 玲子と茜は支配人に付いて店の奥へと消えた。


 置いてきぼりを喰らった俺は何をするわけでもなく、テーブルに積み上げられていたコインを一枚摘まんで弾いた。

 それは重みを感じるコインで、安っぽい樹脂製のチップではない高級感溢れる音を上げて旋回した。


 優衣も数枚手に持って、考古学を専攻する学者みたいな目でその模様を注視していた。模様や刻印に何の意味も無いのだが、彼女には何かが見えるのかもしれない。


 ふと目を上げて、

「ユースケさん。ここは何をするテーブルですか?」

 茜の着替え待ちといういきなり出現した空虚な時間を、コインを弾いて紛らわせていた俺に、優衣がカードゲーム専用のグリーン色のテーブルを指差した。


「マジで知らないんだな」

「あ、はい。管理者は娯楽文化が未発展です。なかでもワタシの周りにいた管理者はそれをひどく毛嫌いしていましたから」

「あぁ。何となくわかる気がするぜ。俺たちの星でも似たような人種がゴマンといるからな」


 俺は緑色の柔らかいクロスの表面を指の腹で擦りながら、

「これはカードゲームだな。ブラックジャックか、ポーカーでもするヤツだろうな」

 とは言う俺もそんなに詳しいわけではない。だいたいアルトオーネでもカジノは貧乏人がする遊びでない。金持ち連中が退屈しのぎにするものだと思っている。


 ここのディーラーは茜の着替えに出向いていたので無人だったが、隣にはルーレット台を中心に、ぐるりと座席を取り囲んだ大規模なテーブルがあり、時間を弄ばせて暇そうなディーラーが遊んでくれとばかり、懇願の眼差しでこちらを見ていた。ほんと、こういう少人数で貸し切りにしてしまうと、ある意味気の毒だと思う。


 それへと近づく優衣。


 あ──。

 すごいことに気が付いた。この子の超能力的お告げを利用すれば、ルーレットのポケットに落ちたボールの数字がやる前から分かるではないか。などというセコイ意識が忽然と芽生えた。なにしろ優衣は未来を見通せる能力を持つのだ。


 俺って──天才だぜ。


「ユイ。お前の思いついた数字を言ってくれ」

「はい?」

 説明不足だった。いくら空気が読めるアンドロイドだからと言って俺のセコイ考えまでは伝わらない。そんなのが伝わるのは玲子だけだが、あいつに知れたらこの計画はおじゃんになる。なぜか変なところだけクソ真面目だからな。


「あのな。お前の記憶にある歴史があるだろ。ここでルーレットを見た時のだ。その歴史ではあのボールはどこに落ちて止まった?」

「はー?」

 どうもピンとこないようだ。


「あのな。このゲームはディーラーの持つ小さなボールがあの回転盤のどのポケットに落ちるかを予測してお金を賭けるんだ。解るだろ俺の言う意味。これがギャンブルなんだ」


「でも、未来を覗き見ることは時間規則に反します」


「わかってるって。だから過去の歴史を覗けばいいんだ」

「はぁ……」


 気乗りのしない返事を繰り返す優衣に痺れを切らし、

「早くしないと玲子たちが戻って来るだろ。ひと言でいいんだ。何番にボールは落ちた?」

「そぉですねー。赤い色のぉ」

「赤か! 赤だな」

「25かな?」

 結果を知っているくせに、()らしやがって。へへ俺を楽しませようという魂胆だな。


「よし赤の25か……」


 うへへへへへへへー。明日から大金持ちだぜ。


 俺はカードテーブルに積み上げられていたコインをカップに詰め込んでルーレット台にとんぼ返りすると、ディーラーの目の前にでんっと置いた。

「全部、赤の25だ」

 目を剥くディーラーの表情なんて無視さ、無視。なにしろ俺には優衣がいる。白神様の450年後の仙人様がついてんだ。


 他に客は誰もいないので、ディーラーは二度ほどベルを鳴らしてから、すぐにホイールが回された。

 ディーラーからベット変更を許可する目配せがあるが、俺はキザっぽく指先を左右に振って見せる。

 なにしろこのボールは赤の25に落ちたという歴史があるのだ。それを記憶するのが優衣というワケさ。


 ふはははははははのは──だ。


 込み上げてくる笑いを必死で堪える変な顔を、ディーラーと優衣から覗かれたが、そんなの関係ねえ。


 ベルがまた鳴らされてホイールの回転が落ちるまでの無駄な時間。

 さっさと赤の25に落ちやがれって、な気分だ。


「黒の4!」

「はへぇぇぇぇぇぇぇ?」

 耳の穴をかっぽじってしまったぜ。


「ちょっとディーラーさん。見間違っちゃ困るぜ。ここは赤の25って断言するハズなんだ。これって歴史なんだぜ」


 ガラガラとコインが引き上げられていく光景を唖然と見つめる俺に、

「外れちゃいましたね」と優衣。

「何だその虚しい響きの言葉は……」


 飛びついて優衣の綺麗な首を締め上げたい気分で、食ってかかる俺。

「お前、赤の25って言ったじゃないか。そういう歴史なんだろ? それともウソ吐いたのか?」


「ガイノイドはウソなんか吐けませんし、そんな歴史はありませんよ」

「だけどお前は過去の歴史を知ってるんだろ? 未来のアンドロイドなんだろ? 何でも見たものを記憶デバイスに蓄積してんだろ?」

 優衣を責める言葉はいくらでも湧いてくる。


「アカネの見てきた歴史がワタシの記憶デバイスに蓄積されると説明したはずです」

「あ?」

 そっか……。


「アカネは今着替えに行ってますから、着替えの光景なら記憶にあります。もうすぐ出てきますよ」

 優衣のお告げの通り、カードテーブルのディーラーと玲子に連れられて奥の部屋から出てきた。


「じゃあ、今のゲームは黒の4が……歴史なのか?」

「そうなりますね」


 力尽きたぜ──。

 あれだけあったコインを一瞬で消し去るなんて、俺が一流マジシャンだったら拍手喝采だろうな。


「お待たせー」

「コマンダーどうですかぁ、このお洋服」

 俺の前で白い胡蝶が舞っていたが、網膜には何も反応しなかった。


「綺麗だねぇ。アカネぇぇ。もうちょい早く着替えてくれてたら、もっとよかったのにねぇ~」

「なに言ってんの? このバカ」

 優衣から現状報告を受けて、玲子に怒鳴り散らされるという俺の歴史は、お告げなど聞かなくても予想できる。




「あれだけいっぱいあったコインが5枚しかないって……。呆れて物も言えないわ。ほんと、バカじゃないの!」

 いっぱい言ってんじゃん。


「あなたには博才(ばくさい)なんか無いの。もう一生賭博に手を出しちゃだめよ」


「うるせえオンナだな。小言婆ぁかよ。俺はな、もっと大衆的な賭博に向いてんだ」

「体臭れすか?」


「くせえな。アカネー」


 さっきまでのジャージを脱ぎ捨て、白いロングドレスをまとった茜。見違えるように美しい姿に変身していた。斜めに大胆にカットされたスカートから艶やかな片脚を伸ばし、肩を色っぽく出したドレスは大人びて見える。それをやんわりと隠すサマーショールも純白だった。


「大衆的ってなにさ?」

 これだからお金持ちは困る。

「大衆的な賭博といえば、あれだろ」

 ホールの一角にずらりと並んだマシン。


 言わずと知れたあれだ。アルトオーネでもおなじみのあれさ。

  

  

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