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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  絶対の禁酒命令 

  

  

 ほどなくして料理が並び始め、

「こりゃすごいがな!」

 高級料理を食べ慣れた社長でさえ、声のトーンを上げるからには、それはすごいモノなのだろう。俺や田吾には見当もつかない物だった。

 それでも安い定食屋に出てくる雑な色合いと調理法でないことだけは窺える。手が掛かっていそうなものが次々と運ばれてきて、目の前に並んでいった。


「ほれ、死ぬほど食べなはれ。ユイのオゴリや」

「こんなの食べられたら死んでもいいっスよ」


「ほうか、どんどんいきなはれや。ユイのオゴリやし」


「いちいち最後に変な言葉をくっ付けないでくれる? 貧乏臭くって()だ」

「ええがな。ユイのオゴリや」


「………………」


 そしてその優衣のお告げどおりやばい状況になった。


「支配人。料理と一緒に、こう、ほんのりする飲み物も欲しいでんな」

「はい。いかなるものでもご用意させていただきますが。はて。ほんのり……でございますか? ではゼリシニールでもお持ちしますか?」


「ゼニ? なんやエエ響きがしまんな。それ何でんの?」

「ゼニではございません。ゼリシニールです。クルミン星系で愛飲されているミミズの体液です」


 おぇぇぇ。


「あ、アホ──っ! そんなんいらんワ。ワシらが求めてんのは、飲んだらこうほんのり温こうなる飲み物や。これだけの料理に合う飲み物ちゅうたらアルコールやろ。どこの星でもおますやろ?」


「ああぁ、これは失礼しました。あります、あります」

 テーブルに張り付いていた支配人は、片手を掲げてぺちんと指を鳴らした。

「おい。エタノールを人数分用意しなさい」


「あ────ほ!」

 慌てて支配人に飛び付く社長。

「そんなもん飲んだら目が潰れるワ! 薬用アルコールちゃうがな。サケや、酒! 酒ちゅうたらワインやろ。果実からできた醸造酒やがな」


 痩せぎみ長身の支配人は、不安げに視線を落として訊く。

「酔いますが……よろしいんで?」


「は? 酔うために飲むんやろ?」


「はぁ。了解いたしました。たしかー。蔵にまだあったと思いますので、少々お待ちください」

 首をかしげつつ奥へ引っ込んだ。


「ほんま、ここまで完璧やのにな……。うなーっ!」

 振り返った途端、社長が石化する。

 そりゃそうだ。テーブルの最も離れた、遥か彼方に俺と玲子、優衣と茜が移動していたからだ。


 理由はもうお解りだろう。これからアルコールが並ぶんだからな。時間規則を守るために取った緊急的処置さ。


 実は、優衣と茜が極度に酒に弱いという事情を知るのは俺と玲子、田吾の三人だけだ。内緒にする必要は無いのだが、なにせ、茜、優衣共々、赤・村さ木で、ほら、色々あったろ。だから叱られるのが嫌で、ずっと伏せたままだった。


「な、何してまんねん」

 顔も見えないほど離れて座る俺たちを見て、呆然とする社長。


 何と答えようか。

 時間規則の話は内密にと優衣に釘を刺されているし……。


 優衣は俺たちに囁いた。

(社長さんたちは自由に泳がせてください)


 刑事(デカ)かよ。


(それも時間規則か?)

 わずかに下がる綺麗な顎の動きが肯定していた。


「あ、あの」

 玲子が言いにくそうにするので、咄嗟に思いついたままをぶっ放す。

「実は……ガイノイドの取り扱い説明書に書かれていたんすよ」

 そんなもの見たことも読んだこともない。


「アルコール分子を嗅がしてはいけないってあるんだ」

 優衣も異論は無いようで黙認だ。


「それでもそんなに離れることないやろ。ほんでどうなりまんねん。アルコールを嗅いだら」

「酔うダよ」

 対面で料理に食らいついていた田吾がぽつり。


「なんやしょうもない。誰でも酔いますワ。酔わんのは玲子だけや」

 さすが自分の秘書だ。よく知っておられる。


「そやけど酔ぉたユイってのも見てみたいな」と続ける社長に、

「ベロンベロンになるダよ」

「ウソ吐け、お前はへろへろで、その時を見ていないだろ」

 玲子に飲まされ続けて、前後不覚になった田吾を引き摺って帰ったのは俺だ。

 タクシーの運ちゃんにも手伝わせたから、料金が上乗せされたんだぞ。


 社長は玲子をちらりとすがめて、

「ほうかぁ。せやけど何ぼ飲んでも顔色一つ変わらんヤツより可愛いやろ?」


 酒飲みばかりがそろった特殊危険課に俺たちの行動は確かにおかしい。

 俺は忠告めいた口調で、でたらめな理由をつけてやる。

「管理者のガイノイドは酔うと暴走を起こすと書かれていたんだ。よく考えてくれ、こいつのパワーを持ってしたら、このホテルぐらいぶっ倒しかねないぜ」


「い────っ!」

 社長より驚いてどうすんだ田吾。お前、本気で意識が無かったな。



 それよりここは優衣に言われたとおりにウソを貫き通すしかない。何が起きるのかは知らないが、俺と玲子に挟まれて天井のシャンデリアに感銘を受けている茜がこれから経験するであろう事象は、優衣の過去の出来事となる。つまり優衣の言葉は、似非霊媒師の御託宣(ごたくせん)とはワケが違う。事実を宣言するのだ。


(ウソは言わないほうが……)玲子が小声で囁く。そう、暴れたことはない。機能停止するのが事実だが、

(でも。そうでもしないと、みんな酒飲みなので絶対にユイたちに勧めるぜ。そしたら二人そろってヘロヘロになっちまっうだろ。そこをネブラは襲うつもりなんだ。きっとそうさ)


 俺の立てた仮説に納得できたのだろう。玲子は黙ってうなずき、俺たちのコソコソ会談が聞こえなかった社長は派手に驚いていた。

「ほんまやな。ガイノイドが酔って暴れたらまずいでんな。支配人、ワインは部屋に帰ってからいただきますワ」

 ちょうど数本のワインボトルを並べ始めていた支配人に、そう告げた。


 田吾は少し不服そうだったが、素直に料理を平らげる作業に戻り、話を聞いていた支配人は、怯えた目を優衣と茜に向け、バタバタとワインを持ち去ってしまった。




 次々出てくる料理はどれも絶品で、これまでに無い味わい深い料理へ舌鼓を打ち、色濃い風味に満足と満腹感を覚えたのだが、強いて言うとどれも少し辛い。食べられないほどではないのだが、食べ終わる頃には舌が痺れて汗が噴き出していた。


 となると、どうしてもビールが欲しくなるのは酒飲みの性で、

「ビールぐらいエエんちゃうの?」

 と言い出した社長。

「どないなん?」と茜に尋ねるが、

「ビール?」

 かしげた首をそのまま優衣へ回す。


「アルコール度数の低い飲み物よ」

「ふーん」

 優衣の説明で理解したのか、していないのか、よく解らない返事をして、事務的に私的な言葉を並べた。

「さぁて、わたしは処理を終了します。刺激が強いものが多いですが、味覚分析完了でーす。データ化が終わりました」

 食べ物を頂いたとは思えない感想を述べる茜と、それを柔和な瞳で見つめ続ける優衣。彼女は何も口へ入れていなかった。


 あまりに不審に思い、

「ね。なぜユイは食べないの?」と訊く玲子に、

「ワタシは刺激の強いものを控えていますので……」

 ガイノイドらしからぬ人間臭い言葉を吐いた。


「過去体のアカネが平気でお前がダメって変な話だな」

 こいつらは時間のパスで繋がった異時間同一体で同一人物、いや同一アンドロイドなのだ。


「でも、後でお腹が減りますよ」

 と言うパーサー。いつまで経っても二人を生命体扱いするのは仕方が無い。俺も慣れるまで時間が掛かったからな。


「この子らは料理を食べてエネルギーに換えてるワケじゃないんだ。味覚、食感、匂いのデータを収集するだけで、口に入れた物は後で廃棄するんだよ」

「それは勿体無い。捨てるのなら夜食に頂きたいぐらいですね」


「………………」

 言葉を失った。


 俺はやだね。唾液は出ないが、茜が食べたものがごちゃ混ぜになってんだぜ。

「そういうのは残飯って言うんだぜ」

 と言ってしまい、全員から白い目で見られた。言い出したのはパーサーなのにな。




 注文したビールが並び、ぐっと我慢する俺と玲子を尻目に、皆はそれに飛びつくと美味そうに喉を上下させた。

 俺が下戸ならなんとも思わないのだろうが、透き通った琥珀色の水溶液の中で踊る泡を拝んでいるだけとは、こりゃあ猛烈に苦痛だ。こんな美味い料理を前にして酒が飲めないなんて、これのどこが楽しい社員旅行だというんだ。


「飲むぜ!」

 決然とグラスを持ち上げる俺の腕を玲子が引き止めた。


「コマンダーが飲んでどうするの」

 怖い目で睨み、

(時間規則を守りなさい)と小声で凄んだ。


 そのくせ自分は平然とビールグラスを口に移動させるので、俺もその手を止める。

「アカネの教育係が飲んでどうする」

「なによ!」

 もう一度、玲子はキッと俺を睨んだが、そのままポケッとする茜へ視線を移してから二人そろって腕を下ろした。


「飲まないダか?」

 俺のグラスを横から奪い取り、ぐいーっと飲み干したブタ野郎を睨みつけたが、奴は平気な顔だった。


「ほな。玲子のはワシが貰うワ」

 社長に取り上げられ、玲子も悲しそうな顔で傾き行くグラスを見送る。


「仲良く二人して休肝日ですか?」

 ビールの泡を口の端に残して言いのけるパーサーの言葉は、嫌味にしか聞こえない。

 こんなご馳走を前にして、そんな殊勝(しゅしょう)な奴はいないだろ。


 しかし強行して飲めば優衣と茜は必ず酔う。かといって二人をここから退室させるのはあまりに不憫だし、俺と玲子は飲むなと命じられた優衣の言葉に逆らうことになる。


 ここはこの宇宙を守るためだ。食うだけ食って、後は部屋に戻ってから飲むとしよう。


 ところが酒の力が無いとすぐに満腹になるもので。

 そうなるとただの見学だ。いささか退屈してきた。

「じゃあさ。俺はアカネたちを連れてホテルの散策でもしてくるワ」


「そうダか? ごゆっくり」

 何かの肉の塊を頬張りながら田吾。


 このブタ肉ヤロウ!

 人の気も知らないで……。

 脂肪過多で死んでまえ!


 こんな料理が口に入るチャンスなんてもう無いのに、禁酒で食するのは地獄の思いだ。


「あぁ。料理は美味いし酒も美味い。もうどうでもええからワインでも飲みまひょか」

「あ、てぇぇぇ。酒臭い息を吹きかけないでくれよ。社長! マシンの暴走って知ってるだろ。そりゃ取り返しの付かないことになるぜ」


「え~。コマンダぁー、わたしたちは暴走しませんよー」

 バカ黙ってろ。空気の読めねえロボットだな、お前。


 こ、こら。酒臭いその空気じゃねえ。あ、こら吸うんじゃない! 読むんだ、感じるんだ、ってロボットにそんなこと言っても無理か。


「あ~もう我慢できん。アカネ、ユイ、外行くぞ、外」

 こんな生き地獄に長居はしたくない。


 空気に漂う何かを一生懸命読み取ろうと、きょろきょろし始めた銀髪少女風ロボットの腕を取って立ち上がる。

 料理にはひと口も手を出さなかった優衣も一緒だ。それから玲子も立ち上がり、

「仕方ない。あたしも付き合う」

 出てきたワイングラスを裏返した。


「人間のくせに暴走するこのバカ男を調教するのは、あたしの役目だから」

「ひとこと多いな、お前」

「あなた一人に、この子たちを任せられないわ。教育係として当然よ」

 と言いながら俺にアイコンタクト。柔らかそうなまつ毛をわずかに上下させた。


 とにかく一刻も早くこの場を離れるのが、最も簡単に時間規則を守ることができると言いたいのだろう。俺も同意見さ。


 何より優衣の指示が無いのが、正しい歴史が流れている唯一の証しで、

「すぐ帰るから田吾。俺の分も取っといてくれよな」

 と言い残し、後ろ髪を10トントラックに引っ張られる心境でその場を離れた。



「ふだん喧嘩ばっかりしとるくせに、こうゆうときは協力し合うんでんな」

 嫌味とも取れる社長の声は、途中から疑問形に変わる。

「田吾、どないなっとんやあの二人?」

「ん? よく知らないダ。それよりこれ食べていいダすか?」

「あ~。あかん。これワシの好物や、あかんで!」

 食い意地の張った仲間ばかりだが、ともあれ別に怪しまれそうにもなかった。





 マルチディレクションエレベーターの操作は優衣に任せて、

「危なかったな。酒の臭いが漂い始めてきていたけど、アカネ大丈夫か?」

「らいじょぶれす。なんともありまへん」

「大丈夫じゃないわよ。もう酔ってるわ」

 酒が弱いのにも程がある。


「どう歩ける?」

「あ、はい。あるへますよー」

「あれぐらいの量だと数分で醒めると思います」

 優衣は平気のようだ。

「ワタシは呼吸を止めていましたから」


「ずっと止めておけばよかったのに」

 生身の人間相手にとても吐けない俺の要求は、いとも簡単に却下される。


「ワタシは一定時間ごとに生命体が排気した呼気からバイオスキャンしていますので、止めることはできません」

「スキャンを停止すればいいじゃないか」

「それはできません。スキャンを停止することは生命維持装置を止めるようなものです」


「おおげさな……」


「そういう仕様ですから仕方ありませんね」

「仕様、仕様って、まったく……」


「ねぇユイ。これから何が起きるの?」

「そうだ。俺たちは時間規則を守ったんだ。そろそろ教えてくれてもいいだろ?」


 優衣は意味ありげに微笑んだ。それはものすごく穏やかな笑みだった。


「今日と明日は休暇ですよね」

「そうよ……」

「ワタシたちも楽しませてください」


「は?」


「あそこで飲酒を始めると皆さん寝込むまで席を立とうとしません。そうなると……」

「どうなるんだよ」

 そこで言葉を区切られると、すげぇ怖いんだよ。

「デバッガーが襲ってくんのか?」


「あのね……」

 優衣はじっと透き通った瞳で俺の目の奥を覗き込むようにした。

「退屈なんです」

「はぁ? ロボットが退屈ってどういう意味だよ!」

 エレベーターの中で俺の声がビリビリと響いた。


「うるさいわね。こんな狭い中で大声出さないでよ」

「だってよー。せっかくのご馳走を前にして酒も飲まず我慢したんだ、こいつの我がままにだぜ。てっきりネブラが星域消滅の時空修正でも仕掛けてくるのかも、って思うだろ」


「悪いことではないわ。この子たちにも休暇は欲しいだろうし、茜にはもっと社会勉強が必要でしょ。優衣の言うとおりあそこに居たんでは、飲み明かすぐらいしかないじゃない」

 玲子の言うことは正しい。明け方近くまで飲み続けても平気の平左が言うのだから、こんなに信憑性の高い話は無い。


「それに社長の世話から離れるのも、秘書の休暇というものよ」

 まぁ言い得ているか。通常と異なる経験も旅行のいいところでもあるし。


 優衣は得心した俺の空気を読んで、

「じゃあ、どこ行きますか?」

 エレベーターの複雑そうなパネルを前に微笑んだ。

 俺は驚嘆する。

「お前……空気が読めるんだ。アカネ、立派になったなぁ」

 肝心(かんじん)からめの茜は、突っ立ったまま寝てやがった。


「……まぁいいか」


 社員旅行の自由行動と言えばこんな感じだ。本来ならこんな世紀末オンナとか、過去と未来が繋がったおかしなロボットとかじゃなく、可愛い受付のマナミちゃんと行く予定だったのに……。


「なに変な顔してんのよ」

 出たな、テレパシー女め。

 でも、ま。こいつも美人ちゃあ美人だよな。見るだけなら最高点さ。


 何の因果でこうなったのか知らないが、俺もこいつらのコマンダーだし。こうなったら、ガイノイドたちに付き合ってやるか。


「さて、何する?」


 頭の中を巡る社員旅行での定番を思い浮かべる。退屈した時に行くところとなれば、

「ユイ、ここもホテルだ。カジノって無いか?」


「火事の?」ふと目覚めた茜が口にして、ふたりそろって首をかしげた。

「知らないの?」とは玲子。


「「あ、はい」」

 ユニゾンで返って来た。


「管理者はクソ真面目な人種なんだな」

 と感想を述べた後、優衣へ顎をしゃくって見せる。


「とにかくそれで検索してみろよ」

 と言うのは、このエレベーターには行き先検索機能が付いていたからで、よくできた何たらリフトだ。


「火事の、へ行ってください」

 と告げる優衣を、横目ですがめる玲子と同意する俺。


(火事のじゃねえ。カジノだ)


 認識率抜群の装置は、

『地下三階、グランホテルカジノ。カードゲームからルーレットまで各種取り揃えております』

 優しい女性の声と共にエレベーターは加速を始めた。


「な。高級ホテルほど充実してんだ」

「よく知ってるわね」

「当てずっぽうだよ」

 弛緩した空気と一緒に、エレベーターは高速移動で地下三階までひと息に降りて、静かに扉を開いた。

  

  

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