至高のVIPルーム
「長年ホテル業をやっておりますが、管理者様にお会いできるだけでも、めったにありませんのに、ガイノイド様にも会えるなんて、それもお二人同時に……」
行き先ボタンを選ぶように指を滑らし、最終的に最も天辺のボタンを押した後、支配人は、「ところで」と再び口を開き、
「Fシリーズのガイノイド様はオーソドックスな仕様となっておりますが、こちら、黒髪のガイノイド様は一風変わった感じがするのですが」
やはり管理者の管轄エリア内と言うだけのことはあって、ガイノイドに対しての意識や知識なども高い。
「そうでっか? そうやな。えーと、なんと答えたらエエんやろな」
まさか450年未来からやって来ていますとは言えずに、社長は戸惑いを含んだ救済を求める視線を優衣へ向けた。
「ワタシはオリジナルの進化版です。まだ試作品ですので市場には出回っていません」
「ほお。左様でございますか。ご説明、光栄でございます」
支配人の口調は穏やかでいて、かつ丁寧だった。
「では進化版のガイノイド様が当ホテルにお泊まり頂くのは、この星域では初めてのことですか?」
「そうやで。この星域どころか、この全宇宙でも初めてや、ちゅうよりな……」
社長は支配人の耳元へ口を寄せて小声で言う。
「ワシらな。特殊任務中や。そやからあまり騒ぎ立てんといてほしいねん」
それが何だと訊かれても説明に困るミッションだけど、社長の言葉にウソは無い。
支配人は上昇し始めたエレベーターの停止階を示すランプを見つめながらうなずく。
「なるほど。それでですね」
溜め込んでいた疑念が晴れた気分をそっと打ち明けるように、
「あの、失礼を承知で申し上げますが、ずっと気になっておりました。ガイノイド様は常に最高の身だしなみで仕立てるものですのに、こちらのFシリ-ズのお嬢様だけが、なぜにみすぼらしい……いえ、粗末、じゃない。えっと、簡易的なお召し物で……何か意味がおありなのかと。いえ、これではっきりしました。そういう事情でしたら御協力させていただきますが」
一度言葉を区切ってまた続ける。
「しかし先ほどのロビーの騒動は、かなり広範囲に広まってしまったかと。なにしろピクセレートとガイノイド様を拝見できる機会など、まず生涯、一度あればいいほうですから」
「そんなもんでっか!」
ピクセレートはいまいち理解不能だが、管理者のガイノイドってそんなにもすごいのか……茜を粗末に扱ってマズかったかな?
というのが俺の本心で、社長もそう感じたのだろう。
「支配人。モノは頼みやけどな」
「はい。何でございましょう?」
「この子に何や着る物をそろえてくれまへんか? それと部屋に行く前に食事を取りたいんや。みんな腹ペコでな」
そういう言い方をすると、せっかく謎めいてきた俺たちの存在が急激に貧乏臭くなる。
でも支配人は爽やかな口調で頭下げた。
「ご協力させていただきます」
停止階を示すボタンが並んだパネルを横にスライド。ずらずらと繋がって出てきた格子状のボタン列。
「これエレベーターとちゃうの?」
社長が思わず声を裏返したのは仕方が無い。
エレベーターにはあり得ない操作パネルだ。このホテルは何階建てなんだ。と言うより横にも並んだボタンは何を意味するんだ?
「マルチディレクションリフトです」と優衣。
「あの。珍しいでしょうか? いまどき上下左右前後へ移動できるのは普通ですが」とは支配人。
「もはやそうなるとエレベーターとは言わんぞ」
「だからマルチディレクションリフトです」
何度も言うな優衣。こっちが恥ずいワ。
「し、知ってまっせ。バカにしなはんな。今度うちの会社にも採用しようかと業者に連絡取ってるさかいにな」
ウソ吐け。初めて知ったくせに。自分の会社に無いものがあると、すぐ張り合うんだから。
「では少々寄り道させていただきます。先にレストランへ向かいます。お食事の準備を致しておりますあいだに、衣装部から何名か呼びますので、お好きなお洋服をそこで選んでいただければと存じます」
段取りのいい手厚いもてなしに社長はすこぶる機嫌がいい。ニコニコしてうなずいた。
「ほな。たのんまっせ」
エレベーターは滑らかに減速すると、ゆっくりと横向きの加速に変化し始め、
十数秒後、扉が開く。
目映いばかりの照明に目がくらみ、少し目まいを覚えた。
でっかい口を開けて、最初に叫んだのは、こいつだ。
「す……すごぉぉぉぉ──っ!」
「おいおい、玲子。大人のレディは、そういう言葉は使わないんじゃなかったのかよ」
セレブ生活に慣れた玲子や社長であってしても驚きの設え。絢爛豪華な調度品の数々。まるで宮殿のような部屋だった。
「こちらはヒューマノイド型様専用のお部屋になっております。右隣が水棲生物様、左が環形生物様専用のレストランとなっております。他にも生態系別に部屋が分かれておりますので、決して近寄らないでください。このあいだも溺れたり、飲み込まれたりしたヒューマノイドのお客様がおられましたもので……ご注意ください」
「な、何に飲み込まれまんの?」
「お隣のお客様に……です」
「マジっすか?」
「はい。お食事と勘違いされて……吐出させるのに苦労しました」
おぇぇぇ。
せっかくレストランに来たというのに、何ちゅう話をすんだよ。
さっき空港で見た尺取虫の親方みたいなヤツの、生餌になった人がいたとは……。
やっぱり宇宙は謎に満ちているな。
戦慄と吐き気が収まるまで深呼吸を繰り返していると、
「うっひゃぁ~すごいダ~」
待ちきれず飛び出した田吾から歓喜の声が渡って来た。
続いて──。
「ユースケさん……」
最後にエレベーターから降りる俺を待っていたかのようにして、優衣が耳元で囁いた。しかも玲子にも伝える必要があるのか、さっさと中に入ろうとする彼女の腕も寄せてだ。
優衣は神妙な表情でこう言った。
「これから1時間後、ここでお酒が出てきます。でも決してレイコさんとユースケさんは飲まないでください。それとワタシたちにはアルコールを吸引させないでください」
「なにそれ。今朝の星占い?」と首をひねる玲子。
「天からのお告げだろ」と俺。
「あたしと裕輔がお酒を飲んだらどうなるの?」
堪らず玲子がそう訊くのは当然だ。うわばみオンナに酒を飲むなとは、地獄に落とされた亡者よりも気の毒だ。
優衣はさらに声を潜めて、
(時間規則でそれ以上は答えられません。でもコンパイラの陰謀の臭いがしますので、この話は内密にお願いします)
(まじかよ。ネブラの一派がこのホテルに潜入してんのか?)
(よかった武器持って来て)
ちらりと上着の胸元を開けた。
「バカヤロー! 社員旅行にハンドキャノンなんて持ってくんな!」
(うるさい! 声が大きい!)
ごんっ!
(痛てぇからよー。いちいち叩かないでくれる?)
(とにかく。ユイの言うとおりにしなさい)
玲子の野郎、俺に命令するなんぞ、10年早いワ。
「おまはんらエレベーターの前で何をこそこそやってまんねん。見てみなはれ、ごっつい食堂や。大食堂やで」
田舎のデパートを思い浮かべるようなことを言って、はしゃいだ社長が指差す方向。それは、それは、大きな空間が広がっていた。
「ちょ、ちょう。すご過ぎまへんか」
社長のレベルから見てもかなり豪華らしく、俺たち貧乏人にはキャリーオーバーしてしまい、何がなんだかワケが分からない。機長もパーサーも目を点にして立ち尽くしていた。
体育館ほどの広い部屋に、なが────い長テーブル。あえて重言にしてもまだ足りないテーブルがドデーンと置かれ、その上には純白のクロスが掛けらた上に銀の食器がずらずらずらーと並べられ、映画で見たことのある王宮の大広間そのものさ。
壁にはサイケデリックな絵画だ。高い天井まで届きそうなでかいヤツが設置されて、その前にはメイド風の女性が整列して深々と頭を下げていた。
「まさか……ここで?」
8名では広すぎる。100人以上入ったって、まだ余る。
「はい。VIPルームですから、ここでお食事をしていただき、この奥にある本広間でおくつろぎ頂きます」
まさかと思うが、
「その言い方だと、ここが俺たちの部屋の一部に聞こえるんすけど?」
俺の疑念は、こうなると恐怖へと変わっていく。でも支配人はこともなげに言う。
「はい左様でございます。ここが食堂で、奥がゲストルーム、サイドルーム、スイート、バスルーム、バルコニー」
「あぁぁぁ。もういいっす」
と手を振る俺に、支配人はにっこりと笑って、
「最上階のVIPルームでございますから、フロアーすべてがお部屋でございます。どこのリフトをご利用になっても全部がこのお部屋と直通となっておりますのでホテル内で迷うことはございません」
「いやいやいや。ホテル内で迷わなくたって、この部屋で遭難者が出るって……」
驚愕に打ちのめされ、言葉が出なくなった。
社長でさえ心持ち震えた声で、
「し……支配人。ホンマにこれで支払いできまんの」
もう一度ピクセレートを見せるケチらハゲ。
「大丈夫です。ピクセレートには怖いモノがございませんのでご安心ください」
「ほんまかいな?」
マジマジと虹色の光を放つ円柱形の物体を見つめた。いったいこのガラスの棒みたいな物は何なんだろう?
でかい空間のど真ん中を貫くように置かれたテーブルに8名が散って座ると、会話をするだけで喉が枯れる。
「あの……そのような配置でよろしんですか? だいぶテーブルが余っていますけど」
自然と隅っこに集まってしまう俺たちに、胡乱げな目を注いでくる支配人だが、銀龍の狭い娯楽室のテーブルに慣れてしまった身体にはこれでちょうどいい。
社長も苦笑いを返しながら答える。
「ワシんとこの会社では、従業員と家族的な付き合いをしてまんのでな、これでエエねん」
「左様でございますか……」
家族は家族でも貧乏家族な。
テーブル全体の99パーセントも余らしたスペースへ、こぢんまりと座る俺たちに支配人は半笑いで、残りの大スペースに並んでいた銀食器を片づけさせ、テーブルの端っこに人数分の食器を寄せ集めた。
これがシーソーならひっくり返るよな。
席に着くと、茜の衣装を決めるファッションショーが始まった。次から次へと奇抜なデザインのモノが出てきて、俺たちは眉をひそめていたのだが、茜はそれなりに嬉々としてはしゃいでいた。
そんなモノに興味があるのは女性陣ぐらいのもので、男連中はもっぱら料理を待ち続けるという、よくある光景になっていた。ついでに報告すると、何を選ぶのかは知らないが茜だけは機嫌がよかった。




