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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
107/297

  サンクリオ・グランホテル  

  

  

 ち──────ん。


 耳に爽やかな呼びベルの音がホテルのカウンターホールに響いた。

「すごぉぉ」

 声にもならない田吾が漏らした感嘆の呻き声が渡り、

「マジで高そうなホテルだな」

 さっきから俺の目も泳いで止められない。

 貧乏育ちの俺や田吾には敷居がいささか、いや、すんげえ高い。今も震える足がバレないかとドキドキもんさ。


「ちょっと、あなたたち恥ずかしいからじっとしててよ」

「ほんまや。堂々としとくもんや。こら田吾、そこらの物を触るんやない! アカネもおとなしゅうにせんかい」

 田吾は壁に飾られた絵画を指で触れようと手を伸ばしているし、茜はロビーに並んだ豪奢(ごうしゃ)なソファの上で、尻をポンポン跳ねて遊んでいるし、社長も保護者として大忙しだ。


 しばらくたって、何とも言い難いデザインの服装をした女性がカウンターの内に立った。

「いらっしゃいませ。サンクリオ・グランホテルへようこそ」

 髪は赤紫色、目は鋭く細長く、頬に三本のミゾだかスジがついた異星人女性だったが、立ち居振る舞いから高級感が漂うところなど、俺たちの星と何ら変わりのないホテル従業員だった。ヒューマノイド型はどこ行ってもこんなものだという優衣の言葉が思い浮かぶ。


「サンクリオはいかがでしたか?」

 心地の良いお愛想ぶりだが、田吾が思わず後ずさりする。茜もそういうものかと一緒になって下がろうとするところを玲子に引き戻され、背筋にカツを入れられてしゃんと伸ばした。


 女性は優衣と並んだ茜にピクリと反応し──たぶん同じ顔をした二人を見て眉をひそめたと思うが。

 カウンターの前でどっしりと構えるハゲオヤジへと視線を移し、

「ようこそお越しくださいました。本日はお泊まりでしょうか? それともお食事でございますか?」

 女性は丁寧な言葉を掛け、静かにこちらの返事を待った。


 俺ならこの威厳ある雰囲気に負けて、意味なく懺悔を始めてしまうところだが、玲子と社長は高級ホテルに臆するような生活をしていない。板についた堂々たる態度で応える。

「舞黒屋のモンでっけどな。8名を泊めてくれまへんか。いっちゃん安い部屋でエエさかいにな」

 せっかく賛辞をくれてやったのに、田舎者丸出しだった。


 え? この人いつもこんな調子なの?

 俺の質問に肯定したのは玲子だ。秘書をしていれば色々と裏の顔を知ってるんだろな。あー、恥ずいオヤジだぜ。


 カウンターの女性従業員は口元に指を添えてわずかに顔を逸らしたが、すぐに嘲笑めいた雰囲気満載で俺と田吾、そして茜の服装へと視線を一巡させてから言う。

「当ホテルはグランクラスの宿泊設備を誇っておりますので……。宿泊料は最下位ランクでも350ギルとなっておりますが?」

 そんな単位、誰も知らない。優衣を除いてな。


 なのに社長は、

「ほう、安いがな。ねえちゃんそこでええわ。そこに8名たのんますワ」

 やけくそかよ。分かって言ってねえだろ。


 女性はピクリとも動かないで、

「当ホテルは、料金先払い制となっておりますが、あの、失礼ですが本当によろしいですか?」

 言葉は丁寧だが、態度は確実に見下した雰囲気を色濃く漂わせており、切れ長の細い目は社長を疑っている。


 ケチらハゲもなんだかよくわからない貨幣単価を8倍した。

「2800ギルでんな」

 とかつぶやきながら、優衣から預かったガラス状の円柱を取り出そうとしてポケットやカバンの中をゴソゴソ。


「あり? どこへしもた(仕舞った)んやろ?」


 女性従業員は臆することなく間を持たせ、時折、玲子と優衣に訝しげな視線を振り、優衣から笑みを返されたりすると愛想笑いでその場をいなし、もう一度社長の素振りを静観していたが、あまりにもゴソゴソするので、

「あの。もしよろしければ、もう少し、お安い……、いや、リーズナブルな旅館をご紹介いたしましょうか?」

「そうでっか……。高級ホテルではこれ使えまへんのか」

 ようやく出てきた虹色の円柱。ガラス張りのカウンターテーブルへ、ことりと置いた。


 瞬間、息を吸ったのか、それとも吐いたのか、ともかく女性が硬直した。出された物体を凝視したまま。固まること20秒。

 長ぇぇぇぇなぁ。

 こっちは意味が分からない。カウンターをゆっくりと転がる円柱と女性を交互に見る。


「どないしたんや?」

 社長の問いかけに、ようやく動き出した女性従業員、ダンプに跳ねられたような衝撃を受けて後ろへ飛び退ると、

「ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ピクセレート!」

 ()した爪の先を派手に震わせ、変な雄叫びをあげた。

「せやで。ピクセレートでっせ」

 社長の声に釣られて他の従業員の視線が一斉に集中。


「何をぴぃぴぃゆてまんの? ほんで安ホテルはどこにおますんやろ? 地図でも書いてもろたら助かりまんねんけどな」


 女性はぴょーんとカウンターの前で社長に向かってひれ伏すと、

「も、申し訳ありません。管理者の方とはつゆ知らず、ご無礼なことを申しました。ちょ、し、失礼……。えっと、支配人を呼んでまいりますので、あ、あの。わたくしでは対処し切れなくて……、しょ、少々お待ちください」


 あんなに動揺した人は見たことが無い。もらったばかりの給料袋を落とした田吾だって、もう少しマシだったと思う。


 風に舞うシルクの布切れみたいに、手をなびかせながら奥へ消える女性を見送りながら、

「なにを慌ててまんのやろな?」

 でっぷりした腹をカウンターに押し当て、社長が首を後ろにひねるが、

「さぁぁ?」

 答えられる人間などいるわけがない。優衣を除いて。だから全員の視線が自然と彼女に集まる。


「…………………………」

 優衣はニコニコ笑って肩をすくめただけだ。


 気が付くと他の従業員の様子もおかしい。

 木の枝みたいな異星人の応対をにこやかにしていたコンシェルジェや、女性係員も社長に愛想笑いを浮かべては、後退りをして奥の部屋へ消えて行く。いつの間にか大きな受付カウンター内が無人になっていた。


「おまはんこれ、ホンマに大丈夫でっか? 盗んで来たモノちゃいますやろな」

 不安げな言葉を漏らすのは当たり前のことで、俺もなんだか落ち着かない気分だ。


 困惑に揺れる眼差しで優衣の手に戻した虹色の円柱を、今度は玲子が摘み上げて天井の照明器具に透かした。宝石の鑑定でも始めようってのか?

 透明度が高い円柱はキラキラと金色の光を放ち、床や壁に虹色のラインを煌かせる。不思議な光だというのはわかる。でもそれ以外は何も感じない。


 玲子ならたくさんの宝石類を見たことがあるだろうから、俺よりかは目が肥えていて当たり前。

 それにしたってさ──うぉーっ!

「な、何だ?」

 後ろを振り返ってビックリ仰天だ。

 虹色に輝く光線が床や天井で煌めく様子に気づいた人々のざわめきが広がっていた。


 ロビーを歩く大勢の異星人が一斉に光りの元を探り、それが俺たちから放射されていたことに気付くと、じわりじわりと、まるで誘蛾灯に集まる虫のように、光彩に操られ人々が群がりだした。


 玲子を中心に、静かなるざわめきが広がっていた。

「ど、どないしたんでっか?」

 困惑度をグイーンと上げる社長。


「し、知らないです」

 輝く円柱を握ったまま両手を掲げる玲子。するとさらに広範囲に渡って虹色の光を煌めかせる結果に。

 おかげで人混みは増える一方、ホテルのロビーからエントランスにまで膨れあがる状況になった。


「こんにちは~。わたしアカネちゃんでーす」


 集まって来た雑多な異星人の群集に茜が愛敬を振りまくが、なぜか笑みを浮かべるほどに、事態は混迷するばかり。中には感極まった眼差しを向ける者、溢れ出す喜びを抑えきれずに踊りだす者。かと思えば、涙を浮かべて拝み倒す人やら、騒ぎは徐々に、そして気付けばエライことに。ホテルの外まで群衆が押し合いへし合いの状態になった。


 何が原因でこんなに人が集まったのか、なぜにそれぞれ興奮しているのかは、さっぱりだ。優衣が差し出したピクセレートとかいう綺麗な宝石が珍しかったのか、あるいは優衣がガイノイドであるというコトが分かり、珍しさから集まったのか、大勢の異星人は意味不明の言語を発しながら、優衣と玲子、そして握りしめるピクセレートをそれぞれ指差して騒いでいた。



「──で? ほんとにピクセレートですか? 最近は偽物も出回ってるという話ですよ」

「あれは本物です。輝きが違いますから。支配人も見ればわかりますって……」

 ようやく奥から痩せ型の男と、さっきの女性が出て来た。

 男は癖なのか、執拗に正装した上着の襟をピンピンと手で引いて、女性は興奮した様子で横から説明している。


「わっ! なんですか、これっ!」

 男はロビーの騒ぎに一瞬目を剥いたが、すぐに平静を取り戻し、ぴちっと指を鳴らして警備員の出動を命じると、他の従業員へは民衆の整理に当たらせた。そして訝しげな面持ちで女性に尋ねる。


「どちらに来られてるの?」

 男の視線は俺たちから遠く外れた場所をさ迷っていた。


「こちらの8名様です。支配人……」

「え? うそー!」

 オッサン。今の驚きはあきらかに俺たちをバカにしてっぞ。


「どないなってまんねん。えらい人が集まってしもうたがな」

「こちらの人?」

 群衆のほうへ振り返る社長と目が合うが、支配人はまだ信じていない。


「あんたが支配人でっか。ほんでな。どこぞの安ホテルでええから、これが使えるとこを教えてくれまへんか?」

 玲子から虹色のピクセレートを摘み取ると痩せ男の前に突き出した。


「おぉぉぉぉぉぉぉ」


 何が珍しくて集まったのか分からない集団から、どよめきが上がり、

「ぬんがぁぁ────!」

 支配人は、この場でブリッジでもやる勢いで仰け反った。


 しかし急いで取り直す。

「こ、これは失礼致しました。管理者の方とは気付かず、この者が御無礼を致しませんでしたでしょうか」

 頭を深く下げ、隣で目を点にして固まる女性従業員の頭を無理やり押さえつける。


「ほら、頭を下げないか! で、きみ、こちらの方になんて言ったの?」

 どうやらこの女性が何か不始末をしでかした思い込んでいるようで。

「宿泊費の先払いを求めただけです」と女性。


「わぁ──っ!」


 いっそう驚きの上塗りをし、

「管理者様になんということを申しあげたんだ!」

「でも支配人。怪しそうな客には先払いを要求しろと……むぐぅ」

 女性従業員は、男からいきなり両手で口と頭の後ろを押さえつけられ、奥へと放り込まれた。


 そして今度は床に突っ伏すと、

「このたびは大変ご無礼、かつ失態を演じましてまことに申し訳ありません」


「「申し訳ありませんでした」」


「うっひゃぁ!」

 支配人の後ろにずらりと並んだ従業員が、それぞれに腰を折り曲げてひれ伏す光景に、こっちも驚くやら戸惑うやら。


「あ、あの。いや。どないしはったんでっか? 安ホテルもおまへんの? そうかー。高級リゾートやゆうとったもんな」

 そう言うと、社長は俺たちにくるりと振り返り、

「しゃーない。どこぞでテントでも()うて、海岸でキャンプでもしまひょか」


 その言葉に支配人は天井までも駆け登る勢いで社長の前に回り込むと、正座になって再び平身低頭。

「と──んでもございません。管理者様に野宿など、そんなことになったら(わたくし)ども明日から路頭に迷うことになります。ぜひ当ホテルをご利用くださいませ」


「そやけど、これ使われへんのやろ?」

 もう一度、ピクセレートを振り回す。


 どぉぉぉぉ、という唸り声にも似た集団のさざめきが広がり、

「つ、使えます。というか、ぜひお使いください。部屋は最上階のVIPルームをご用意いたしますので、お願い……」

 最後は泣き出しそうなほど顔を歪めて懇願すると、床に伏せてしまった。


「もしもし。わらしは神様れはないですよ」

 茜が混乱してそう言うのも仕方がない。神様だったのは3500年前だ。


「どないなっとんや? だいじょうぶでっか?」

 社長も驚きを隠せない様子で、支配人の横にひざまずく。

「わぁ。管理者様。そのようなことをなさらないでください」

 社長を立ち上がらせると、

「で……ではこちらに」

 ざざざと音を上げて人混みが左右に裂けて道ができた。



 腰を屈めた支配人を先頭に人だかりの海を進む。こうなると驚きを越えて気恥ずかしい。


「ピクセレートをお持ちだとしたら、やはり管理者様だ。となるとあれがガイノイド様か」

「本物のガイノイド様を初めて見るぞ」

 群衆の視線は優衣と玲子を示しており、ちょっとずれた感じに戸惑うが、それよりも群衆が口々に言い合う、その言葉遣いがとても気になる。

「きれいね~。髪の毛長いし。かっこいい。あれって制服かしら、同じ服装してるわ」とか、

「管理者様のお作りになるガイノイドだけにスタイルもいい」


 など礼儀的なのに、こちらに向けらるときは、

「それにしても。見てよ、お付の男性整備員が二名と、ガイノイド様によく似た女性の整備員までよ」

 当の茜はというと、何も感じていないらしく俺のジャージの袖を摘まんでくっついてくるが、そう囁かれると、あまりにこの子が不憫で庇護欲が湧き上がる。なんだか早急に服を買ってやりたくなってきた。




「しかし管理者様。綺麗なガイノイド様をお連れになって」

 支配人はまず玲子を示し、

「それもお二人とはさぞかしご身分の高いお方だとお見受けしますが?」

 続いて優衣へ視線を移すので、

「あんな。ワシは管理者とちゃうで。舞黒屋の経営者や」

「左様でございますか。社長さまで。さぞかし立派な会社で……」

 と言われれば、当然だが、鼻がピンと立つ。

「まぁな。従業員1万2千人、35階建てや」

 ウソは言ってない。


「はあ。そうですか」

 会社の規模には興味が無いようで、

「しかしお客様。ピクセレートとガイノイド様をお持ちですので、我々からすれば管理者様と何ら代わりません」


「ほうでっか。そやけどこの()はガイノイドちやうで、ワシの秘書や。生命体でっせ」

 そう、不死身の秘書な。


「これは、お綺麗な方で……では、こちらの長い黒髪の方がガイノイド様で。こちらもまたお綺麗でいらっしゃる」

「ユイっちゅうねん。ほんでもう一人、こっちがアカネや」

 社長は背中を向けていた銀髪の少女をくるりと旋回させた。


「え゛ー?」

 なんだよその声。さっきまでとトーンが違うじゃないか。

「こちら? 整備の方では?」

 エレベーターの扉を開けながら疑問符を浮かべた支配人は胡乱な視線を茜に注ぎ、茜も銀髪を揺すってバカなことを言う。

「わたしはー。おユイさんの過去体ですよー」

 そんな説明したって、一般人には通じるはずがない。


「ほぉ、なるほど。そう言われれば銀髪ショートヘア。その体型。ほぉ」


 得心したんだかどうだか、よく解らない支配人の溜め息と共に、エレベーターの扉が閉まった。

  

  

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