サンクリオの空港にて
次の日。
ようやく充電が完了したハイパートランスポーターは、たったの20秒で46光年離れたとある惑星に銀龍を移動させ、それから半時間後には着陸態勢に入っていた。
何度考えても充電待ちという時間が無駄に思えて仕方がない。もう一つパワーコンジットがあればこんなことは解消されるのに、ケチらハゲの節約の定義っていったいどうなっているのだろう。
「おほぉぉ。海がキレイがな。さすがや」
迫り来る地表が映るスクリーンに釘付けになっているハゲ茶瓶を横から見る限り、そんなこと微塵も感じる様子は無くご機嫌だった。
「こりゃええとこや。さすがユイや。宇宙にはこんなキレイなとこがおますんやな。で? 何ちゅうとこやった?」
オゴリという言葉に目がくらんで、どこに連れて来られたのかも解かっていない。恥ずいオッサンである。
「サンクリオです。この星系でもっとも健康的で安全なリゾート地として名前が知れ渡っています」
銀龍は青い海に浮かぶ一つの島へ向かって下降していった。
「キレイなとこだな」
エメラルドグリーンの海に囲まれた楕円形で美しい島を目の当たりすれば、自然と期待が膨らむのは誰しも同じだった。
《社長。サンクリオの空港から着陸許可が下りたんですが、どこへどうやって降りたらいいんですかね?》
「ほんまにワシら田舎モンや言われてもしゃあないな。なーんも知らんもんな。どないしたらエエんやろ?」
「ゴキブリ船はそこらのゴミ箱に降りるのが慣わしでシュよ」
うーん。シロタマに強く言い返せないのが情けないな。
他種族、つまり異星人と交流など無い俺たちに──正確に言うと管理者は異星人になるのだが、交流と言えるのはご先祖様だけだ。しかもそれは3500年も過去の話になる。ややこしくてすまんね。
はっきり言おう。宇宙の片田舎から出てきた俺たちには、見るもの聞くものすべてが珍しくて初体験の物ばかりだ。だからシロタマにそう言われれば、素直にゴミ箱を探してしまうのさ。
──んな、わけねえだろ!
優衣が渋柿をかじったような顔をして言う。
「機長さん。パイロットをオートにしてください。ここからは管制システムに任せたほうが素早く安全に駐機位置に誘導してくれます」
「らしいデ、機長。ユイの言うとおりにしなはれ」
《了解。一抹の不安が残りますが、オートにしてみます》
腕の立つ人物ほど機械を当てにしないのはどこでも同じで、機長曰く、この船はかなりクセがあるらしい。以前シロタマが勝手に操縦した時(W3C・時の流れ:参照)、全員を船酔いさせたのは記憶に新しい。機長なら決してそんなことにはならないからだ。
清澄な大気の中をハヤブサのように急降下した銀龍は純白の駐機場にふわりと舞い降りた。そしてそのまま音もなく誘導ラインに沿って滑空し、無駄のない華麗な飛行姿を管制塔に見せつけてから、静かに地面に着地した。
どうやらここが停泊スペースらしい。ずらりと並んだ色とりどり、形も千差万別の宇宙船のあいだに銀龍が収まった。
他の惑星からもわざわざやって来るほどのリゾート地だ。大規模な空港で設備も立派だった。
「さぁ。行きまっせ」
リゾートなんかくだらない、と言い切ったシロタマに留守番を任せて、久しぶりに真っ平らな地面に降り立つ。
「こうやって見ると、他と引けを取っていませんな」
銀龍ラブの機長らしい感想だが、鏡みたいに光を全反射する船体は、確かにどこの宇宙船よりも美しかった。
玲子も立ち止まり、半身をねじって船体を仰ぎ見る。
「うちのは中型機よりすこし大きいランクに入るのね。やっぱ宇宙に出ると勉強になるなぁ」
鏡面の機体に反射する日差しが強くて、眩しげに手で目を覆う。優衣もつられて銀白色の機体を見上げた。
「全反射塗装は今から半年後に大流行になります。この銀龍を見てからですけど……」
優衣のお告げのような言葉に、機長と社長の目の奥がきらめく。ちょっと誇らしげに、かつ嬉しそうに目じりを下げた。
「ほうでっか。そやけどそれ、どういう意味でっか?」
「それはちょっと。時間規則で申し上げられません」
そう聞いた途端、不気味な予感を覚えたのは、またしても俺と玲子だけのようだった。あいつも不安に揺れる視線をこっちに振って来た。
互いに色々と災難に遭っているから、優衣のちょっとした言動で過敏に反応してしまうのさ。
嫌なことを忘れるには、まず海を見よう。上空から見た限り、空港のすぐ脇が海だったはずさ。
「で、どっちへ行けばいいんだ、ユイ?」
眩しい容姿をした二人に目を向ける。
補足として先に言っておこう、茜はそこに入っていない。
玲子と優衣は秘書課のスーツとミニスカートというおそろいの準礼装で、ここの景色と見事にマッチしており、まるで大型ジェットの隣にたたずむキャビンアテンダントのようだった。
その横でぽけっと突っ立った茜は、俺とおそろいの作業服姿。ジャージとも言う。
つまらなさそうに、
「わたしだけ。こんな格好……」
服装に関しては、女性らしさを求め始めた茜だ。それは悪い事ではないが、俺と田吾も同じ格好なのがちょっとまずい。やけに目立つんだ。正直言って空港の作業員だ。ほらあそこを歩いている人と茜の姿とどこが違うんだろう。
ま、いいか。休暇中なんだし。
「入星申請はこちらです」
優衣は俺たちを空港ロビーへと誘う。そこへ、ごぉっと、乾いた海風が勢いよく吹き抜けた。あまりの気持ちよさに、両手を空に突き出して背筋を思いっきり伸ばす。
「社長、来て良かったっすね」
「ほんまや、それもオゴリでな」
はは……。
海風同様乾いた笑みと共に空を扇ぐ。透き通った青空から夏の陽が刺すように照っていた。
その中をまた一機、腹に沁み入るような爆音を轟かせて十字型をした船が降りて来た。
ちらりと視線を振ると、声を潜める優衣。
「いま降りてくるのはザリオンの連中です」
「ザリオン?」
首をかしげる茜に、優衣は「そうよ」とうなずき、
「喧嘩早い連中です。ユースケさん気をつけてくださいね」
途中から俺へと視線を滑らせた。
「なんで俺なんだよ。それなら玲子に言えよ」
玲子は聞こえない振りをかまして社長の後ろを追従。
「ま、イロイロな人種がいるから気をつけるんや。安全なリゾート地やゆうても、おかしな輩もおりまっしゃろ?」
「それが俺たちで無いことを祈るぜ」
玲子に釘を刺す意味で告げてやったのだが、自分のことを棚に上げて、
「ヲタにバカ。あなたたち、笑われないようにしてね」
とぬかしやがった。あー腹が立つオンナだぜ。
「俺はお前のことを言ったんだ。ここは高級リゾート地だ。いつもみたいに飛んだり跳ねたりして暴れるんじゃねえぞ」
「失礼ね。飛んだり跳ねたりって、優雅に跳ねるバンビみたいに言わないで」
「何がバンビだ。ゾンビみたいに不死身のくせしやがって」
「もう、うるさいでんな。ユイ、この二人引っ付けなはんな。サルとイヌの仲やデほんま」
サルは玲子のほうな。
「そやけど──何か気分よろしおますな」
社長の感想は、入星手続きでのことを言っている。理由はよく解らないが、他の異星人は念入りにボディチェックや持ち物検査をされていたのに、優衣を先頭に歩く俺たちの集団は完全フリーパスだった。ただ彼女が書類を見せた瞬間に係官の表情がやけに強張ったのが、ちょっと意味不明で気にはなるがな。
ともあれ、無事手続きを済ませた俺たちは空港のロビーを歩いていた。
ところが、しっかりと手を振って、堂々と真ん中を歩くのは優衣と社長だけで、俺たちは、とても堂々とは言い難い状況であった。
おっかなびっくり、ドキドキビクビクしながら壁伝いに、驚愕の視線を巡らせつつ背を丸めて歩く姿は、よけいに周りの異星人から好奇な目で見られることとなる。
「みなさん。もっと真ん中を歩いたほうが楽ですよ」と優衣に注意されるが、
「そんなこと言われたってもよぉ」
「そうよ。そっちは危ないわ」
それもそのはず、これまで会ったことも無い多種多様の異星人がうろうろしていたからだ。
さっきまで腹が減ったー、と喚いていた田吾が、ロビーに入ってからずっと黙り込んでいたのだが、
「な、なぁ裕輔、あれ女ダすか、それとも男ダすか? 男女の顔が表と裏にあるダ」
「し、信じられん。生物学的にあんな風に進化するわけねえだろ。宇宙って謎に満ちてるぜ」
ヒソヒソと語る俺たちの前を通る人物を眺めて、二人そろって声も絶え絶えだ。
「あれは雌雄前後同位体のタレストイ人です。周期的に男性になったり、女性になったりします。両方の状態が表裏に出ているので、今はちょうどのその境目だと思われます」
優衣がこともなげに言うが、
「そりゃおかしいだろ」と言うのは何も間違っちゃいない。
「じゃあ男になったら、後ろ向きに歩かないといけねぇぞ」
「はい、後ろに歩きますよ」
優衣の返事は平然と平淡だった。
「「え゛っ?」」
裏返った声を出して、田吾とそろってタレストイ人に振り返る。
「そんな非常識な……。性別不明じゃねえか」
タレストイ人に目を奪われていた一行のすぐ脇をショッキングピンクという、派手な色の体毛に覆われたペットを連れた女性が通りすがった。
それが、まぁなんと見事なダイナマイトボディなんだろ。肌もあらわにプリンプリンと、あんなとこやこんなとこを揺さぶって闊歩中だ。
ペットらしき生き物は、ピンク色のもさもさとして丸まった体毛をした四肢の動物で、短い肢をちょこまかと動かして、女性の周りを歩き回っており、首輪もしてあり、そこから繋がった鎖を女性が持って優雅に歩いていた。
「可愛いワンちゃん」
膝を曲げて、玲子が手を出そうとすると、
「レイコさん……やめてください」
声を潜めた優衣がそれを制した。
「え、こんな可愛いのに凶暴なの?」
玲子は跳ねるように立ち上がり、優衣はさらに音量を下げる。
「しっ、声が大きいですよ。犬に見えるほうが飼い主で、女性に見えるほうがペットなんです」
「なっ! え? うそ!」
全員でダイナマイトボディの女性と動物の姿を、外眼筋の高速反復運動という荒業で黙視する。
息を詰まらせて凍りついていた玲子も、点になった目をようやく優衣へ戻すと、
「く、首輪をしてたわよ?」
動揺を隠せない眼差しで訴え、田吾も声を震わせる。
「首輪って、しゅ、趣味ダすかな?」
「非常識にも程があるぜ。しかし……」
俺は声に変換することなく念じてみた。
(あんなペットなら欲しいな)
「おまはんら、キョロキョロしなはんな! 田舎もんに見られまっせ」
猛烈なカルチャーショックに怯えていた俺たちは、先で立ち止まる社長と優衣の下に、助けを求めて駆け寄ったのは言うまでもない。
空腹とカルチャーショックは関係性が無いようで、
「腹減ったダぁぁぁ。死ぬかもしれない」
と、あんまり田吾が騒ぎ立てるので、
「赤ちゃんみたいに喚きなはんな。ほんまに……。ユイ、さっさとチェックインして、どこかレストランでも入りまっせ。海へ遊びに行くのはそれからや」
社長の文句はまだ続く。
「田吾はうるさいし、玲子と裕輔をくっつけたらケンカばっかりしよるし。ほんまどいつもこいつも子どもとおんなじや。見てみいアカネみたいにおとなしゅうに……」
ようやく茜がいないことに気づく。
「アカネ?」
「アカネちゃん?」
全員で空港の広いロビーを見渡す。
「あ。あそこにいるダよ」
田吾の指さす先、大きな芋虫が尺取虫ふうに伸縮歩行をしていた。たぶんこれも異星人で、うかつに虫扱いをするととても厄介な問題にぶち当たるのだろう。んで、下手をすると惑星間戦争にもなりかねない。虫扱いはやめておこう。
茜は環形動物にも似た円柱状の生命体が見せる面白い動きに誘われて、その後ろをついて行ったかと思うと、途中で鼻をひくひく。レストランから漏れてくるいい香りに誘われて、店の中に入って行こうとするところだった。
お前が行って連れ帰って来い、と社長が顎で命じるので、
「何かあるとすぐ俺だ」と、とりあえず文句を一発。
「アカネのコマンダーはおまはんやろ。行くのが当然や」
「はい、はい」
後ろから「ハイは一回や! もったいない」と怒鳴られつつ、レストランに入って行こうとする茜の首根っこをひっ捕まえた。
「お前は金を持って無いだろ。こいうところは金を持ってから入るもんだ」
「これがレストランですかぁ?」
「そうだ。お金を払って物を食うところだ。お前には関係ない」
「そんなことありませんよー。わたしはもう数百の料理の匂いと味を学習しています。でももっとバリエーションを増やすには新しい料理を食べる必要があるんです」
「料理人みたいなことを言っていないで、とにかく自由行動は禁止だ。こんなところで迷子になったらえらいことになるだろ」
と、咎めるものの、茜が言うこともあながち間違いではない。ここで美味い料理を学習して銀龍に帰れば、あのワンパターンの食事から逃れることができる。
ただし、その料理を作るのにあたっての食材があの宇宙船には今は無いのが現状だ。
「ふむ……」
妙案が浮かんだ。
パーサーが食料の買い出しをするときに茜を付き添わせ、その食材を大量仕入れすればいいのだ。したらば、飽き飽きしていた銀龍のメシが明日から一流レストランだ。
勝負は明日だろうな。パーサーの予定を綿密に調べておこう。その前にまずはこいつに美味い物を食わせて味と食材を覚えさせることだ。
「チェックインしたら、レストランに行くらしいのでそれまで我慢しような」
さっき田吾にも言ったセリフをもう一度吐く。
「ガマンできましぇーん」
田吾といい、こいつといい、食い意地の張った奴ばかりだ。
抗う茜の腕をひっ掴み、マンガみたいに引き摺って、みんなの前に戻る時に気づいたんだが、俺と茜を見る通行人の視線が、やけに蔑んでいる……。男性より女性のほうがその傾向が強い。
理由は警備員らしい制服の男が現れて、その口から告げられた言葉で明らかになった。
「オマエら、こんなところでウロウロせずに持ち場に戻らないか」
なんだか屈辱的な物の言いだが、優衣が飛んで来てあいだに入ってくれた。
「今のはどういう意味でしょうか?」
警備員は優衣が着る舞黒屋の制服姿を眩しげに見て、
「いえ。この二人はこの空港の作業員でして……。ここは高級リゾート地でありますから、作業員は一般の方の前にこのような姿で出てはいけないという規則があるのです」
優衣は嫣然と係員へ微笑みかける。
「我々の星系ではこれが正式な服装。この方々はこの空港の作業員ではありません。ワタシの上司に当たる人です」
「え?」
警備員は動揺を隠せない様子だが、
「こ、これは失礼。してどちらの星の方で? 入星申請書をお持ちでしたら……」
腑に落ちない様子はまだ消えていない。
渋々という感じで、優衣は入星管理員に提示した書類を取り出し、その男の前ではらりと広げて見せた。
「ワタシはこういう者です」
「な────────っ!」
人間が落雷を喰らった瞬間を目撃したようだった。
警備員のオッサンは髪の毛を逆立て裂けるほど目を見開き、地面に叩きつけられたカエルみたいに両手両足をぱっと広げたかと思うと、激しく呼気を吸い上げ、
「アーキビスト……さま! ご無礼を……お許しくださいませ──っ!」
そう叫んで、まるで子ネズミを追い掛けるネコみたいにひれ伏したままロビーの床を滑って行った。
「どなしたんや? アーキビストってなんでっか?」
社長は不可思議なモノを見るような目で、無言で書類を折り畳んでいく優衣の手を見つめ、田吾はあの警備員がいつ立ち上がるのかを眺めていた。
「このお洋服はここで着たらいけないのですかぁ?」
玲子は半べその茜を慰めつつ、
「いいんだけどね。ちょっと目立っちゃったね」
「堂々としてたらエエねん、アカネ。それは銀龍の制服や。いっこもみすぼらし無いデ」
みすぼらしくは無いが、格好がよくない。
みんなが顧みるロビーの床の上。警備員は立つことなく、雑巾がけでもする小坊主みたいな姿を観光客に曝け出したまま遠くに消えた。
「──そうだ、チェックインしたらちゃんとしたお洋服買ってあげるから我慢しなさい」
「なら、オラたちのも頼むダよ」
「おぉ。バリッとしたアロハかなんかがいいな」
「あなたたちは自分で買いなさいよ。あたしは知らないわ」
「お前も失敬な奴だな。俺たちが金を持ってるハズねえだろ」
「わかった、わかった。とにかくすべてチェックインしてからや」
「え? 買ってくれるの?」
社長がこんな振る舞いを見せることは、まぁまずない。絶好のチャンスさ。
「あー買うたる。ユイのクレジット棒が使えたらそれでな」
やっぱりピクセレート頼りか。
金の話になると、ケチらハゲはあくまでも他力本願なのだった。




