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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  惑わされた歴史  

  

  

 銀龍の転送室で実体化すると同時に俺が叫ぶ。

「どうすんだ。歴史が変わるぞ!」


 出迎えに来ていたハゲオヤジが、すかさず割り込んだ。

「なんや裕輔! なんかやらかしたんか!」

「うっ……あ? い、いや……あの」

 狼狽(うろた)えた。大パニックだ。ここに社長がいるとは思わなかった。こんなに複雑な事柄をどこから説明していいか分からない。

 口ごもって派手に目を泳がせていたら、すぐに司令室へ連行されて、事情聴取が始まった。



「ほんで? 何がおましたんや?」

 茜は不安げに見つめる田吾に愛想笑いを浮かべ、俺はその袖を引っ張って社長に報告する黒髪の美女の横に並んだ。

 何があった、と尋ねられても即答できない。三人とも埃にまみれ、茜の作業着はボロボロ。この姿になるまでの経緯すら説明のしようがない。しかも玲子の毛皮のコートにはピンクダイヤが入ったままだ。



 二人してモゾモゾしていたら、社長が言う。 

「玲子。おまはんナンボ飲んだんや? えらい酒臭いがな」

「え? あの……。一本か二本ですけど」

 ウソ吐け、朝まで飲み続けていたくせに。お前と飲んだら酒樽のほうが先にギブアップするぞ。


「おい。ちょっと、お前本当に酒臭いぞ。アカネやユイが酔いだしたらまずいだろ。そのこともまだ社長に内緒なんだぜ」

 優衣たち管理者製のアンドロイドはとても酒に弱いという事実だが、まだ俺と玲子だけの秘密なのだ。

 耳元でこっそり忠告してやると、彼女はささっ、と部屋の隅にある空調の吸い込み口の前へ逃げ込み、素知らぬ顔をして天井を見上げた。


 社長は腕を組んだまま、不快感を(あらわ)にして俺たちに命じる。

「それより(ほこり)臭そぅてかなわんワ。おまはんら、シャワーを浴びてきなはれ。話しはそれからヤ」

 だよな。茜なんて頭の上からつま先までコンクリートの粉塵で白一色だし、片袖は引き千切れて半袖になっている。これを見るだけで、派手に何かやってしまいました、と吐露しているようなもんだ。





「お茶をどうぞ……」

 シャワーを終わらせ再度司令室に戻ると、優衣がお茶を配るという珍しい光景が待っていた。

 玲子はそれ引っ掴むとひと息に飲み干し、お代わりを要求するが、

「すみません。人数分しか作っていなくて。でも裕輔さんのポケットにスポーツ飲料が一本残っていますので、それを頂いたらどうですか?」

 優衣の言うとおり、茜にと思って自販機で買ったヤツが入っていた。


 急いでポケットから出して玲子に渡すが、なぜそれを優衣は知っているんだ?


 彼女は小声で言った。

「アカネが横で見ていましたでしょ?」

 優しい微笑みと共に穏やかな視線が俺を捉える。

「ユウスケさん。ワタシは、元アカネですよ」


「あ……そっか」


 なかなか優衣と茜の関係が頭に入らない。茜は優衣の過去の姿なのだ。茜が見たり聞いたりしたものは優衣の記憶に残るのさ。ややこしいだろう。ああそうさ。とてもややこしいぜ。


「それと……」優衣は補足する。

「プロパティを《シズカ》に変更したのはアルトオーネへ転送されてから12分後です。なので元のアカネに戻るまであと4分ありますよ」

「ぬぁぁぁぁ。そうだった」

 やばい。と思い振り返ったが、時すでに遅し、茜は田吾に(つか)まっていた。


「シズカちゃんって誰ダす?」

「留守中の仮の姿でーす」

「何のことダすか?」

「変装ですよー」

 とか田吾に説明する茜を引き離し、適当な用事を言いつけて部屋から追い出した。


「シズカってなんや? うちの嫁はんと(おんな)じ名前やけど」

 訝しげに近寄る社長には、

「さ、さぁ。何でしょね。何しろあいつは妄想癖がありますからね」

 社長は胡乱な目つきで優衣に歩み寄り、

「アンドロイドが妄想なんかしまんのか?」

 と質問して、彼女から苦笑を貰ってキョトンとした。



「ぁぁ神様……。あと数分、何事も起きませんように」

 真剣に祈りを捧げたのだが、このままだんまりを通せるはずがない。何しろ玲子のコートには今世紀最大の懸案問題が突っ込まれたままなのだ。


 ひとまずその存在をあからさまに見せるわけにはいかないので、やんわりと居酒屋での出来事から説明を始め、銀行の金庫を破った説明までをひと通り済ませた。


 最初は泡を吹くかと思うほど驚き、怒り狂ったが、意外にもすぐに収まり、

「まぁ。やってしもたことをグダグダゆうてもしゃない……」

 と、ほぼ鎮火。ひとまず穏やかになり、

「新聞で読んだんやけど、あのダイヤは盗まれずに金庫の前にあったちゅうことや。ということはちゃんとおまはんらが戻しといたんやろ? ほんなら問題は無いがな。まぁセキュリティに関しては、無人管理はまだ無理やと言う警鐘になったんやし。ワシもそう思ってたんや。ま、時間規則に反せんかぎり、結果オーライやデ」


 ピンクダイヤの事件は大きく報道されていたので当然社長も知っており、どのように事件が収まったかまでも承知していた。おかげで取り立ててこれ以上騒ぐことは無かったが、ここからがもっともヤバイところ。まさかそのダイヤが玲子の後ろ手に握られているなど、誰が想像できようか。



 言い出しにくい状況なのは玲子も同じで、さっきからモゾモゾしっぱなしだ。でもこのまま黙り通すのは不可能だと判断したのか、

「それが……」

 ハゲの顔色を窺いながら、手にしていた物体をゆるゆると差し出した。


 一拍の静寂が広がったかと思うと。

「どぴゃぁ──っ! ぴ、ピンクダイヤ!」

 脳髄の奥まで響く雄叫びをあげて、スキンヘッドは大げさに騒ぎ立てた。


「えらいこっちゃぁ──っ! 一世一代の大事件やぁ──っ!」


 その声に驚いて玲子はまたもや空調の吸い込み口に退避し、ハゲは騒動を聞き伝て、飛び込んで来たパーサーを掴んで(ぶつ)を見せびらかした。


「パーサー、見てみぃ。ピンクダイヤでっせ! えらいこっちゃ!」


 あの沈着冷静なパーサーでさえも、

「こ、これは……なんと……」

 しばらく足の裏を床に貼り付けたまま、上半身だけが動くオモチャに似た動きを披露してから、

「いやいや、そんなはずはありません。これは偽物です。ここにあるわけが無い」

 とか言って手を伸ばすものの。


「うがぁおぉぉ!」


 うっかり電気ウナギを釣り上げたバカが、思わずそれを掴んでしまった、というお題のジェスチャーみたいなものを披露して固まってしまった。



 野球のタマほどもある薄ピンク色のダイヤモンド。

 本物の輝きを見たことが無い者でも、圧倒させるだけの威厳に満ちた迫力を放出する宝石だ。だから世界一と呼ばれる。


「あなぁぁ、ふあ。本物ぉぉぉ」

 頓狂な叫び声を上げ続けて、蝋人形化していくパーサー。


 こうなったらすべてを打ち明けるしかない。


「すみません社長。先に転送が始まっちゃって……。間に合わなかったんだ」

「ど、ど、ど、ど、ど」

 ど、を5回ほど言ってから、聞こえるほど喉を上下にさせて、もう一度言い直す。


「どないしまんねん。転送したんが午前9時や。もう銀行は開いてまっせ。いまさら戻してももう遅いワ。世間はダイヤが盗まれたって、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎやろ。あぁ歴史が変わってもうたがな!」


 社長は「えらいことになってしもた!」と絶叫を残して、皮膚が赤くなるまでハゲ頭を掻きむしり、

「ど、どないします? このままポケットに入れて宇宙を彷徨いまんのか?」

 茹タコ状態の顔を天井に張り付いていたシロタマへと向けた。


「ゴキブリ船で海賊でもちゅればいいでシュ」


 ふありと空中に出たシロタマが銀行で俺が漏らしたのと似たセリフを残して、部屋を出て行こうとしたので、

「タマ……、頼む。俺たちゃ親友だろう。何か助言をくれ」

 腹立たしいことだが、こいつに懇願するしか策はもう無い。


「オメエと契りを交わした覚えは、にぇーでしゅ」

 そんな気持ちの悪いことはしていないが……する気も無いし。


「何か対策を考えてくれよ。ちょちょっと時空修正とかすればいいんじゃね?」


「時間項が定まってしまった因果関係を覆すには膨大なエネルギーが必要なんでシュ。オメエの尻拭(しりぬぐ)いだけに10ギジワット(≒ギガワット)ものパワーを使う価値は無いでシュね」

 風に乗る風船みたいに俺の頭上でふわふわと漂ういけ好かない奴め。よくそれだけ高慢な態度が取れるもんだな。


 俺は憎々(にくにく)しく上目遣いにその姿を睨み、社長は掻き毟っていた手の動きを止めて、願いを()うような表情を優衣へと向けた。


「なぁ。もういっぺん過去に戻ってやり直せまへんか? このボンクラ連中が裏通りで眠りかけたら、シバくだけでエエねん」

 シバかれるのは本意ではないが、この際それでも仕方が無いな。


 ちょうど俺と社長の中間位置に浮かんでいたシロタマが物を言う。

「ユイ。このおしゃる(猿)たちは、まだ気がつかないでシュよ」

 何が言いたいのかよく解らないが、意外と腹が立たなかったのは、ずっと優衣が微笑んだまま俺を見ているからだ。


「ユウスケさん?」

「なんだよ?」

 戸惑う俺に優衣は柔和な笑みを消さずにこう言った。


「今日は日曜日ですよ。銀行が開くのは明日です」


「 あ 」

 ディスプレイの隅っこに映るカレンダーに全員の視線が集中する。分かりやすいように二年前の同時刻に合わせてあるヤツだ。


「ほんまや~」

「うひょぉぉ、助かったぁ」

 力尽きて崩れる社長と俺。二人して床に膝を落し、突っ伏した。


「後で転送しておけばじゅうぶん間に合います」

 優衣の甘声が天使の言葉に聞こえたね。


「ようゆうてくれた。ふはぁ。寿命がおもいっクソ縮んだデ」

 ひゅぅ、と社長は変なふうに喉を鳴らしていたが、

「ん~?」

 なぜか一拍あけて疑念めいた目つきなると、社長はしばらく眉をひそめた。


「ちょっと待ちいや……」

 何かに気づいたのか、ハゲオヤジは前髪を空調の風になびかせている優衣へ首をねじった。


「アカネがやらかしたことは、事前におまはんには解るんちゃうんか? それが時間のパスで繋がってるちゅう意味や、ってゆうてましたな……。まさかおまはん!」


 脳内温度が急激に上昇。


「こうなること最初から知ってて、黙ってましたんか?」


 優衣はにこやかに、かつこともなげに首肯し、

「最初にアカネの社会勉強だと、お伝えしましたでしょ?」

「せやから、あんなにアカネを連れて行ってくれと推したのか……。あっ」

 と言った後。自分の吐いた言葉に息を飲んだ。

「ちゃうんやっ! アカネやないとあかんのや。そうか! これはすべてが歴史のとおりなんや。ワシの前にピンクダイヤが持ち込まれ、それを慌てて金庫の前に戻すことも、何もかもそういう歴史やったんや!」


「やっと気付いたでシュ。洞察力はしゃる(猿)以下でシュね』

 天井からシロタマにコキおろされたのにもかかわらず、社長は怒りを忘れて茫然とし、玲子は吸気口へと酒臭い息を吐きかけていた。


「つうことは……俺たちは利用されたのか?」

 こいつ、(あなど)れん。俺をうまく使って歴史を刻みやがって。せめて結末を教えておいてくれれば、こんなに肝っ玉を縮めることも無かったんだ。


 優衣は薄く笑いながら言う。

「結果の知っている推理小説は読む価値が無いでしょ」


「あぅ……」

 言葉が出ない。こいつと本屋へ行くのは金輪際よそう。

  

  

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