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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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ハイテク・コンベンションセンター

  

  

 銀龍を中継局にしてW3Cとリンクを再構築したシロタマは、亜空間に関するデータをダウンロードしたらしく、俺に方法を教えるからやれ、と相変わらずの上から目線で命じた。


「バカだとかアホとか、うっせーんだよ。クソタマ!」

《だって言うとおりにちないんだもん》

「お前の言うとおりやってたら、腕の骨がどうにかなるんだよ!」

 それほどに意味不明の解析だったことを伝えておく。


《ほら。あとは、そのエンターキーを押すだけでシュよ》

「これがエンターキーかよ?」

 強く首を捻ってしまうのは、どう見ても子供の落書きか、引っ掻き傷にしか見えないからだ。


「どうする社長?」

《どうもこうも。このまま帰ったら藩主に何を言われるかわかりまへんで。せやから何でもええから持ち帰らなあかん。ほんで高こう請求したったらエエねん。現状では大損やからな》


 ひでぇなぁ。もし何も成果が見込めなかったら、ここの砂でも持って帰るつもりだったんだろ。

《当たり前や。砂でも岩でも銭に替えまっせ。ほれ、裕輔。はよエンターキー押しなはれ》

 と言って、俺の肩をせっつくケチらハゲ。やっぱりシロタマの推測は正しかったようだ。


 おいおい。これがもし最終兵器の発射ボタンだったらどうすんだよ。しかもターゲットがアルトオーネを指していたら、自ら滅亡の道を選んだマジでバカな猿だ、って宇宙の笑い者になっちまうぜ。


 かと言っても、こっちもしがない宮仕えの身だ。社長命令には逆らえない。


 玲子とシロタマが注ぐ熱い眼差しに見守られながら──押した。

「どうにでもなりやがれ!」とな。



 世を捨てたような独白と同時にウィザードパネルが建物の奥へ下がった。まさかそういう動きをするとは思ってもいなかったので、力強く前へ押した俺は、勢い余ってみんなの前で前転をして中に飛び込んだ。間髪入れず、猛烈な風が吹き出して来て、今度はその風圧に押されて元いた場所に転がり出てきた。


 何がなんだかよく解らないが、先ほどから俺はごろごろ転がるだけで───猛烈な風に吹き飛ばされた俺を反射的に止めてくれたのは玲子だった。

「あ、あのさ……助けてくれたのは嬉しいのだが、足で抑え付けるのはやめてくんない?」

 まるで女王様に踏みつけられたヘンタイオヤジみたいな絵になっていた。


《早く入って! 空気が勿体ないでしゅ!》

 轟々たる風が流れるにもかかわらず、シロタマはピクリともしないで静止していた。


《空気って、この突風がそうなんか?》

〔建造物の中はアルトオーネと同じ成分の大気が、同じ圧力で維持されています〕

《ほんまかいな! そりゃあすごいがな。とにかく中に入れてもらいなはれ》

 社長は建物の中に片足を入れて半身をねじり、砂の上でカエル化した俺と、その腹を足で押さえつけている玲子に向かって手招いた。


 飛び込むなり、マイクを通して伝わっていた轟音が遮断された。


《閉めたよ》


 起き上がると暗闇の中にシロタマ浮かんでおり、防護スーツのマスクの両脇から照らすライトの光りに水色の壁が輝いていた。

 それはたった今まで見ていた光景を内側から眺めることになる。

「建物の中に入っちゃったけど……後で出られるんだろうな」


《ほんとうにあなたって臆病者ね》

 ムッとする俺。

「臆病なんかじゃない。慎重なだけだ!」


《まぁ、こういう場合は裕輔の言うこともあながち間違ってないで。ここがゴキブリ捕獲器やったらワシらの将来は真っ暗闇や》


 奥の暗闇を指差してくだらないことを言うもんだから、マジでそんな気がして来た。やっぱ暗闇というのは恐怖を誘うものだ。

《大丈夫よ。シロタマが閉めたんだもん。開けることもできるわよ。そうでしょ?》


 お前はタマ野郎を過大評価してんぞ。こいつはそんな立派なヤツじゃない。

《…………………………》

 返事がない。

 俺たちの呼吸音だけで何の音もしなくて、ドキリとして天井付近へライトを照らしていみると、光のラインが無限の彼方へと吸い込まれる中、じっと静止するシロタマが白く光っていた。


「なんか見えんのか、タマ?」

 何かを探っているようだが、俺には奥行き感の無い漆黒の空間が広がるだけで何も見え……ん?


 あ──── っ!

 思考が止まった。

 足下から奥へ向かって、左へ緩くカーブするライトの列が点って行くのだ。


《な……なんや!》

《キレイねー》

 どうも玲子だけ緊張感が足りない気がするな。


《奥へ誘ってるよ》

「シロタマはここに来たことがあるのか?」


《来たことは無いけど。おんなじEM輻射波が満ちてる》

「なんだそれ?」

《電子機器から漏れる電磁波の事や。回路が同じやと同周波の輻射波が放出されるんや》

 なるほど、さすが本職だな。となると中にシロタマに似た、くだらんマシンが並んでいるということか?

 とか考えて、ちょっと間が空いてから、

「えーっ! ということはW3Cを作った異星人がここを作ったって言うことか!」


 社長はマスクの中で、俺をすがめて言う。

《ホンマ鈍いな。おまはん》

 そんなに褒めないでください……。



「衛星の裏に忽然として現れた建築物と百年前に現れたスン博士がどう関わり合うんすか? そもそも衛星の裏にあったってことは、隠していたんだ。きっとそうだぜ」

《せや。この建モンのある場所はしょっちゅう無人探査機が飛んでた空域や。半年前の空撮ではなんも写っとらんかったからな》


「だけどあの速度で飛んでいたのに目に付いたということは、今度は発見されることを望んだのか? 何のために? なぜこのタイミングなんだろ?」


《そやからこそ、探求するべきなんや。ビビっとったら何もできひんやろ。慎重すぎるとカスを引くデ》

「でも、無謀なあいつよりマシっすよ」


 玲子は一人で、さっさと光の列に沿って奥へ行こうとしていた。


 バカを呼び止めるシロタマ。

《ここにいたほうがいいでしゅ》

「そうだ。勝手な行動をとるな。危険に決まってんだろ」


 玲子は駆け戻るなり、

《特殊危険課が危険から逃げてどうするの!》

 えらい剣幕だが、この場合は俺のほうが正しい気がする。


「お前のは無鉄砲って言うんだよ」

《あなたのは意気地が無いって言うのよ》


「なんだと!」

《なによ!》


《ほら。じゃれ合いはあとにせい。何か来ましたで……》

「ジャレてないっすよ。これはですね──うぉっ! なんだ?」

 俺の目の前にシングルベッドほどの面積を持ったプレートが音も無く滑り込んで来て、ゆっくりと静止した。とても固そうで滑々したプレートが床から数センチほど浮かんでいる。


 乗れば連れてってくれるよ、とタマが言うもんだから、

「どこへー?」

 ものすんげぇ懐疑的に訊いたのに、

《乗れば分かるって言ってんの。ほら乗りなさい》

 玲子にケツを蹴られた。


「おい、痛いだろ! 何にすんだよ……あうぅっ」

 蹴り足りなかったのか、今度は力いっぱい押され、前に突っ伏した俺はプレートの最も先頭で四つん這いになった。いきなり圧し掛かった体重を相殺するかのように、フワフワと上下したが、浮き高は維持し続けていた。


《シロタマ。ワシらは招待されたんか? それとも監禁されたんか》

《ほら……》

 タマ野郎は背後の暗闇へ飛び付くと、何らかの操作をする。瞬時に隙間が空いてイクトの地面が見えたと同時に、猛烈な空気の流れが俺を乗せたプレートを数十センチ後ろに引き摺った。


「わ、わ、わ、わ。押し出されるって!」

《タマ! もうええ、解ったがな。入り口を締めなはれ。空気が勿体ないやろ》

 この期に及んでまだその言葉が出るとは、さすがケチらハゲだな。


《つまり自由に出入りできるちゅうことや》

「そういうことか」

 だったら早く言えってんだ。ビビったところを暴露して恥をかいたじゃねえか。バカタマめ。覚えておきやがれ。


《それよりシロタマ。ほんまにこの中は空気で充満してまんのか?》

 してるよ、と答えてから、

〔窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素などがほぼアルトオーネと同体積比で含まれています〕

《ほーか。ほんなら安心やな。裕輔、マスク外しまひょか》

「だよな。動きづらいもんな」


《ちゃうワ。防護スーツの酸素が勿体ないからや。一立方メートルなんぼする思てんねん》


 ずりっ。


 何度でも言おう、防護スーツ越しにずっこけるのはちょっちくたびれるのである。

「け……ケチらハゲめ」


《何かゆうたか?》


「なんでもないっす」

 ごまかし半分。マスクのロックを外す。


 エアーが漏れる音がして、ヒンヤリ清々しい風が頬を撫でて通った。涼風と言ってもいい。まるで草原のそよ風だ。

 ゆるゆるとマスクを外して、深く息を吸う。

「あ──空気が美味い」

 そう言って後ろに振り返ると、二人ともまだマスクを被っており、観察するような目で俺を注視していた。


 少しして、社長がふざけたことをぬかしやがった。

《大丈夫そうやな。玲子。ワシらも外しまっせ》

「えっ? あっ、俺を実験台にしやがったな!」


《あはは。気にしなはんな》


「ひとを踏み台にしやがって。なんちゅう上司だ。まったくロクなことが起きねえ。金輪際信用しないからな」

 腹を減らしたままだと、だいたいにおいて嫌なことが起きる傾向がある。しかしこの状況は、空腹を解消するには最も縁遠い状態だ。




「わぁ。気持ちいぃ」

 玲子はマスクを外し、深呼吸に続いてその黒髪を大きく翻した。芳しい香りが振り撒かれ、悔しいがここの空気の鮮度がもう一段上がった気がした。


 滑らかに動き出したプレートの縁にしがみついて、緊張状態なのはどうやら俺だけのようで、

「すごい。速いじゃない!」

 遊園地のアトラクションみたいに言うのは玲子だし、

「どないな構造や、これ」

 と社長は技術者らしい言葉を並べてるし。


「あんたらアタマおかしいぜ。百年前の謎がさらに深まるかもしれないのに、ずいぶんだらけた感想だな」とは俺だ。


「まぁ。行けば解るわよ」

「ほんまや。考えるのは後にせえや」

「能天気な話だぜ……付いたところが処刑場だったらどーすんだ」


 俺の予感は外れていたようで──。


 プレートは移動中と同じく無音のまま、また乗った者の体勢を崩すほどの急激な制動を掛けるでなく、静かにゆんわりと止まり、今度こそ本気で息を呑んだ。

  

  

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