現実を愛した男
初投稿です。
舞台は現代ですが、あくまでファンタジーととらえていただければ幸いです。
心温まらないホームドラマです。
あるところに、平凡な男がいた。
男は、自分のいるこの世界が大好きだった。だから、そんな世界を歪めて無理やり作り上げた虚構を愛する人間を、彼は憎んでいた。そんなものにすがるのは弱い人間だ、そう思っていた。
そのせいか、彼は若いころから周りとの衝突が絶えなかった。頑固者の性分も手伝い、一度も自分の意見を曲げることはなかった。いつしか彼の周りに、大嫌いな虚構を愛する人間はいなくなっていた。
だが、男は自分の考えが正しいと信じて疑わなかった。
そんな男も当たり前に恋をした。フィクションじみてない、とても現実的な恋だった。
もちろん相手も、現実をこよなく愛する、彼によく似た女性だった。
程なくして、二人の間に子どもが産まれた。子どもはすくすくと育った。幸せの絶頂だった。
しかし、ある日男は恐ろしい事実に気がついてしまった。
どうにも息子は虚構の世界に魅せられてしまっているらしい。
身の毛もよだつ思いだった。
確かに息子が幼いころは、そういった御伽噺の類を見せていた時期もある。小さい子どもには言って聞かせるよりも、ある程度幻想的な話の方が教育にいい、と考えての苦渋の決断だった。
でも、それも息子が物心つくころには全て卒業させたつもりだった。
それがいったいどこから入り込んだ?学校?それともコマーシャルか何かか、出所は分からないが、憂慮すべき事態だ。今すぐやめさせなければ。
男は息子から娯楽の一切を取り上げた。これは良くないものだと何度も言い聞かせた。
子どもは泣いて反抗し、父親と口をきかなくなったが、親への反抗は成長の当たり前の一過程にすぎない、成長すれば俺に感謝する、と男は自分のやったことの正しさを信じて疑わなかった。
しばらくして、子どもは立派な大人となり、独立していった。
それでも男は不安だった。またかわいい息子が虚構に囚われてしまうのでは、そう思うと夜も眠れなかった。だから、定期的に息子の部屋を訪ねることにした。
息子が一人暮らしを始めて半年、彼はまた息子の部屋に虚構を見つけてしまった。
綺麗に片付けた部屋にゴキブリを見つけた気分だった。
息子が仕事に行っている間にこっそりと処分しておいた。その後、息子から何通も男を罵倒するメールが届いたが、男は自分のやったことは正しいのだと信じて疑わなかった。
息子が一人暮らしを始めて一年。息子は部屋を引き払っていた。
方々手を尽くして見つけたが、また息子の部屋には虚構が蔓延っていた。
あらかた処分はしたが、まだ不安は拭いきれないので、また来週、部屋を訪れることにした。
そう思っていた矢先、男は病に倒れた。医者の見立てでは、度重なるストレスと過労が進行を早めたらしい。
息子はけして見舞いにこようとはしなかった。
男が床に伏してから半年が過ぎたころ、突然男の枕元に息子が現れた。
夢でも見ているような気分だった。
唐突な再会に、男は喜びを隠しきれなかった。
けれど、その喜びを伝えることは、ついぞ叶わなかった。
最後に見たのは、息子の手にしっかりと握られた、銀色の刃物だった。
ああ、なんてことだ。俺がいない間に、息子は、息子はこんなにも弱くなってしまった。
子が親を殺めるなんて、それこそ虚構の世界で起こるべきことじゃあないか。
俺の息子はこんな虚構にとりつかれた化け物じゃない。
誰か、だれか本物の息子に会わせてくれ。
男は最期まで自分を信じて疑わなかった。