19.8
夏の暑い日差しにも負けず楽しそうにまるで子供のようにはしゃぐ男の子たちを見て、つい微笑ましくて笑ってしまう。野球には似合わない麦わら帽子をかぶって彼たちは汗を流しながらバットを振っている。なんだろう。理由はよく分からないけど懐かしい。笑っていると隣からも呆れたようなだけどどこか微笑ましい物でも見ているような優しいため息が聞こえてくる。紫穂の横顔を気づかれないように盗み見てみる。と、きっと目に映っている彼のことが好きなんだろうな。なんて勝手に思ってしまう。だけど、どうしてだろう?私は彼女を応援したくなっていた。まだ、数分しか会ったことがない彼女にも惹かれていたのかもしれない。人として、友達として。まだ友達と言えるほどお互い知らないことだらけだけど、きっと親友になれる。そんな気がしていた。
「ふふっ」
かなでの笑い声に気が気になったのか紫穂が不思議そうに視線を向けてくる。きっと天気も良くて空気も気持ちよく気分もいつも以上に良かったからだろう。いつもなら、何でもない。なんて本音を隠すのだろうけど、今回は違った。自然と思っていた気持ちを口にしてしまう。
「平木さんってあの、麦わら帽子を被ってる男の人が好きですよね?もしかして電話の相手も彼だったりしますか?」
かなでの言葉を聞いた瞬間に紫穂は驚愕した表情を浮かべながら顔が真っ赤になっていく。なんて素直な人なんだろう。これだけまっすぐ口に出さず感情が表に出る人は中々いない。なんだろう?彼女の気持ちが眩しくてだけど暖かく感じる。
「わ、私って分かりやすいかな?」
ふと、出てきたであろう疑問でさえも可愛くてふわふわしている。触れたらきっと柔らかくて気持ちいい言葉。けれど、少しだけあることが引っかかる。引っかかりを言葉にしようとした瞬間、
「・・・でもね。叶うことのない片思いなんだ。ずっと、ずーっと一方通行の恋なんだ」
自虐的な笑みを浮かべながらも紫穂は麦わら帽子を被った彼を見つめている。チクリ。と、胸の奥に痛みを覚える。この痛みを私は知っている。それも、ほんの少し前に体験した痛み。自分の疑問のせいで紫穂を傷つけてしまった。謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、ふわりと紫穂が大きく息を吐きだし笑みを浮かべ、
「何度も何度も諦めようと思うことはあるんだよ?でも、どうしようもなくアイツのことが好きでさ・・・けど、最近になって好きって何だろうな?なんて思うときもあって。けど、好きって気持ちは変わらないから、辛いし、苦しい時もあるけど・・・」
その後の言葉を言おうとした瞬間、自分でも恥ずかしく思ったのか紫穂は微笑する。どういうことなんだろう?そんな表情をしていたのだろう。かなでの何とも言えない表情を見ると、
「今日、会ったばかりなのに私の話を聞いてもらってごめんね。けど、」
うん。自分自身に問うて納得した。そんな風に頷き空を見上げる。
「それでも、尋が笑ってる時に友達としてでも隣に居て笑ってられるだけでも十分幸せかなって思ってる・・・のかな?最近は・・・って、ごめんね。私、何言ってるのかよくわからないね」
へへへ。なんて照れくさそうに謝罪の言葉を口にする。かなでは真っすぐで温かい言葉に泣きそうになってしまう。好きってことがここまで素敵なことだと忘れていた。トクン、トクンと高鳴る鼓動。つい、胸のあたりを軽く押さえてしまう。もやもやしていた、いや、諦めかけていた恋に紫穂が正解を教えてくれた気がした。それはきっと辛いけど楽しい恋だと思う。ふわりと生暖かい夏風が頬を撫でる。さあ、今思っていることを言葉に変えて彼女に伝えよう。ゴクリと生唾を飲む音が大ききく聞こえてくる。ここまで他人に自分の気持ちを伝えることが緊張するものだという事も忘れていた。言わなくてもいいのかもしれない。けれど、自分勝手だけど彼女には聞いてほしかった。深く、深く、静かに深呼吸をする。
「えっと・・・紫穂さん?」
「ん?」
どうしたの?なんて友達に問うような優しい口調だったことがかなでは嬉しかった。久々に感じる友達の温もり。ここで泣いたら彼女に気を使わせてしまうし意味が分からない。ぐっと我慢すると鼻の奥あたりがツンと痛み目頭が少しだけ痛い。けれど、それ以上になんだか嬉しい。自分でも何を感じているのか分からない。分からないけれど、嬉しい事だけは確かだ。ぐっと手すりを握り口を開く。
「実はね。私も好きな人が居てね・・・」
唐突なカミングアウトに驚愕した表情を浮かべるがすぐに紫穂は笑みを浮かべかなでの方を向く。かなでの表情はどこか吹っ切れたような自信に満ち溢れているようなきらきらとしていた。どこか彼女は私に似ている。そんな感覚を覚える。何だろう。まだ、続きを聞いていないのに何を言おうとしているのかなんとなく分かってしまう。ふと、笑みがこぼれてしまう。
「えっと・・・私何か変かな?」
紫穂の笑い声が気になったのか問うてくる。が、すぐに紫穂も誤解であることを伝え首をする。安心したようにかなでは言葉を続ける。
「私こそ、ちょっと気にしてごめんね。それでね。紫穂さんの気持ちを聞いて思ったんだ。きっとこの世の中には叶う恋をしている人も沢山いると思うんだ。けれど、その分、叶わない恋をしている人も沢山いると思う。けど、それでも、結果を見ると確かに叶わない恋って悲観しがちだけど結果じゃあなくて過程を充実して楽しいものにすればきっと叶わない恋でも叶う恋以上に楽しいこともある気がしたんだ。だから、私、言うね。」
握っている手すりは手汗でべたべたしている。こんな状況で男性と手を繋ごうなんて言われたらどうしようかってぐらい濡れている。けれど、そんなことは今はどうでもいい。目の前にいる友達に伝えなければならないことがある。
「私ね。私も紫穂さんと同じで麦わら帽子を被ってる彼のことが好きなのかもしれない?だから、私を紹介してくれないかな?」
なのかもしれない。少し謙虚にいう彼女がなぜか可愛く見えつい、笑みがこぼれる。何となく分かっていた。いや、きっと知っていた。彼女を見ると満足そうにこちらを見ている。きっと何かしら返答が欲しいのだろう。彼女の言葉に紫穂は顔だけではなく体全体をかなでの方へ向け本音で答える。
「もちろん!紹介するつもりで誘ったしねっ!けど!友達としてだけど尋の隣は譲る気ないからねっ!これだけは負けないからね」
ピースサイン作りかなでに向け満面の笑みで答えるとかなでも満面の笑みを浮かべ大きく頷き、
「ありがとう!」
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「暑い中野球って尋も物好きだよな」
だらだらと汗を流しながらベンチに座る雨谷。その恰好はいつの間にか野球のユニフォーム姿になっていた。いつの間に着替えたのだろう?と問いたくなってしまう。が、問うてしまうと雨谷の思うツボだと思い無視を決め込む。




