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何が気に入らなかったのかバスから降りた後、紫穂はムスッと頬を膨らませ無言のまま香織と肩を並べて歩いているが、男二人組は本能的に紫穂の不機嫌さに触れないようになのか少しばかり距離を保ちながらついていく。
「お、俺って何か変なことを言った?」
気まずそうな表情を浮かべつつ雨谷が問うてくる。が、尋もまた紫穂がなぜあのように不貞腐れているのかよく分からなく問いに対してもただ、首を傾げることしかできなかった。しかし、長年付き合ってきた幼馴染として言えることもあった。
「大丈夫だって。紫穂ってたまに意味不明に怒りだす事があるけどすぐにけろっと元通りになるから雨谷が心配することないよ。それに、僕が聞いていた限り紫穂が気に障るようなこと一切言ってないもん。てか、無意味にふくれっ面になる意味が分からないよね」
尋の言葉を聞いた瞬間に雨谷の表情はパッと晴れやかなものになり安堵したように深いため息をつき頷く。
「それよりさ?昨日のことちゃんとは聞いていなかったんだけどぉ?」
妙に語尾が伸びておりきっと、からかうのかよからぬ事を聞こうとでもしているのだろう。視線を向けてみると先ほどのぎこちない表情から一転、いつもの元気印の雨谷へと変わっていた。数秒で切り替えられる所はいつも感心してしまう。このようにいつまでも引きずらなく咄嗟に空気を切り替えることができる力が周りの人間を惹きつける魅力なんだろう。感心しつつもどこか面倒くささが表情に出てしまっていたのだろう、雨谷が尋の顔を見るなり乾いた笑い声を向けてくる。
「お前っ!露骨に面倒くさそうな表情を出すなって!」
「あれ?もしかして全面的に出しちゃってた?」
「そりゃあ、露骨に出てて危うく俺の心が折れてしまいそうだったぞ?危ない、危ない!俺じゃあなかったらポッキリ心が折れてて尋とは友達関係が崩壊してたかもしれない!」
「そこまで顔に出てたのか!それは気をつけなきゃ・・・って、雨谷以外何度も、何度も同じことを聞いてこないっての。それに聞いてきたとしてもからかうだけだし」
目を細め睨み付けてみるが彼には全くビクともしない。いや、寧ろ余計に面白がり変なテンションになってしまう。にしし。なんて笑いながら肩を数回ほど叩きながら前の女性二人には聞こえない声で、
「からかったけどさ、本当は俺すごいと思ってんだぞ?」
またからかっているのかと思い抗議の視線を向けてみるが雨谷は首を左右に振りながら、
「これは本当だっての。普通何時間もかけて夜に自転車で行くか?正直、俺だったら無理だし行ったとしても親の車とかで送ってもらうもん。それをお前は何も考えなしに自転車で何時間もかけて行って・・・病院の前で立ち往生してたんだろ?・・・ぷっ」
「ほらやっぱり!!吹き出してんじゃん!まあ、自分でも今となっては気持ち悪いことをしてしまったって反省してるよ。・・・確かに雨谷にこうしてからかってもらってるほうが気が楽になるかもね」
ため息を混じらせ告げると雨谷も頷きながら、それでも凄いとは思ってるぞ!なんて感心した言葉を口にするが尋の耳には真面目な褒め言葉として受け取ってはいなかった。談笑をしていると昨日の夜に来た病院が視界へと入ってくる。相変わらず大きな病院である。駐車場には多くの車が止まっており規模の大きさが分かる。病院の周りには木々が植えられており四人を迎えるようにそよそよと風に葉が揺られ出迎えてくれる。自動ドアの入り口に入り受付へと向かう。丁度いい具合に受付には誰も居らずすぐに紫穂が用件を説明し始める。香織、雨谷は二人でお土産の袋の中を確認しつつ楽しそうに雑談をしていた。尋は特にすることもなくただ、何気なしに辺りを見渡したりとキョロキョロとしている。と、
「・・・またか」
尋の頭の中に感情が入り込んでくる。痛みがあるわけでもなくただ、ジリジリと受信が悪いラジオを聴いているような感覚であるあまり気持ちの良いものではない。そして、対処の仕方が分からなく余計に不快感を覚えてしまう。断片的に頭の中に再生される誰かの声。助けを求めるような感覚ではなくどこか跳ねた声にも聞こえないことはない。心の声とでもいうのだろうか。意図的に尋に対して認知してほしいという感じではなく、ただ心の声を勝手に受信している気がして引け目も感じてしまう。解決策が見当たないものほど気持ちの悪いものはない。気を紛らわせるためトイレへと向かおうと雨谷の肩を叩き、
「ごめん!ちょっとトイレ行ってくるから先に行ってて」
「んあ!おう!じゃあ、先に行ってるからな」
雨谷の言葉を背中で受けトイレへと向かう。すぐにトイレを見つけ手洗い場に貼られている大きな鏡で自分の顔を見てみる。自分で言うのもなんだけど相変わらずパッとしない顔である。もう少し雨谷のようにきりっとした年相応の顔になりたいがどうしても年寄りも若く見られてしまう。女性としては若く見られることは嬉しいことかもしれないが高校生男子としてはあまり褒め言葉ではなかった。頬を数回撫で顔を洗う。冷たすぎず暖かすぎず丁度、夏の外から歩いてきた尋にとっては気持ちの良い水の温度でありリフレッシュするには丁度良かった。顔を洗いポケットのハンカチで顔を拭きつつトイレを後にすると重大なことを思い出してしまう。よく考えれば分かっていたことなのに自分の先読みのなさにため息が漏れてしまう。先ほどいた場所へと視線を向けてみるが当然、三人とも居なくなっていた。当然といえば当然だろう。先に行ってて。と、言ったのだから居ないほうが正しい。
「んぁ!迷子になっちゃった!」
「ふふっ」
「ん?」
尋の独り言は独り言にならず誰かが聞いていたのだろう。笑い声が聞こえたため声がする方向へ向いてみる。と、一人の看護師の女性が微笑みこちらを見ていた。尋も自分の声が聞こえてしまっていたことに気が付き照れ隠しをするように笑い会釈をする。女性も尋の会釈に反応し頭を下げてくると、
「病院で迷子になるなんて珍しくて笑っちゃった。ごめんね。迷子って大丈夫?」
「そうでした!すみませんが、御崎律さんの病室ってご存知でしょうか?友達と来たんですけど一人トイレに行ってて逸れちゃって・・・どうも参りました」
「ああ!昨日、夜運ばれてきた子だね!車に轢かれたのに骨折だけで本当によかったよね」
「そうなんです!本当に骨折も大怪我ですけど命に関わる怪我じゃあなくてよかったです・・・本当に・・・」
ぐっと無意識に御崎に事故を起こした人のことを思ってしまい握りこぶしを作り奥歯を噛みしめてしまう。もしも、本当にもしかしたら命に関わっていたかもしれない。ふと、肩を叩かれ顔を上げると看護師の女性が微笑みかけてくる。
「彼女が事故に巻き込まれて怒るのは当然だと思うよ。けど、生きてるんだから大丈夫!それに後遺症もないからねっ?だから、笑って!」
「・・・はい!すみません!」
「よし!丁度、私のその階に用事があるから案内してあげるね!」
「ありがとうございます!ははっ」
尋の元気の良い返事に再度笑い歩き出し後をついていく。
――――――
エレベーターへと乗ると看護師の女性は陽気に口を開き話しかけてくる。沈黙にならないように配慮してくれているのだろう。尋も問いに対して返答をしつつ病院の仕事は忙しいか?など問うたりしていた。すると、何か気になったのか女性は尋に問うてくる。
「えっと秋鹿くんは中学3年生?」
「ははっ。若く見られるんですけどこれでも高二です」
「えっ!そうなの!身長は高いなぁって思ってたけど・・・若く見られるでしょ?」
「そうなんですよ!困ったものです!男として生まれてきたからには荒々しい大人の男に見られたいですよね!」
きっと彼女は尋がツボなのだろう。一言、一言が微笑ましく見え笑ってしまう。尋が鼻息を荒くし腕を組んでいると、
「そっか、かなでちゃんと同い年なんだ」
「ん?何ですか?」
「あ、いや・・・えっとね・・・」
何やら女性は何かを考えているようだった。尋は一体何がどうしたのかよく分からず首を傾げつつ女性へと視線を向けていると、何かを思いついたのか女性は一度だけ頷くと尋へと視線を向けてくる。
「秋鹿君!ここで会ったのもきっと何かの縁だと思うんだ!ちょっと私と付き合って欲しい場所があるんだけどいいかな?彼女のお見舞いはそのあとでもいいよね!?ほらっ!返事は!!」
「はい!・・・へ!?って彼女じゃあないですし・・・おっとと」
返事をしたと同時にエレベーターは目的地へと止まり女性に手を引かれ降り引っ張られるようにどこかへと連れていかれてしまう。
「す、すみません!ど、どこに行くんですか?」
「ああ!手を引っ張っちゃってごめんね!ちょっとだけ会ってほしい子が居るんだ!会って数分しか経ってないのにこんなことを言ってごめんね。だけど・・・」
言葉を続けようとしている女性に対して尋は大きく頷き、
「全然ですよ!お見舞いに行くから少しだけになると思いますけどこうして案内をしてくれた・・・えっと・・・足立さんのお役に立てるなら!」
尋の言葉に女性は驚きつつも先ほど感じていた中学生の雰囲気ではなく頼れる男子。と、言う印象抱き笑みがこぼれる。
「格好いいこと言ってくれるね!うん。少しだけでもいいから話し相手になってあげてほしいの」
「僕、あまりコミュニケーション能力高くないですけど大丈夫かな」
足立の言葉に自信なさそうな笑みを浮かべると背中を軽く叩かれる。
「大丈夫。私と話をしていたみたいに話をすればいいのよっ!それに、私も一緒に行くし」
二人っきりだと緊張してしまうが足立と一緒なら大丈夫だろう。と、足立の後へとついていく。すると、ふと、また気になったことがあったのか足を止めてくると、
「そういえば、どうして私の苗字が分かったの?」
「胸にネームプレートがあったので勝手に見ちゃいました」
「あ、ああ!そっかそっか!」
自分でも忘れていたかのようにネームプレートを何度か叩き疑問が解消されスッキリしたのか歩き始める。しばらく歩いていると一階の人がざわついている雰囲気ではなく物音は聞こえるけれど廊下はひんやりと静まり返っていた。カツ、カツと足音だけが響き朝だからなのか廊下も外から入ってくる太陽光のみで少しだけさみしくも感じていると、前を歩いていた足立の足が止まる。尋も同じように足を止め病室の前へと立つ。と、名札には江宮かなでと記載されていた。
「えっと、女の子ですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「さ、流石に女の子と会話なんて僕、自信なさすぎます」
「もうっ!さっきの格好いい発言はどうしたのよ!ほらっ!少しだけでもいいからお話をしてあげて!」
そう言うと足立はノックを二、三回すると部屋から返事が聞こえてくる。声を聴いた瞬間、ドクンと大きく鼓動が跳ねる。
「ちょっと、お客さんを連れてきたんだけど今大丈夫?」
「・・・はい。どうぞ」
了解を得た足立はニヤニヤと微笑み尋へ親指を立てグッドポーズを向けてくる。尋は緊張を紛らわせるために何度も深呼吸をしているだけ。そして、足立が扉を開けた瞬間、ふわりと石鹸のいい匂いが鼻を覆ってくる。
意気込んだ後の更新の遅さ・・・本当にすみませんでした。