GW 特別編 二人の勘違い
「折角の連休なのにどうして俺ら忙しくしてるんだよ!もう、天気もいいし香織とまったり買い物デートとかしたかったのにさ!バンド練習もしなきゃだしさ。こんなに忙しくなるなら取材なんて受けなきゃ良いのに。俺らのたまり場だったのにこれじゃあ場所変えなきゃいけなくなるっしょ」
「文句はバイトが終わってからにしなって!店長に聞かれたらどうするんだよ。てか、手が空いてるなら皿洗い手伝ってよ」
「俺はフロア担当だから無理っす!」
本日も晴天なり。五月に入り大型連休も中盤に差し掛かった頃の話である。秋鹿尋、雨谷圭の二人は行きつけの七福神の店長に緊急招集をかけられほぼ強制的にバイトを課せられている。大型連休は飲食店にとっては一番の書き入れ時であり人では多いほど助かるという。地元の情報雑誌に紹介されたせいか余計に御客が多くなると予想した結果、休日も暇そうな彼らが捕まってしまった。いつもお世話になっている手前、断るわけにもいかずこうして不貞腐れながら手伝いをこなしていた。
「丁度、お客の波が一旦緩んだから、雨谷くんと秋鹿くんは休憩に入ってくれていいよ。んで、休憩室に二つお好み焼き置いておいたから食べてね」
「お!流石店長さんだ!ありがたく頂きます!ほらっ!尋もさっさと休憩行こうぜ!」
「まだ、洗い終わってないからこれが終わってから行くよ。先に行くか手伝って行くかどっちかにして」
雨谷は悩むそぶりをすることなく満面の笑みを浮かべながら休憩室へとそそくさと早歩きで行ってしまう。漫画のような歩きかたが面白くつい、笑ってしまう。実際、尋も手伝ってもらえるとは思っていなかったため急ぎ手を動かし始める。と、店長の奥さんが尋の横へくるなりクスクスと笑いながら洗いものの手伝いを始める。
「やっぱり男の子の友情っていいね。なんかみてるだけで微笑ましく見えちゃうよ」
「あ、ありがとうございます。そうですか?別に祐美さんが言うほど微笑ましいものじゃあないんですけどね。実際、手伝ってくれなかったし!」
唇を尖らせつつ文句を口にする尋がより微笑ましかったのか祐美の表情もより柔らかいものになる。
「やっぱり私は良いと思うな。男の子の友情ってなんか裏表がないって言うかさ」
「ははっ。そんな事を言ったら女の人の友情には裏があるみたいじゃあないですか」
「・・・実際、怖いよ?」
不敵な笑みを浮かべる彼女に尋はただ引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。その反応も可笑しかったのかまたご機嫌に笑みを浮かべ頷いてくると、
「洗いものは私がやっておくから休憩してきていいよ!」
「でも、あと少しなので僕も一緒にやっちゃいます!」
「ふふっ。秋鹿君ってホントに良い子だね!」
「ありがとうございます・・・ん?」
妙な視線が向けられているような気がしたため後ろを向いてみると嫁と楽しそうに会話をしていることが気に入らなかったのか店長が恨めしそうな表情を浮かべつつこちらを柱の陰から見ていることに気がつき急ぎ洗い物を終わらせ休憩室へと向かう。
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「はぁ・・・疲れた・・・店長って意外と嫉妬深いんだね。ただ、祐美さんと話しているだけなのに凄いねちっこい視線を向けられてさ・・・ん?どうしたの?そんなにぷるぷる震えてスマホ見てるけど」
休憩室に入るとお好み焼きを半分ほど食べ残しスマートフォンの液晶を眺めつつ震える雨谷が視界に入ってくる。またどうせ変なサイトでも見ているのだろう。と、深く追求してもきっと良い情報は出てこないと分かったのか質問をしてみたもののすぐに視線を下げ綺麗に盛り付けられているお好み焼きに視線を移しかえる。七福神のお好み焼きは暖かい時はもちろん少し冷めても美味しいため近くに電子レンジもあったがそのまま頂くことにした。手を合わせさて、食べ始めようかという時に震えていた雨谷が口を開く。
「お、俺たちが必死に働いている時に・・・こ、こいつらと言ったら・・・」
「こいつら?また誰かのSNS見て悔しがってるの?羨んだってどうしようも出来ないんだしさ・・・ったく」
流石の尋も呆れ声で雨谷に声をかけお好み焼きを食べようとした瞬間、勢いよく液晶画面を見せてくる。呆れたため息を漏らしつつ視線を向ける。と、雨谷同様に尋も震え怒りが込み上げてきたのか持っていた箸が震え始める。
「な、んだと・・・」
雨谷が見せてきた液晶の奥にはクラスメイト達が体育館で楽しそうにしている集合写真であった。そして、より一層二人の精神にダメージを与えたのが二人以外のクラスメイト全員が揃っていたことである。みんな楽しそうにピースサインを作ったり肩を組んだり両手を上げたりと物語のような青春模様であった。唯一、救いだったのが香織がジャージ姿でとても可愛いところぐらいであった。一瞬、香織のジャージ姿に癒され怒りを忘れてしまいそうになる。
「マジか!なんでみんな揃ってるのに僕らだけお誘いが無いんだ!?雨谷はこれ誘われた?」
「誘われてたらバイトなんてしてないっての」
「確かに。でも、流石に僕らだけ誘われてないってなんか寂しいね・・・」
「あぁ・・・俺たちって所詮、クラスの中では邪魔な奴だったのかもしれないな・・・みんな良い笑顔だな」
「だね・・・そ、そろそろ仕事に戻ろうか」
二人の間にどんよりとした空気が覆い接客業としては最低なテンションになってしまっただろう。店長たちも休憩室から出てきた二人を見て始めは驚いていたが次第に忙しくなり雨谷も忙しさに追われてか最初ほどの落ち込み具合ではなくなっていた。18時を過ぎたころフロアの人手が足りなくなってきたという事で尋もフロアへと駆りだされてしまう。しばらくの間、注文を取っていると、団体客が談笑をしながら入店してくる。
「いらっしゃいま・・・」
「おっすおっす!ゴールデンウィークなのに頑張ってますなぁ」
紫穂を筆頭にクラスメイト全員が入店してくる。忙しさで忘れていた感情が沸々と二人とも虚しさが蘇ってくる。咄嗟に何か忘れ物でもしたかのように他のバイトの人に案内を任せ裏に早歩きで戻ると雨谷もまた尋と同じようにそそくさと逃げてくる。
「お、おい。とうとう行動に移してきたな・・・」
「う、うん。直接的な精神攻撃だよね・・・」
「ああ。アイツら俺らがここでバイトしてるの知ってたのかな?それで、ははっ!俺たち私たちって凄く充実した休日ライフだったんだぜ!お前ら嫌われ者二人で仲良くお仕事ですか?ははっ!かわいそーに・・・って内心思ってるんだぜきっと!」
「ぷっ・・・ちょっと急に一人芝居入るのやめてよ」
「へ?あ・・・ぷぷっ」
尋のツッコミに雨谷も先ほどの言動を思い返してしまい二人で静かに笑いだしてしまう。が、すぐにそんな穏やかな男子二人の空間は消し去ってしまう。
「二人ともっ!なにサボってるの?友達が来てくれたんでしょ?ほらっ!注文取って来て!人数が多かったからお座敷だからね」
奥から出てきた祐美が二人の背中を押しフロアへと押し出してしまう。二人とも唐突に押されたためこけそうになるがなんとか踏みとどまり渋々御座敷へと視線を向ける。と、どう考えても盛り上がっているだろう。と、思える笑い声が聞こえてくる。その笑い声が聞こえてくる度に、ズキン、ズキンと精神攻撃を喰らい生気を失っていってしまう。しかし、急遽とはいえ一日七福神のバイトを受け持ったのだからここは道化師になる事を決意する。横を向くと雨谷も決心したのかお互いに凛々しい表情になっていた。それがまた面白かったのか二人の視線があった瞬間に笑いあってしまう。
「凛々しい顔やめてくれよ!」
「雨谷だって微妙に顔が合ったら鼻の穴ピクピクさせたでしょう!」
「ぷぷっ。だって負けたくないだろ」
「ぷぷっ・・・僕は笑わせよとしてないから!」
「いんや!あれは俺を笑わせようとしていたな!だって眉毛が【へ】みたいになってたし」
「え?嘘でしょ・・・ぷぷっ」
さすがに業を煮やしたのか祐美は二人のお尻を叩くと、
「もうっ!あと少しなんだからしっかりする!」
「はい!」「了解!」
「よっし!」
返事を聞くと祐美は笑みを浮かべフロアの客に注文を取りに行く。堅い友情で結ばれた二人も同じ歩幅でクラスメイト達が待つ御座敷へと向かう。襖を開けると楽しそうに会話を繰り広げているクラスメイト達が二人を暖かく迎える。
「お!お疲れ!」「今日は大変だったね!」「腹減った!」「メニュー取って」「二人ともバイト終わったらみんなで写メ撮ろうぜ!」「疲れたけどお前らは働いてるから余計に疲れたよな!おつかれ!」「秋鹿くんも雨谷くんもエプロン姿可愛い!写メっとこ!」「とりあえず瓶ジュース八本と人数分のコーラよろしく!お前ら二人分も入れてだぞ」「そんなに金無いぞ」「大丈夫、大丈夫!担任呼べば完璧」「乾杯と言えば炭酸だろ?」「この後カラオケ行っちゃう!?」
あまりにも想像していなかった暖かい言葉に二人ともが視線を合わせ見つめ合い戸惑ってしまう。彼らは自分たちのことが嫌いなんじゃあないのか?なのに何故、こうも暖かい言葉をかけてくる?注文を取らない二人が気になったのか紫穂、香織が近づいてくる。
「ひーろちゃんっ!圭もどうしたの?そんなキョトンとした表情して」
「ホントだよ。注文とってくれないとっ!それと店長さんから聞いたけどそろそろバイト終わりでしょ?疲れてると思うけど注文とって片して早くこっちに合流しなよ」
未だに信じがたい光景に二人とも無言のまま頷き再度注文を確認すると部屋を出ていく。襖越しでは楽しそうな笑い声が聞こえてくるが先ほどのような疎外感は出てこなかった。
「ど、どう言う事だと思う?」
「ど、どうって・・・どうなんだろう?みんな好意的だったよ・・・ね?」
「あ、ああ・・・しかしあの画像が証拠としてあるしな・・・これも高度な精神攻撃なんじゃあ・・・」
注文票を出すと奥から店長がやってくるなり、
「おお!今日は急遽招集したのに来てくれてありがとうな!もうあがって良いから向こうに行ってこいよ!ちゃんとバイト代は渡すから帰りにまた声かけてくれよ」
「は、はい」
「あ、ありがとうございました」
頭を深く下げ挨拶を済ませ着替えをするため二人は未だに頭の整理が出来ていないのか沈黙のまま歩きロッカーへと向かい着替えを済ませる。と、お互いに視線が合う。
「ど、どうしようか?」
「だ、だよな。もしも高度な精神攻撃だったら俺とお前立ち直れないぞ多分」
「でも、みんな優しかったし・・・大丈夫じゃあないかな?」
「そ、そうだよな・・・おし!行ってみるか!!」
変なスイッチが入ってしまったのか雨谷は自分を鼓舞するかのように語尾を強めに発すると何度か頷き出て行ってしまう。慌てて携帯を取り出し誰かから連絡はないか見ようにも見当たらなかった。ポケットなど色々と探したけれど見つからない。どこかで落としてしまったのだろうか?よく考えるまでもなくすぐさま答えは浮かぶ。
「あ、そうだ電源切れてて充電してそのまま家だ」
焦った自分に恥ずかしさを覚えつつ雨谷を追うように座敷へと向かう。と、襖越しから雨谷の楽しそうな笑い声が聞こえてくるではないか。数十秒間の間に一体何があったのだろうか?不思議に思いつつ開くと相変わらず暖かく労わりの言葉が投げかけられる。暖かい言葉に自然と笑みがこぼれつつどこに座ろうか迷っていると香織と丁度視線が合う。と、招くようにポンポンととなりの床を叩いてきたため勇気を振り絞り香織の横へと向かう。
「尋ちゃんおつかれさま!今日は大変だったね!」
「あ、ありがとう。香織たちも楽しい休日だったっぽいね」
「ん?うん!でも、尋ちゃんとおまけで圭の主力二人が居なかったから私はちょっと物足りなかったかな?」
「え?でも、僕らには内緒で集まってたんじゃあ・・・」
「そんな訳ないよ!ちゃんと武石くんはメールか電話したって言ってたよ?」
「んん!?」
いつもなら察しがよくない尋であったが今回の件に関しては少しだけだが色々と分かってきた気がする。けれど、これはあまりにも馬鹿馬鹿しい結末ではないだろうか。きっと、今頭の中で考えている結末が正しいことだろう。偶然の不運が重なり尋と雨谷はきょう開催されたクラス全員参加の集まりに参加できなかったのだろう。仲間はずれされてはいなかったんだとい事が分かり安堵のため息が漏れる。
「尋ちゃん?」
「ははっ。やっぱりこのクラスっていいよね」
「ん?ふふっ。そうだね!」
二人が見つめ合い笑いあっていると勢いよく襖が開かれると、
「お前ら!俺をATMだと思ってないか?」
担任が登場した瞬間、大声援が向けられる。大人の余裕というのだろうか、ぶつぶつと文句を言いながらも上座に座り最初から参加していたかのように生徒と馴染み楽しそうに会話を始めていた。しばらくすると粋な店長の計らいでサービスとして大盛りのポテトが差し入れされたり、気分が高まったクラスメイトが告白をしたりと大いに盛り上がりをみせていた。二時間以上居座り続けたためさすがに長居しても迷惑になるだろうと店を後にする。お会計の時の担任の背中はどこか儚さを醸し出していたのは申し訳なかった。店を出ると空は夜空へと変わり銀色の星たちがキラキラと輝き街を照らしていた。
「よーし!カラオケに行くとか言ってたけどもう九時前だから今日は寄り道せずに帰れよー」
担任の言葉に誰も反論する生徒は出てこなかった。みんなも無償で料理をごちそうしてくれた先生の言う事を今日はしっかりと聞こうと決めていたのだろう。
「よっし!じゃあ、解散!おつかれーっした!」
何故か雨谷が音頭を取り絞めの挨拶をしている姿に尋は笑ってしまった。つい、数時間前までは二人して虚しさを覚えていたのにもう元気にとりまとめている。クラスメイト達も雨谷のあいさつに続き言葉を口にしつつ解散となった。
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「やっぱりか」
家に帰宅し先ず見たのは携帯電話であった。尋が思っていたように携帯に何度も着信、メールが来ていた。一人からでは無くクラスメイト全員から一回は着信が来ていた。いつもなら大量に残っている履歴を見ると驚いてしまうが今回ばかりはほっこりと暖かい気持ちになってくる。しばらくの間、着信履歴を見ていると雨谷からの着信が来る。
「もしもし?」
「よぉ!今大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。てか、今日のあれ僕たちの勘違いだったんだね」
「そうそう!流石に不運が重なり過ぎたよな!」
「そうそう!緊急招集の前に集合メールが来たらみんなと遊べてたのにね。・・・そうだ。ちょっと気になったんだけど、僕の携帯にはみんなから着信履歴が残ってたんだけど雨谷にはあった?休憩のときに画像は見せてもらったけどさ」
「ああ。あったよ。けど何かの悪戯かと思って無視してた」
「無視って!」
「いや、大量の着信のあとからのあの画像だぞ?流石に冷静さを失ったって!まあ、でも勘違いで良かったけどさ」
「うむ・・・まぁそうだね。終わり良ければなんとやだしさ」
「そう言う事だな!そう言えばさ、面白い話し聞いたんだけど聞きたい?」
妙に嬉しそうな口調になにやら身構えてしまうが流石にここまで来て聞かないとは言えず相槌を打つと、
「・・・あれ?なんだったけな?恋に関する不思議?だったっけな・・・すまん。忘れた」
「なんだそら」
「ま、まぁ!また思い出した時にでも言うわ!なんか面白そうな話だったんだけどな・・・まあいいや!とりあえず色々と忙しい休日だったけどお疲れさん!」
「うん。お疲れ様!」
電話を切ると窓から蒼白い月光が射しこんでくる。部屋の電気を消し窓を開けるとまだ夏の夜にはほど遠いひんやりとした空気が頬を撫でてくる。ゲコゲコと田植えが終わった田んぼから蛙の鳴き声が聞こえてくる。
「・・・夏になる頃には香織に告白出来てるのかな。無理かなぁ・・・って今日は気持ちよく天体観測でもしよう」
弱気な感情を紛らわせるように星空を観察し自然と耳をすましてみる。と、夏がすぐそこまでやってきているような、そんな気がした。
もう、タイトルでネタバレですね(笑)本編に入る前の彼らのちょっとした日常生活はどうだったでしょうか?少しでも尋、雨谷の男子二人組の会話でほっこり?してもらえたらいいなーなんて思いながら書かせて頂きました。




