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バシバシと肩を叩かれつつ教室へ戻るとクラスメイトも思い思いに雑談をしたり次の授業の準備を始めていた。雨谷も教室に入ると何やら楽しそうに会話をしているグループを見つけたのか、じゃあな!と、言葉を残し歩いていく。相変わらずな面白そうな話しをしているであろう場所を見つけるのは上手い。そう思いつつ僕はそこまでガツガツと向かって行けないため自分の席へと戻っていく。戻る途中に香織と目が合いガッツポーズをされた時はどう反応していいのか分からず、同じようにガッツポーズを作り返す事しか出来なかった。自分でもどうかと思ったけれど香織には先ほどのメールの内容が告白ではなかった事をすぐには言えずにいた。
「あ、そうだった。加藤!」
遠くで他のクラスメイトと会話をしていた彼の名前を呼ぶと、なになに?どうした?と自分の方から近づいて来てくれる。気さくな正確で裏表がないため誰からも好かれる学年でも人気のある男である。確かに面倒見もいいため後輩から人気が出るのもうなずける。そんな事を思っていると加藤は妙に気持ち悪そうなものでも見るかのようにこちらへ険し視線を向けてくる。なぜ、そのような視線を向けてくるのか分からなく首を傾げると余計に気持ち悪そうな顔を作ってくる。
「あのな。確かにお前は男子にしておくには勿体ないほど可愛い顔をしてるよ。それに慎重も程よいぐらいだし・・・けど、俺は女が好きなんだ・・・すまん」
そう言うと背を向け去ってしまいそうになったため全てを悟り手を握ると加藤は頬を赤らめこちらを向いてくる。その表情に次は僕が若干であるが引いた表情を作ると、おいおい!お前から誘って来たんだろう。と、訳のわからないことを言ってきたため苦笑いを浮かべながら全て誤解だと言うことを伝える。すると、加藤も髪の毛をかきながら、なんだよ!変に誤解しそうになったわ。そう言いながら笑いだす。本題を伝えるために御崎の言葉をそのまま加藤へと伝えると気持ちが悪いほどニンマリと微笑み両肩をバシバシと叩いてくる。
「よくやった!御崎って言えば一年の中でめちゃくちゃ可愛い子じゃん!そのお友達と言うことはつまり・・・ふふっ。やっぱりモテル男はツラッシュマン」
「は?ツラッシュマン?」
「辛いってことだよ!そんな事も分からんのんか!?くー。モテル男ってのは辛いね!!もちろん連絡先を教えてもらって構わんよ!」
よろしくどうぞ。と、妙にハイテンションにグレードアップした加藤はそう言い残すとスキップをしながら先ほど話していた友人たちの場所へと戻っていく。加藤は気が付いていないがスキップをしている所を偶然に見ていた女子に冷たい視線を向けられていたのは黙っておくことにした。加藤は遠くの方から手を振ってきたため気が付かなかったフリをしながら視線を落とし御崎に報告をするため携帯を開き加藤のアドレス、電話番号を張り付る。そして、任務完了。と、本文に一言添え送り携帯をしまい少しばかり痛みが残る肩を擦る。僕は人に叩かれてしまうキャラクターなのかな?そんな不安を抱えつつ授業の準備をしていると御崎からすぐさま返信がくる。先ほどよりも可愛らし小刻みに動いている絵文字がたんまりと動いており嬉しさが伝わってくる文章につい笑みがこぼれてしまう。その表情を見ていたのか、横からため息が聞こえてくる。
「なに?」
「何じゃないでしょ・・・ホント、ひろってお人好しって言うか・・・お人好しだよね」
片肘をつきながら携帯の画面を見ながら微笑んでいるひろの顔を見るなり呆れたような表情を作り見つめてくる。別に呆れられるようなことなんてしていないし発言だってしていないのに紫穂は全てを見透かしたように目を細め頭を左右に振っている。
「なにさ?僕は別にお人好しじゃあないよ。それに携帯を見てるだけでお人好しってどう言うことだよ」
「お人好しってね?自覚症状はまったくないんだよ。それに、アンタと私はどれだけ一緒に過ごしてると思ってるの?私はひろの事なら大体の事は嫌だけど分かっちゃうの」
「嫌だけどって?!・・・まあ、確かに僕も香織の気持ちは正直あまり読めないし分からないけど、紫穂の場合はすぐに分かるもんね。単純だから」
紫穂は最後の言葉に何か引っかかったのか手を振り上げ殴ってくるフリをしてくる。実際には殴って来ない。と、分かっているのに何故か一瞬身構えてしまう。
「それで、メールの相手は御崎ちゃんでしょ?」
正解なのだけど本当に画面を見ずにメールの相手を当てるなんて彼女の言っている事は本当らしい。驚きつつも幼馴染と言うものは凄いな。と、感心してしまう。
「それで、御崎ちゃんから相談事でもされてたの?」
「されていたんだけど、解決したからお礼のメールが来たんだよ」
そう言いながら自然に紫穂へとメールの内容を見せようとした瞬間に軽くおでこを突かれてしまい何のことか分からなく紫穂を見つめるとおでこを突いたであろう人差し指を左右に振り頭も左右に振っている。
「急におでこに攻撃するとかどうしたんだよ?」
「あのね?さっきも言ったんだけど、軽々しく女子のメールの内容を私でも見せるのはやめなって。御崎ちゃんはアンタの為だけに送ったんだから」
「そうなの?でも、僕のメールは紫穂にしか見せるつもりないからいいのに」
「えっ?」
そう言葉を発した後、紫穂は言葉を発することなく少し視線を下げ俯いたような格好になる。怒らせてしまったかな?そう思ってしまったためなんとかこの沈黙を打破しようと言葉を続ける。
「だ、だから。僕はそれだけ紫穂の事を信頼しているからってことだよ?紫穂は僕の気持ちを僕以上に的確な言葉で言ってくれるからだよ?・・・沈黙怖いから許して?」
「ん?あ、あぁ!分かればいいの!うん!ちょ、ちょっと便所に行ってくるね!」
思春期男子に女子が堂々と便所に行ってくる。と、言う言葉はなんとなく聞きたくなかったな。そう思いつつ窓から見える空を眺めてみる。相変わらずいい天気でこれからもっと昼にかけて熱くなりそうな青々しい空にひろの顔は歪んでしまう。夏は好きだし快晴の空の色も嫌いじゃない。しかし、熱さだけはどうにかしてほしい。教室にはクーラーなんて大そうな家電なんて無い。熱さ対策と言えば左右の窓を開けそこから入ってくる風のみである。それだけでは熱中症になってしまうと、学生たちが教師たちに抗議をすることで団扇を持参してもいいと言うことになったがそれでも微々たるものにしかすぎない。真夏の校舎なんて地獄と言ってもいいぐらいだ。ため息を漏らすと、ハンカチで手を拭きながら紫穂が近づいてくる。
「便所からお帰り」
「女子の前で便所とか言うな!もう少し言葉を選べ!」
「だって、紫穂から言いだしたんだよ?便所に言ってくるって」
「マジ?」
頷くと苦笑いを浮かべつつ、焦ってたからかな。なんて意味が分からないことを言いながら後ろの席へ座り教科書を出し始める。当然のように僕は振り向き紫穂が次の授業で使うであろうノートを開き勝手に筆箱からシャーペンを取りだすと、お得意の絵をかき始める。得意と言っても自分がそう思っているだけで周りから言わせると保育園児といい勝負。らしい。まったくもって失礼な言い草である。そのため、こうやって暇な時には紫穂のノートを借りて絵の練習をしている。
「あのさ。絵の練習するなら、自分のシャーペンとノートを使いなよ」
「いや!聞いてよ。紫穂のシャーペン凄く使いやすいしノートも書きやすいんだよ!」
「同じシャーペンだし、同じノートでしょ!違うと言えば色ぐらいでしょ!」
僕と紫穂と香織は赤、青、黄の色の同じ型のシャーペンを持っている。僕の両親が高校進学の御祝いとして三人にプレゼントしてくれたものである。香織は最近使っている所は見ないけれど相変わらず僕と紫穂は使い続けている。しかし、どうして同じものなのに他の人が持っているシャーペンと言うものは使いやすいんだろう?不思議とシャーペンを見つめていると、文句を言っていた紫穂もノートに落書きを描きながら、
「それで、御崎ちゃんとはいい感じになってきたの?」
「えっ・・・はっ!?」
唐突な紫穂の言葉に思わず驚いてしまい少しばかり声が大きくなってしまう。と、言ってもクラス中の人々も結構なボリュームで会話をしているため驚いたのは目の前に居る紫穂だけ。当然のように突然、大声を間近で聞いてしまったのだから紫穂の表情は般若とまではいかないけれど明らかに非難がたんまりと含んだ視線を送ってくる。小さく頭を下げ改めて紫穂の問いに対して反応をする。
「急にどうしたの?」
「別に?来たメールを見て微笑んでたってことはいい感じにメールをしているのかなって思っただけ。それに、言うの忘れてたけどさっき教室戻ってくるとき香織とガッツポーズしてなかった?また、変なことをやらかしたんじゃあないでしょうね?」
「へ、変なことなんてやらかしてないよ!・・・ただ、ちょっと面倒な誤解を植え付けちゃったかもしれないけど・・・はぁ・・・どうしたらいいの!」
忘れかけていた案件を思い出しズルズルと机の上へ顔を落としてしまう。何度も、何度も木魚のように紫穂のチョップが頭に襲いかかる。
「また?どうしてそこまでアンタは香織に誤解される様な事ばかりするかな!?本当に香織の事が好きなんでしょ?」
「好きだけど・・・」
「だったら、もう少し香織に誤解されないように動くよう努力出来ないの?アンタって香織の事になると口ばっかりだよね!他の事はちゃんとするのに、いっつも!香織の事になるとすぐに怖気づいちゃったり失敗を恐れるよね」
呆れたように紫穂は心に突き刺さるような言葉ばかりを向けてくる。正論を言われてしまっているため言いかえす事も出来ない。呆れてものも言えないのか紫穂もその後は言葉を続けることなく黙ったままジッとひろを見ているだけであった。見覚えのある後頭部。いつもひろが困ったときや落ち込んでいる時に見る決まった光景。小さきため息をつき助言でも言ってあげようか。そんな風に思っているとひろが顔を上げこちらを見てくる。あまりにも咄嗟の事で気が動転してしまったのだろう。紫穂はひろの頬に何故か全力でビンタをしてしまう。
「なんで!?」
そう言い残しひろは気持ちがいいぐらい吹き飛ばされ椅子ごと床へと叩きつけられる。理不尽な暴力を受けてしまったひろは当然のように怒りながら立ちあがるかと思いきや、なにをされたのか分からない。と言うような表情になっており頬を擦りながら一緒に倒れてしまった椅子を戻し改めて座り直す。
「咄嗟の事で意味が分からないんだけど、僕って紫穂に全力でビンタされるほど悪いことした!?いや、してないよね!なに、今の出来事!?」
軽いパニックになっているらしくそのおどおどとするひろを見ていると何故か可笑しくなり笑ってしまう。いや、いや!笑い事じゃないって!これは事件だよ!急に意味もなく殴られたんだよ!なんて必死に言葉を向けるひろだったが紫穂にはその必死に訴えかける言葉が耳に入って来なかった。笑いながらもごめん、ごめん。と、謝罪をしてきた事もあってかひろも許すと言うよりなるほど。と、意味の分からない納得をしてしまいこのビンタ事件は終了を迎えた。殴られた本人はきっと納得しているような言葉を口にしているが、本当の事を言えば納得できていないと言うのが正しいのだろう。だからと言って文句を言おうにもどう言えばいいのかも分からないため口を閉じるしか選択はなかった。絶対にこれはおかしいよね?なんて思いながら時間も時間だったため次の授業の準備をするため前を向く。すると、ポケットから震動が襲ってきたため液晶を見ると雨谷圭と映し出される。開き本文を見てみると妖精探検の連絡事項がずらずらと長文で記載されていた。