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先ほどとは違い男性の声で返答が聞こえてきたため自然と安堵のため息をつく。扉を開けるとそこには暇そうに両腕を頭の後ろで組み笑顔で迎え入れる稲荷和代が視線に入ってくる。正直言って彼とは顔見知り程度で楽しく雑談ができるのかと言えば難しいかもしれない。そんなネガティブな思考を吹き飛ばすように稲荷は笑いながら謝罪を向けてくる。
「いや、いや!俺の都合で呼び出してしまってごめんな!雨谷から聞いているよ!とりあえず暑かっただろ?そこの冷蔵庫から好きな飲み物でも飲んでくれよ!ははっ!」
入院している割にはとてつもなく元気な姿に呆気にとられてしまいそうになるが折角の申し出にお礼を告げ冷蔵庫へと足を伸ばすと尋の後ろからひょこっと現れた御崎に稲荷は驚きを隠せなかったらしく目を見開きつつ口をパクパクとさせていた。尋は稲荷、御崎にもどの飲み物が欲しいか聞こうと、視線を稲荷へと向けると御崎の方へと視線を向け驚いているようだったため急ぎ立ち上がり御崎が立っている場所へと戻る。
「ごめんごめん。今日は何か荷物を受け取るって話しだったでしょ?大荷物だと僕一人だと大変だろう。って雨谷が思ったんだろうね。御崎ちゃんにも連絡してお手伝いとして付き添ってもらったんだ。えっと、一応紹介したほうがいいよね。えっと・・・」
「い、いや・・・俺らの学校の男子なら誰だってし、知ってるよ。それよりも秋鹿はどうしてこの子とふ、ふ、二人で一緒に行動してるん・・・だ?」
あまりにも稲荷が驚いているものだから尋は不思議そうに首を傾げ、御崎に至っては困った表情を表に出さないように必死に笑みを作っていた。
「だから、何か受け取らなきゃならない荷物があるんでしょ?そのお手伝いをしてもらうためにだね・・・稲荷く・・・ん?」
何故か稲荷の耳には質問をしたのにもかかわらず尋の言葉は一切入ってきてはいなかった。プルプルと心の奥からこみ上げてくる悪い感情を必死で抑え込もうと努力しているようだった。しかし、御崎と二人で一緒に居ることがそこまで大変なことなのだろうか?すると稲荷は震える手を伸ばし尋に対して手招きをしてくる。御崎はその場から動かずただ、入室前に尋から手渡されたお土産の袋を持ったまま立っている。流石にこのまま御崎を待たせてはいけないと思ったのか尋もその手招きに応じる。すると稲荷は御崎には聞こえないような小声で口を開きベッドの脇に置いてあった紙袋を指さしてくる。
「まさか女子を連れてくるとか・・・そして一年で一番可愛い子と一緒とかやめてくれって・・・雨谷って意外と意地悪いよな」
「ははっ。どうだろうね?それで、これがとりあえず持って帰って欲しい荷物?」
「ああ。でも、絶対の絶対にあの子には見せるなよ?正直、秋鹿は男子だから見てもある部分が大変ご立派になるだけだけど女子がみたら引いてしまうからな」
「大変ご立派?どう言うこと?」
不思議そうに問い返す尋を見て稲荷は先ほどの怒りにも似た震えは止まりどこかほっこりとした表情を浮かべつつ肩を叩いてくる。
「高校生男子でここまで純粋な男も珍しいな。なんかちょっとだけ紛れたわ!ありがとう。はっはっは!」
稲荷が唐突に大爆笑したりと彼の意図が分からなく御崎、尋はただ首を傾げるしかなかった。二人してこの後、どうしようかと内心で悩んでいると扉がスライドする音が耳に入ってくる。と、稲荷は急ぎ尋に対して口を開く。
「こ、これ!とりあえず秋鹿が預かってくれ!頼むぞ!」
そう言うと脇にひっそりと置いてあった紙袋を渡してくる。丁度、お茶菓子が入るぐらいの大きさであるがずっしりと程よい重さであった。一体何だろう?なんて中身が気になったけれど他人のモノを勝手に見るなんてあってはならない事ぐらい分かっているため素直に自重するようにと言い聞かせていると母親と同い年ぐらいの女性が花を持ち入室してきた。きっと稲荷の母親だろう。尋、御崎を見るなり嬉しそうな表情を浮かべ挨拶をしてきたため慌てて二人ともが深々と挨拶を済ませる。母親は席を外そうとしたのだけれど早く荷物を持って出て行って欲しかったのか稲荷は
「あ、いや!そろそろ秋鹿たちは帰るんだってよ!な、な?」
「あ、は、はい!そろそろ御暇しようと思っておりました。じ、じゃあ!元気に夏休み明けに会おうね!」
「お、おう!ありがとうな!ただの骨折だし大丈夫!サンキューな!み、御崎さんもありがとう」
「い、いえ・・・あっ!これ、先輩と私からのお見舞いのお菓子です。お口に合うかどうか分かりませんが食べてください」
手に持っていた袋を稲荷の母親へと手渡す。あらあら!気を使ってもらってありがとう。なんて挨拶をしつつ受け取っていた。尋も稲荷から渡された紙袋を持つともう一度挨拶を口にし病室から出て行く。ドアを閉めると自然と二人ともがほぼ同時にため息を漏らしてしまう。あまりの偶然に顔を見合わせ笑いあう。お互いにため息の理由が手に取るように分かったためだろう。頼まれた用件は意外にも五分も経つことなく終了してしまう。とりあえず二人は病院を出る事に決め病院を後にする。滞在時間十分ほどだったのだけれど秒んに入る前と出るときとでは太陽の存在感が違うことに気が付く。
「さっきと全然外の温度が違うね。恐るべしだね!夏の外は」
「そうですね!私、夏の徐々に暑くなる感じ好きです!」
先ほどの病室とはうって変わり気持ちよさそうに真っ青な空に両手を伸ばし気持ちよさそうに背伸びをする。御崎に見習って両手を左右に広げ時計に目をやるとまだ十一時前であった。御崎も近くにあった時計の時間が目に入ったらしくどこかソワソワした様子で尋の言葉を待っているようにも見えた。
「思った以上に雨谷のおつかい?早く終わっちゃったね」
「そ、そうですね。私はこれから・・・どうしようか・・・な?」
「用事も終わった事だし、」
チラチラと御崎は尋へ視線を送ってみるがまるで気が付く様子はない。気持ちよさそうに紙袋を持ち夏の空を眺めているだけ。きっとその後の言葉は帰宅しよう。そうに決まっている。用事が終わったということは二人で居る意味もなくなったということだ。諦めが込められたため息を御崎が吐こうとした瞬間、
「少し早いけどご飯食べに行く?大切な夏休みの一日を・・・いや、半日か。御崎ちゃんに付き合ってもらったんだからごちそうするよ」
「え?」
思ってもみなかった提案に御崎は驚きを隠せなかったのか目を見開き尋の方へ視線を向けることしか出来なかった。御崎の反応が戸惑いに見えたのか尋は苦笑いを浮かべつつ、御崎ちゃんが嫌じゃあなかったらだけど。なんて語尾に言葉を付け加える。
「ぜ、全然嫌じゃあないです!凄く嬉しいです!それより、まださよならしなくてもいいんですか!?」
「さ、さよならって。御崎ちゃんが良いなら是非」
そう言う尋の笑顔は自信なさそうな苦笑いから微笑ましい後輩を見るような優しい笑みへと変わっていた。御崎も尋の提案がよほど嬉しかったのか両手で握り拳を作り驚愕していた表情から笑顔へと変わっていた。御崎の嬉しさが伝染してきたのか尋も自然と気分が高揚してくるのが分かる。
「よし、とりあえず商店街に行ってみる?それともどこか食べたいものある?定食系がいい?カフェ系?それともカレー専門店?」
「そうですね・・・やっぱり定食系がいいですかね?色々と食べれますし」
「なるほど。じゃあ、ここからちょっとだけバスで移動する事になるけど大丈夫?午後からの予定とかは無い?」
「もちろんです!今日一日は先輩の為に空けておきましたので!」
嬉しさのあまり本音を口走ってしまう。が、尋はそっか。わざわざ時間を作ってくれててありがとう。雨谷のわがままにもまいっちゃうよね。そう口にすると小さく頭を下げバス停まで歩きだす。ジリジリと太陽に照らされる木々に上っている蝉が背伸びをしつつ、さて始めますか。なんて口を合わせたように一匹、二匹と鳴き始める。いつもなら五月蠅い鳴き声なのに今は気にならない。それよりも尋と休みの日に二人っきりで居る。その事を考えるだけで鼓動が早くなり体も火照ってきてしまう。学校で二人っきりで話しをしている時よりも五割増しで緊張している。
「んでさ・・・あれ?御崎ちゃん?」
「・・・え?あ、はい!どうしましたか!?」
「えっと・・・ははっ。御崎ちゃんは夏休みはどこか旅行とかに行く予定とかあるのかなって」
御崎が話しを聞いていなかった事に気づきながらも尋は笑いながら先ほど問いかけた質問をもう一度口にする。御崎も申し訳なく思い謝罪を口にするとともに胸の辺りがキュッと温かい空気が覆ってくる感覚を覚える。きっとその熱い空気は尋の優しさだろう。もしも、自分が話しをしていて相手が聞いていなかったらどう言う反応をするだろう?きっと尋のように笑みを浮かべ、聞いていなかったでしょ!?なんて問い詰める事もなく同じ質問を始めて言ったようにはできない気がする。やったことがないから分からないけどきっとそうだ。尋の優しさは温かい。尋の熱を忘れないように御崎は左腕を胸の辺りへ持っていき笑みを浮かべ尋へと視線を向ける。
「夏休みの予定ですか・・・一応、家族でキャンプに行くくらいですかね?」
「キャンプいいね!それも高校生にもなって家族で行くってところが素敵だね。なんか、高校にもなったら女の子ってお父さんとどこかに行くのが嫌に思うイメージとかあってさ。最近の若い娘にしては良い心がけだ」
「あはっ。それ、どんなイメージですか。私は男子の方が家族と旅行とか行きたくない!ってイメージでしたけどね」
御崎の言葉を聞いた瞬間に少しだけ考えた表情を作ると、
「あー。でも、御崎ちゃんの言う事も分かるかも。確かに男友達が親と一緒に買い物してるところってあんまり見たことないかもしれない。女友達は意外と親と買い物してるかも。ふむ・・・これは御崎ちゃんの言うことがただしような気がしてきた」
やったぜ!なんて得意げな表情を浮かべガッツポーズを向けてくる。尋も悔し紛れに突き出して来た拳を笑みを浮かべつつ掴み数回ほど上下に動かし離す。
「確かに言葉では負けたかもしれないけど御崎ちゃんはグーで僕がパーだから僕の勝ちね」
「・・・・・・え?何ですかそれっ!私はただ、先輩にガッツポーズをお見舞いしただけですよ」
「うん。だから、悔しくて御崎ちゃんのグーをパーで包んだから僕の勝ち」
「意味が分かりませんよっ!」
「ははっ。だね。僕もなに言ってるのか分かんないや!」
何ですかそれ。なんて笑いながら御崎は相槌を打ちつつ尋の肩辺りを軽く叩いてくる。と、ほぼ同時にポケットに入れていた携帯が震える。
「電話かな?」
尋の言葉に御崎は一瞬だけ不安な表情を作ってしまう。が、すぐにいつも通りの表情に戻る。一瞬だけだったため尋は気が付くことは無かった。尋は液晶を見るなりめんどくさそうな何とも言えない表情を浮かべていた。首を傾げてみると尋は液晶に映った名前を御崎にも見せてくる。
「雨谷さん?」
「・・・これって絶対に面倒くさそうだよね・・・よっし!気が付かなかった!もしも厄介事に巻き込まれたら御崎ちゃんに申し訳ないしね!」
そう言うと携帯を閉じ鞄の中へと入れてしまう。悪戯っぽい笑みを浮かべつつ歩きだす。が御崎は立ち止まったまま神妙な面持ちまま尋の背中に向けて言葉をはく。きっとそのまま尋と一緒について行けばよかったのだろうけど出来なかった。もしかしたら本当に雨谷が困っているかもしれない。雨谷は尋にとっての親友で御崎にとっても面倒見の良い先輩である。そう思ってしまったから。
「せ、先輩!もしかしたら本当に大変な事態が雨谷さんに起こってるかもしれませんよ。確認の意味も込めて電話してあげて下さい」
御崎の言葉に驚きを隠せなかったのか足を止め尋も御崎の方へと視線を向ける。少しだけ、尋は自分自身に呆れたようなため息を向けつつ口を開く。
「分かった。なんて言うか・・・ありがとう」
尋は鞄から携帯を取り出し雨谷へと電話をかけ直す。御崎はどうしていいのか分からず少しだけ尋の方へと近づき歩く。きっと、この楽しかった時間も終わりに近づいているんだろうな。大体、マイナスの予想は当たることが多い。恋の神様がいるとすれば自分には微笑んでくれる事は無いのかもしれない。少しだけ俯き髪の毛で表情がばれないように顔を隠す。きっと落胆した表情を見てしまえば尋は気にしてしまうだろうから。
「み、御崎ちゃん?」
「え・・・あ!話し終わりましたか?」
「あ、うん。終わったよ。じゃあ、行こうか?」
「へ?」
「ん?」
両者とも不思議そうな表情を浮かべ見つめ合う。御崎は電話が終われば終わりだと思っていた時間はまだ続いていた。尋は御崎の表情を見た瞬間に、ああ!なんて何かを思いついたように頷きながら口を開く。
「ごめんごめん!雨谷からはちゃんとミッションは成功できたか?って言う確認の電話だったよ。面倒事を押しつけられなくてよかったよ。これで気分よくお昼ご飯をごちそう出来るよ。えっと・・・なんて言うかさっきの御崎ちゃんの言葉凄く嬉しかったよ。雨谷の友達としてお礼を言わせてもらうね。ありがとう」
深々と頭を下げてくる尋の姿に御崎は未だ心ここにあらず。と、言う感じでボケーッとしている。尋は下げた頭をあげ笑いながら御崎の方へと近づく。と、
「御崎ちゃん!大丈夫?」
「あ・・・わっ!」
「うわっ!ど、どうしたの!?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと色々と沢山考えちゃってまして」
ちょっとなのか沢山なのか分からないよ。なんて尋は笑いながら歩きだす。御崎も徐々に思考が元に戻ってきたのか今の状況を改めて見直し小さく微笑みながら一度だけ空を仰ぐ。
「御崎ちゃん?そろそろバス来ちゃうよ」
「あ、はいっ!今行きます!」




