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一人は黄色い声を出し一人は思考停止してしまい言葉を出す事も忘れてしまっていた。よく分からないけれど、香織と二人では見たくなかった文章。香織は相変わらず、おめでとう!とうとう来たんじゃない!私が緊張してきちゃった。と、背中を叩きつつ喜びの声をあげている。つまりはそう言うことなんだろうか?実際、生まれてこのかた女子からの呼びだしなんてされたことが無いためどのような気持ちでこの文章を打っていたかなんて想像もできない。漫画やドラマ、小説では見覚えのあるこのイベントにまさか自分が体験してしまうなんて思いもしなかった。し、起こって欲しいなんて願ってもいなかった。いや、一度だけ願った事もあった。けれど、それは叶わない願いへとなってしまった。それなのにどうして今、香織と一緒に居る場面で来てしまった?どうして軽い気持ちでメールを開いてしまったのだろう。グルグルと様々な思考が駆け巡る。背中が叩かれ体の揺れ、香織の楽しそうな声は聞こえてくる。が、彼女のように手放しで喜ぶことが出来なかった。
「ひろちゃん?大丈夫?今から緊張してたら大変だよ!ほらっ!しっかりして!」
そう言うと頬をペチペチと叩いてくる。香織へと視線を向けると両手を握りガッツポーズを向け笑ってくる。その笑顔は相変わらず優しくて残酷な笑顔に見えてしまう。そんな自分がとても大嫌いだ。純粋に香織は自分の事を心の底から応援してくれている。気持ちは痛いほど伝わる。けれど、好きな相手から恋の応援をされるている。と、言う辛さが感謝よりも前に出てきてしまい、彼女に笑みを返しつつも逃げるように携帯を閉じ空を見上げる。別に御崎が悪いわけではない。彼女も彼女なりに意を決して気持ちを伝えるために頑張って送ったのだろう。応援、色々な助言をくれた雨谷には申し訳ない。もうしばらくメールを続けて少しでも御崎の事を知るつもりだったけれど、こうなれば答えは一つしか頭に浮かんでこなかった。先ほどから頭の中をぐるぐると悠々自適に走りまわっている自分の弱気に渇を入れるため両手で思いきり頬を叩く。あまりにもいい音がしたため香織は何事かと思い目を見開きひろの方へと視線を送る。急に黙っていたかと思えば頬を叩くなんてそりゃあ驚くに決まっている。左右の頬がジワリと暖かくなり一喝のお陰か先ほど抱いていた弱気は吹っ飛んでいた。視線を横へと向けると香織の驚いたようなけれど心配している表情が可笑しかった。
「急に顔を叩くとか壊れちゃったのかと思った!ひろってたまに気持ち悪いよね!」
冗談ぽく言うのではなく香織は本当にそう思っているらしく笑顔で気持ちのいい毒を吐いてくる。こう言う風に思った事を遠慮せずに言ってくる香織もまた大好きなところである。流石に毒を吐かれてニヤニヤとする訳にもいかず苦笑いを浮かべながら椅子から立ち上がり背伸びをする。きっと、御崎と共有した時間はとても少なかったのかもしれない。それでも、自分の事を好意的に思ってくれているのならばハッキリと自分が思っている事を伝えなければならない。先ほど抱いていた弱気な思考が嘘のように消え去り前向きに御崎の気持ちに向き合えている気がする。
「香織?」
「ん?」
「ありがとうね」
なんもさ。なんて言いながら笑いお尻を一発叩き椅子から立ち上がり真似をするように背伸びをしつつ大きく深呼吸をしていると夏らしい生温かい風が二人の間を駆け抜ける。上げていた手を下げつつ、よし!。なんて言い香織は入口へと向かい歩き出す。ひろも香織に続くように歩き出そうとする。が、もう一度だけなんとなく空を見上げる。相変わらず今日も暑くなりそうだ。なんて思えるほど快晴で雲ひとつない天候に自然と笑みがこぼれる。
「ひろちゃん!早くしないと自習時間終わっちゃうよっ!トイレに行くって言って30分以上は時間が経ってるんだから絶対に・・・ぷぷっ!」
「べ、別にいいもん!それに高校生にもなって人のトイレの事なんてからかわないでしょ」
確かにね。香織は笑いながらそう言うと止まっていた足を動かし錆びた扉へと向かう。扉へと近づくにつれて緊張感も生まれてくる。殆どの場合は大丈夫なのだけどたまに授業が無い職員が生徒がサボっていないか巡回している場合がある。以前に巡回の職員が扉を開ける物音に気付き危うく扉の鍵が開いていると言う秘密がばれそうになってしまったことがある。それも雨谷が調子に乗って通常の扉を開けるような大胆さで開いてしまったせいである。そのため扉を開けるときには音を立てないように開けなければならない。他のクラスは授業中の為、廊下に響き渡る音は昼休憩などざわついている時とは比べものにならないぐらい大きく聞こえてしまう。ドアノブに手をかけ静かに開く。少し開いた扉から近くに誰もいないか確かめるため耳を澄まし状況を確認する。
「足音も話し声も聞こえません!オーバー」
小声でどこか楽しそうな香織の声が下の辺りから聞こえてくる。視線を下へと向けるとしゃがみ彼女もまたひろの真似をするように耳を隙間に向け状況確認をしているようだった。ニシシ、なんて笑う香織の笑顔はやはり反則的なほど可愛くにやけてしまいそうになったため視線を隙間から見える階段へと向ける。人が居るような気配はなかったため、ゆっくり、ゆっくりと扉を開ける。どれだけ気をつけていても小さな音は立つため一人抜けられるスペースを作り香織を先に通し続いて学校へと戻る。外の暖かさとは違い日が当らなく影なためかほんのりと肌寒さを覚える。しかし、未だ二人にはミッションが残っている。この場所から自分たちのクラスがある階まで素早く降りなければならない。自分たちのクラスがある廊下まで出ればこちらの勝利と言ってもいいだろう。職員に見つかったとしても、腹痛でトイレに行っていました。そう言えば怒られる事はまず無い。二人はこそこそと屋上に繋がる階段を静かに降りはじめる。
「なんか、悪い事をしているみたいだね。懐かしいかも」
香織は妙にうきうきとした声色にひろは苦笑いしてしまう。自習と言えど授業中に教室から抜け出している事は悪いことだよ。なんて突っ込んでしまえば空気を壊しかねないため黙り辺りを見渡しつつ歩きだす。そうそう巡回している職員が居るわけもなく無事に生還。香織はついでにトイレに行くらしく先に戻ってて。と言われたため教室に向かい歩いているとよろよろと足取りがおぼつかない女生徒が目に映る。体のわりに大きな袋を何個も持っており今にもこけてしまいそで危なっかしくつい、ひろは近づき声をかける。と、その女性はひろの姿を見るなり目を見開き驚愕しているようだった。そこまで驚かせるつもりはなかったためその反応に笑いつつ重そうに抱えていた袋を持とうとするが申し訳なさそうに少しだけ身を後ろへと引く。
「重いでしょ?手伝うよ」
「い、いいんですか?折角の休憩時間なのに・・・」
「ははっ。一限は自習で休憩みたいなものだったから少しは何かしないとね。それに女の子一人の力じゃあ大変でしょ。ほらっ!貸してみ」
そう言うとひろは重たそうに抱えていた袋を取り上げ持つと予想以上に重かったためバランスを崩しそうになる。その姿を見た御崎は笑いながらひろを見ていた。ひろも恥ずかしさを誤魔化すように笑い歩き出す。御崎もひろの後を追い歩き出す。
「それにしても、これを女の子に運ばせる先生って酷いね」
「今日、私が日直でして」
「だったら、男子が運べって言いたくなるよね!流石に全てを女の子の御崎ちゃんに任せるなんてダメだな」
ひろの言葉に御崎は嬉しかったのか満面の笑みを浮かべながらこちらを見てくる。つられてひろも御崎に向かって笑顔を向ける。きっと先ほどの弱気を消し飛ばしていなければこの様に笑うことは出来ていなかっただろう。御崎は偶然にひろと出会えたことが嬉しかったのか妙に足取りが先ほどよりも軽くなったようにも見える。
「ここです!わざわざありがとうございました!」
そう言うと御崎は立ち止り教材室の扉を開け入っていく。それについていくようにひろも入っていくと相変わらずホコリっぽく長時間あまり居たくはない場所だな。なんて思いながら御崎が置いた場所へと袋を置き振り向くと何やらもじもじと恥ずかしそうに俯いている御崎が目に映る。まさか?いや、まだ早い。弱音を吹っ飛ばしたと言ってもまだ心の準備が出来ていない。まだ、決意した気持ちを口に出して気持ちを固めていない。この場で言われてもどうしていいのか分からない。気の利いた言葉なんて絶対にアドリブに弱いひろの口から出てくるわけがない。どうすればいい?けれど、御崎の姿を見れば鈍感な人間でもこれから彼女が発するであろう言葉は想像できないはずがない。廊下からは一時の休憩を楽しむように色々な談笑が聞こえてくる。が、あまりにも舞い上がってしまったのかその声すら聞こえなくなってしまう。ただ、心音しか聞こえなくなる。ドク、ドク、ドク。と、鼓動がいつも以上に高なる。どうしたらいい?
「先輩。えっと・・・メールを見てもらったと思うんですけど・・・えっと・・・先輩にどうしても話したい事があって・・・その・・・」
「あ・・・そ、そうなんだ」
自分の声が震えているのが手に取るように分かる。御崎は俯いたままではあるけれど声などは震えているような様子はない。ただ、その後の言葉が言いにくそうにしている。だからと言って何か言いにくいことかな?なんて場違いな言葉を向けるほどひろも空気を読まない事はしない。御崎が口を開くまで待つことにする。と、言うより頭の中がパニックになっており単純に言葉が出ないだけである。
「えっと、放課後にしようと思っていたんですけど・・・今、言っちゃいます!」
そう言うと意を決したように御崎は俯いていた顔をあげしっかりとした表情で口を開く。
「実は、先輩にお願いがありまして!加藤先輩の連絡先を教えて頂けないでしょうか!?」
そう言うと御崎は深々と頭を下げてくる。まさか、それだけ?なんてな事を言えるはずもなく一瞬、ひろの思考能力は停止してしまう。自信過剰、漫画脳もいいところ。後輩に放課後呼ばれる。と、言うことは相手から告白をされるなんて思ったら大間違い。ただ彼女は友人から頼まれた事をひろに伝えただけ。お願い事をするのにメールなんて失礼だと思い直接、会って言いたかったらしい。絵文字などがなかったのは彼女なりの配慮。急に恥ずかしくなり顔が火照ってくる。御崎は下げた頭をあげ不安そうな表情でこちらを見てくる。
「あ、えっと!本人に聞いてみて大丈夫だったらアドと番号を送るよ!まあ、九割大丈夫だと思うから安心して!」
そう言うと、不安そうな表情は消え去り満面の笑みへと変わりもう一度、お礼を言ってくる。ひろも恥ずかしさを紛らわせるように笑う。教材室から出ると友人に早くこの事を報告したかったらしく頭をもう一度下げ一年教室へと戻っていく。ひろは御崎を見送るとその場にしゃがみ込んでしまう。
「僕ってここまで自信過剰だったっけ・・・みんなが思ってるほど御崎ちゃんって僕のこと好きじゃないんじゃないか?ただの、優しい先輩ポジションな気がしてきた。でも、そっちの方がいいんだよ・・・ね?」
無意識に独り言を喋る口調はどこか寂しそうで安堵しているような感じではなかった。考えても仕方がないと思いひろは立ちあがり教室へと向かい歩き出す。
「よっ!どうした?俺の彼女と自習時間の間楽しく屋上で話しをしてたらしいじゃん?折角、俺が教えてあげた場所なのに人の彼女と密会ってどうなのよ」
そう言いながら雨谷が肩を組んでくる。咄嗟の事でバランスが崩れかけたがなんとか踏ん張りこけはしなかった。
雨谷。急に飛びついてくるのはやめなって言ってんでしょ。それに密会とか言ったら香織が可哀想だよ。僕らはそんな関係じゃないし・・・ってこの件いつまで続けるんだよ」
「ははっ。悪い!悪い!」
「・・・って、僕も彼氏が居る彼女と自習時間に二人っきりで会って話すのはダメだね。いくら幼馴染でも親友の彼女なんだもん。ごめん!今後は気をつけるよ」
雨谷は驚いたようにひろを見るだけであった。予想もしなかった返答が返ってきた。なんて言いたそうな視線に何故かひろはその視線を避けるように俯く。
「い、いや・・・香織から全部聞いてるから本当に全然気にしてないぜ?てか、香織の方から勝手に行ったんだからお前が謝る必要なんてないって。それに謝る謝らないの事じゃあないだろ。ただ、友達同士が話しをするだけなんだからさっ。・・・でも、お前はやっぱりいい奴だなっ!!」
雨谷は妙に嬉しそうな表情をしながら肩を思い切り叩いてくる。
「い、痛いって」
「ははっ!気にすんな!」
「気するでしょ!?」
2015/08/16
※誤字訂正