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「・・・ん?」
寝転がっているのにもかかわらず変則的な震動を覚える。ゆさゆさと体を誰かによって意図的に震動が送られているようなそんな違和感。きっとこれで目を開いてしまえば穏やかな休息が終わってしまう。夏休みの日ぐらい少し寝坊をしてもいいだろうに。けれど、尋の体を揺らしている当人は尋の感情なんて気にもしていないだろう。兎に角、早く目を覚ませ。なんて思っているに違いない。尋もここまで揺らされてしまえば眠気なんてとっくの前に吹き飛んでしまっている。が、少しの抵抗を示すようにジッと目を瞑っていた。が、流石にその抵抗もあと少しで終わってしまう。仕方がなく、深いため息を心の中で吐きつつ目を開ける。と、ニンマリと微笑みを向けてくる御崎が顔をのぞかせていた。
「は?」
予想出来ない訪問者につい、尋は甲高い変な声が頭の先から出てきてしまう。尋の驚愕した表情が面白かったのか御崎は、本当に言った通りになっちゃった。なんて口にしつつ微笑んでいた。どうせ雨谷、紫穂辺りが悪戯で揺らしているものだとばかり思っていたため未だに寝癖をつくったまま御崎を見ることしか出来なかった。あまりにも驚愕している目の前の先輩を気にしてか御崎が先に口を開く。
「驚かせてしまってごめんなさい。雨谷さんが代わりに先輩の家に行っておつかいの手伝いをしてあげてくれって言われて来ちゃいました。本日はよろしくお願いしますねっ」
にっこりとほほ笑みながら御崎は敬礼をしてくる。女性が敬礼をするとどうしてここまで可愛く見えるのだろうか。尋も驚きつつも御崎が先ほど口にした言葉の意味をなんとなく理解する。言った通りになった。きっと雨谷が御崎に入れた悪知恵だろう。普段なら絶対に体をずっと揺らし続けることなんてしないはず。御崎も夏休みと言う魔の力に染まってしまい少し大胆に行動してしまったのかもしれない。
「夏休みって恐ろしいね」
「恐ろしい?先輩って怖いものとか苦手でしたっけ?」
独り言で言ったつもりの言葉に御崎は首を傾げつつ問いかけてくる。が、尋も返ってくるとは思っておらず片手で手を振りつつ足にかかっていたタオルケットをどけ立ちあがり背伸びをしつつ御崎の方へと視線を向ける。と、先ほどまでは穏やかな雰囲気だったのに目が合うと頬をほんのりと赤らめ視線をゆっくりと下へと下げてしまう。その行動が面白かったのか尋はつい、笑ってしまい御崎も自分の行動で笑われてしまったことが分かったのか照れくさそうにハニカミながら笑う。二人の間に暖かい雰囲気が戻ってくる。相変わらず御崎は小動物のような可愛さがあり癒し効果が抜群である。つい、数秒前は驚いてしまったが朝、女性に起こされるというものは悪いものではない気がしてくる。いつもは堅苦しい携帯のアラームだからこそ余計にそう思ってしまったのかもしれない。すると視線を下げていた御崎が物珍しそうにジロジロと尋の体へと視線を向けてくる。体と言うよりも着ているシャツが気になったらしい。尋もジロジロと見られてしまいどこか体がむず痒くなってしまいなんとなく真似するように来ていたシャツへと視線を向けてみる。と、着ていたシャツが中学の頃の体操服であり左胸には平木紫穂と刺繍が施されていた。御崎は何故、そこに紫穂の名前が書いてあるのか?それが不思議でずっと見ていたに違いない。
「ああ。これ?これは紫穂のおばさんがサイズを間違って注文しちゃって雑巾にするのは勿体ないからって貰ったんだよ。ははっ。昔は間違えて体育の時とかに持って行ったりして恥ずかしい事もあったんだ」
「へ、へぇ。先輩と紫穂さんって仲良いですもんねぇ」
どこか他人行儀な口調に首を傾げつつも、表情はいたって普通な御崎だったためそこまで気にすることなく笑いこの話しを済ませるつもりだった。が、御崎がそうはさせなかった。何か聞きたい事でもあるような表情でこちらに視線を向けたり逸らしたりを繰り返していた。流石になにか自分に聞きたい事でもあるのだろう。と、分かりやすい行動に微笑みながら、
「どうかした?なにか言いたいことがあるんでしょう?」
先輩の余裕さえ感じられる言葉に嬉しいような、気まずいような様々な感情が混じった表情を作りつつグッと自分自身に何かを言い聞かせたのか頷き尋へと視線を向けてくるなり、
「なんでもないです!」
先ほどの頷きは一体何だったのだろうか?と、聞きたくなるほどきっぱりとそう告げると御崎はいつも通りの笑顔で両手を後ろで組み窓へと視線を向ける。本当はなにか聞きたい事がありそうな表情にも見えたけれど本人がハッキリと何もない。と、言ったのだからそうだろう。もしも、言いたい事があったのならまた気が向いた時にでも言ってくるだろう。いい加減、御崎を待たせるのは悪いと思いクローゼットを開けシャツズボンを出し上半身を脱ぐなり背中の辺りから御崎の声が聞こえてくる。なにか変なものでも外を通り過ぎたのだろうか?両腕をシャツに手を通し振り向くと顔を真っ赤にさせ外では無くこちらへ視線を向けながらオドオドしている御崎が視界に入ってくる。すぐさま自分の配慮が足りなかった事に気が付き謝罪の言葉を口にしつつシャツを着る。
「わ、私の方ことありがとうございました」
深々と頭を下げてくる御崎の反応につい、吹きだし笑ってしまう。
「ありがとうございましたって。御崎ちゃんも頭の中がパニックになっちゃってるね。ごめんごめん。ちょっとズボン穿いてくるから」
御崎はなにか弁解したそうだったが尋は気がつくことなく部屋を出てすぐにズボンを穿き部屋へと戻る。と、御崎も何事もなかったようにおかえりなさい。と、言葉をかけてきてくれたため尋も、ただいま。なんて笑いながら返答しつつ机に置いてあったトートバッグを取り携帯と財布を入れ肩に掛ける。
「お待たせしました。待たせちゃってごめんね」
「い、いえ!私も待ってるの楽しかったです!先輩の部屋にも入れましたし!・・・勝手にですけど」
そう言えばそうだった。あまりにも自然すぎて気が付かなかったが、何故御崎が自分の部屋に居たのかが不思議であった。が、どうせ親が勝手に招いたのだろう。後輩に寝顔を見られてしまった事はいささか恥ずかしい気もするけれどそれ以上に御崎に朝起こして貰ったのだからよしとする。玄関まで歩いて行き外へ出てみる。と、目に入ってきたのは一面に広がる真っ青な空であった。息を吸ってみるとほのかにまだ冷たい夏の空気が鼻を擦ってくる。今日の良い日になりそうだ。なんて思いながら頷いていると御崎は不思議そうにこちらへ視線を向けてくる。
「ん?どうかしたの?」
「あ、いえ。どうして頷いているのかなって思って」
「ああ!なんか今日も良い一日になりそうだなって思ってさ。凄くいい天気になりそうだし、手伝いに御崎ちゃんも居てくれるしさ!」
尋の言葉に照れくさそうにほほ笑みながら御崎も真似をするように視線を空へと向ける。
「そう言えば、今日って荷物を取りに行けばいいんですよね?」
「そうそう。雨谷の友達が骨折で入院してて病院に持って来てはいけないものを持って来てたらしくて・・・それを回収しに行けばオッケイなんだって」
「持って来てはいけない物ってなんでしょうか・・・それに、他人が急に荷物を取りに来たら驚くんじゃあないんですか?」
不安そうに問うてくるがそこは大丈夫と言わんばかりに尋は笑う。
「ははっ。確かに持って来てはいけない物がなにか気になるけど詮索は駄目らしい。そして、親にもばれたくないから同級生でもある雨谷に頼んだらしい。結果的に雨谷じゃあなくなったんだけど。それに、その心配は大丈夫だと思うよ。雨谷の事だしちゃんと本人には伝えてくれてると・・・思うし。それに顔は他のクラスだから分からないけど名前はちゃんと知ってるから、大丈夫だよ」
誇らしく胸を軽く叩くと御崎もクスッと微笑み、信頼してますね。先輩。なんて可愛らしい言葉を口にする。後輩に頼られるというのは意外にも心地よいものだな。なんてつい、顔が緩んでしまう。しばらく歩いていると御崎が鼻歌を歌い両手をぶらぶらと気持ちよさそうに動かし始める。気にしていなかったが御崎の私服をちゃんと見たのは初めてのような気がする。と、言うよりもこうして二人っきりで休日に会うこと自体が初めてだということに気がつく。ネイビーのフレアスカートにボーダーシャツそしてアディダスのスニーカーにクジラのリュックと言う健康的な服装は御崎にピッタリであった。流石、女の子と言うだけあってお洒落さんでもある。そんな事を思いつつジッと見てしまっていたのだろう。御崎はふと視線を尋へと向けてくる。
「ん?どうかしましたか?」
「んぁ!いや、御崎ちゃんってお洒落さんだなって思ってさ。それにそのリュック可愛いね」
「わ、私ですか!ふ、普通ですよ!これ可愛いですよね!先輩に可愛いって言ってもらえて嬉しいです」
御崎は背負っていたリュックを尋に見せるように背中を向けてくる。チャックが丁度口が開くようになっていて女の子が持っていると可愛さが倍増しているように見えてしまう。しばらく歩きバス停へと到着し時計を見てみるとあと五分も経てばバスがやってくる時間になっていた。御崎は椅子に座り尋はそのまま立ちバスを待っていると御崎がなにやらごそごそとリュックの中からなにかを取りだそうとしていた。何だろうと思い視線を向けているとソーダ味の飴を二袋ほど取りだし一つ手渡してくる。
「ありがとう。これ美味しいよね」
「私も好きなんです。ガムより飴派です」
いちいち発言が可愛らしくつい表情がどうしてもニヤケてしまう。すると、御崎はふと、何かを思い出したかのように両手を叩き尋へと視線を向けてくる。
「そう言えばっ!先輩って五不思議掲示板って見てますか?」
「いや。僕はスマホじゃあないし家のパソコンでわざわざ学校掲示板を見ようと思わないから見てないかな」
「そうなんですか!じゃあ、これ見てみてください!」
妙に嬉しそうな声色を出しつつ御崎は自分のスマホを構いある掲示板の一つのスレッドを見せてくる。と、もの凄い書き込みがされていた。
「奇跡を呼ぶことのできる蒼い星?」
尋の言葉に御崎は満足げに頷くと
「はい!これってなんだかおもしろそうだと思いませんか?」
キラキラと輝く御崎の瞳は昔、どこかで誰かが見せた表情に似ている気がした。




