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どこか苦虫を噛んでしまったような渋い表情になってしまう。香織も表情こそ尋のような渋い表情はしていないが、苦笑いをしつつ困っているようにも見える。流石に雨谷に昨日の出来事を伝えることはどこか躊躇してしまう。幼馴染だからこそ出せる表情だってきっとあるはずだ。尋、香織にだってクラスメイトには見せれないけど幼馴染だけには見せる表情だってきっとあるはずだ。だからこそ雨谷には昨日の出来事を言うことに躊躇してしまった。結果的にきっとまた、紫穂を怒らせてしまうんだろうな。なんて激昂した紫穂の表情を想像するだけで深いため息がでてしまう。ため息の意味が分かったのか香織は口元に手を当てつつ笑っている。つい、一瞬だけ昨日の出来事を忘れかけ見蕩れそうになってしまう。が、左右に首を振りつつ邪念を払っていると後ろの席に紫穂が挨拶を口にしつつ席へと座ると同時に香織が口を開く。
「そう言えば圭から周ってくると思うけど・・・急遽、明日が妖精探検の日になったんだって」
「えっ!明日なの?・・・って、随分と急だね」
「うん。なんかね?天文部の人に協力してもらって天体観測を学校の屋上でします!って口実で堂々と入るらしい。なんでも、不法侵入はいけない事だからだって!」
そりゃあ当然でしょ。なんて二人して笑いながら雑談を楽しんでいるようだった。昨日の事が嘘のようにいつも通りの所を見ると流石、幼馴染。と、言う感じでつい微笑ましく二人を眺めてしまう。ふと、ゾクッとうなじ辺りに寒気が走る。両肩が上がり振り向いて見るが当然のように誰も居なければ穏やかな青空が窓越しから見えるだけ。首を傾げつつも振り向くと不思議そうにこちらを見る視線が一つあった。気がつけば香織は自分の席の近くのクラスメイト達と談笑しているようだった。口を開くことなくジッと紫穂の視線だけに自然とため息が漏れる。出てきたため息が落胆のため息だとすぐに分かったのか死角でもあった机の下から脛当たりを蹴ってくる。
「痛いっての!すぐに暴力するのやめなって。意外とって言うか脛とか蹴るのルール違反だから!」
「どんなルール?・・・って、尋が私の顔を見てため息なんかつくからでしょ。人の顔を見てため息つく?失礼にもほどがあるってのっ。人が折角心配して・・・いや、急に振り向くから驚いて見てただけなのに」
はいはい。失礼しました。片手を左右に揺らしつつ椅子に横座りし紫穂の方へと視線を向ける。
「そう言えばさ?」
「ん?」
鞄から教科書を取りだしつつ顔をごく自然に、いつものように、声をかけられたから見ただけ。いつも通りの紫穂の仕草。声をかけられれば当たり前のように視線はかけて来たであろう人へと向けられる。当たり前のことなのについ、何故か視線を天井へと向けてしまう。そして、言おうと持っていた言葉が喉の中間あたりで止まってしまう。
「なに?天井に何かあるの?」
「あ、いや。違う。えっとね・・・そのですね」
「だからなに?」
いつも言っているような事を言うだけで何故ここまで緊張してしまうのだろう。流石に紫穂も尋の意図が読めなく首を傾げるばかりであった。が、尋も流石になんでもなかった。なんて誤魔化すつもりもなく静かに軽い息を吐きつつ視線を紫穂の方へと改めて向ける、
「ごめん。えっと、昨日はありがとう。お見苦しい所を見せちゃいまして」
一瞬だけ頭の上にクエッションマークが出たがすぐに何に対してのお礼か分かったのか笑いながら数回頷いてくる。人に感謝の言葉を向けることがここまで恥ずかしかっただろうか。いや、感謝の言葉を向けるに至っては恥ずかしい。なんて感情は出てきたことがない。が、今回ばかりは何故か恥ずかしく少しだけくすぐったかった。紫穂も頷きながらそんな言葉が来るとは思っていなかったのか嬉しそうに微笑みながら肩を叩いてくる。
「尋っていい奴だよねっ」
「は?どうしたの急に?」
「んーん。あっ!そう言えば、明日妖精探検になったんだよね。でも、尋は当初の目的でもある告白をして玉砕は叶ったわけでしょ?だったら、妖精探検に参加する必要なくない?」
さらりと昨日出来たばかりの傷口を踏みつけてくる所は容赦ない。けれど、それも紫穂らしく怒るどころか微笑んでしまう。こう言った悪戯っぽい表情を見せる人も限られている。に、してもいつもはもう少し凛としているのだけど今日にいたっては異常にテンションが高いような気がする。
「紫穂さ?何かいい事でもあったの?いつもよりテンション高くない?」
その言葉に紫穂は肯定も否定もせずに微笑みながら、
「別に?でも、尋がそう感じるならそうなんじゃあないの?ふふっ」
ああ。なんとなくだけど分かってしまう。それは紫穂にとってはとてもいい事で自分が詮索するようなことではない。直感で紫穂の感情を勝手に受信してしまう。ふと、紫穂が幸せを掴み微笑んでいる姿を想像すると自然と柔らかい笑みがこぼれてしまう。香織の事でお世話になりっぱなしだった紫穂に少しでも恩返しができたらいい。そう言う暖かい感情が芽生えてくる。余計なお節介。勝手に干渉するな。尋のくせに生意気だ。色々と言われてしまうかもしれない。それは恐怖だから、秘密に協力しよう。自分のへっぴり腰具合につい、自虐的で呆れた笑みがこぼれてしまう。けれど、紫穂が笑えるならそれもいいかもしれない。そんな事を考えていると、視線を感じたためそちらへと向けて見ると少し、いや、あからさまにこちらを見て引いている紫穂の表情が目に映る。
「な、なに?」
「・・・あ。ごめん。なんか、ずっとニヤニヤしててもの凄く気持ち悪かったから。引いてた」
「直球なお言葉ありがとう。って、そこまでにやけてたかな」
両頬を手でこねくり回しながら喋っているとそれが面白そうに映ったのか紫穂は両手を尋の両頬へと伸ばしてくるとマッサージをするように時計回りに動かしてくる。
「うわっ!尋って意外と男の子っぽい肌触りだね!」
「男の子っぽいってどんなんだよ。じゃあ、女の子はどんな感じなの?」
片手を紫穂の頬っぺたに伸ばし突いてみると確かに柔らかさが違った。頬っぺたを突いた瞬間に白かった肌がほんのりと紅くなり俯きながら両手を離してくる。恥じる乙女っぽくらしくない仕草につい、怒られる事を承知で突いてみるが一向に反応、反撃がなく、なすがまま。と、言う感じについ手を自分から止めてしまう。
「ど、どしたの?頬っぺた突き過ぎちゃった・・・よね。ごめん」
「・・・う、うん。いいよ」
どこか変に気まずい雰囲気になってしまいそうだったためすぐさま両手を叩く。と、音に驚いた紫穂が目を見開きこちらを見てくる。
「変な空気になりそうだったからその空気ごと叩き割っちゃった」
「ぷっ。叩きわったって・・・そうだねっ!でも、楽しみだね。明日の妖精探検」
そう言うと紫穂は窓に手をかけ半分ほど開く。と、ふわりと夏風が二人の横を駆け抜け教室中を楽しそうに横ぎり廊下へと駆け抜けていく。夏独特の生きた緑の香りが鼻を包む。紫穂の方へと視線を向けて見ると風に揺らされる髪を押さえつつ気持ちよさそうに外の景色を眺めている。
「ふっ」
「なに?また、私の顔を見て笑ってたんでしょ?信じられない」
「違うって!なんか、昨日フラれたばかりなのに意外と普通に過ごせてる。って考えたらさ、僕って薄情なのかもしれないなって」
「私はそうは思わないけどね。ネチネチ好きでした。振られたけどまだ好きなんだよ。って引きずるよりも私は言いと思うけどね」
相変わらずの言葉に心の中で感謝の言葉を告げ穏やかな朝を迎えるかと思った矢先、紫穂は唐突に口を開く。
「ねえ?そう言えば妖精探検って男女ペアで行くんだよね?」
「多分そうなんじゃあないの?てか、男女ペアじゃあないと妖精は出ないっぽい話しもあるから多分って言うか絶対に男女ペアだろうね」
「そっか。尋はビビりだから心配だね」
「うるさ・・・ん?アレ誰だ?」
校庭を横断するように真っ白な日傘のようなものを差し白いワンピースを着た大人っぽい女性が学校に向かって歩き近づいてきていた。不思議と見蕩れてしまい徐々に先ほどまで聞こえていたクラスメイトの声、隣に居る紫穂の声さえも聞こえなくなってくる。ずるり、ずるり。と、女性に引きまれるように見つめ続けていると体が思いきり揺らされたと思えば紫穂の声が耳へと入り込んでくる。
「尋?どうしたの?急に黙ったけど」
「あ、いや。校庭を横断してる女の人見てた」
視線を向けつつ校庭へと指を差す。と、
「へ?私も見てたけど校庭を横断してた人なんていないよ?」




