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夏の夕暮れ。夕陽に照らされる男女。オレンジ色に染まり芸術的ともいえる夕空。告白にはもってこいのシュチュエーションではないだろうか。収まりかけていた鼓動は大きく跳ね落ち付かせるように何度も生唾を飲み心なしか顔も熱くなってきている気がする。
「・・・あのっ」
見つめ合い言葉をかけようとした瞬間に香織がクスリと懐かしむような笑みを浮かべ重なっていた視線を逸らしオレンジ色の夕空へと視線を向ける。夕陽に照らされた香織の横顔は何かを諦めたようなだけどどこか安堵しているようなそんな表情に自分が口走ろうとしていた言葉をグッと飲み込んでしまう。きっと、口にしようとしていた言葉を告げてしまったら香織はどんな表情になってしまったのだろう。少しだけ香織に向かって伸びかけた手を下ろす。と、夕空を見上げていた香織が口を開く。
「懐かしいね。昔もこんな綺麗な夕陽が空を覆ってた時にさっ」
「懐かしい?」
忘れちゃったの?なんて笑いながら尋の言葉に反応する香織はどこか、目の前で立っている尋に対して言っているでは無く目に見えない誰かに言っているようにも聞こえた。尋はそれが誰だか分かっている。分かってしまうからこそ知らないフリをしたかった。目を逸らしたかった。逸らしたところで逃げ切れるわけもなければ消せる事もない。ずっとあの場に居続ける中学時代。尋の気持ちとは裏腹に香織は懐かしむように過去を振り返っているのかほんのりと口元が優しく微笑んでいるようにも見える。微笑んでいて欲しかったのに尋はその過去の事で微笑まれると現実を突きつけられてしまうため胸が苦しくなる。昔の事を思いだせると言うことはそこ出来事を受け入れ納得できたから。過去を過去にできたからこそ思いだせる。自分では香織が微笑んでいる過去はまだ過去にできていない。我ながら男らくないったらありゃしない。不甲斐なさからなのか、自分に対しての憤りなのか露骨にため息をついてしまう。と、それに気が付いた香織は首を傾げこちらを向いてくる。
「そんな深っかいため息ついちゃったら幸せが逃げて行っちゃうよ?でも、その時はひろちゃんの中から出てきた幸せをパッと捕まえて半分だけ返してあげるね」
「半分だけなんだ」
ツッコミに笑いながら両手で何かを掴むようにポンッと目の前で両手を包む。一体何がしたいのか分からず首を傾げているとその反応に恥ずかしくなったのかすぐに包んでいた両手をひろげ咳払いをし始める。香織もまた恥ずかしさを誤魔化す時に稀だがこのように咳ばらいをしつつチラチラとこちらを見てくる。相変わらずの癖につい、笑ってしまう。きっと先ほどした意味不明な行動について言及して欲しいのだろう。
「それで、さっき目の前で空気を掴んだのは一体何だったの?」
やれやれ感が分かったのかぷくっと頬を膨らませつつ抗議の眼差しを向けてくる。抗議している表情でさえ可愛く見えてしまう。それも夕陽に照らされ髪の毛が黒から若干明るい色になっているから余計に新鮮でいい。我ながら落ち込んだり、怒ったり、にけやたり、とめまぐるしい感情に大丈夫か?と、問いかけたくなってしまう。降参という意味も込めて両手を上げる。と、香織もじとっと横目で睨んできていた表情を止め普段通りの表情に戻る。
「だから、そう言うことを笑いながら聞かないでよっ!雰囲気にのまれてやっちゃっただけなんだから!ひろちゃんって人に対して敏感なところもあれば鈍感なところもあるよね!」
「そ、そうかな?できるだけ人が嫌な気持ちにならないように。って考えて動いているつもりだけど」
「それは分かるよ?ひろちゃんは人一倍に人の顔を気にしてるし」
うんうん。と腕を組みながら頷いているけど、なんとなく人の顔を気にして動いている。と、言われてもいまいちいい気分はしない。だからと言ってそれは本当の事であるため言い返すことができない。
「でもさ?人の顔を気にしながら行動するって大変だとか八方美人だとかいう人いるでしょ?そう言う人って私は悲しい人なんだなって思うんだ。だってそうじゃない?あの人って八方美人だからウザい。とか言うけど、要領よく人と付き合ってるんだからいいと思うんだよね」
「つ、つまり僕は八方美人だと?」
「ん?んーひろちゃんは八方美人だね。けど、八方美人って悪い意味じゃあないんだよ。不信感を持つ人もいるけど全然違うんだよ?すぐに人の言葉に同調したり自分の意見がない!って捉えかたされるけど全然違うし。優しいから人にも同調できるし空気を壊さないように配慮できるからすぐに妥協できたりするんだよ。だから、ひろちゃんはこれからも昔のままでいいんだよ。なぜ、急にこんな事を言ったかといいますと・・・なんか横顔がいつもより暗く見えたからであります!脈略もない私の熱い言葉を聞いてくれてありがとっ!」
悪戯っぽく笑いながら敬礼をしてくる香織はどこか言いたい事が言えて満足そうに見えた。脈略もない言葉。そう言っていたけど尋にはそうは感じなかった。きっと香織は昔の過去の自分に告げてくれたんだろう。そう感じた。しかし、せっかくの香織との下校で暗い顔をしていたのかと気付かされ両頬を何度か叩く。敬礼している女子、両頬を叩いている男子。部活帰りの生徒もちらほらと居たため二人は一体何をしているんだ?なんて変な視線を向けられている事に気が付きそそくさとその場から逃げるように歩きだす。たった、数秒の出来事だったのに目に入ってくるものが先ほどと違い綺麗な色をした物に見える。小さく息を吸ってみる。と、甘い香りがする。見上げた空は少しだけオレンジ色が濃くなっていた。
「あ!でもね?」
何かを思いだしたように香織は人差し指をこちらへ向けながら口を開いてくる。
「ひろちゃんって、誰にでも優しくするでしょ?アレは頂けないと思うよっ」
「誰にも優しくするって・・・めちゃくちゃいい事じゃないの?てか、なりふり構わず人を貶したり傷つけたりするより断然いいよ!うん!これは僕が絶対に正しいよ!」
まさかそこまでの反論が返ってくるとは思っていなかったのか香織も人差し指をむけたまま驚き顔で歩き続けていた。しかし、自分が言いだしたからには続きも言いたかったようで負けじと口を開く。
「うん。人に優しくすることに対して駄目だって言ってるんじゃあなくてね?なんて言うかな・・・えっと、無意識な優しさ?同性にはバシバシやってもいいと思うんだけど異性にする時はもう少し考えてやってみたら?ってこと」
「異性に対してはもう少し考えてやってみたら?うーむ。つまり香織はどう言うことが言いたいの?」
そう言うところが鈍感なんだよ。と、ため息混じりに言葉を向けられたが余計に意味が分からなく首を傾げていると香織は諦めたようにため息を吐き曲がってしまった人差し指を力強く伸ばし尋の脇腹へと刺してくる。咄嗟の事で気を抜いていたせいか見事にわき腹に刺されてしまい痛みに堪えていると、
「ひろちゃんは優しすぎってことだよっ!」
香織は逃げるように走りだす。結局、なにが言いたいのかよく分からずただ、首をかしげつつ香織の後を追うように走りだす。と、すぐに駆けだした足は止まってしまう。先に走っていった香織が立ち止まっていたからである。徐々に近づく香織の背中は気のせいか少しだけ小さく見えた。追いつき香織の横へと立ち横顔を見てみると、何か信じられないものでも見たかのような驚愕した表情を作っていた。そのため視線を香織の方へと向けて見る。と、尋もまたあまりにもの驚愕に声を上手く出すことができずにいた。二人の視線の先に居る人物がこちらへと歩いてきたため二人は丁度よく近くにあった自動販売機の陰へと隠れなんとか気がつかれず通過し事なきを得た。二人ともが息を殺していたため言葉を交わす前に深呼吸を数回ほど済ませる。絶対にもう気がつかれないと分かっているのにお互いができるだけ音を立てないように呼吸をしているのが少しだけ可笑しかった。すると、香織のテンションがいつも以上に上がっているのか肩を何度も強く揺すってくる。
「い、今のって・・・紫穂だよね?」
「だ、だと思うけど・・・」
「隣の男子誰だろ?同じクラスじゃあないっぽかったけど・・・まさか、紫穂にも・・・彼氏が?」
「ま、マジで。これは・・・」
そうだね。夜に幼馴染会議だよね。そう言うと香織は慣れた手つきで携帯をかまい紫穂へメールを送り始める。内容を覗き見するほど悪趣味では無いため視線を逸らし近くにあった自動販売機へと向ける。本文を打ち終わったのか香織は満足そうに息を吐き肩を二、三回ポンポンと叩き歩き始める。つられるように尋も歩き始め、一度だけ紫穂が歩いて行った方向へと視線を向ける。




