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階段の一段、一段降りていくにつれて鼓動が自然と早くなってきてしまう。後ろからは少し早足気味になってしまっている尋に置いて行かれまいと健気についてきている。そんな淡く綺麗な感情に気がつくわけもなくただ、香織の顔を見たい。と、言う他者に聞かれてしまうと気持ち悪がられてしまう感情を抱きながら教室へと向かう。雨谷の用事は終わっていたらしく雨谷とは別に教室に居るクラスメイトと談笑していた。香織が視界へと入ってきた瞬間に尋は一瞬にして体から高ぶっていた体温が抜け冷静さを取り戻す。ふと、自分が屋上からここまで来る過程を思い返してみる。と、急に自分がしでかした行動があまりにも気持ち悪く寒気さえ襲ってきてしまう。誰にも告げてはいないし気がつかれてもいないだろう。けど、若気の至りだとしてもあまりにも酷い衝動に自分でも引いてしまった。後から着いてきていた紫穂は尋の肩をポンと叩き教室へと入っていく。本心が分かっていたのかただ、単純に何も考えずに叩いたのか分からない。けど、紫穂に叩かれた肩の辺りがジワリと暖かくなってくる。
「どうしたの?教室に来たってことはここで用事があったんでしょ。早く済ませば?」
「こ、声が大きいって!」
咄嗟に振り向き不思議そうに言葉をかけてくる紫穂の口に手のひらをかぶせてしまう。第三者から見ればそれは尋が紫穂を襲っているようにも見えなくはない。唐突な尋の行動に紫穂は驚きを隠せないのは当然で目を何度も瞬きしながらこちらへと視線を向け固まってしまう。きっと誰だって急に口元を押さえられたら紫穂のように体は硬直し身動きが取れないだろう。尋もすぐに気がつき謝罪を口にしつつ抱きかかえるようにしていた紫穂を立たせ手を離すと少しばかり変な視線が様々な場所から向けられているようなそんな気がしたため恐る恐る紫穂から教室全体へと視線を向ける。と、当然のように変な視線を送ってきていたのはクラスメイトでありその中には香織の視線も含まれてしまっていた。男子たちはニヤニヤと勇者でも見ているかのように尊敬の眼差しを向け、小さく拍手を向けてくる人もいた。しかし、女子たちは軽く紫穂に対して行った行動に引いているのか顔が引きつっているようにも見えてしまう。結果的に悪い事をしたのは自分なのだからどうしようも出来ない事は分かっている。が、それでも紫穂の方へ助け船を出してくれないかい?と、アイコンタクトを送ってみる。紫穂も尋の方へと顔を向けていたため視線が交差する。紫穂は怒ることなく、分かった。と、言うように一度頷き女子が集まっている場所へと歩きだす。心の中で深々と感謝の言葉、頭を下げ何事もなかったように自分の席へと戻っていくと当然のようにニヤニヤとよからぬことを考えているであろう男子軍団が逃げ場をなくすように円を作り囲んでくる。そして、先陣を切ったのは当然、雨谷であった。
「これはこれは。昼間からハレンチな行動を若き衝動を持て余している好青年に見せてくださいましたね」
「ハレンチって・・・別にみんなが思っているようなことじゃあないから。それに若き衝動って・・・」
「いやいや。教室に一緒に入ってきたかと思えば急に振り向くか弱い女生徒の口元を押さえるなんて・・・これは如何わしい想像をしない方がオカシイですよ。ねぇ・・・みなさん」
まるでドラマに出てくるような主婦の口調で周りで囲んでいる男子に同意を求めると、そうよね!気になるわ!と、変なテンションになってしまった男子たちが詰め寄ってくる。椅子に座っているため大勢の男子に見下ろされてしまい思った以上の圧を感じてしまう。流石に香織に会いたかったから。なんて言えるはずもなく何か良い言い訳がないか考えていると天の助けなのか掃除開始の曲が流れ始める。流石に掃除の時間を無視する事は出来なかったのかゾロゾロと各自決められた場所へと名残惜しそうな視線を向けつつ教室を後にする。別れ際に雨谷に、あとは任せたぞ。なんて力強く言葉を向けるツワモノも居るほど尋のした行動の本心が気になるようだった。椅子から立ち上がり教室の机を運び始めると雨谷がにやけ顔を浮かべながら横へとすり寄ってくる。
「で?実際どうしたんだよ?お前ってもしかして・・・」
「違うよ。それは雨谷だって分かってるでしょ。確かにああ言う行動をとってしまった僕が悪いけどさ。流石に雨谷が紫穂と僕のことでからかってくるとは思わなかった」
尋の言葉に雨谷はまずいと思ったのかどこかばつが悪そうな表情になってしまう。自分でも流石に悪ノリしすぎてしまったと反省したのかそっと様子を窺うように口を開く。
「す、すまん。悪ノリしすぎた。尋が意味もなくあんなことしないよな。悪いっ!」
「い、いや。僕の方こと強めな口調になってごめん。なんでだろ。いつもなら雨谷の悪ノリになんて慣れっこなのに」
「そ、そうだよな!まあ、でもお前にもたまには虫の居所が悪い時もあるんだなって学習させていただきやした」
そう言うと、何度か頭を下げ笑いながら机を運び箒を取りに行ってしまう。箒を二本取り一本を投げて来たため受け取り上手側から掃き始めると雨谷はなにやら神妙な表情でこちらを見てくる。またなにやら変な事を考えているのだろう。そんなお気楽な気持ちで箒を掃いていると雨谷の声が聞こえてくる。
「そう言えばさ・・・っと・・・どうしようかな」
「ん?なにさ?雨谷がいいにくそうにするって珍しいね。どうかしたの?」
何か言いたそうにしている雨谷の表情は思っていたよりも気まずそうで口に出したのはいいもののどこか後悔、躊躇しているようにも見えてしまったため笑みを向け、
「言いにくいことなら言わなくてもいいよ!無理に聞いても悪いしさ。とりあえず、掃除を済ましちゃおうよ」
笑いながら床を掃いていると雨谷のだろう深呼吸する音が聞こえてくる。あまりにも大きな音を出すものだからつい笑いながら雨谷の方へと視線を向ける、と
「妖精探検をするにあたって・・・誰にも言わないでくれって言われたから名前は伏せるけど・・・えっとな・・・」
頭をかき未だに言ってもいいものだろうか迷っているのか何度も深呼吸を繰り返す。どうせまた、雨谷の過剰演出であろう。と、思い尋は笑いながら
「ははっ。誰にも言わないでくれって言われてるのに僕に言おうとしてるじゃん!」
「妖精探検で紫穂とペアになりたいって奴がいるんだ・・・よ」
「・・・え?えっと・・・そ、そうなんだ。紫穂の事を女子として見れる人が居たのか!それは、それは・・・」
自分で動揺していることが手に取るように分かる。自分でも分かると言うことはきっと雨谷には全て自分の感情はバレテしまっているだろう。思ってもいなかった言葉に上手く反応ができずただ笑うことしか出来なかった。つまりは、紫穂のことが好きだ。と、言う人間がいると言うことだろう。オカシイ。胸のあたりにふと出てきたこのモヤモヤはなんだ?問いかけたところで答えは返ってこない。
「どうした?なんか急に顔が変になったけど?」
「い、いや!なんでもないよ!そっか、そっか。紫穂にもとうとう春が来ちゃったか」
「でも、いいのか?」
「いいって?紫穂の恋愛に僕の許可なんて必要ないしそれこそ紫穂にぶっ飛ばされちゃうよ!私が恋をするのにアンタの許可がいるのかっ!って・・・ははっ」
なんかすまん。確かに雨谷は小声でそう言ったような気がした。上手く笑えない。どうしてだろう。別にただの口うるさい幼馴染。ただそれだけのはず。それ以上でも以下でもない。けど、この胸の奥に引っかかる感情はなんだろう。感じたことがない心のナニカ。どこか香織の事を考えた時に覚える感覚にも似ている気がする。けど、少しだけ違う気もする。ふと、窓越しの空を見上げてみる。窓越しから見る空も相変わらず澄んで真っ青に広がっている、けど、ほんの少しだけ窓越しから見たせいなのか良く分からない感情がそう言う風に見させているのかは分からない。分からないけど、屋上で見た時よりもいつも見ている時よりも少しだけ、ほんの少しだけよく分からない感情分だけ空が僕から遠くに行ってしまったようなそんな気がした。




