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紫穂の表情は先ほどとはうって変わり青ざめ何かに脅えているようにも見えた。ドク、ドク、ドク。と、心臓音が体中を揺らしてくる。後ろを向くことがここまで恐怖だとは思わなかった。それでもひろは紫穂の肩を一度だけ叩き笑みを浮かべばれないように奥歯を噛みしめ、何を見ても驚かない、と意を決し勢いに任せて振り向いてみる。と、そこには何も居らずただ、蛙の鳴き声が聞こえる暗闇であった。すると後ろから笑い声が聞こえてくる。まさかと思い眉間にしわを寄せ振り向いてみるとお腹を抱え涙を浮かべながら紫穂が笑っている。
「もしかしなくても演技?」
ひろの言葉を聞くと何度も頷きながら未だに笑っている。怒りよりも、何もいなかった。と、言う思いが出てくると同時に思いださなくてもいい事を思い出してしまい体中が熱くなってきてしまう。顔が赤くなってしまっているのだろうか?顔もいつもより火照ってきてしまい顔を見られまいともう一度紫穂に背中を向け歩きだす。
「ちょ、ちょっと!片付けしないの?」
後ろから紫穂がひろの反応に焦ったのか声をかけてくるがひろは振り向くことなく、
「あとで僕が片付けるよ。帰りが遅くなると怒らられるでしょ」
照れ隠しなのか怒っているのかよく分からない声色だったけれど紫穂は嬉しそうに微笑むとひろの横へと向かい歩きだす。二人っきりだからと言って話しをする話題がなければ沈黙が続くのは当然のことである。しかし、何故かひろはいつもとは違いソワソワとしてしまい何か話す話題を探してしまっていた。本人は怒っていないけどさっきの無愛想な振り向きかたは紫穂に気を使わせてしまったのではないか?と、心配になっているのだ。本当は紫穂の事を心配し無理矢理でも笑みを見せ安心させようと思ったひろの気遣いをも笑った紫穂が責められるのだろうけどひろは、ちょっとの冗談であの態度は無かった。と、猛反省をしてしまった。両手で指遊びをしつつ話題を探していると紫穂の笑い声が混じった声が聞こえてくる。
「どうしたの?なんかソワソワしてるけど?ひろらしくなくない?」
「・・・うーん。・・・紫穂!さっきは無愛想な表情で歩きだしてごめん・・・ね!」
唐突に頭を下げられてしまい紫穂はなんのことで謝られたのか分からずただ、目を見開きひろの頭を見ることしか出来なかった。が、なにを思ったのか目に入っていたつむじに人差し指で攻撃をする。それに驚いたのかひろもまた両手で頭を押さえ驚愕した表情で紫穂へと視線を向ける。紫穂はひろの表情を見た瞬間に吹きだしてしまいひろもまた紫穂の笑い声につられ笑ってしまう。
「やっぱり気にしてたんだ?良いよ。ぜーんぶ許してあげる」
「でも、紫穂もあんな嘘を言うから悪いんだよ?流石に紫穂の怖がった顔を見た時は僕が守らなきゃって思っちゃったもん」
「ふ、ふーん。でも、ひろなんかに私は守れないけどね!」
なんかにとは失礼だな。そう言いながらも表情は二人ともが穏やかなもので特に紫穂の表情は口調とは裏腹にとても穏やかで暖かいものだった。ふと、紫穂は夜空を見上げ口を開こうとした瞬間に横から子供のようにはしゃぐひろの声が聞こえてくる。
「うわ。紫穂!すっごい星空になってる!見てよ!見て!やっぱり星は夜が深くなるにつれて輝きが増すよね!」
「ひろってホントに天体観測好きだよね」
「天体観測が嫌いな人なんて居るのかな?」
「どうなんだろう?でも、嫌いな人だっているかもしれないよ?もしも、いつかひろの好きな人が彼女になるでしょ?その子が嫌いって言ったらどうする?」
質問をひろへと向けた瞬間にチクリと心に痛みを覚える。忘れていた訳じゃあないし意地悪をしてやろうと思って言った質問では無い。自然とふわりと出てきた言葉であった。しまったと思い口に手をそえてみるがもう遅い。紫穂の言葉はもうひろの心の中へと届いてしまった。盗むようにひろの顔を見てみるとどこか遠くの辺りへと視線を向けつつ微笑んでいた。
「そうだね。僕なりに努力はしてみるかな?どれだけ天体・・・星と言うものは綺麗で素敵な物語が多く有るかってことを伝えてさ。それでも駄目だって言われても努力するかな?」
「クスッ。結局、努力して嫌いも好きになるように頑張るってこと?」
「そう言うこと。だって、自分の好きな物は自分の大切な人には好きになって欲しいでしょ?」
「まあ、確かにそうかもね。大切な人には自分の好きを好きになって欲しいよね」
そうでしょ?きっと誰だってそうなんだよ。笑いながら言うひろの表情はどこかいつもより優しく寂しそうに見えた。会話が一通り終わったのかひろも先ほどのように沈黙に対して気まずさは無いのか夜空を見つつ歩いていた。紫穂も穏やかな表情のまま夜空を見上げるひろを眺めながら歩いているとふと、何かを思い出したように紫穂の方へと視線を向けてくる。唐突な高度に視線が合ってしまい一瞬、体が固まってしまう。が、すぐに開いていた手でひろの腹部へとチョップをおみまいしようとしたが失敗に終わる。ひろがすぐに気がつき手を掴み止めたのだ。ひろに掴まれた場所がじわじわと熱くなってくる。
「ふふふ。紫穂と目が合うとたまに意味不明な攻撃をされるから目があった時は身構える事にしてるんだよねっ!そのお陰か今日は止めれたぜ!」
悪戯を未然に防ぎました。なんて言いたげな表情にいつもならそこでもう片方の手で攻撃をしてくるのだけどただ、俯いたままの紫穂に少しばかり違和感を覚えてしまい顔を覗くように見てみるとそれを避けるように顔を避けと向けてしまう。
「は、離してよ・・・」
「あっ!ごめん!って、普通は紫穂が意味不明な暴力をしてくるからでしょ!謝るのはそっち!」
笑いながらひろは手を離すと背伸びを下かと思えば、
「紫穂って実は女の子だったんだね」
「は?」
唐突に意味不明なことを言ってくるものだから頭の上から気の抜けた声が出てしまう。それは女の子と言うには程遠い声にひろは笑いだす。しかし、表情を見る限り意味をちゃんと込めた言葉だと言うことがなんとなく分かる。それにしたって女子に向かって女の子だったんだね。とは明らかに失礼な言葉である。とりあえず拳を作りわき腹を殴っておく。一度、防衛に成功しているため気を抜いていたのか気持ち良いぐらい決まってしまう。せき込みながらも紫穂の言いたい事が分かったのか言葉を足すように、
「確かに意味不明だったね。ごめんごめん!えっとね。なんて言えばいいんだろう。紫穂もそうだろうけど僕と紫穂ってお互いに男性、女性としてではなく一人の人間として見てるでしょ?」
「ん?」
「なんて言えばいいのかな。世の中には多く分けて男と女でしょ?でも、その二つに属していなかったんだよね。今までは。男、女、紫穂!みたいな感じで」
「はぁ・・・」
ひろの必死な例えも気持ち良く決まらなかったのか紫穂の煮え切らない表情に可笑しくなりつい、笑みを浮かべてしまう。
「でもね?なんか一緒に歩いててさっきの質問の答えがやっと見つかったんだ」
「前置き長いよ?なにが言いたいの?それと、さっきの質問って何か言ったっけ?」
そう言うと一度だけ大きく頷きながら、
「今日の浴衣姿を見たら紫穂も女の子なんだなって思った。浴衣姿すっごく似合ってると思うよ!・・・えっ!?ど、どうしたの!?」
ひろの唐突な言葉に一体どうしたらいいのか分からなくただ、歩いていた足が止まり目の辺りが熱くなってくる。この気持ちには気がついてはいけない。だってそうじゃないか。目の前の幼馴染は私を見て戸惑いながら心配している。絶対にこの気持ちは幻覚なんだから。止まれ。止まれ。止まれ。一体、私は何に対して止まれと願っている?幼馴染を困らせている頬を濡らす涙?それともこの二人が過ごしている時間?グルグルと頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになる。それでも必死に胸から溢れだしそうな感情を押し込む。気持ちを押し込むことがここまで辛かったのは初めて。口にする事ができない事がここまで痛かった?いつだって自分に嘘をついてきた。けど、今回はいつも以上に痛い。辛いんじゃあなくて痛い。
「酷い事言っちゃったかな?ごめん」
そう言いながらハンカチを差し出してくる幼馴染は相変わらず優しい男の子だ。誰にも優しくて誰にも好かれる男の子。私にこうしてハンカチを渡してくれるのも誰にでもする優しさであり特別ではない。ひろが好きな人だって知っているし邪魔をしようなんて思ってもいない。
「大丈夫?なんか、ごめんね」
「私こそ急に泣いてごめんね。やっぱり生理前になると情緒が不安定になっちゃうんだよね・・・だからこの涙は意味のない涙だからね」
「な、なんか生々しい単語だね・・・僕はそう言うの苦手って言うかどう反応していいのか分からない・・・。そっか・・・意味のない涙ならよかったんだけど」
「あはっ。ごめんごめん。ちょっと配慮が足りなかったよね。大丈夫!涙も止まったし。帰ろっ」
真っ赤な瞳をした紫穂はどこか無理をして笑っているように見えてしまう。それでも紫穂の後ろ姿は、これ以上は触れてこないでほしい。と、言っているようで紫穂の肩に伸びかけた手を下げ歩きだす。




