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夏になる頃へ  作者: masaya
一章 恋の妖精と時々幽霊
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走り去る背中が見えなくなるまでひろは見送ろうと決めていたのか自宅に向かおうとせずじっと御崎の後ろ姿を見つめていた。微笑ましいものでも見ているのか?と、思わせるほど表情は柔らかい。

「ペアになれるといいです・・・か」

御崎の言葉(きもち)はひろの胸の中に届いていた。しかし、肝心の好き。と、言う気持ちまではきっと届いてはいないだろう。深呼吸をするついでに空を見上げてみると相変わらず銀色の星たちがキラキラと輝いている。笑みを夜空へと向け自宅へと歩きだす。しばらく歩きあともう少しで家に着く。と、言うところで何やら夏になったら頻繁に嗅ぐであろう匂いがひろの思考をほんの数秒ほど停止させる。

「火薬の匂い?」

どうも自宅の庭辺りから匂ってきていたため、視線を向けてみると庭の辺りから白い煙がモクモクと夜空へ昇がっているように見える。その煙を見た瞬間にひろが考えていた事が確信へと変わる。きっと手持ち花火を誰かが家でやっているのだろう。想像できるのは姉ぐらい。一人寂しくしている所を想像してしまうと何故かひろは可笑しくなり笑ってしまう。とりあえず途中からでも一緒にやってあげようか。そう思い家の敷地内へと入っていくと花火をしているのかパチパチと色とりどりの輝きが庭を明るく照らしている。彼らは一瞬、一瞬を楽しませようと表情豊かに夏の夜を華やかに飛び回る。花火の明かりを見ているだけで心が洗われてしまう。が、それ以上にひろはその花火を持っている人物へと視線を向けてしまう。何故かそこには姉では無く浴衣を着た紫穂の姿があったのだ。雨谷の話しでは、何か用事があるから学校には来れない。そう言う風に聞いている。足音に気がついたのか、丁度花火も消え紫穂がこちらへと視線を向けてくる。

「紫穂ちゃん。お待たせ~」

明るい声で紫穂を呼ぶ声が聞こえたため紫穂は視線をひろから声のする方へと向け、つられてひろも視線を向ける。と、姉が蚊取り線香に火を点け玄関から出てくるところであった。丁度、姉もひろが帰ってきた事に気がついたのかどこか先ほどまで明るかった雰囲気がどこか禍々しいものになったような気がしてしまう。兄妹でしか分からない雰囲気に数歩ほど後ずさりしてしまう。

「ひろ。帰ってくるの遅いよ?紫穂ちゃん。結構待っててくれてたんだよ?まあ、とりあえず私が殆ど花火やっちゃったけど・・・まだ、線香花火とか残ってるからやりな!・・・あ、電話だ。あとは二人でね!」

そう言うと姉は紫穂の足元に蚊取り線香を置き家へと帰っていく。突然静かになり虫の鳴く声しか聞こえなくなってしまう。ひろも全て思いだしていた。紫穂と花火をする。と、言う約束をすっかり夜の探検で忘れてしまっていた。今思い返せば何故、紫穂が練習でも夜の探検へ来なかったのか分かる。自分との約束を優先したからである。それなのにすっかり約束を忘れてしまい花火を一緒にする事が出来なかった。気まずい雰囲気であったが約束を破ってしまった自分が悪い事は重々承知しているため殴られる事を覚悟で紫穂の方へと近づいて行く。紫穂はなにも言葉を口にすることなく視線を夜空へと向けているだけであった。

「あ、あのさ」

「ん?」

いつも通りの声色。怒っているようにも悲しんでいるようにも取れない本当にいつもの紫穂であった。呆気にとられそうになるがグッと奥歯を噛みしめ紫穂に甘えてしまいそうになる自分を律する。気にしないようにしてくれているだけ。きっと紫穂はひろが約束を忘れていた事も分かっている。健気に浴衣なんかを着て怒るどころか照れくさそうに笑う姿を見るだけで自分の不甲斐なさだけが浮き出てくる。

「どう?新しく浴衣買ってもらったやつを着てひろを驚かせようと思ったらまだ帰ってなかったんだもん。まあ、何か用事があったんでしょ?携帯に電話しても繋がらないし探しに行こうにも浴衣で歩きまわるのはちょっと恥ずかしくて。でも、なんか事件に巻き込まれてなくて本当によかった。ひろ姉が殆んどやっちゃって線香花火しか残ってないけどやる?」

そう言うと袋から束にまとめられている線香花火をビニール袋から取り出し頬笑みながらこちらへと向けてくる。ひろもぎこちない表情を浮かべつつ頷き紫穂の隣へと向かう。自分の不甲斐なさと同時に紫穂の言葉がグルグルと胸の中を駆け巡っていた。紫穂はしゃがみ込みチャッカマンを地面に立てられた蝋燭へと付ける。暗かった足元がぼんやりと明るくなる。

「ん」

「あ、ありがとう」

線香花火を一本ほど束の中から取り出し手渡してきたためひろは焦りながらも受け取り紫穂と同じようにしゃがみ込みつつ沈黙にならないように話題を探していると紫穂はひろの考えている事なんて全てお見通しなのかクスクスと笑いじゃれるように肩で体当たりをしてくる。よろけそうになったが左手を支えにしつつ紫穂がこけないように手加減をしつつ跳ね返す。あまり見せる事がない紫穂の女の子らしい笑顔。けれど、僕は知っている。これが本当の紫穂だってことも。浴衣姿だからかいつも以上に女の子らしく見えてしまいどこを見ていいのか分からなくなり恥ずかしくなってしまう。それは紫穂も同じなのか肩を叩いてくる。

「な、なに?」

「・・・ゆ、浴衣の感想まだ聞いてないんだけど・・・へ、変かな?」

上目遣いで見てくる紫穂に言葉を失ってしまう。一瞬だけどう反応していいのか分からず戸惑っていると一瞬だけ見間違いかもしれないけれど紫穂の顔に影が顰めたかと思いきや笑顔を向けてくる。

「って、なんで私がひろなんかに私の浴衣の評価をしてもらわなきゃいけないんだろうねっ!それより、線香花火しよっか!」

「そ、そうだね。今年初めての花火だ」

二人同時に花火に火を点けチリチリと火花が遠慮気味に弾け始めだんだんとオレンジ色の丸い火の玉ができ始める。お互いに綺麗な球体ができ感動していると紫穂が口を開く。

「・・・ねぇ?ひろ?」

「ん?」

「・・・えっとね。ベタなこと言ってもいい?」

ベタなこととはなんだろうか?そう思いつつ紫穂の表情を見てみるとこちらをジッと見つめていた。良く分からなく頷くとどこか照れくさそうに笑いながら、一度大きく息を吐き出す。

「・・・やっぱり・・・なんでもない!」

「なんだそりゃ。なんか今日は紫穂らしくないよね?」

「・・・そ、そう!?私らしい・・・か。・・・どこで間違っちゃったんだろうね」

「ん?」

なんでもないよ。笑いながら紫穂はそう言うと新しい線香花火を手渡してくる。ひろも謝るタイミングを忘れてしまい結局は紫穂の優しさに甘えてしまう。その後も線香花火をしている時も特に会話は無くお互いに、綺麗だね、夏っぽいよね、夏って感じの匂いだ。と、当たり障りがなくお互いに思っている事を言いだすタイミングを測っているのか他人行儀な会話しか出来ずにいた。とうとう、最後の線香花火に火を灯しパチパチと音を奏で始める。そして、徐々に音も小さくなり虫の鳴く声、蛙が合唱する声しか聞こえなくなる。二人ともが線香花火の明かりを見つつもキョロキョロと互いの顔を相手にばれないように盗み見ている。

「そ、そろそろ帰ろうかな?」

「そ、そっか。じゃあ、遅くなったし家まで送っていくよ」

「う、うん。・・・ありがと」

蝋燭を消し立ち上がり何気なくしゃがんでいる紫穂へと手を伸ばす。ひろにとっては何気ない行動だったのだけど紫穂の表情はまるで青天の霹靂か?と言うほど驚愕している表情についひろは笑ってしまう。

「なんだよ。そこまで僕が手を差し伸べる事が珍しかった?」

「ち、違うよ。ひろ・・・後ろ・・・後ろ見て!」

紫穂はそう言いながら震える手をひろの後ろへと指す。

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