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雨谷はまだこちらに気が付いていないのか楽しそうに目の前に座っている女生徒と会話をしている。若干、風が吹いているせいか会話の内容までは聞こえはしないが笑い声は微かに聞こえてくる。屋上に人が入ってくれば視界に入り何かしら反応をしてくるのだろうけど会話に夢中なのかそれさえも無い。肩のあたりになにか引っ張られる様な感覚があり横を向いてみると香織が視線を逸らす事もなくジッと二人を見つつひろの裾を掴んでいた。少しではあるけれど裾を握っている手が震えているようにも見えた。この場合どうしていいのか分からずただ、その場に二人で立っていることしか出来なかった。雨谷に声をかけるなり香織に声をかけるなりすればよかったのだろうけど、ひろにそこまでのアドリブを期待しても難しい。ひろ自身もこの光景に戸惑いを隠せずにいた。まさか、屋上に部室に行ったはずの雨谷が居るなんて思いもしなかった。しばらくの間、立っていた二人であったが流石にこのままではいけないとひろの思考が動き始め再度、香織の顔を見つつ口を開く。
「きっと、部室に行った後に後輩に相談を持ちかけられて乗ってるだけだよ。雨谷って面倒見がいいじゃん?だからきっと香織が思っているような事はないって」
「思ってることって?ひろちゃんにはあの二人がどう見えたの?浮気してるように見えたの?」
いつもとは違い若干低い声がひろに向けられ何故か背筋が伸びてしまう。余計なことを言ってしまったのだろうか?雨谷をフォローしようと思い発した言葉が余計に香織の嫌な部分をくすぐってしまい不快な思いをさせてしまったのだろうか。様々な後悔の念が頭の中を渦巻く。だからと言ってこのまま沈黙と言う訳にもいかずすぐさま両手を動かし否定をする。
「そ、そんなわけないでしょ?!雨谷は香織にゾッコンだって!それに白昼堂々と彼女が居る学校で浮気なんてする訳ないでしょ」
「じゃあ、どうして部室に行くって言ったのに屋上にそれも女の子と二人っきりで居るの?それって、そう言うことなんじゃあないの?」
そんな事を自分に言われても。と、言葉を向けられた瞬間に出てきた感情であるけれどそんな事を言ってしまえば、いつもは温厚な香織さえも般若のような表情になってしまう可能性がある。そんな怖い表情は見たくないため必死に言葉を飲み込み、一度小さく息を吐き、
「んな訳ないでしょ!雨谷は香織の彼氏かもしれないけど僕の親友でもあるんだよ?そんな男が僕の好きな香織を泣かせるような事をする訳ないでしょ!確かに部室に行くって言って屋上に女の事二人っきりで居るのはダメだと思う。あとで聞いてみようよ」
「えっ・・・」
「ん?なんでそんなに驚いた表情してるの?」
香織は目を瞬かせキョトンとした表情でこちらを見つめている。先ほどの強張ったような表情では無く、純粋に驚愕しているようだった。確かに急にテンションをあげて言葉を向けてしまった感はあるけれど仕方がない。本当に雨谷が浮気なんてする訳がない。確かにちゃらんぽらんなところはあるかもしれないけど人を傷つけるような事はしない。それだけは自信を持って言える。自分の事でもないのに何故か自信に満ち溢れた表情になり口元も若干上へと上がっている。それよりも、驚きながらジッとこちらを見てくる香織の顔は相変わらず可愛い。つい、顔が綻びそうになるが流石に人の顔を見てニヤケテしまうのは気持ち悪がられるのは分かっているため必死に含み笑い程度に収める。
「えっと・・・ひろちゃんって・・・私の事が好きなの?」
「は?ど、ど、どうして!?急にそんな事を言いだすかな!?」
過剰に反応してしまったせいか香織は落ち着きを取り戻しつつあった表情がまた驚きの表情へと変わってしまう。若干お互いの顔が近い気がするけれど今のひろにはそんなことどうでもよかった。何故、香織に本音がバレテしまったかと言うことしか頭になかった。オカシイ。今まで上手く隠して来たつもりだった。いや、確実に隠して生活をしてきた。が、今まさにその気持ちがバレテしまった。何故?それにどうしてこの場面で言ってきた?必死の形相だったのか香織も申し訳なさそうに人差し指をひろに向けながら、
「だ、だって、さっき僕の好きな香織をって言ったから・・・さ」
「・・・そ、それは・・・ち、違うの!えっと、それはですね!それは言葉のあやといいますか・・・なんて言えばいいのかですね・・・えっと」
二人の間になにやら変な沈黙が流れる。今まで生きてきた中で一番居心地が悪い沈黙でお互いに言葉を探しているのか視点が定まらずお互いに顔を上下左右に動かし周りから見たら明らかに不審者扱いされそうな行動をとってしまう。しばらくの間、お互いに意味不明な行動をとってしまっていた。が、流石にキョロキョロとしている姿に気が付かない訳がなく雨谷と楽しそうに会話をしていた女生徒が香織とひろに向けて心配そうな視線を向け立っていた。声をかけようか迷ったのだけれど少しの間様子を見ようと言うことで観察していたらしい。雨谷の隣に居た女生徒はひろ、香織に会釈をすると先に屋上を後にする。屋上に残ったのは三人になり雨谷が笑いだす。
「二人してどうした?キョロキョロとしてて。あの子めちゃくちゃ心配してたぞ?入り口でキョロキョロとしてる彼女さんとお友達さんが居ますよ。ってさ。それで見てみたら二人ともが本当に挙動不審で立ってるんだもんな。最初は驚いたしなんたって怖かったぞ!」
そう言いながら肩を叩きつつ笑っているが香織の表情はどこか落ち着きを取り戻しつついつもよりも少しばかり曇っているように見えた。本当は雨谷に聞きたい事があるんだろう。けれど、きっとそれは束縛に繋がるから言いたくないのだろう。雨谷はなにかに囚われる事はあまり好きではない。浮気をしている訳でもないし香織をないがしろにしている訳でもない。きっと、雨谷は純粋に先ほどの女生徒から相談を持ちかけられ丁度時間も開いていたためその相談を誰にも聞かれないために屋上へと来たんだろう。そこまで分かっている。分かっていた。けれど、香織にあんな表情をさせる雨谷が許せなかった。今から言おうとする言葉を頭の中で再生するだけで心臓の鼓動は早くなり体温も上昇してくる。が、それでも止まらなかった。
「雨谷さ?昼休み部室に行くって言ってたよね?どうして屋上に下級生?と一緒に居たの?」
「ん?ああ!最初は部室で曲を作ってたんだよ。んで、片思いの相手が居てその相談を乗るってことになって。んで、その相談は誰にも聞かれたくないって言われたからさ。だったら、誰も生徒がこない場所がいいなってことになってここに居たってわけ。あら?もしかして俺が浮気でもしてるって思ったの?」
「・・・」
雨谷はからかうような冗談っぽく言葉を向け香織も無言で俯く。これは本気でそう思っているのだろう。と、感じたのかひろを見つめてくる。ひろも数回頷き香織の方へと視線を向ける。雨谷も苦笑いを浮かべつつ頭をかき始める。
「マジか。確かに彼氏が女子と二人っきりで居ると思ってた場所じゃないところに居たらそりゃあ心配になるよな・・・香織。ごめんな!」
そう言うと深々と頭を下げてくる。その行動に香織は驚きひろは微笑を浮かべる。そう。雨谷はこう言う奴だ。変に怒ったり意地を張らない。素直に香織の事を第一に思い大切にする男。だからこそひろも二人の仲介人になった事を思いだす。いつの間にかひろの頭の中には先ほどの香織との件を忘れてしまっていた。雨谷は未だに頭を下げたままで香織もだんまりを決め込んでいるのか言葉を発することなく見つめるだけであった。ひろは笑いながらため息をつくと香織の背中を少しだけ叩く。と、香織もひろが何を言いたいのか分かったのか大きく一度だけ頷く。
「いいよ。私も勘違いしてごめんなさい。圭は人助けのためにやったことなんだから頭上げて。ごめんね」
そう言うと雨谷は頭をあげつつ香織の手を取る。香織もハニカミながら雨谷の顔を見つめる。
「よっし。誤解?が解けてよかったかな。僕はお邪魔そうだからそろそろ退散しようかな!」
そう言い屋上を後にしようとするとひろを呼び止める香織の声が耳へと入ってくる。振り向くとそこには幸せそうに大好きな彼氏と手を繋いでいる大好きな人が立っていた。一番見たくなかった光景。けれど、精一杯の笑顔を作る。その笑みにつられて二人も微笑みかけてくる。香織は手をあげる。と、
「私もひろちゃんの事大好きだよ!困ったことがあったらいつでも言ってね!私の気持ちを代わりに圭に言ってくれてありがとうねっ!」
唐突な言葉に声も出なかった。数分前の出来事を忘れてしまっていた。そうだった。僕は香織に香織の事が好きだと言うことがどう言うことかバレてしまっていたんだった。ふと、頭の中が真っ白になり何も考える事が出来なくただ、香織から向けられた言葉が何度も、何度も頭の中をぐるぐると回る。大好きだと言って大好きだと返された。つまりそれは・・・。一歩、香織の方へと足が出かかると雨谷の含み笑いが聞こえ現実へと引き戻される。僕は一体香織に近づいて何をしようとしていたんだ?一度だけ強く目を閉じ見開くと雨谷と香織が相変わらず幸せそうに手を繋ぎ微笑みあっていた。
「おやおや!香織がひろに浮気心を抱いてしまったのか!これは穏やかじゃあねーよな!?・・・ははっ。でも、俺からもありがとうな。今後はもう少し相談をする場所とか考えるよ。香織に悲しい思いをさせた事には変わりねーからな。お前に好きな人が出来て困ったことがあったらすぐに言えよな!相談の予約があったとしても大優先で話しを聞いてやるからな!」
親指を立てこちらへ向けてくる。つられて笑いながら僕もお返しとばかりに同じように親指を立てる。そう、香織が言ったのは友達として好き。と、言うことであり恋愛感情ではなくどちらかと言えば家族愛に近いのかもしれない。
「じゃあ、僕はとりあえず退散するのでもう少し休み時間はあるからゆっくりとして下さい」
ひろの言葉に二人は笑いながら先ほど雨谷が座っていた椅子の場所まで楽しそうに会話をしながら歩いて行く。香織も教室で居た時のような憂鬱な表情では無く晴々と今の天気のようにキラキラとした表情へと変わっていた。その二人の幸せそうな後ろ姿を見ることが辛くなり視線を入口へと向け屋上を後にする。誰も見ているはずがないのに精一杯の笑顔を浮かべつつ階段へ視線を向ける。と、そこには何故か午後の授業の準備のためにどこかへ行っていた紫穂が退屈そうに座っていた。なにか一人で考え事でもしているのかと思い声をかけることなく横を通り過ぎようとすると紫穂も立ち上がり少し後ろをついて歩いてくる。別に声をかけられるわけもなかったため無言のまま歩き続け自動販売機がある一階のテラスまで歩き向かうと紫穂もずっと後ろをついてくるため流石に自分についてきているのだと気がつき足を止め振り向く。
「用事は終わったの?」
「ん?うん。それで教室に居なかったから屋上に居るかと思って行ってみたら・・・ねっ」
そう言うと肩をポンっと叩いてくると隣を歩いてくる。
「やっぱり彼氏が居る人を好きになるって辛いね」
「それでも、好きなんでしょ?」
紫穂の言葉にひろは苦笑いを浮かべつつも控えめに頷く。その頷きを見るなり紫穂も何とも言えない表情を浮かべつつ歩く。そのあと二人には会話もなくただ人気のいない体育館の裏辺りにある小さな木々が生えているもう一つの秘密の場所へと向かっていると一瞬、淡い発光体のようなものが視線に映る。咄嗟に紫穂の顔を見ると紫穂もひろと同じものを見たのか顔をこちらに向け驚愕しているようだった。真昼間からアレだけはっきりと観察できる発光体があるだろうか?蛍にしては明る過ぎるし大きすぎる。それに思いのほか素早い速度で浮遊しているように見えた。
「し、紫穂。今の見た?」
「う、うん。な、なんだったんだろう・・・あれ?」
※本文訂正
08/13 改行




