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「あー買い物ー!」
母親から買い物を頼まれていたことを帰宅した直後に気が付いたが流石にすぐに買い物に行くのは面倒くさく小休憩をした後、着替えもせず制服のまま商店街へと向かっている。夏になっただけあり夕方と言う時間帯ではあるけど外は暗くなる気配もなく心なしかすれ違う人々の表情もどこか明るい。夏になると人の表情がどうしてこんなに明るくなるのだろうか?見ようによっては気のせいで済まされることなのかもしれないけど、僕は毎年この時期になると周りの人の表情がどこかイベントを期待しているような表情を作っているような気がしてならない。実際に、夏と言うのは危険な恋をする確率が多いと雨谷から聞いたことがある。なんでも、それは夏の小悪魔が出てくるからだと言う。しかし、僕はその夏に出てくる小悪魔と言う生き物に会ったことがない。その小悪魔に魅了されてしまうと彼氏、彼女が居るのにもかかわらず真夏だけのアバンチュールが楽しめるらしい。そもそもアバンチュールって単語も正直なところあまり意味が分からなく、毎回家に帰って調べようと思っているのだけど、家に帰ったらどうでもよくなってしまう。と、言う負のスパイラルが発生し未だあまりよく分かっていない。雨谷に聞けば一発なのだろうけれど、高校二年にもなってそのような単語の意味が分からないなんてバレテしまったらとんでもなく恥をかきそうになる。そのためひっそりと隠している。しかし、彼氏彼女が居るのにもかかわらず。と、言う文面からあまりいいことではない気がする。雨谷も、お前にはその小悪魔が出現しないことを願ってるよ。なんて言ったりもしていた。とりあえずは真夏の小悪魔についてはいつか解決することにして、すれ違う人々に学生服を着た人達が多く視界へ入ってくる。きっと部活も終わり帰宅しているのだろう。
「それにしても、こうして見ると四割ぐらいはカップルで歩いてるし。やっぱり運動部系はモテルンダナ」
すれ違うカップルたちは本当に楽しそうに下校を満喫しているように見える。高校で同性同士で遊んだり帰ったりするだけでも十二分に楽しい。強がりでは無くて本当にそう思っている。が、下校に異性と一緒に二人っきりで帰れたらより一層、楽しいんだろうな。とは思う。異性と登下校をするなんてきっと高校生活を二割増しぐらい楽しんでいると思う。背後から楽しそうな笑い声が未だ聞こえてくる。その笑い声を羨ましく思いながらも商店街へと向かう。夕方になると商店街はより活気に溢れてくる。スーツを着た男性、子供と一緒に手を繋ぎながら買い物袋を持ち微笑ましそうに歩いている女性、両手を叩きながら御客の目を向けようと必死に声を張り上げている男性、ゲームセンターに笑いながら入って行くカップル達。と、様々な人々がごった返している。丁度、帰宅する大人たちとも時間が重なってしまったためより多くの人が商店街を歩いている。
「相変わらずこの時間帯は凄い」
帰宅してすぐに商店街へと向かえばこんなに人通りも多くなかったはず。数時間前の自分自身に恨みを抱きながら商店街へと視線を向ける。
「あれ?」
視線の先にある人が映ったため小走りでそちらへと向かう。するとそこには今にも泣き出してしまいそうな小学校2年生ぐらいの女の子が一人でキョロキョロと辺りを見渡していたのだ。
「どうしたの?お母さんとはぐれちゃった?」
「・・・お父さんと」
「そっか!お父さんとか!ちょっと、待ってね。すみません!」
変質者として叫ばれたらどうしようかと内心ドキドキであったが少女は心細かったのかすぐに返答を返しひろの服の裾を掴みジッと大人しく立っていた。ひろも早く彼女を安心させたいと思い、内心自分でもらしくないと思いながらも気が付けば周りに視線を向けられるぐらいの声を出し父親を探していた。初めての体験であった。これほどまでに色々な人からの視線を受けることが今までなかったため苦笑いを浮かべつつ声を出し続けた。しばらくしてスーツを着た男性と警察官らしき人がこちらへと駆け足で寄ってくる。と、裾をずっと掴んでいた少女がその男性の元へ走って行き抱きつく。その光景につい、笑みがこぼれてしまう。すると、少女はこちへ向き指をさしてくる。すると、少女を抱えた男性と警察官はこちらへと歩いてくる。警察官が近づいてくると言うのはなにも悪い事をしていないのに妙に背筋が伸びてしまうのは何故だろう?そんな事を考えていると少女を抱きかかえていた男性が少女を下ろすと深々と頭を下げてくる。始めて、大人の人に頭を下げられてしまったためどうしていいのか分からず、すぐさま同じように頭を下げる。と、警察官と男性は笑いだし、僕も笑うしかなかった。その後、男性と少女はもう一度深々とお辞儀をすると商店街の方へと歩いていった。警察官も肩を叩いてくると、
「これからは迷子を見つけたらすぐに110番してね。せっかくの善意も勘違いされたらキミが可哀想だからね」
「やっぱり、迷子を見つけたらすぐに交番に連絡した方がいいんですよね?でも、見失った場合どうしたらいいでしょうか?」
素朴な疑問をぶつけてみると警察官も困ったような表情を浮かべる。
「うーん。連絡をしつつ女の子と一緒に最寄りの交番まで来てくれるのがベストなんだけど、そこまで咄嗟に判断できないよね。極力、私たちが迷子を見つけれるようにパトロールももっと頑張らないと、だね。」
警察官は笑いながらそう言うと敬礼をしつつ、ご協力ありがとうございました。と、これまた初めて警察官に敬礼なるものをされたため咄嗟にこちらも敬礼を返すと笑いながら手の角度がちょっと甘いかな?なんて言いながら去っていく。数分の出来事だったけれどひろにとっては初めてのことが多く妙に心の中が暖かくなり胸へと手を当ててしまう。トクン、トクン。と、優しい心音が聞こえ口元が自然と綻んでしまう。警察官の言う通りもしかしたらと言う場合があるからああ言う時は先ずは警察に連絡するべきなんだろうと思いつつも先ほど咄嗟に声をかけた自分を自分で心の中で褒めると母親から頼まれた商品を求め商店街へと向かう。当然と言うか特売商品と言うものは夕方に行けば殆ど無くなってしまっている。と、言うことを忘れてしまっていた。母親が帰りでも帰るならばわざわざ僕に頼っては来ないだろう。しばらく考えた後、一応店の中を周り従業員の人にも聞いてみたが当然のように完売していた。無いものは仕方がない。従業員の人も優しく対応してくれたため、豆乳抹茶味と極細ポッキーを買い店を後にする。相変わらず人通りも多く外の気温は熱々であった。ジワリと店の冷房で引いた汗がジワリと出てくる。と、言っても先ほどよりは人通りは少なくなりつつある。このまま帰っても特にすることがないため暇つぶしに商店街の中にある行きつけの本屋へと立ち寄ることにした。この時間帯でも制服を着た生徒もちらほらと居りその全てがカップルだったのには素直に驚いてしまうと同時に自分の姿を冷静に見るとどこか切なくなってしまう。
「ポッキーと豆乳抹茶味が入ったビニール袋を持って一人で商店街を歩く僕って・・・」
冷静に自分を分析してしまうと絶望しか襲ってこなくなりそうなため数回頭を振り本屋へ向かう。しかし、着いたのはいいものの特に欲しいものが無くなんとなく立ち読みをしようと雑誌を選んでいると後ろから肩をポンと叩かれたため振り向くと香織の人差し指が鼻の穴へと入り込んでしまう。
「んがぁ」
「ばっちー!ひろちゃんの鼻に指が入ってしまった!」
鼻の穴に入ってしまった人差し指をこちらへ指しながら笑いだす。すぐさま僕はその人差し指を掴みポケットに入っていたハンカチで何度も、何度もこれでもか、と言うほど拭いていると、別に気にしないからいいって。と、香織は言ってくるが、僕自身が嫌だったため自分が納得するまで拭いた。しかし、どうして香織がこんな場所に、一人で居るのだろうか?どこかに雨谷が居るのだろうか?辺りを見渡してみても雨谷が居るような気配はなく香織一人だけのようだった。そうなると、穏やかに動いていた心臓が急激な速度で動き始める。落ち着いてきていた体温も右肩上がりで上昇してくる。だからと言って香織に気持ちがバレテはならないため平常心を装う。
「それより、香織はどうしてここに居るの?」
「ん?丁度、本が欲しくて来たらひろちゃんがおろおろと如何わしい本を探してたから注意しようと思って」
「そ、そんなの探してないっての!」
「隠すな!隠すな!高校男子たるもの如何わしい本の一つや二つや三つや四つや」
どこまで本の数が増えるか分からなかったため人差し指を自分の口に持っていき、それ以上はダメだ。と、訴えると笑いながら頷きながら本屋へと入って行く。手持無沙汰になってしまいどうしていいのか分からず吹けもしない口笛を吹きながら待っているとすぐに香織は出てくる。
「お待たせ!新刊出てた」
嬉しそうに茶色の小袋に入った本を自慢げに見せてきたため微笑み頷く。商店街に用事がなければ一緒に帰ろうと言われたためすぐに僕は頷くと二人で歩きだす。二人で帰ると言っても特に話す事もなく無言で歩いていると、香織が唐突に微笑みだす。何か変なところでもあったのかと思い不自然にならない様に自分の体を見てみるが別に変なところはなく一体何に対して笑っているのか不思議に思っていると、
「ひろちゃんってなんでか、紫穂と二人の時は凄く話しをしてるのに私と二人の時はあまり話しをしてくれないよね!もしかして、私の子と嫌い?」
そう言うと首をかしげながらこちらを向いてくる。その仕草が破壊的に可愛く見蕩れてしまいそうになるが、すぐに香織の発言に対して否定をする。と、香織も分かってその質問をしていたのか嬉しそうにほほ笑んでくる。そう言う風に感じていたのか。ひろは反省をしつつ何か話題が無いかと思い思考を練ってみると丁度、タイムリーな話題があった事を思いだし両手を叩く。
「そう言えば、妖精の話しなんだけどさ、アレって本当にいると思う?」
「そうそう!恋を成就させる妖精だよね!とっても浪漫がある話しだよね!クラスの女の子たちは結構、乗り気だよ!圭が企画してくれた妖精探検ツアー思った以上に参加者増えてるらしくて凄く大変そうだったよ!」
「そうなんだ。けど、雨谷ってホントこう言う企画する時って頼りになるよね」
ひろの言葉を聞いた瞬間に香織はどこか恥ずかしそうにけれど誇らしそうに、かっけーんすよ!私の彼氏は。と、満面の笑みを向けてくる。ひろもつられるように。かっけーっすね!と無理矢理に笑顔を作り言葉を返す。へへへ。なんて照れくさそうに笑う香織は悔しいけど可愛かった。何度も、忘れなきゃいけないと思っている気持ちがどうして香織を見ると沸々と湧いて出てくるのだろう。
「でもさ?」
「ん?」
両腕を組みながら香織はなにやら険しい表情を作っていた。先ほどとは違い何か真剣に考え事をしているようだった。いつも、真剣に考える時は決まって腕を組み眉間にしわが寄ってしまう。紫穂同様に折角の整っている顔がちょっとばかり崩れてしまう。それもまた可愛いのだけど。
「妖精が学校に居るって言うのは確かに浪漫があるでしょ?だけど、本当にそれは妖精なのかな?」
「と、言うと?」
「んやね。聞いた話しなんだけど、私たちが通っている学校の近くに病院があってその怨念が人魂となってやってきているかもしれないって話しもあるんだよ!それで、その人魂を見たカップルは必ず不幸になるんだって!これってもしかして、モテナイ人が人魂を見せるために妖精って名を変えてカップルに見せようとしているんじゃないかな!?」
あまりにも真剣に言葉を向けてくるためひろはつい、笑ってしまう。その笑い方が馬鹿にしていると取ってしまったのか香織は両頬を膨らませ抗議の視線を送ってくる。
「馬鹿にしたから笑った訳じゃあないって!残念だけどその推理は間違ってると思うな。もしも別れさすためについた噂ならもっと上手く話しを作るでしょ。だって五不思議として言い伝えられてるのは、恋愛を成就させる妖精だよ?カップルになってるってことは恋愛が成就してる訳だからカップルは妖精を見ようともしないでしょ」
確かに!と、驚いたように香織は曇った表情が晴れ、流石ひろちゃんだね。なんて誇らしそうに言葉を向け背中を景気よく叩いてくる。
2015年07月20
※一部本文訂正




