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夏になる頃へ  作者: masaya
一章 恋の妖精と時々幽霊
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9

ジワリと背筋が凍りついていくように体の芯から冷えていくのが分かってしまう。横を向くと紫穂も同様に顔から血の気が引き青ざめているように見える。自分よりも紫穂が怖がってくれているおかげか徐々にではあるけれど冷静に写真を見ることができ始める。紫穂は時間が経つにつれてシャツを掴む力が強くなってくる。いつもならば、しわになるから掴まないで。と、言うのだけれど流石にここまで怖がっている様子の紫穂にそんな言葉を向けようなんて思えなくそのまま頭を数回ほど優しく叩く。

「大丈夫だって。てか、紫穂って怖い系とか苦手だったよね。ごめん」

謝罪を向け携帯を閉じ、未だにシャツを掴んだまま微動だにしない紫穂の方へ視線を向ける。別に怖くないもん。と、言いながらも必死にシャツを掴んでいる紫穂はどこか昔の頃の面影があってつい、笑う場面ではない事は分かっているのだけど、微笑んでしまう。しばらく歩道に立ち止まっている僕らを数名の在学生が不思議そうに横目で見ながら歩いていく。たまに目が合った人にはなんとなく会釈をお互いにしてしまったりもして流石にこのままここにずっと立っている訳にはいかず近くに公園があるためそこまで歩いていくことにした。気を紛らわせようと色々と学校の話題を投げかけてみるものの紫穂はまったくと言っていいほど反応を示さなかったけれど、沈黙は怖がるかもしれないと思いなんとか公園まで喋り続ける。公園に着くとやはりというかなんと言うか、学生服を着た男女が楽しそうに歩き会話をしたり数名の男女が持参したのかバドミントンでラリーなどを楽しんでいた。兎に角、紫穂が落ち着くまでどうしていいのか分からずとりあえず公園の中を散歩することにした。すれ違うカップルたちは幸せそうに手を繋いだり腕を組んだりと楽しいひと時を楽しんでいるのか誰も笑顔なのに対して僕と紫穂は、いや、紫穂の顔は楽しそうと思わせるどころか具合が悪いでしょ?と、聞きたくなるほど青ざめたままで周りから見てもこの二人は絶対に今の一時を楽しんでいないと言うことがすぐに分かってしまう。

「紫穂って今みたいに黙ってれば可愛いのにね。もったいない」

なんとなく出てきた言葉。別に下心もなければ貶すつもりで言った訳でもない。本当に心の底から思ったことであり自然と出てきた言葉。ひろは紫穂の事を女性として見ていないため本人にはこの様な言葉をあまり言った事はない。が、平木紫穂も学校の中では隠れファンクラブなるものができるぐらい顔が整っており美人と言われている。可愛いと言うより格好良い美人。いつもは凛とした雰囲気が無く脅える姿に出てきた言葉であった。すると、ほんの数秒前まで脅え黙りこんでいた紫穂の辺りからチクチクと刺さるような視線を感じる。必死に気のせいだ。と、言い聞かせ歩きだそうとしたけれど、紫穂の足が一向に前へと進む気配はなくひろのシャツだけが徐々に伸び始める。流石に自分だけ歩いても服がダメになると観念したのかひろは恐る恐る紫穂へと視線を向ける。これだったら、幽霊の方が怖くないんじゃないか?なんて思いつつ見ると、顔を真っ赤にした紫穂がずっとこちらを睨みつけていた。顔を真っ赤にするほど自分の言葉に怒りを覚えたのだろうか。表情を見た瞬間に、

「ごめんなさい!紫穂がそこまで怒るとは思ってなかったんです!もったいないって言葉を人に向けるのは失礼でした!ごめん!紫穂は黙っていれば可愛いよ!」

「っ!?」

頭が混乱してしまい自分自身何を言っているのか訳分からなくなる。紫穂も相変わらず服から手を離す事はないが先ほど睨んでいた顔をより一層真っ赤にさせ俯いてしまう。ひろも普段ならもう少し気の利いた事を言えるはずだったのだけれど今回ばかりは直感で思ったことしか言葉にできなかった。あたふたしていると紫穂の方から口を開いてくる。

「・・・と?」

「は、はい?」

「ほ、本当に?」

何に対して本当にと言っているのか分からなかったが、本能的に何度も頷くと紫穂は表情こそよく見えなかったけれど、怒っている時に発する特有の禍々し雰囲気はなくどこか妙に嬉しそうな表情をしている様に感じた。紫穂は今まで掴んでいたシャツから手を離し大きく深呼吸をし始める。やっと落ち着いてきたのかこちらを見て笑顔を向けてくる。怒っていないことが分かり僕も安堵の表情を向ける。見つめ合う様に笑いあいやっといつも通りの雰囲気へと戻る。とりあえずは紫穂が元通りになったため公園を出ようと出口へと向かおうとした瞬間に襟を掴まれ自然と首が絞められる状態になり咳き込んでしまう。当然、犯人は紫穂だと言うことは明白なため後ろを向くと表情こそはいつも通りの紫穂なのだけどどこかもじもじしている様子で何かを言いたげに立ち止まっている。よく分からなく紫穂の顔を見ていると、

「あ、あのさ。ちょっと散歩しない?」

「は?散歩?どうして?」

急に紫穂はなにを言いだすんだ?と不思議そうに見ていると半ば強引に腕を掴み歩きだす。拒む必要もなかったためひろも連行されるように引っ張られついていく。ここの公園には少し盛り上がった丘があり絶好のデートスポットとしても有名である。今日は天気がいいためきっと夜景も綺麗に違いない。それにしても紫穂が急に歩こうと言ったのには何か理由があるのだろうか?それとも何か相談事でもあるのだろうか?様々な憶測を考えつつ歩いていると少し前を歩いていた紫穂が真横に来ると鞄で太ももを攻撃してくる。

「な、なによ?」

「なんか、面白い話題無いの?もしも、香織と二人っきりになった時に無言のまま歩くの?」

なるほど。と両手を叩き紫穂の言葉に気がつかされる。が、それ以上に言いたい言葉が出てくる。

「紫穂が言っている事は確かに正しいよ?だけどね・・・面白い話題無いの?って聞くのはダメでしょ!相当ハードル高いよ?!誰もが面白い話しを持ってるなんて思わないでほしいね!それで、自分が面白いと思った話しでも相手にとってつまらなかったらただ、恥を晒すだけになっちゃうでしょ!最も怖い話題の振り方だぞ!紫穂のそれ!」

熱弁するひろを紫穂は冷ややかな視線を送りながら聞いている。その視線も気に入らなかったのかひろは余計にヒートアップしてしまい丘に上がるまでずっとダメ出しをし続ける。紫穂も適当に相槌をしつつもどこかひろとの会話を楽しんでいるようだった。ひろの熱弁を聞き流しながら歩き丘の頂上へとたどり着く。と、先ほどまで熱弁をしていたひろも目の前に広がる光景につい、言葉を飲んでしまう。紫穂も同様に視線の先に映るものを見て黙ってしまう。二人が目にしたのは壮大な夕陽、茜色に染まる街、絵にも描けない山々など自然現象を見て感動したため黙りこんでしまったわけではない。ご丁寧にもこの丘の上にはゆっくりと座って景色を眺めてくださいね。と、言わんばかりに長椅子が設置されている。丘を上がりきった辺りにも長椅子が置かれておりその場所が一番人気でいつも誰かしろ座っていたりする。今回も当然、カップルが座っていたのだけどなんと、間が悪かったのかキスをしている瞬間を二人は目撃してしまったのだ。キスをしている二人は自分たちの世界に入りこんでしまっているのかものすごい勢いで顔と顔をぶつけあっている。

「あ、あんなに口付けて左右に動いたら・・・痛いよね?」

「はっ!?」

ひろの言葉で紫穂は我を取り戻したのか手を引くように先ほど来た道を引き返し始める。ひろはボーっと人形のように表情が固まってしまい紫穂に掴まれていない方の手で唇を触りながら、

「人がキスしてるとこ始めてみました・・・」

「ば、馬鹿なこと言わないのっ!」

「でも、キスってあんなに顔を動かすものなの?」

「わ、私に聞かないでよ!し、した事ないんだから」

そう言いながら緩やかな坂道と言うこともあって若干のスピードを出したまま下る。公園を出た辺りで掴まれていた手は離されるが未だにひろの頭の中では先ほど見たカップルの情熱的なキスの光景が脳裏に焼き付いている。紫穂もなにやら顔を赤くし両手を振り顔に風を送り火照った顔を冷ましている。

「ひろってば!そろそろもどって来い!」

「あ、ごめん!」

そう言いながら紫穂は歩きだしたため一呼吸した後、追う様に歩きだしついていく。意識をしないようにすると余計に意識してしまうのは性なのだろか?横を歩いている紫穂の顔は未だに火照ったようにほんのりと赤くたまに片手で顔を扇いだりしている。ひろはその恥ずかしそうにしている紫穂の表情を見るのは意外にも久々だったため意識がそちらへと徐々に移って行く。ジッと見続けたところで睨まれて委縮してしまうのは明白なため盗み見るように見ていたつもりだが、紫穂にはすぐにバレテしまい何度か目の盗み見を試みようとした瞬間に目が合ってしまい案の定固まってしまう。チラチラ見てるけど、何か言いたい事でもあるの?と、若干強めに言葉を向けられ、珍しい表情をしていたから見ていた。なんて言えないためただ、謝罪の言葉を向け前を向き歩いているとなにやら楽しそうに紫穂が微笑みだす。

「ひろって本当に馬鹿だし単純だよね!」

「急になんだよ」

「だって、チラチラ私の方を見てるのずっとばれてたよ?もう少し分からないように見ないと気持ち悪がられるよ?女子の顔をチラチラと見るとか普通に危ないでしょ!?」

「やっぱりそうだよね。でも、気になったんだから仕方ないでしょ。なんか、紫穂の顔いつもよりも恥ずかしそうな表情で女の子っぽくて可愛かったんだよ」

自分でもらしくない言葉を向けている事は重々承知しているけれど、キス目撃事件を目の当たりにして気が大きくなってしまっていたのだろう。きっとそうに決まっている。自分で言った言葉を肯定するように何度も頷きながら、きっと怖い表情で睨まれるんだろう。と、思いながら紫穂の方へと視線を向ける。

「・・・そっか。ありがとう」

「・・・あ、うん」

照れた表情でもなければ怒った表情でもなかった。どこか寂しそうで辛そうな表情に見えてしまう。自分が言った言葉で紫穂が傷ついてしまったのだろうか。謝罪の言葉を向けようとした瞬間に背中を思いきり叩かれる。

「痛い!!」

「てか!私にそう言うことを言えるなら香織にももう少し言えるんじゃないの?!可愛い!とか笑顔が素敵だねっ!とかさっ!もういっその事、大好きだ!!って言ってみたら?」

「そ、そんな簡単に言えないよ!」

まあそうだよね。なんて言いながら紫穂は笑い前を向く。その一瞬、紫穂の表情が曇った気がしたため声をかけてみるがいつも通りの表情で家に着くまで色々と何事もなかったように雑談をしつつ家へと向かう。

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