6話・町外れの魔女
*前回までのお話*
星降りトンネルに雨降りお化けが出るというので、もしかしたら魔法昆虫と関係があるかもしれないと、タンポポ団は出かけていった。確かに雨降りお化けとは出会えたが、魔法昆虫とは無関係だった。
久しぶりに倉又館長に呼ばれ、美奈子、浩、元之、和久、そして緑の5人は、博物館を訪れた。
一同は応接間に通され、ケーキと紅茶を出される。
「館長、魔法昆虫のことで何かわかったんですか?」開口一番、美奈子が尋ねた。
「いやあ、そのことだがね」館長は紅茶をすすった。「相変わらず、繭に書かれた文字のことはわかっておらん」
「じゃあ、なぜわたし達を呼んだんです?」元之は首を傾げる。
「うむ、実はな、有力な手がかりがつかめるかもしれんのだ」と館長。
「ははあ、誰かが見かけたとか、そんなだな」わかったぞ、と言うように浩がうなずいた。
緑は、さっそくケーキにフォークを突き立てて、おいしそうにほおばっていた。
「いやいや、そうじゃない。ほら、君達も知っているだろう。この町には5人の魔法使いが住んでいるということを。彼らなら、魔法昆虫の居場所を突き止めることができるんじゃないかと考えたのだ」
「でも、その魔法使い達って、誰が誰だか秘密になっているんでしょう?」美奈子は言った。
ラブタームーラには5人だけ、魔法協会によって指定された魔法使いがいた。魔法が日常茶飯事となっているこの町で、もしもトラブルが生じたときに、それを解決するのが彼らの役割なのだ。
しかし、それが誰なのかは厳然たる秘密とされていた。
「実はな、わしはその1人が誰かわかったと思うのだよ」館長は答えた。
「館長は魔法とか使えねえの?」浩が聞く。何しろ、倉又家のご先祖様は、たいそう力のある魔法使いだったのだ。
「残念ながら、わたしには魔法を使いこなす才能はないよ。もちろん、魔法協会からも選定されてはおらん」
「それで、誰なんです、その魔法使いは」元之が落ち着いた口調で促す。
館長はコホンと咳払いをすると、こう言い出した。
「星降り湖を挟んで、ちょうど反対側に森があるだろう? あそこに1軒だけ、ぽつんと小さな家が建っていることは知っているかな?」
「なんだ、魔女の家じゃんか」浩はがっかりしたように吐き出す。
人々から「魔女の家」などと言われてはいるものの、住んでいるのはごく普通の老婆だった。そんなことは誰もが知っている。
第一、秘密のはずの魔法使いが、そんなわかりやすい名前で呼ばれるはずもない。
「それはどうかな」館長はさらに言う。「あえて魔女と呼ばせることで、自分は魔法使いとは関係ないフリをしてるのかもしれないぞ。よくある手だな。それに、あの婆さんには色々と怪しいところもある」
「怪しいって何がですか?」美奈子はようやく紅茶に手を付ける。
「だって、そうじゃないかね。あんな寂しい場所に1人で住んで、しかもめったに町へ出てこない。聞いた話じゃ、部屋の中には見たこともないような道具が所狭しと並んでいるらしい。あれはきっと、魔法の道具に違いない。彼女こそが5人のうちの1人なんだ。わしの勘に間違いはない」
「お姉ちゃん、このイチゴ、とってもおいしいよ」緑が、口の周りをクリームでべったりにしながら見上げる。
「イチゴ好きなのね。だったら。あたしのもあげる。ほら、アーンして」美奈子はイチゴをつまむと、緑の口に入れてやった。
緑は両手で自分の頬を挟むと、満足そうにモグモグと始める。
和久はそんな様子を見ながら、まるで本当の姉弟のようだと微笑ましく思っていた。
「館長自らが出向いて、聞いてくればいいのでは?」元之がもっともなことを言った。
「わしがか? うーん、それはまずいんだ。ここだけの話だが、わたしの祖父と色々あってなあ。婆さんはどうも、未だにわしらをよく思ってないようでな。それに、博物館の館長があれこれと詮索するのはうまくない。話をややこしくするばかりだしなあ」
どうやら、自分では行きたくないらしい。
「いいわ。どうせほかに手がかりもないんだし、ちょっと顔を出すくらい、なんでもないもん」緑の口の周りをハンカチで拭いてやりながら、美奈子は請け負った。
「おおっ、そうか。行ってくれるか」館長の喜んだことといったらない。
「ま、おれ達は暇な小学生だしな」浩もケーキをすっかり平らげ、紅茶を飲みながら同意する。
「本当に魔女だったら、その方がいっそ面白いですよ。もっとも、例えそうだとしても、うんなどとは言わないでしょうけれど」元之はとうとう、ケーキには手を付けなかった。甘いものがあまり好きではないらしい。
そうしたわけで、5人は星降り湖の反対側へと湖畔伝いに歩いて行った。
「ちょっと、あんた震えてない?」美奈子はしんがりを務める和久を振り返ってそう言った。
「うん……。だって、もしも本当の魔女だったらどうする? カエルにされちゃうかもしれないじゃないか」
「ばっかだなあ」と浩が笑う。「どう考えたって、あのお婆さんが魔女のわきゃあねえよ。そもそも、本物の魔法使いは悪い魔法なんか使わねえもんさ。昔のことはともかくとしてもなっ」
「そうですよ、和久君。魔法使いは、私利私欲のために魔法を使ってはならないのです。魔法協会から罰を受けてしまいますからね」
それでも、臆病な和久は、道中、ずっとびくびくしていた。
博物館のある方とは違い、星降り湖の南側は木々がうっそうと茂っていて、いかにも陰気だった。和久ではないが、確かに気味の悪い場所と言えた。
「誰も住まねえわけだよな」浩は自分でも気がつかず、押し殺した声を出していた。
「ねえ、見てよここら辺の木。どれも枝がねじくれていて、まるで今にも襲いかかってきそう」美奈子までもそんなことを言う。
「やめてったら。ますます怖くなっちゃう」両手を自分の体に巻き付けながら、和久は懇願した。
「ここは場所的に日当たりが悪いですからね。こんな光景になるのでしょう」
「町の人が『魔女』だなんて陰口をたたくのもわかる気がするわ」
「確かに、変わり者だな。おれだったら絶対、こんなとこには住まねえよ」
森にいきなり、獣道かと思われる小路が現れた。
「ああ、ここですね、『町外れの魔女』の家は」元之がほのめかす。
「辿って行きゃあいいんだな。周りの笹に気をつけろよ。手を切っちまうからな」浩が先頭に立ち、そのあとをみんながぞろぞろ並んで歩く。
ふいに木が拓け、小さな家が目に飛び込んできた。石造りの古めかしい建物で、レンガの煙突からは、もくもくと黒い煙が立ち上っている。
「着いたね」美奈子はゴクッと唾を飲み込んだ。
「どうか、カエルにされませんように……」ぶつぶつと和久が唱える。
「わたしがノックをしてみましょう」元之が進み出て、木のドアをコンコンと慣らす。
しかし、なんの音沙汰もない。
「留守かしら?」
「おれがやる。もっと強く叩かなきゃだめなんだ。きっと、耳が遠い婆さんなんだろうよ」今度は浩がドアを叩いた。さっきよりも勢いよく。
しばらくすると、ギイとドアが開いた。現れたのは、ぽっちゃりとした人のよさそうな老婆である。
「おや、まあ! ここに人が訪ねてくるなんざ、何年ぶりでしょうねえ。しかも、かわいいお客さんじゃありませんか」
「あの、その、こんにちは」美奈子はイメージと違う姿に、ちょっと拍子抜けしてしまった。鼻が鈎型に曲がっていて、目つきの鋭い老女を想像していたのだ。
「はいはい、こんにちは」老婆はにこやかにお辞儀をする。「で、わたしになんの用があって来なすったのかね?」
「実はですね、魔法昆虫のことをお伺いしたいと思いまして」元之が丁寧に用件を話す。
「魔法昆虫だって?!」老婆は曲がった腰が真っ直ぐになるのでは、と思うほど驚いた。
「ええ、魔法昆虫です。実は、あなたが5人の魔法使いの1人ではと疑う者がおりまして、あなたなら何かわかるかもしれないと、やって来たのです」
「さあさあ、こんなところで立ち話もなんですよ。中にお入りなさいな」老婆に促されて、5人はお邪魔することにした。
決して広い部屋ではなかったが、たいそう居心地がよい。古い木のテーブルとイス、春だというのにパチパチと薪のはぜる暖炉、まるで、田舎にでも来たような懐かしさを覚えた。
美奈子は、館長の言う「怪しい物」を目で追って探したが、あるものと言えば、今も使っているらしい機織り機や火で焙って使う古いアイロン、吊してある山菜や果物くらいなものだった。
少なくとも、魔女が使うであろう道具など、1つも見当たらない。
「イスの数は足りてたかしらね。人数分、あるといいんだけど」イスは、5脚しかなかったが、美奈子が緑を膝の上に載せることで、それは解決した。「お前さん達はココアがいいんでしょ? 今、淹れてきてあげるからね」
老婆が台所に姿を消すと、浩はこうささやいた。
「なんでえ、何が魔女だ。あの館長はいい加減だな。どう見ても、親切な普通のお婆さんじゃねえか」
これには全員、賛同するのだった。
やがて、全員のテーブルに湯気の立ったココアが並べられると、老婆は湯飲みでお茶を飲みながら、改めて言った。
「さっき、魔法昆虫とか言っていたようだけど、博物館で何かあったのかい?」
「えっ、百虫樹のことをご存じなんですか?」今度は美奈子が驚く番だった。
「もちろん、知ってますとも。わたしと今の館長のお爺さんとは、仲がよかったもの。 もっともね、ちょっとしたいさかいがあって、それっきりになってしまったけれど」
美奈子は、これまでのいきさつをすべて話した。うっかり百虫樹に触り、5匹の魔法昆虫を逃がしてしまったこと。その際、どこか別の世界から、1人の少年が連れてこられたこと、それがここにいる緑であること、などを。
「それはまあ、災難だったわね。でも、大丈夫。魔法昆虫はどれも特徴があるからねえ。黙ってたって、向こうの方から姿を現しますよ。あんた達も心配しなくていいのよ。この坊やも、そのうちきっと、元の世界へ帰れるでしょうから」
老婆の話を聞いていると、不思議なほど心が落ち着くのだった。
「あのう……」珍しく和久が口を開く。「お婆さんは、本当に魔女なんですか?」
それを聞いて、老婆は笑い出した。とても明るい、温かな笑いだった。
「わたしが魔女ですって? とんでもない! 魔法のまの字も知りません。こんなところに住んでいるもんだから、おおかた町の人がそう呼ぶんでしょうねえ。誓って言うけれど、わたし魔女なんかじゃありませんよ」
もちろん、誰もがそれを信じた。和久など、大げさに胸を押さえ、ホッとしてみせるのだった。
*7話・デパートの秘密*