18話・ブルドッグ
*前回までのお話*
雪の降った朝、各家の軒先に雪だるまができていた。噂では「雪だるまおじさん」なる人物がこしらえていったというが……。
このところ噂さえも聞かない魔法昆虫のことを尋ねに、タンポポ団は博物館へと足を運んだ。
館長は館内をうろうろしながら、見に来た子供達に「あれはステゴサウルス、そしてこっちがトリケラトプス」などと、説明をしていた。
中央には、タンポポ団が発見した、あの虹色サウルスが堂々たる姿で鎮座ましましている。
館長は美奈子達を見つけると、おいでおいでをして呼んだ。
「やあやあ、よく来たね。実は最後の魔法昆虫について、少しわかったことがあるんだ。ちょっと館長室にこないかね?」
そんなわけで、緑を含め、タンポポ団は館長のあとをついていった。
館長の机の上には、何やら書き散らかしたメモが無造作に散らばっている。どうやら、魔法昆虫のことについて調べていたらしい。
「わかったのは、あの昆虫の名前と、魔法使いがしでかした唯一の失敗ということだ」
「失敗作なんですか?」と美奈子は聞いた。
「あまりにも恐ろしすぎるとか、自らでさえどうにもならないとか、おそらくそんなことでしょうね」元之が口を挟む。
「そりゃ、そうとうやばいな」宏が顔をしかめる。
「そこのところはなんとも言えんが、名前をシャリオン・レリアリウム・クレイアンティス・パナハヒュウム・マニールキラ・スタムミア・トゥーレリア・フォルディラクスという」艦長がつっかえながら言った。
「ひゃー、なんて長ったらしい名前なんだ!」和久が目を丸くする。
「で、そのシャリなんとかって言うのは、どんな意味なんですか」浩が聞いた。
「それを今調べているところなんだ。どうやら光に関するものらしい」
「光線を吐いたり、光の速さで移動したりするんだぜ、きっと」と浩。
「でも、失敗作というのが気になるなあ。魔法使いでさえそう思うんだから、きっと恐ろしいものに違いないわ」美奈子は早くも不安になった。
「さらに詳しいことはわしも、もっと調べなくてはな。もし、新しいことがわかったら、美奈ちゃん、君に連絡するとしよう」
博物館を出た5人は、今後出会うであろう恐ろしげな魔法昆虫について話し合った。
「シャリオン……なんつったっけかな。とにかく、やたら長ったらしい名前のやつだったな」浩は思い出す気力もないようだった。
「しかも、失敗作だって」と美奈子も溜め息をつく。
「魔法の網で取り押さえられると思う?」和久が恐ろしそうに聞いた。
「さあ、どうなんでしょう。冬ゼミだってさんざん手こずりましたね。今度のは、それよりももっと、手強そうですよ」
暗くなってしまった仲間を励まそうと、浩は提案した。
「よっしゃ、これから冒険だ! さあ、今日はどこへ行く?」
「そうねえ……『開かずの踏切』は、1時間半に1回は開くことを発見したし、図書館に出るっていう幽霊は、やっぱりただの噂話だったよね」美奈子はあれこれと思い出しながらそう言った。
「ね、あのさ。3丁目の外れに大きなブルドッグがいるって聞いたんだけど」と和久。
「ブルドッグですか。大きいと言うからには、ゴールデン・レトリーバーかニューファンドランドくらいはあるのでしょうね」
「それって、どれくらい大きいの?」美奈子が尋ねた。
「そうですねえ」そう言って緑を振り返ると、「普通に立っているだけで、ここにいる緑君くらいの背丈はありますよ」
「うおーっ、そりゃでけえな」
「実際、どれくらい大きいか、見に行ってみる?」和久が促す。
「行ってみましょうよ。ふつう、ブルドッグって怖い顔をしてるけど、案外小さいものじゃない? そんな大きなブルドッグがいるなんて、ちょっと興味をそそるなあ」
3丁目には資材置き場があった。土管やブロックが積んである。
そのすぐ脇に、コンクリート製の大きな囲いがあった。その中にブルドッグはいるのだという。
「ずいぶん高い塀だな。どうやって登る?」浩が思案する。
「ほら、端の方に砂利が山になってる。あれに登っていけば、中が見えるんじゃない?」美奈この子の提案に、緑がさっそく飛び付いた。
「ぼく、ちょっと見てくる」緑でも、砂利のてっぺんまで行けば、背伸びして中がのぞけそうだった。
「吠えられて、びっくりしないようにね」美奈子は注意を忘れなかった。
緑は両手を使って砂利山に登ると、てっぺんで塀にぶら下がるようにして、向こう側を覗く。
「ほんと、大きなイヌだなぁ。あんな大きいの、ぼくの国でも見たことがないや」
イヌは吠えなかった。かすかにジャラっと音がしたのは、結んである鎖に違いない。
「よし、次は和久、お前が行け。言い出しっぺなんだしな」浩が命令する。
和久は、不器用な格好で砂利山を登り始めた。緑の方が、まだずっと上手く登っていたくらいである。
てっぺんに着くと、恐る恐る塀の中を覗き込んだ。とたんに、まるで凍り付いたようになって青ざめるのだった。
「あ……目が合っちゃった」そう言うなり、慌てて砂利山を滑り降りてきた。
「どうだった? かなり大きかったか?」浩が聞くと、震えながら、
「でかいなんてもんじゃないよぅ。あれはまるで怪物だったよ」と答えるのだった。
和久の要領の得ない答えに、今度は美奈子、浩、元之の3人で見に行ってみることにした。
砂利山はゴロゴロとした石ばかりとはいえ、やはり登りにくかった。それぞれ、別の方向から登り、なんとかてっぺんまでたどり着く。
「さて、どんなブルドッグちゃんかな」ふざけた口調の浩。
みんな揃って、塀の中を覗き込むと……。
ニューファンドランドどころか、ゾウのように大きなブルドッグが寝そべっていた。つないでいる鎖など、まるで船に使う碇のよう。
「こいつはまったく……」さすがの浩も口をあんぐり開けたままだ。
「果たして、これはイヌなのでしょうか。和久君の言う通り、まさに怪物ですね」
「緑ったら、少しも驚かないから、てっきりちょっと大きめのブルドッグかと思った。でも、それどころじゃない。これって、ラブタームーラの7不思議に匹敵するわ」
その時、ブルドッグがむっくりと起き上がった。そして、塀から自分を覗く3人を見つけた。
ブルドッグとしては信頼の意味を込めて吠えたのだろうが、それはまで大砲のように響いた。
そのまま立ち上がると、仰天した3人の前に顔を近づける。実際、塀よりも高かった。
美奈子など、まともにブルドッグと対面してしまい、もう少しで失神してしまうところだった。
3人は転がるようにして砂利山を飛び降り、はあはあと息を継ぐのだった。
「ああ、びっくりした」まず、美奈子がかすれた声を出す。
「ぶったまげたなあ。食われるかと思ったぜ」
「ラブタームーラには奇妙なことが山ほどありますね。ドラゴンと闘う勇者の気持ちが、わたしにはよくわかりましたよ」
大きなブルドッグは塀から首を出して、まだこちらをじっと見ていた。たぶん、本人は甘えているつもりなのだろうが、タンポポ団からしてみれば、まるで「さあ、もう1度登ってこい。今度こそは、頭から貪り食ってやるぞ」そう言っているように見えた。
ブルドッグはまた吠えた。さっきよりも、もっと大きな声で。
一同は腰を抜かしそうになった。美奈子は緑の手を掴むと、一目散に逃げ出す。それに続くようにして、ほかの連中も走り出した。
ただ1人、緑だけは振り返ってかわいらしく手を振っていたが。
以来、タンポポ団の誰かがそこを通ると、耳ざといブルドッグは、ひょいっと塀から顔を出して吠えるのだった。
美奈子は、できるだけそこを通らないようにしなければならなかった。
もう、あんな恐ろしい目はごめんだ。たとえ、いつもいく駄菓子屋が遠回りになったとしても、できるだけ通りたくないと思うのだった。
*次回のお話*
19話・最後の魔法昆虫