表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

11話・タイフウ

*前回までのお話*

美奈子とと緑が砂遊びをしていると、突然ダイヤモンドカマキリが現れた。魔法の虫取り網を取りに戻る美奈子だったが、もっと驚く場面を目の当たりにする。

 長かった夏休みも終わり、また学校が始まった。

「9月に入ったからといって、まだまだ暑い日が続きます。できるだけ日陰を歩いて登下校するようにしましょう」担任の小倉静子先生がそう注意をする。

 外では風がビュンビュンとうなり、葉や枝、そして木そのものを揺らしていた。

「すごい風だな。そう言えば、今日はタイフウがくるって言ってたぞ」後ろの席で、浩がそうささやく。

「タイフウってどんなの?」和久が聞いた。

「そりゃあお前、ものすげえ風のことだ。家でもなんでも吹き飛ばしちまうんだぜ」

 

 1時間目が終わる頃には風はますます強くなって、教室の窓をガタガタと鳴らし始めている。

 校内放送があり、先生方は職員室へと集められた。

「台風は昼頃にはラブタームーラに上陸するとのことです」と校長が言う。「今のうちに生徒達を家に帰してはどうでしょうか」

 先生方はそれぞれに頷き合う。

 2時間目、小倉先生は少し遅れてやって来ると、教室のみんなに言った。

「今日は台風が来ます。これ以上風が強くならないうちに、みんなには帰ってもらいます。今日の授業はこれまでです。いいですか、家から決して外には出ないでください。色々なものが飛んできて危ないですからね」

 たちまち、クラス中がワーッと騒がしくなる。台風だろうなんだろうが、とにかく学校が終わりになればそれでいいのだった。


 美奈子を初めとするタンポポ団は、家も近いこともあって、固まって下校した。

「わたし、タイフウって初めて。だって、ラブタームーラは、いつもタイフウがそれていくじゃないの」

「どんだけ強い風が吹くんだろうな。おれ、ちょっとワクワクしてるんだ」こう言ったのは浩だ。

「浩君、タイフウをあまり甘く見てはいけませんよ。よその土地では、大変な被害が出ているんですからね」そう元之にたしなめられる。

「家が吹き飛ばされるって、ほんと?」和久が不安そうに言う。

「いくらなんだって、そんな強い風は吹かないわよ。せいぜい、木の枝が折れたり、看板が曲がったりするくらいじゃない?」

「まあ、美奈ちゃんの言う通りでしょうね。でも戸締まりはしっかりしてくださいよ。屋根が飛ばされることもあるのですからね」


 美奈子が家に着くと、父もすでに帰っていて、母と一緒に家の窓を釘で板を打ち付けているところだった。

「あら、やっぱりあんたも早退になったのね。部屋に戻ったら、雨戸を閉めておいてちょうだい窓のロックも忘れずにね。今日の台風は特別に強いらしいから」

 母に言われ、2階の自分の部屋へ行くと、言われた通りに雨戸を閉めにかかった。しかし、滅多に使わないものだから、固くてなかなか閉まらない。

 やっとの事で閉めることに成功したが、少しだけ隙間ができてしまった。

窓を閉め、ロックも忘れずに掛ける。

 下でテレビを観ていた緑が一緒についてきて、その様子を見ていた。

「おねえちゃん、どうしたの?」

「今日はね、これからタイフウが来るのよ。それで風が吹き込んでこないように、こうして家中の隙間を塞いでいるところなの」

「タイフウってなぁに?」

「すっごい強い風のこと。うっかりしてると、家の屋根も飛ばされちゃうんだって」

「ふうん」小さな緑には、それだけの説明では台風の怖さが伝わらない。


 下の方では玄関のドアに板を打ち付けているらしい音が響いてきた。同時に、「これで、ひとまず安心だな」という父の声が聞こえてくる。

 家中のドアも窓も閉め切ってしまったため、電気を付けなければならなかった。まだ午前中だというのに、なんだか急に夜が来たような気がするのだった。

 外では、相変わらずビュービューと風の音がする。ときどき、何かが道端を転がっていく音も聞こえてきた。

「いよいよタイフウが来るんだ」美奈子は、なぜかドキドキと胸を弾ませていた。怖いはずなのに、なぜなのだろう。

 美奈子と緑は居間へと下りていった。昼間なのに電気がついていて、まるでこれからパーティでも始まるのか、といった雰囲気に、またしても美奈子は気持ちがときめいてしまう。


 テレビでは、ラブタームーラへ台風が近づいていることを、さっきから何度も告げている。

「台風18号は、時速150キロの速度でラブタームーラに北上中です。中心気圧ははおよそ80ヘクトパスカル、大変な勢力のため、戸締まりは厳重に、そして不要な外出はお控えください」

「ねえ、おねえちゃん、ヘクトパスカルってなぁに?」と緑に尋ねられたが、それに答えられる知識を美奈子は持っていい。

「ようするに、すごい風ってことよ」こう言うよりほかはなかった。

 部屋の中が次第にムンムンと湿気ってくる。これから何かが始まるぞ、そんな気がした。

「プランターはみんな家の中に入れたけど、花壇の花が心配だわ」母が憂うつそうに言う。

「花はみんな散ってしまうだろうね。仕方ないさ、また手入れをするんだね」


 風の音は、しまいには美奈子達の話し声さえかき消すほど大きくなっていった。

 どこか遠くの方では、ウワーと獣の叫びのような唸りまで聞こえる。

 ここにきて、美奈子は初めて不安を感じた。

「おねえちゃん、そとで誰かが泣いているっ」緑がピッタリと寄り添ってくる。

「大丈夫よ、緑。いくらタイフウがものすごくたって、家の中にまでは入ってこないから」そう言って、緑を抱きしめてやる。それは同時に、自分の恐怖心を和らげるためでもあった。


 ふっと電気が消えた。停電だ。

「えっと、懐中電灯」母が手探りでどこか引き出しを開けている。「あった、あった、懐中電灯。ちょっとまっててね、今、ローソクを探してくるから」

 懐中電灯の光があっちこっちを照らしながら遠ざかっていく。

 程なく戻ってくると、テーブルの上に皿を置き、ライターで火を付けたローソクを立てる。

「まるで、誰かの誕生日みたい」思わず美奈子が言う。

「ふふ、そうね。昔の人は、こうして生活していたのよ」

 ローソクの光は暗く、周囲はオレンジ色に照らすが、部屋の隅は真っ暗なままだった。

 それがまた不思議な雰囲気を醸し出しているのだった。

 ゆらゆらと揺れる光は、お互いの顔を、まるで幻のように映し出す。手を突き出せば、そのまま通り抜けてしまいそうにさえ思うのだった。


「このまま電気が来なかったらどうしよう」美奈子は心配を口にした。

「大丈夫よ、美奈子。今に電気がつくから」母は言った。

「電気工事屋じゃなくて、本当によかったと思うよ」と父。「今頃は、この強風の中、どこかで電気の配線を直しているんだろうね。ご苦労様、と言ってあげたくなるな」

「高い電気代を払ってるんだもの、それくらいはしてもらわなくっちゃ」現実的な母がそう言う。「先月なんか、エアコンを入れっぱなしだったから、倍近くかかったのよ。これから涼しくなっていくんで、ホッとしてるわ」


 ムードに飲まれてか、父がいきなり怖い話をしだした。

「なあ、知ってるか? 星降り湖のそばのトンネルの噂。雨が降る日にあそこへ行くと、雨降りお化けが現れるそうだぞ。全身真っ白な服を着て、ポタポタと雨の雫を垂らしながら近づいてくるんだってさ。そして言うんだ。『お前も雨の雫にしてやろうか~』」

 けれど、美奈子は雨降りお化けのことはよく知っていたので、少しも怖くなかった。それは緑も同様である。

 ただ、母だけは、おおやだというように身を震わせ、 

「やめてったら、あなた。こんな暗い部屋でそんな話」と非難した。


 そのとき、突然、パッと電気がついた。

「あら、停電も終わったみたいね。やれやれ、ほっとしたわ」

 テレビもつき、また台風のニュースを始めた。

「台風18号は間もなくラブタームーラに上陸いたします。皆様、どうぞお気を付けください」

 続いて、レポーターが駅前から中継を始める。横殴りの雨と猛烈な風で、立っているのもやっとという有様だった。

「こちらラブタームーラ駅前です。ものすごい風と雨です。ラブタームーラは間もなく、台風の中心に入ろうとしています……」

 ゴウゴウという風の音がだんだん大きくなっていく。家中がガタガタと音を立てる。ザンザンと雨が屋根や道路を叩く。

 美奈ことにとって、何もかも未知の体験だった。不安感は次第に高まり、それでもなお、心のどこかで妙に愉快だった。

 これが1人だったら、ただ恐ろしいだけだったろう。けれど、今は家族が全員一緒である。守ってもらえると、という安心感があった。


 と、突然、何もかもが静かになった。風の音も雨の音も聞こえてはこない。

「ああ、台風の目に入ったな」と父がうなずく。

「タイフウの目?」美奈子は聞き返した。

「うん、台風の中心は風も何もない、静かな世界なんだよ」

「へえー」

 美奈子はふと、外の景色を見たくなった。しかし、家中、厳重に戸締まりされていて、表に出ることはできない。

「そうだわ、あたしの部屋。雨戸に隙間があったっけ。あそこからならのぞけるに違いない」そう思い、2階へ駆け上っていった。

「どこ行くの? 美奈子」母の声も聞こえないフリをして、自分の部屋を開ける。後から緑がついてくる。

 カーテンを開けると、雨戸の隙間に目を当てた。

 外は木の枝やポリバケツなどが路上に転がり、ひっ散らかっている。


「外、ぼくもみたい」緑が言うので、代わってあげた。「すごーい、誰かが腹を立てて暴れ回ったみたい」

 すると、いきなり、あっと声を出す。

「どうしたの、緑?」

「おねえちゃん、あれがタイフウなんでしょ?」そんなことを言う。

 美奈子がもう1度覗いてみると、ぽっかり空いた青空の中、巨大な目玉がじっと下を見下ろしていた。長い睫毛は扇風機のようにぐるぐるとまわり、いかにも不気味な姿をしている。

「あれがタイフウの正体なのね。なんて大きくて、なんて恐ろしい怪物なんだろう」


 台風がすっかり去ってしまった翌日、美奈子は学校で自分が見たものを話した。

「美奈ちゃん、タイフウは熱帯低気圧の発達したものですよ。そんな怪物であるはずがありません」そう言って、誰も信じてはくれないのだった。


*次回のお話*

12話・化石掘り

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ