一週間探偵の真相
あのあと怪物は警察に連行され(アイリはこういうときだけ警察を頼るらしい。解決は探偵の仕事、後始末は警察の仕事、というのがアイリのスタンスだそうだ)、とりあえず依頼は達成できた。
七海さんもこれでめでたくストーカー被害から解放され、僕ら二人に何度も感謝の言葉を述べたきた。
でも、引っかかることが一つ。
結局あの怪物はなんだったのか。
僕は気になったのでアイリに尋ねてみた。
「あの怪物はね、もとは人間なの」
「え? で、でも……」
「おそらく、怪物に『憑依』されたのね」
「ひょうい?」
「あなた自分は半分怪物なくせに知らないの?」はぁ。すんません。「怪物にも色々種類があんのよ」
「えっ、そうなの?」
「まぁ、その中でも憑依型は珍しいけど。何か七海に恨みでもあったんじゃないかしら」
「恨みって……?」
「さぁ、そこまでは知らないわよ。依頼人のプライベートだし、あたしには関係ないし」
関係ない、か。
忘れそうになるけど、アイリは記憶を取り戻すために探偵やってるんだよな。
そのために依頼を解決するのであって、関係ない事件には興味がないのだろうか。
そう考えると、正直少し寂しいような。
そんな気がした。
犯人逮捕から五日。
入口のドアについている郵便受けに、一つの手紙が挟まっている。なんと七海さんからだった。
そういえば、今日でちょうど七海さんが依頼に来た日から一週間になる。
僕は中身が気になり、その場で手紙の封を開けた。
『九条さん、星宮さん、お元気ですか。
先日はお世話になりました。
今日はお二人に報告することがあって、筆を握らせていただきました。
どうやらあのときのストーカーは、私と同じ大学に通っている人のようです。
それも先月交際を申し込まれ、あまり色よい返事を返せなかった人でした。
全て、私のせいなのです。私が今回の事件の元凶なのです。
お二人には大変ご迷惑をおかけしました。
しかしそれでも、お二人に感謝している気持ちは変わりません。
本当にありがとうございました。
また後日、お礼に伺おうと思います。
堀山七海』
七海さんへの、恨み。
このことも、アイリは自分には関係ないと言うのだろうか。
もちろん、僕にも全く関係のない話だ。でも。それでも。
もう七海さんとは関わり合ってしまった。関係ない話でも、関係ない人じゃない。
きっと次来たとき、謝りたおして、それから感謝の言葉を述べまくるであろう七海さんをどう宥めようか考えながら、僕は事務所のドアを開けた。
「アイリ、七海さんから手紙来てるよ。この前の依頼のお礼に、また来るかもしれないって」
言ってから、しまった、と気づく。手紙を先に読んでしまったこと、怒られるだろうか。
でも、アイリから返ってきた言葉は、僕がまったく予想できなかったものだった。
「……何言ってるの? 依頼なんてここ最近全然きてないじゃない。っていうか、ななみ? さん? 誰よそれ」
『いやー悪い悪い。口で説明するより、自分で体験したほうがいいと思ってな。わざと言ってなかったんだよ。ほんとにスマン』
僕は事務所から一度出て、すぐにシンヤさんに電話をかけた。
手紙は、制服のポケットに突っ込まれたままである。
「……何も、憶えてないんですか」
『だろうなぁ。ためしに聞いてみたらどうだ?』
「……この前来た依頼のことは、何も憶えてませんでした。……依頼人の、ことも」
『なんだ、もう聞いたのか。……あぁ、それで俺に電話してきたのか』
シンヤさんの言っていることとは少し違ったが、僕にはもう訂正する気力もなかった。
……っていうか、依頼のこと憶えてるの、とか聞かないだろ、普通。
「……なんで」
『簡単だ。記憶を奪われただけじゃなく、憶えることもできなくなったって話だよ』
「依頼のこと、全部忘れるようになってるんですか」
『んー、少し違うな。正確に言うと、自分が憶えようとしたことは、全てちょうど一週間で忘れちまうってことだ。まぁ、デカい事件や、自分に大きな影響を与えた人物のことは憶えてるみてぇだがな。今日電話してきたってことは……一週間前に、何か依頼でもあったんじゃないか?』
僕はおもわず黙ってしまう。
待て。待てよ。じゃあ、アイリが一週間探偵と呼ばれている本当の理由は……
『気づいたか? アイリはどんな依頼でも一週間で解決できるわけじゃない。アイリにとっては、一週間が依頼解決のタイムリミットなのさ』
三か月ぶりの依頼というのも、アイリが憶えていないだけで、本当はあったということなのだろうか。
……七海さんの、事件のように……?
『まぁでも、これでひとつ解ったことがあるじゃねぇか』
「……なんですか」僕の口から出た声は、まるで僕のものじゃないみたいにどす黒かった。
『お前のことは、ちゃんと憶えているんだろう?』
「………………」
そうだ。アイリと出会ってから、もう二週間近く経つ。
もしシンヤさんの言うことが本当なら、何故僕のことは憶えているのだろう。
「……助手だから、じゃないですか。僕がいないと、めんどくさくなることが増えるから……」
『カッ! バカだなお前!!』
電話越しにシンヤさんの怒鳴り声が聞こえてくる。
その声があまりに大きかったので、僕はおもわず携帯電話から耳を遠ざけた。
『……まぁ、こればっかりは、自分でわからねぇと意味ねぇか。せっかくアイリの記憶に残る数少ない人物に選ばれたんだ。せいぜい頑張れよ、助手!!』
シンヤさんはそれだけ言うと、電話を切ってしまった。
本当に、よくわからない人だ。僕にできることといったら、体を動かすことくらいなのに。
僕は暗鬱な気分を抱えたまま、再び事務所へと足を踏み入れた。
「スバル、さっきから出たり入ったりなんなのよ。コーヒーが飲みたいわ。早く淹れて頂戴」
「うん……」
「…………?」
怪訝そうな顔を浮かべたアイリからカップを受け取る。……そんなに暗い顔してたかな、僕。
だって、どうしたらいいんだよ。今ここにいるアイリは、七海さんのことも、もしかしたらその前の依頼人のことも憶えていないんだ。
僕にできることといったら、こうしてコーヒーを淹れることぐらいで……
「なんでそんな深海魚みたいな顔してるのか知らないけど」どんな顔だよ。暗いってことか。「何かあるなら話しなさいよ。あなたが体を動かして、あたしが頭を動かす。あなたがうじうじ悩んでたら効率悪いことこの上ないわ。せっかくバカみたいに強い体術みたいなの憶えてるんだったら、有効活用しないと」
僕はおもわずコーヒーが淹れられたカップを落としそうになる。…………いま、なんて言った?
「な、なんでそのこと知ってんの」慎重に言葉を選んで聞く。
「うん? なにが?」
「だ、だからその、体術のこと」
「え? そんなの…………あれ? そういえばなんでかしら」
僕がアイリの前で体術を使ったのは、あのストーカー怪物と闘ったときの一回だけだ。
もしそのことを憶えてるのなら……依頼のことも、七海さんのことも、憶えてるはずだろう。
「うーん……なーんか思いだせないのよねー……まぁでも、そんなことどうでもいいでしょ?」
「よくないよ!!」自然と声が荒くなる。
「な、なんなのよ……何か問題でもある? あたしは探偵で、あなたはその助手。だったら、あなたのことについて知っててもおかしくないでしょ」
……そう、なのかな。
アイリは何も憶えてなくて、でも僕のことは憶えている。僕のことについてだけは憶えている。
その時、ついさっき聞いたシンヤさんの言葉を思い出した。
『せっかくアイリの記憶に残る数少ない人物に選ばれたんだ。せいぜい頑張れよ、助手!!』
そうだ。僕は僕にできることをする。そう決めたんだった。
「ほらもういいでしょー? 早くコーヒー。コーヒーよこせ~」
「はいはい、わかったよ」
駄々をこね始めたアイリの前にコーヒーを置く。
僕に、できること。
それが、こうやってコーヒーを淹れること以外にあるなら。
僕は少しだけ、嬉しい気分になれた。