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一週間探偵  作者: saki
猿人チェイサー
3/5

遭遇と助手の油断

 時刻は午後6時半。

 七海さんが受けている大学の講義が大体この時間に終わるそうなので、僕とアイリは正門前にてその依頼人を待っていた。

 4月も半ばにかかったというのにまだ肌寒く、なんだかあまり春って感じがしないなぁ、と僕は思わずにいられなかった。

 アイリはカーディガンにフリルのついたスカートという格好。足はニーソックスで覆ってはいるけど、いかんせん風が吹いているので少し寒そうだ。ちなみに僕は学校帰りにそのまま来ているので制服である。

「獣の鳴き声って……七海さんの話が本当なら、普通の人間じゃないよね?」

「それはなんせ、あたしのところに依頼が来たくらいだからね。普通じゃないのは最初からわかっていたわ」

 聞けば、七海さんはこの件を一度警察に相談したそうだ。

 そこで、そういう話ならここに行ったほうがいい、と九条探偵事務所を紹介されたらしい。

 考えてみれば当然である。ストーカーの被害に遭って、まず最初に頼るのが探偵なんて、なんともおかしな話だ。

「じゃあさ、もし犯人が、その……怪物、だったら、そのときはどうするの?」

 僕がそう聞くと、隣りの缶コーヒーで手を温めていたアイリは、はぁ、と重い溜息をついた。

「あのねぇ……なんのためにあなたがいるの?あなたが力づくでも捕まえるのよ。助手ならそれくらい当然でしょう?」

 だよね。なんとなくそんな予感はしてたんだ…………

 前のアイリの助手ってどんな人だったんだろう。よっぽどタフな人じゃないと難しいんじゃないだろうか。正直僕も心が折れそうです。

 そのアイリはというと、今しがた缶のプルタブを開け、ごくごくとコーヒーを飲んでいる。こいつ、自分だけ呑気にしやがって……

 そんな現実逃避じみたことを考えていると、ちょうど七海さんが正門あたりでキョロキョロとあたりを見渡しているところだった。

 七海さんに向けて手を挙げる。七海さんはこちらに気づくと、小走りで僕らのもとへやってきた。

 …………さて、いい加減覚悟を決めないとな。何も起きなければ、それにこしたことはないのだけれど。





 バスに揺られること約二十分。

 僕、アイリ、七海さんの三人は、少しでも明かりのある道を、ということで高架下を歩いていた。

「帰りはいつもこの道を通ってるの?」

「はい、一応……。でも、このあたりは人通りも少なくて、だからストーカーの標的にされてるのかもしれませんけど……」

「今はまだ、後をつけてくるだけなのよね?」

「は、はい」

「さぁて、どう動くか……見ものね、ふふっ」

 なんだか楽しそうだなぁ、アイリ。

 自分の記憶の手がかりが掴めそうで嬉しいんだろうか。それとも実際に怪物が出てきたとき、僕がどう動くか楽しみなんだろうか。

 …………なんだか後者のほうが可能性あるような気がしてきた。うぬぼれでもなんでもないのがさらに僕の気分を陰鬱とさせる。

「あ、あの、気を付けてくださいね! もしかしたら、危ない人なのかもしれないし……」

 そりゃもし怪物だったら危ないよ。怪物なんだから。

「安心して。少なくとも、あなただけは必ず守るから」

 おもに僕がね。てめぇはなんもしねぇだろ。

 僕らは今、三人並んで話している。

 七海さんは一人暮らしで、バス停から家まではそこそこ距離があるらしく、そこでいつも被害に遭うらしい。

 これじゃまるでSPにでもなった気分だ。護衛二人がちっさい女の子と男子高校生というのがまたなんともいえないんだけど。

 そうして話していると、僕らの眼前に、うっすらと人影が見えた。

「……お出ましってわけかしら?」

「……アイリ、七海さん、離れてて」そう言い、僕は一歩前に出る。

 その影は両腕をだらりと下げ、ただただこちらを見ている。

「ほ、星宮さん……」

「大丈夫です。一応これでも、助手なんで」

 僕はこの時、油断していたのかもしれない。いや、実際していたのだろう。

 僕の初めての仕事だから。依頼内容が簡単なものだったから。目の前にいる影が完全に人型で、まるで怪物には見えなかったから。

 その油断が後悔になったときには、全てが遅すぎた。

 僕の体は、手を気味悪く膨張させ、一瞬で間合いを詰めてきた人影――怪物に、大きく吹き飛ばされていた。

 すさまじい音を立て、柱に激突する。倒れた体に瓦礫が落ちてくる。

「がっ……は……!!」ようやく口から出た声は、血が混じったものだった。

「…………っ!! スバルッ!!」

 アイリが涙混じりの声を発しながら、こちらへ駆け寄ろうとしてくる。その後ろでは、七海さんが大きく目を見開いていた。

 まずい。今来たらだめだ!

「ウグァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 耳障りな、何の獣かもわからないような叫び声が、あたりに反響する。

 怪物が、その異形なほど巨大な拳を七海さんへと向けて振り下ろそうとしていた。

「ぐ……う、おおおっ!!」

 これ以上情けない姿は晒せない。

 僕は体の上に載っている瓦礫を押しのけ、地面を強く蹴り、再び怪物のもとへと向かった。

「ガァアアアッ!!!」

 迫ってきた拳をなんとか受け止める。その手は猿のように体毛で覆われていた。

「くっ…………! アイリッ、七海さんを連れて逃げて!!」

「…………っ、七海、行くわよ!! 来なさい!」

「で、でも、星宮さんが……!」

「いいから早く!!」

「……は、はい……!」

 僕の後ろで二人の足音が遠ざかっていった。

 これでとりあえずは安心できる。

「グル……逃ガ……スカ……!!」

 目の前の怪物が唸り声を上げた。

 話せるということは、完全な怪物ではないらしい。じゃあ、こいつは一体……?

「ウ……グ……オオ……!!」

「くっ……!」

 体がだんだんと押し返されてくる。このままではマズい。

 僕は、拳を受け止める手はそのままに、がら空きの腹部へと蹴りを見舞った。

 その蹴りは思いのほか効いたらしく、怪物はグゥと唸って後ろへと退避した。

「………………」

 そいつはこちらを睨むと、アイリたちが逃げたほうとは反対方向へと消えていった。

 とりあえず、僕が言えること。

 それは、僕は何もできなかったということだ。



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