とある少女――もとい、探偵との出会い
そいつと出会ったのは、僕が高校二年になったばかりのことだった。
知り合いのシンヤさんという人に連れられて、人通りの少ない道を歩いていく。
僕は意を決して、シンヤさんに尋ねてみた。
「あの、それで、どこに行くんでしたっけ?」
「ん?お前のバイト先。って、言わなかったか?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
だからそのバイト先がどこか聞いてるんですが。
まさかまた面倒事押し付けるつもりじゃないだろうな。いや、いつもお世話になりまくってるから断れないんだけど。春休みのときもなんだかんだで雑用させられたし……。
たしかシンヤさん、もうすぐ40歳だったっけ。
いいオッサンが家族でもない高校生に何のバイトを紹介するつもりなんだろう。
そんなことを考えていたらふいにシンヤさんが口を開いた。
「昴、どうせヒマなんだろ?だったら、俺が刺激ある日々をプレゼントしてやろうと思ってな」
「刺激……」
別にそんなのいらないんだけどな。忙しくなって、今では僕の唯一の家族となった姉貴に迷惑かけるのも嫌だし。
っていうか、バイトひとつで日常が刺激あるものに変わるのか?
シンヤさんはいい人なんだけど、全体的に胡散臭い雰囲気がでてるのであまり信用はできない。
海に連れてってやる、と言われて地中海まで連れて行かれたときは真剣に殴ろうかと思った。
「あ、刺激つっても、お前が考えたようなエロい意味じゃねぇぞ?」
「んなこと考えてませんよ……」
僕の反論も空しく空に消え、シンヤさんはどんどん先へ進んでいく。まわりは相変わらず人気がない。
その時、車道をはさんで向こう側にコンビニがあるのに気づいた。でも、客の入りはあまりよくなさそうだ。
「ほら、ここだ」
「うわっ」
よそ見をしていたので危うくシンヤさんの背中にぶつかりそうになる。慌てて歩みを止めると、シンヤさんがある建物を見上げていた。
「ここ……ですか?」
「おう。お前ん家からはチャリで数分で行けるし、特に不便は無いとおもうぜ」
「思いっきり『探偵事務所』って書いてるんですけど!?」
嫌な予感が的中したよ! もう面倒くさいとか胡散臭いとか通り越してなんか怖いよ!
「なんだ、嫌なのか?」
「正直言うとむちゃくちゃ嫌です」
「別にいいじゃねぇか。特別お前が何かするわけじゃねぇんだし」
「じゃあ聞きますけど、この『探偵』ってのは浮気調査とか行方不明者の捜索とかそういう普通のですか!?」
「んなわけねぇだろ」
「ですよね!」
もうシンヤさんが関係してる時点で普通ではないからね!
『九条探偵事務所』と書かれた看板、そしてその下にある小さな扉が僕には地獄への門に見えた。『休業中』という張り紙が貼ってある。
「どんな依頼でも一週間以内に解決しちまうらしいぜ。ついた通り名が『一週間探偵』なんだと」
「そりゃすごいですね……」だったら助手必要ねぇんじゃねぇの?
「んじゃ入るぞ。覚悟決めろや」
「ちょっ、ちょっと待ってください!僕やっぱりこのバイト――」
僕の制止も聞かずシンヤさんは扉を開けてしまった。
あ、もう逃げちゃおうかな。このまま全力疾走すればふりきれるかも。
「どうした?さっさと入れよ。んな心配すんなって、ある程度は紹介してあるから。……あ、そうそう、逃げたらジャーマンスープレックスの刑な」
僕に、シンヤさんに従う以外の選択肢は無かった。
怪物。
それはこの世界に溶け込み、人間に危害を加える異形の存在。
僕はそんな怪物である母と、ごく普通の人間の父の間に生まれたハーフである。僕は母の血を濃く受け継ぎ、姉は父の血を濃く受け継いだ。
そのため僕は少し力が強かったり、動体視力が半端じゃなかったりと、他の人とは少し外れた体質をもっていた。
だからこそ、普段からおとなしく、できるだけ目立たないように生活してきたのに。
「探偵…………かぁ」
「だから、そんな心配すんな。ちゃんとお前のことも理解してくれるいいやつだよ」
本当だろうか。
そもそも怪物は(当たり前だけど)一般人には知られていない。知っているのは警察の偉い人とか……だっけ?昔聞いたような気がするけど、思い出せない。別に興味もなかったから。
「おい愛梨、いるか!? 新しい探偵助手、連れてきたぜ!!」
僕が物思いに耽っていると、シンヤさんが奥にむかってバカでかい声で叫んだ。
って、アイリ?女の人、なのかな。
僕をここに連れてきた理由は、多分僕の力が何かと役に立つからだろう。
そんなことを考えながら少し待っていると。
「あんまり大きな声を出さないでよ! ビックリするじゃないの!」
小さな女の子の可愛らしい声で抗議しながら歩いてくる人影が見えた。……え?
「よう愛梨、こいつが話してたやつだよ。人間と怪物のハーフだから力あるし、いろいろ役に立つんじゃねぇか?」
僕は少なからずどんな探偵がくるのか自分で予想していた。
男だったらガタイのいいおじさん、女だったら元殺し屋の人、とか。だって僕(怪物)が使われるわけだし。
でも今僕の目の前にいるのは、夜のように黒い髪をツインテールにまとめ、腰に手をあてて憤慨した様子をみせる中学生くらいの可愛らしい女の子だった。
……あまりに驚きすぎてサラッと僕の秘密を暴露されたことにもツッコめなかった。
「え、えぇと、こいつが?探偵?冗談でしょ?」
震えた声でそう言うと、そのアイリと呼ばれた少女はキッとにらめつけてきた。
「こいつとは何よ、仮にも上司にむかって! ちょっとシンヤ、あたしはこんな礼儀のなってない助手は頼んでないわよ!」
「まぁそう言うな、これから教育していきゃいいじゃねぇか」
「…………ふん、もういいわ。とりあえずいつまでもそんなとこに突っ立ってないで中に入ったら」
シンヤさんはそう言われるとまるで自分の家のようにズカズカと入っていき、置いてあった二人がけのソファに座った。アイリはおぼつかない手つきでコーヒーを淹れている。
こうして冷静に事務所の中を見わたしてみると、かなり広いつくりだということに今更ながら気づいた。
「ほぉら、長いこと先代の助手に任せてたんだからコーヒーもまともに淹れられねぇんじゃねぇか」
「う、うるさい、ほっといて」
アイリは頬を紅潮させ、コーヒーを三つのせたお盆をぷるぷると震えた手で運んでいる。
「いつまでそこにいるんだ? ほら、お前も座れ。まだ今のところは客人として扱われてんだから」
僕はシンヤさんの呆れたような視線とアイリの涙を少しにじませた視線を同時に受けながら、仕方なくシンヤさんの隣に座った。
「面接みたいなこともしとくか?一応、これからここで働くことになるんだし」
僕がここで働くのは確定事項かよ、と思ったけどどうせ言ったところでどうにもならないので黙っておく。
「別にいらない。それに、あたしの命令は何でも聞くっていう話だけど。お手と言ったら手を出して、待てと言ったらご飯も食べないで、とってこいとフリスビーを投げたら口でキャッチしてくるんでしょ?」
「んなことやらねぇよどこの誰の犬だよ僕は!!」
さすがに黙って聞き流せなかった。……っていうか。
「どういう説明したんですかシンヤさん!!」
「お、怒るなよ……。別に、『犬のようにどんな命令も聞く』って言っただけだぜ?比喩だよ、比喩」
「どんな命令も聞くってのがまずおかしいでしょうが! 何勝手に僕の性格捏造してんすか!」
「ということは、あなたは犬の怪物と人間のハーフ?」
「その『ということは』は何にかかってるの!? 僕の話聞いてた!?」
な んかもう頭痛くなってきた……。
こいつらは僕のことを喋る玩具かなにかとでも思ってるんだろうか。思ってるんだろうな。そうじゃなきゃもっと人間扱いしてくれるだろう。僕半分人間じゃないけど。
「ま、なんにせよ、愛梨のことは紹介しとかねぇとな。九条愛梨。こいつは……」
「いい、その説明は自分でする」
そうだ、いくら僕のことが紹介済みだとしても、僕のほうはこいつについて何も知らない。
ああ、僕がここで働くことがどんどん当たり前のようになっていく……。
「あたしには、昔の記憶がないの。怪物に奪われた」
アイリの言葉を聞いて、僕は大胆にもポカンとしてしまった。
記憶が、ない? 奪われた? 怪物に?
「そ、それって、どういう……」
「どうもこうもないわ。怪物に襲われて、昔のことを何一つ思い出せなくなった。覚えてるのは、自分の名前と一般的な知識、怪物に記憶を奪われた時のことだけ」
「そこで困ってたところを、俺が助けたってこと」
「恩着せがましく言わないで。あなたがしたことはこの事務所を提供しただけでしょ」
「いやいや、今は一応俺が保護者ってことになってんだぜ?」
なんだか僕の知らない場所でどんどん話が進んでいる。記憶を失ってから、ずっと探偵をしてたってこと?でも、なんのために?
「そんなの決まってるでしょ」
どうやら思っていたことが口にでてしまったらしい。アイリは続けた。
「記憶を取り戻す……いえ、奪い返すためよ」
「それで、探偵?」
「探偵が一番近道だと思ったの。じっとなんてしてられなかったし」
「……どれくらい、やってるの」
「七年くらいかしら」
僕は絶句した。七年だって? そのあいだずっと記憶もないまま、ただ依頼を解決していく日々を過ごしてきたのか。自分と関係ない事件を、記憶を取り戻す手がかりになると信じて?
「だからこそ、助手が必要なんだよ。こいつは頭がいいから、依頼解決の一歩手前までは自分でたどり着けるけど、いざ怪物をみつけてもこいつだけじゃ対処できない。その怪物と戦えるやつがいないと、こいつにはどうしようもない」
「だから、僕ですか……」
「そうだ。俺はお前以外にはアテがねぇから、今ここで断ればこいつは黙ってじっとしておくことしかできないだろうな」
その言い方は狡い。断るに断れなくなってきたじゃないか。
「別にいいのシンヤ。あたしも嫌々やってもらうつもりはないから。やりたくないならやらなくていい」
そう言ったアイリの顔は、泣くのを必死でこらえているような顔だった。……だから、断れねぇっつうの……。
「それは、僕にしかできないことなの?」
気づいたときにはそう口からでていた。
「……ええ。もうあなたのほかに頼れる人はいないわ」
……はあ。じゃあやっぱり、やるしかないのか。
「わかった。やるよ、探偵助手。記憶を取り戻すの、手伝う」
そう言うと、アイリは涙を引っ込ませ、満面の笑みを浮かべた。こいつ、嘘泣きしてやがったのか!
「はっ、お前ならやってくれるとおもってたぜ、昴」
「じゃあ、これからは毎日ここに顔をだすように! わかったわね、スバル!」
どうやら、僕が自己紹介する必要は本当になさそうだった。