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彼と私の二重奏  作者: POMじゅーす
2.始まりの奇想曲(カプリチオ)
15/30


 こうして奇妙な同棲生活が始まった。

 不思議で不健康そうな彼の名は、「ルキノ・ブランティエ」というそうだ。ペッカイナ王国近衛隊に所属している兵士の一人で、ニコ隊長とカインさんの部下。

 同居開始日に軽い自己紹介をし合って得た情報は、この二つだけだった。その他はからっきし。だってあの人、カインさん以上に無口でコミュニケーション能力低いんですもの。会話が膨らまないし弾まない。

 なんて呼べばいいか迷ったが、とりあえず「兵士様」のままにしておいた。これが無難じゃない? そう親しくないのに名前呼びするのは気が引けるし、苗字で呼ぶのも微妙だし。

 彼との暮らしがスタートしてからというもの、城でグスタフさんにからかわれ、カインさんに妙な期待をされ──心は荒む一方です。もうね、ほっといてくれと。

 特にグスタフさん。あんたが諸悪の根源なんだからね(口が裂けても言えないが)。カインさんに至っては、「式はまだか」って嬉しそうな顔をしてさあ、なんで突然そうなるんですか。……はあ。疲れる。

 ちなみに、あの人との同居についてグスタフさんにささやかな抗議をしてみたが、飄々と躱されてしまった。挙句、「是非婚儀には招待して下さい」と縁結びのお守りを私に渡し、狸爺は不敵な笑みを残して消えた。見事に逃げられたってわけよ。

 悲嘆と憂鬱さに沈む私を気遣ってくれるのは、ターニャさんとフェデリカだけだ。心が折れたら(既に折れてる気がする)二人のところに逃げ込もう。

 とかなんとか思っていたけど、別段大きな事件などなく、わりかしつつが無く毎日が過ぎてゆき。

 あの日からもう一週間が経とうとしている。

 慣れたような慣れてないような、まだまだ曖昧な感じで、彼の不思議な性格もあってか距離感がイマイチ掴めずにいた。上手くいっているのか分からないが、私が結構(いや、かなり)気を遣っているのは紛れもない事実である。

 例えば、挨拶だ。

 朝会えば「おはようございます」。

 昼会えば「こんにちは」。

 夜会えば「こんばんは」。

 彼が出勤する時は「いってらっしゃい」。

 彼が帰宅すれば「おかえりなさい」。

 夜寝る前は「おやすみなさい」。

 と、いうように、顔が合えば挨拶をするようにしていたが、最初の三日は返事がなかった。声をかけると目線をこっちに向け、何か言いたげに唇をもごもごさせるので無視ではない……と思いたい。二日目は頷いてくれたし。まあでも、最終的に無言で俯いて去って行ってしまうので無視同然だったかもしれない。

 だけど四日目の朝、か細い声でボソボソっと「おはよう」と言ってくれたのを皮切りに、彼はそれから挨拶を言葉で返してくれるようになった。向こうからはしてこないけど、私が「こんにちは」と声をかければ「こんにちは」とちゃんと返事が来るのだ。うん、大進歩。

 会話もあまり続かず、意思疎通に困ることも度々あったが、めげずに話しかけ続けた甲斐があってか日ごとに彼の口数は増え、私の質問にもわりと答えてくれるようになった。

 なんでも彼は人見知りで、人と話すのが苦手なんだと。

 ははあ、なるほどね。と、心の中で頷いていると、「不愉快にさせたらごめん」と謝られた。

 彼の態度にそこまで不愉快さを感じたことはなかったし、それがその人の性格なら仕方がないと思ったので、「そんなことありませんよ。少しずつ話ができるようになって嬉しいです」と言うと、俯かれてしまった。まずいことを言ったかなと不安になり、気に障ったか聞いてみたがそれは違った。

 どうやら彼は戸惑っていたらしい。女性に話しかけられたり、優しくされたりするのに慣れてないとかで。

 彼曰く、大抵の女の人は彼の容姿と話し方でドン引きし、逃げるか怯えるか怒るかなんだって。それ、ありえるの? 彼は国の兵士の中でも一番位が高い近衛兵。普通黄色い声がワーキャー飛び交うもんなんだけど。

 現に、城で働く未婚の侍女の狙い目は近衛兵か高官で、フェデリカお付きの侍女ちゃんたちからも「近衛隊の誰々がかっこいい」「近衛隊の誰々は優しい」などよく話を聞く。……彼の話題が出たことはないけれど。

 彼の話を聞き終え、「そんな人もいるんですね」と変に感心していると、穴が空くほど凝視された。かと思えば、俯いて黙り込む。本当に捉えどころのない人だった。

 彼は人柄だけでなく、生態系も不明な点が多い。一言で表せば、生活感が見えないのだ。

 ご飯は城で食べ、シャワーは仕事終わりに兵舎で浴びているそうなので、彼が家で何かを口にしたり、浴室を使ったりする光景を見たことがない。洗面所で歯を磨いたり、顔を洗ったり、トイレから出て来るところをたまーに目撃するくらいで、彼はうちに居る時、ほとんど自室に篭もっている。

 一応、「湯浴びどうですか」「ご飯どうですか」と声はかけるんだけど、いつも首を横に振って「いい」と言われてしまっていた。彼も彼なりに気を遣ってくれているのかもしれないが、なんだか悪い気がする。

 一緒に住んでいるのにご飯別ってちょっと寂しくない? 離婚寸前の冷め切った熟年夫婦みたい。いや、食卓を共にして気まずいムードが漂うのもアレだけど。

 物音を立てずひっそりと過ごしている彼とは対照的に、私はザクザクジョロジョロコケコッコーと、畑や鶏様の世話に勤しんでいた。念願の家庭菜園や鶏飼育をしている間はすごく充実した気分になれる。なんていうか、幸せなんだよね。早く野菜や果物を収穫して味わいたい。

 モジャガ、メトマ、マルーン、ストラ……様々な種類の種を撒いた畑は、日に日に命で溢れていっていた。雨期に入ったので、そろそろ雨よけを張ろうと思う。

 農耕や鶏育成は楽しかったが、私はそれにかまけることなく、身バレ防止対策へも力を注いだ。魔道書は全て隠し、ウィッグはお風呂を除いて被りっぱなしで(蒸れる!)、掃除は毎日二回朝晩やっている(疲れる!)。

 なんで掃除が大事かって、髪の毛処理ですよ。天寿を全うした黒い地毛がね、やっぱりそこかしこに落ちちゃうんです。それは仕方がないんだけど、見つかったら面倒だし、最悪身バレに繋がるのでこまめに掃除をしてます。おかげで家に埃が積もることはないです。どこもかしこもピッカピカです。

 身バレ防止──それは彼との同棲生活における最重要事項である。あの人、私に無関心なのかなと思っていたけど、そうではなさそうだったから一段と気が抜けない。

 不思議で不健康そうな私の恋人候補殿は、自ら接触こそしてこない。が、よく私を見ているのだ。

 畑で泥だらけになったり、鶏様に手傷を負わされたり、あちこち掃除したり、じゃぶじゃぶ洗濯したり、ぐつぐつ料理したりする一日の中で、必ず一度は感じるのが彼の視線。

 気配を察知して振り向けば、虚ろな灰青の瞳と視線がぶつかるんです。あの人、ドアの隙間や窓越しにね、こっちをじーっと見てるんですよ。で、目が合ってしばらくすると何事もなかったように自分の部屋に戻るんです。

 窓越しはまだいいとして、ドアの隙間から覗くのはやめてほしい。何度か心霊現象かと思って肝が冷えたわ。一回叫びそうになったのはここだけの話だ。

 何か用があるのかと声をかけてみても、黙っているか「別に」って言うかのどっちかで、非常にもやもやする。言いたいことがあるなら言えばいいのに。え? 私、話しかけにくい空気出してる? そんなことないんだけどなあ。社会の荒波に揉まれて身に付いた愛想笑いもすまし顔もプロってるはず。

 なのに彼は話しかけてこない。そのくせじろじろ注目してくる。

 ……本当に不思議な人だ。

 何を考えているのか分からなくて、掴みどころがなくて、顔色も悪くて──……そんな彼の事をもっと知りたいと思う自分がいた。それは彼が今まで身の回りにいなかったタイプの人間だからかもしれない。

 だって気にならない? あの顔色の悪さと病弱そうなところとか、不健康そうなのに近衛兵として働けているのかとか、生い立ちとか、性格とか、何か過去にあったんじゃないかとか……。いや、知ってどうするって感じなんだけど、でもやっぱり気になるんですよ。

 もっと話せるようになって、機会があれば少しずつ聞いていこう。

 そして、彼と私の間柄も、友達レベルくらいになったらいいな。おばちゃんじみたただの好奇心もあったけど、私は彼と人として純粋に仲良くなってみたかった。ほら、その、一応「恋人候補」だし。

 やーでもまだあの人に恋愛的な意味での関心は沸かないわ。もうちょっとお互いの事を知り合って、同じ時間を過ごさないと先は見えないかな。「結婚」とか「恋人」って、私の気持ちだけでもあの人の気持ちだけでもダメだと思うから。

 彼との同棲生活もあと三週間。これからどんな事が起こり、私たちの関係がどう変化するのか、私には先が読めなかった。


 *


 キュポン。

 コルクの外れるこ気味良い音がダイニングに響く。

 この一週間の彼とのやり取りを思い出しながら、私は風呂上りにワインボトルを開けていた。

 今日は彼が準夜番とやらで家におらず、久しぶりに一人の夜を堪能しようと思い立ったのだ。

 このワインは酒好きなターニャさんからずっと前にもらっていたもので、飲むのがもったいなくて仕舞い込んでいた一品だ。ワインで有名な国からわざわざ取り寄せたお酒らしい。

 五月は何かと苦労をした。大層な贈り物を貰う貰わぬで気を遣い、引っ越し準備で体力を使い、婚約者騒動で気力を使い、同居問題で精神は擦り切れ──……ほんと、山あり谷ありだった。

 そんな苦労を乗り越え、現在進行形で耐え忍んでいる自分にご褒美が必要だと思い、私はグラスにワインを注いでいるのである。

 濃い赤紫の液体がグラスを満たし、ふわっとフルーティーな香りがする。安っぽいアルコールの匂いではなく、上品で、深く濃厚なワインの香り。……なんて評してみたが、私はお酒に詳しくない。酒好きなターニャさんなら、一口飲んだだけでどこそこの何年物のワインって言い当てられそうな気がする。

 ワインボトルをテーブルに置き、グラスに口をつける。甘い口当たりに舌鼓を打った。

 大人数での酒宴は苦手だが、親しい友人と飲んだり、好きなことをしながら一人でちびちび飲んだりするのは好きだ。お酒自体も飲めはするし、酔って心地よく微睡むのも嫌いではない。

 グラスを片手に買い溜めておいた恋愛小説を読み進める。今読んでいるのは、妖精の王女と人間の青年の恋物語。種族の差や周囲の反対を押し切って恋を実らせる過程が何とも言えない。いいよね、青春って感じで。

 私もせっかく異世界に来たのだから、もうちょっとロマンチックな恋愛に遭遇しても良かったのではなかろうか。ほら、映画や小説みたいにさ。助けてくれた美形王子と恋に落ちたり、支えになった騎士と結ばれたり──ああ、やめだやめだ。私はもう二十五になるのに、そんな夢見る少女みたいな事を考えるなんて、現実的でない。

 事実、レサ・ハルダに落ちた私を助けてくれたのは、王子様でも騎士様でもない、七十代のシワシワおじいちゃん(大魔導師)。恋をするにはいささか歳上過ぎる。私はジジフェチではない。

 言葉も文字も分からない頃は、生きることに、適応することに必死で、故郷に焦がれて苦しくて、恋愛の「れ」の字も浮かばなかった。あの時は「いい男」よりも「日本へ帰してくれる人」の方が需要が高かったなあ。そりゃそうか。

 魔導師修行の旅で出会う人は妻子持ちが多く、何より魔法の勉強で恋する暇もなかった。お師様のスパルタ授業で毎日へとへとよ。また、魔法の凄さを知っていくうちに自分まどうしの力が目当てなんじゃないかと疑り深くなり、男の人の好意を素直に受け取れなくなっていたこともあった。

 異世界に来たからといって、素敵な殿方が両手を広げていてくれるわけではないのだ。実際、こんなもんなのだろう。いやでも、憧れるよねえ。運命の人とか、大恋愛とか。いち女として。今更運命の出会いが待ち受けているとは思えないけど。

(ま、私のことはもういいよ。さっさと続きを読もーっと)

 気を取り直してページを一枚捲る。妖精の王女が人間の青年へ愛を歌う場面だった。

(よしよし、これからいいトコに差し掛かる)

 ぐいっとグラスをあおり、私は小説に集中する。熱く切ないラブロマンスに、時にドキドキ、時にハラハラし、満ち足りた気分で夜を楽しんでいた。


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