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彼と私の二重奏  作者: POMじゅーす
0.回想の序曲(オーバチュア)
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 レサ・ハルダ。

「神の箱庭」の意を持つ、地球とは異なる一つの世界。

 そこには不思議な物質や生物、そして魔法が存在していた。

 念じるだけで火水風土を操ることのできる魔導師、妖精の見える眼を持つ福人ふくと、水に入れると高熱を発する石、冷気を放つ溶けない氷、秘境に潜む竜、空高く舞う天馬、地中を泳ぐ魚──挙げてもキリがないくらい、レサ・ハルダにはたくさんの「神秘」が満ちていた。

 そんなお伽話さながらの世界に、私は突然落っこちた。

 なんの予兆も予告もなく、そして、なんの使命も目的もなかった。

「魔王を倒して世界を救う」

「国を揺るがす凶事を解決する」

「攫われた姫を助け出す」

「伝説の竜を従え英雄になる」

「強大な力で世界征服をする」

 ……エトセトラエトセトラ。ファンタジーものの映画や小説でよくある展開は、どれも私には当て嵌らなくて。

 誰に呼ばれたわけでも、必要とされたわけでもなく、私はただ偶然、千年に一度の時空の歪に引き込まれただけだった。

 こちらに来た当初はほとんどパニック状態で、何度も夢だと頬をつねり、故郷を思い涙で枕を濡らした。「元の世界には戻れない」と断言され、泣いて喚いて我が儘言って──あの時は私を拾ってくれた保護主にいっぱい迷惑をかけたなあ。

 しかし、人間は時が経てば大抵の出来事を受け入れられるようにできている生き物。

 打ちひしがれつつも、保護主の教鞭のもと、始めの一年で文字や言葉、文化、やけにファンタジックな世界の成り立ちなどの知識を身に付け、なんとか一人で生活できるようになった。

 異世界に来たという現実離れした出来事への衝撃と、日本に帰れぬどうしようもない絶望とに波立つ心も、一年が終わる頃、やっとこさ凪を見せた。要は、異世界レサ・ハルダに慣れ始めていたのだ。私の順応力と適応力もまだまだ捨てたもんじゃない。

 ひとまず落ち着いた──……と、思ったのに、大魔導師を生業とする私の保護主が爆弾発言をぶちかまし。

「ここでの生活も様になってきたのう。お前さんのこれからの生き方はお前さんが決めればええ。……じゃが、もう一つだけやらんといかんことがある。今まで言わなんだが、お前さんは魔力を持っているんじゃ。弾みで暴走せぬよう、力の使い方は知っておかねばならん。さ、魔導師修行の旅に出るぞい。晴れて一人前になった暁には、己の思うまま自由にするがよい」

 なぜかは分からないが、どうやら私には魔力があるらしく、正しい使い方を学ぶことを義務付けられた。もちろん、義務なので拒否権はなく。

 理解不十分のまま、以降、保護主を「お師様」と呼ぶようになり、世界を股にかけた魔導師修行の旅を開始。お師様、見た目は可愛いおじいちゃんなのに、教育はスパルタ式だから困る。

 陰謀渦巻く国での乱闘、未開の地でのサバイバル、気が遠くなりそうな難解魔導書の読破──早く修行から解放されたいが故、私は必死で勉学に励んだ。おかげで魔法だけでなく、随分精神力も鍛えられたと思う。

 過酷なカリキュラムに耐え、約二年でお師様に合格をもらい、独立。とりあえずどこか安全なところに腰を落ち着けたくて、安住の地を求めふらふら国々を彷徨った。

 中々良い所が見つからず、もともと目をつけていた平和な島国を再訪すると、青天の霹靂。運悪く王女殿下の誘拐事件に巻き込まれ、予想外にてんやわんや。

 一人で助かろうとするのもどうかと思い、さりげなく魔法を使ってみんなで脱出。そして、縛り上げた賊を城門前にぽんと放り投げたり、王女たちの身柄を兵に預けたり、姉御肌な国守魔導師に事情を説明したり、王様王妃様にお礼を言われたり、国を挙げての祝祭に参加したりしているうちに、いつの間にかその国に居ついてしまって。

 常春の気候、素敵な王様と王妃様、のんびりしたお国柄、行き届いた善政、頼れる先輩魔導師、豊かな自然、ウマの合う友人──環境も人もひっくるめ、私はすっかりペッカイナ王国を気に入っていた。

 お師様や面識のある魔導師仲間に所属する国ができたことを報告し、その地に住まう先輩魔導師の勧めもあって私はペッカイナ王国国守魔導師に就くことにした。好きになった国ですもの。お国安泰のため、微力ながら尽力させていただこうと思ったわけだ。

 だがしかし、私はもっぱら目立つことが苦手なので、できれば「魔導師」としてではなく、ただの民間人としてこの国で暮らしたかった。お仕事の時はきちんと「魔導師」として働くけれども。

 誘拐事件での共闘をきっかけに親しくなった王女殿下が「城に住めば?」と言ってくれたが、あんな人目に晒された場所、一般人歴の長かった私には毒の沼地でしかない。「魔導師様、魔導師様」と割に合わない態度をとられるのも、逆にこっちが気を遣って心が休まらないので、王女には悪いがお断りさせてもらった。姉御肌の先輩魔導師だって、城ではなく王都の片隅に大豪邸を構えていることだし。

 王族と高官を説得するのに少々骨折りだったが、まる一日かけた甲斐あり、城外での一人暮らしに認可が降りた。そうして私は城下街の住宅地に小さな家を持ち、身分を偽って気ままに過ごすことにした。極力、日本にいた頃と同じような生活レベルを保ちたかったのだ。

 木を隠すなら森の中。人を隠すなら街の中。ペッカイナ王国に住み始めて二年経ったが、今も街の人々には私が魔導師であるとバレていない。きっと私の庶民っぷりが板につきすぎているせいだろう。


 *


 レサ・ハルダ。

「神の箱庭」の意を持つ、地球とは異なる一つの世界。

 私がここに落っこちて、早いものでもう五年の歳月が流れた。

 初めの三年は起伏に富んだものだったが、それからは比較的穏やかに過ごすことができている。

 今ではすっかりペッカイナ王国での生活に慣れ、職もあれば持ち家もあり、友人もそれなりにいて──自分で言うのもなんだが、けっこう充実した異世界ライフを送っていた。

 日本ふるさとが恋しくないわけではないけれど、帰りたい気持ちがないわけではないけれど、こっちで一生を終えるのもいいかもしれないなーなんて、ホンの少し考えられるようになったある日。

 不時の出来事が私を襲ったのです。



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