第六話 勇者、マジ空気 前編
どうして音楽バトルの話になってしまったんだろう?作者は楽器に疎いのに…
弦楽器ってのはこの世界では何十種類とある、ポピュラーなもので言えばギターとかだ。まぁギターは楽器の中では割と若いというかまだ作られてから百年も経っていない。だが持ち運べる利点さと見た目や音が若者にウケていて知名度は高い。引きこもりの俺でもそれくらいは知っている。
だが・・・
「準備は万全です、ウェイン様」
まさかトルテが弾けるなんて、いやギターを持っていることなんてこの三年間の中でまったく知らなかった。
そもそも見た目と合わなさ過ぎるだろ、使用人がギターって…せめてヴァイオリンとかにしとけよ、キャラがぶれて読者が混乱するだろ。
色々と考えながら中庭に着くと、トルテが食堂の割烹着でも使用人ドレスでもなくて半そでの黒いシャツに「KICI THE BUCKET」と赤い文字がド派手にプリントされている……いわゆるケバいシャツというものに下はところどころ破れたGパンだった。
やべぇ、見たことねぇよこいつ、いったいどちらさんだよ?
なんて言いたくなるような変貌振りだった。
ちなみに何故かミナの姿が見えない。まだ準備とやらに戸惑っているのか?
そう考えた時だった。
ドォーン、ドォーン、ズンッカッカ――ン
ドォーン、ドォーン、ズンッカッカ――ン
何の音だろうか?音の響きからして打楽器のようだが。
「って、嘘!」
いつの間にか目の前に赤い巻き毛氈が敷かれていた。
そして……仮面をつけ、豪華絢爛な衣装に身を包んだ人物が現れた、手には三十センチ程度の棒を持っている。まるで指揮棒のようだ。
舞楽、左舞「蘭陵王」東の大陸に生まれた音楽、「雅楽」においてもっともポピュラーな舞である。
とある国に美しい姫がいた。しかし戦の時に兵士たちを指揮するにあたって、鬼のような仮面をつけ、兵士たちを鼓舞したという逸話がある。ってのは屋敷にいたときに東の国文化に興味があった時に調べたことだ。トルテに言ってトラックステイション(メディアプレイヤー)にいろいろ曲を入れてもらった覚えがある。「ミナの入ってるサークルって……雅楽だったのか」
打楽器の音が止まり、ピタリと毛氈の中心に止まったミナはそこで仮面を外した。
「今のは入場よ、貴方が演奏を終えれば舞を始めるわ」
そう言いながら指揮棒でトルテを指差した。トルテの方はというとミナの登場に全く無関心らしく、チューナーを弄っていた。
……そうだ!こんなこと考えてる場合じゃなかった。早く二人に伝えないとな。
「なぁ二人とも………」
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
俺の声は突如辺りに響いた爆音によってかき消された。
あぁ、遅かった……。
イントロは激しく、トルテの指が視認出来ない速さで音が生まれていく、そして気づいたこの曲は「お前の人生、千秋楽」だ。この曲にはちょっとしたエピソードがある。
珍しくトルテの仕事が全て昼までに終わり、暇だからという事で俺と一緒に大広間でドラマを見てたんだよな。ウォルトー国から取り寄せたえーと…ゴジューインチのテレビで。
そいでたまたま長編の恋愛もののドラマを…ってこの回想必要か?話進めようぜ、え?駄目なのか?全く……いつになったら話を進められるのやら。
まぁいいや、それで俺が全く興味ないからシーエイチを変えようとしたら……
『チャンネルですよ、ウェイン様』
……チャンネルを変えようとしたら、トルテがごね始めて仕方なしに二人で王道まっしぐらのベタベタな見ててイライラするくらいの適度に苦難があって適度に三角関係っぽくなって、結局は一人がカッコよく去って残り二人がくっつくというどうともいえない話だった。ドラマが終わり横を見るとトルテが俺の方にもたれて眠っていた。いつも使用人として多忙な毎日を送っているが俺の前で眠ることは無かった。そんなに疲れているなら自室で夕方まで眠っていればよかったのに……全く、困った使用人だ。
下手に動いてトルテを起こさないようにテレビでも見ながらトルテが起きるのを待つか、とチャンネルを変えると
「さっさと逝っちまえぇ!!テメーの人生ぃぃぃぃぃぃ、千・秋・楽!」
けたたましい歌声が大広間に響いた。一瞬の事で驚いて体が跳ね上がる。
俺は眉をひそめながらまたチャンネルを変えようとすると肩に重さが無い事に気付いた。足元を見るとトルテが大広間の床に顔から突っ伏していた。中々痛そうだ、だって床タイルだし。
「大丈夫か?トルテ」
声をかけながら肩を掴み起こすとトルテは鼻血と涙を流していた。
「うぅ、折角のプランが……」
とか呟いていた気がするな、意味は分からんかったけど。
という訳でそのチャンネルを変えたときに流れていたのが「お前の人生、千秋楽」だ。なかなか印象深かったのでフルで何度か聞いた事がある。
なんだってトルテはその曲を選んだかは分からないが、めちゃくちゃ上手い、元々は男が歌っている歌なんだけど勢いがあって、速い歌詞なのにちゃんと聞き取れてカッコいい。
「すげえな、トルテ」
思わずポツリと本音が漏れた。それが聞こえたのかトルテは一瞬口の端を吊り上げた、そしてサビに入る。
「マジ許せねぇ、この泥棒野郎! さっさと逝っちまえぇ!! テメェェェェェェのぉ人生ィィィィィィィ、千!秋!楽!!」
そしてトルテはピックを投げて、ビシッとミナを指差した。
そんな激しい挑発にもピクリとも反応せずにミナは一言だけ言う。
「あくびが出そうになったわ、眠たくなる歌ね」
挑発には挑発で返していた。にしてもミナもすごいな、この五分間程さっきの位置から一歩も動いていない、足をやや開いた状態で動かずに立ち続けることは、一分でも難しい、相当鍛えているのだろう。
フゥゥゥ~~~~~ン フゥン ファン!
なんて考えていると不意に管楽器の音が辺りに響いた。あ!また言うの忘れた!!まぁいいか、生で舞なんてめったに見れないし、ゆっくり見させてもらうか。
というわけで次回に続く、はぁ何時になったら王国の追っ手が来るのやら。
ごめんなさい、次回でやっとこの騒動が終わります。