第四話 勇者、通学する
暗く広い部屋の中で巨大な通信機の前に一人の男とその後ろで黙って立っている男がいた。
「ただいまウォルトー国から報告がありました。逃亡している二人組みの片割れ『フィア・ドルツ』のシナプスの通信機能が使用中とのことです、現在会話している二人の声紋を解析しております………一致しました。場所は、ハイデルベルクです」
「そうか、シナプスを使ったのか……」
後ろで立っていた男は前で通信している男に気付かれないよう小さく溜息をついた。
「二度目の失敗は許されませんよ、……偉大な魔導師オズウェイン様」
通信を終了した男は振り返り、無表情で言った。
◇◆◇
「惜しいな、私の力とその力を組み合わせれば、あるいはこの世界を救うことが…ふん」
「戦闘中におしゃべりとは余裕だな?だが無限に生み出すこの力がある限り、お前には負けん」
「戯言を…この青二才が……」
「ほざけ、中年」
「情報弱者め、少しでもこの世界を知れ」
「いい加減黙れ、魔王」
「ふん、単調だな勇者」
「クソッ……」
「ピピピピ………」
ん?なんだ……この音は………
目が覚めるとまだ見慣れていない寮の部屋だった。まだ朝日が昇りきっていないのか少し薄暗い。そしてやかましい音を発てているモノは机の上にあった。
「あぁ、コレの音か…」
昨日買ったばかりの新品のシナプスが点滅とともに音を発していた。つまり誰かが俺に通信してきたという事だろう。
何だよこんな朝っぱらから……
「おはようございます勇者様、ご用意は万全ですか?」
だから勇者って呼ぶなって…
「…こんな朝っぱらから一体なんだ?目が覚めちまっただろうが」
たくっ、せっかくいい気持ちで寝てたのに。
「……勇者様、お言葉ですが…ただいま登校時刻ですよ?」
は?
「おいおい何バカな事を言ってるんだ?まだ空だって真っ暗だぞ」
そういいつつ窓から空を見ると……
「今日は曇天なのです」
分厚い雲が広がっていた。
……………………………
「遅刻だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
マジかよ!登校初日から遅刻ってねぇよ!!
「何でもっと早く連絡よこさないんだ!」
全然トルテは悪くないけど何故か俺は全力でトルテを責めていた。つまりは『お母さん、何でもっと早く起こしてくれないの!?』理論だ。恐らく読者の皆様にも一度は経験があるのでは無いでしょうか?
「申し訳ありません、ずっと食堂で朝食をこしらえていたもので、今も勇者様が食堂に来られなかったため連絡させていただいたのですが……」
…なんでトルテを責めてるんだ俺は…ただ自己管理が出来てなかった無かっただけなのに…しかもトルテは忙しいのに俺のことを気遣って今もこうして通信してきてくれてるのに……
「すまない、…お前は悪くないのに責めちまって……」
「いえ、ただ優しく抱きしめてくだされば…」
「じゃ、行って来る」
反省して何故か損した気分だった。
とりあえず急いで準備しよう、ええと…服装や鞄などは昨日のうちに用意してるし、着替えはembodyがあるから一瞬で終わる。ただ朝食は諦めるしかないな。
万能魔法embodyでも食料までは具現化できないのだ。見た目だけなら創造できるけど、栄養素などはチンプンカンプンなのでイメージできない。一番簡単なのは自分の身体をいじる事だ。
「間に合うか……」
という訳で寮を出発して二秒後、俺は脚をチーターのような形に変化させる。そしてジャンプするかのように周りに人のいない通学路を走り出した。そして…
チーラーロー、オールーロー、タールーラー♪
変なチャイムの音がなり始める頃には未門校舎に辿り着いていた。
「あ、君がウェイン・オバマ君?待ってたよ」
玄関には三十路くらいの眼鏡にスーツといういかにもエリートそうな男が立っていた。
「はい、遅れました…」
「いや丁度いい、今からHRなんだ。僕はクルフィ・ミーヤ、君の担当するクラスの担任さ」
そう言うとクルフィ先生はスタスタと歩き出した。付いて来いってことだな。
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げ、付いていく。
先生が立ち止まったクラスにはⅥ-Ⅸと文字が刻まれていた。
「ちょっと待っててね、今紹介するから、登場演出はご自由に」
何だよ、登場演出って?
炎でもまといながら教室に入ればいいのか?……いやそんなことした大騒ぎになるな。
普通に入ろう。
「男の娘ですかっ!?」
教室からそんな声が響く。屋敷で読んでいた本にも同じ事が書いてあったことを思い出した。実在するんだな………そんな事聞く奴。
「………入ってきてください」
お?呼ばれた…さてと、行きますか。
embody
「始めまして、ウェイン・オバマです」
教室に入った俺の周囲から絶妙なボリュームのBGMが流れる、たまに屋敷でやっていた無人楽団だ。音波を具現化させて何も無い空間でも音楽が聴ける。登場が普通じゃない?…は、知ったことか。
クラスの連中は一瞬ポカンとしていたがしばらくして小さな歓声を上げる。
「任せるとは言ったけど………随分と派手な演出だな、どうやってるんだ?」
先生が微妙な顔で俺を見る、正直に魔法とは言えないな。
「アカペラです」
適当に答えておこう。
ちなみにクラスメイトからは大絶賛で気分が良かった。
「アカペラって…オバマは個性的だな……えーと席は…コルポートの隣が空いてるか」
先生が指差した席は後ろの女子生徒の隣の席だった。そしてその席に向かう途中で青い顔をしたアルが机に突っ伏していた、そういえば昨日小悪魔トルテを食べた後からアルは腹痛で自室にすぐ帰っていた。まだ回復していないのか?
一体何が入ってたんだ?あのケーキに。
「すごいね、ウェイン君、びっくりしたよ」
ややアルを気にしながら席に着くと隣の席の女子生徒が話しかけてきた。
「別に、大したことじゃない……ところでアンタは?」
話しかけてきたのは赤いウェーブのかかった長い髪にそばかすがある小顔の活発そうな少女だった。
「あたしはミナミ・コルポート、気軽にミナって呼んでね」
ミナは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。そんなあどけない仕草も全然さまになっている。一瞬トルテのウィンクを想像してしまって寒気がした。
「あぁよろしくな、ミナも俺のことはウェインでいい」
「うん、よろしくねウェイン」
やっとこの名前にも慣れてきたな、でもどこかで聞いたことがあるんだよな…ウェインって…
ま、いいか…どうせ大したことじゃないだろう。
そんな事より俺の学生生活はこうしてなかなかの好スタートを切った。
数十分後、授業で珍回答を連発してクラスで笑いをとった事は無かった事にしておこう。
◇◆おまけ◇◆
やっと私の出番ですか…正直この話では通信以外の出番が無いと冷や冷やしておりました。え?誰か分からない?私です、トルテです。
前回生意気にも勇者様にべったりとくっついて離れない男に警告の意味合いを含めて強力な下剤入りケーキを振舞ったのですが匂いが強く、苦し紛れに梅干で誤魔化したのですが、あの少年は下剤に気付かずにまんまとすべて平らげていました。いまでも腹痛に悩まされている事でしょう。まったく……勇者様の隣にいていいのは私だけです。ここに断言いたします。学生の分際で勇者様を…例え偽名であっても呼び捨てにする事は耐えられません。それにしても勇者様も冷たすぎます!通信の間一度も名前で呼んでいただけないなんて……。あぁいけません…私はただの使用人、このようなことを考えては……仕方ありません。この抑えなければならない気持ちをポエムにし、シナプスのポエム投稿サイトに応募しましょう。
……その一時間後、ハイデルベルクのポエム投稿サイトで超ハイレベルな匿名のポエムが投稿され、僅か一ヶ月で10万PVを突破し、シナプスの海で話題を呼び、数ヵ月後に書籍化までされたのだが、その作者は誰も知らない。