第二話 勇者、学生になる
「世界は汚れている、一度、全て綺麗にする必要がある」
「それとお前のやっていることはどういう関係がある!!こんな……ただ世界を武力によって支配する事で世界が良くなるとでもいうのか!!」
「やかましいな、勇者、人間は……自然から離れすぎたんだ、我が何もしなくてもいずれは天災によって滅びる運命だ、その前にどうにか人間の生きる道を作ろうとしているだけだ」
「そんなのはただの詭弁だろう?実際はお前が思う通りの世界に無理矢理に変えようとしているだけだろ」
「言っても分からぬならもういい、掛かって来い勇者」
「望むところだ」
「……さまー、ゆーしゃ…まー、到……いた……まし…」
ん?この声は……………
「これはチャンスです、いつもなら扉越しですが、今日は二人の間には空気しかありません、今なら夢にまで見た目覚めのキッスが出来……」
「すんな」
一発で目が覚めた。相変わらずなテンションのトルテである、いきなりの逃亡生活になって不安や疲れもあるだろうに、まったくもって……ありがたい、ブルーな気分にならずにすむ。
「そんな、勇者様……照れます」
真顔で心を読んできやがった。台詞とは裏腹に顔は物凄く無表情だ。
一体どんな思考回路してやがるんだコイツは……
「では、朝の挨拶はここまでにしておきましょう、見てください勇者様、あれがハイデルベルクでございます」
ミッドガルズを出発してから二日間かけて俺たちは最寄の町のハイデルベルク付近に来ていた。ハイデルベルグは元々一つの独立した情報教育の整った国だった。しかし魔王に占拠され、施設の大半がその機能を無効化されてしまい魔王討伐後も、復興が進まずにミッドガルズから近かったため、ミッドガルズの第十三区になることを条件に直接的な復興の援助をされた町だ。
王国から逃げているのに、国内にいるのは危険では?とトルテが言っていたが、灯台下暗しという言葉があるように、案外近くにいたほうが気付かれず、安全だったりする。恐らく今現在あらゆる国に手配書が配られ、関所などが作られるようになる、下手に動き回るより、一つの場所に留まった方がいいだろう。
この世界には俺の顔を知っている人間がごく限られている、だから手配書に顔を載せられ重罪人と書かれていてもお偉いさんの口封じさえしていれば平民は信じてしまう。
俺を幽閉していたことはまるで初めからこうする事が目的だったのではないかとさえ思う。それくらい都合が悪い。
「……トルテ、とりあえず今まで疲れていたから言わなかったが決めておかなきゃいかないことがある」
「はい、それは一体どのような事でしょう?」
「まず俺を勇者と呼ぶな」
そういった瞬間、トルテはまるでこの世の終わりのような表情をする、全く、本当に思考の読めない奴だ。
「それは、……何故に……」
いや頑張ってるんだろうけど顔が引きつってるぞ。
「おかしいだろうが、街中で勇者なんて呼ばれている奴がいたら、ダウナー(医者)を呼ばれるか、キーパーズ(警察)のお世話になるぞ」
「ではあ・な・た、と呼ばせ「却下だ」…………はい、ではダーリン「論外」………なら、私は………勇者様をなんとお呼びすれば………」
「そうだな………WHO(だれだろう?)のWHを頭にもってきてウェインにしよう、名字は残りのOを使ってオバマでいい」
「……かしこまりました、ウェイン様……」
「そしてお前の名前は、変えない、変える必要が無いからな」
「仰せのままに」
「次にこの町でしばらく生活するんだが、ハイデルベルクは学生の町だから俺たちも学生になろうと思う、幸い屋敷にあった金庫は無事だったから金銭面の心配は無い、この町に住み、学校に通いながら次の手を考えよう」
「はい、ウェイン様。……ですが失礼ながら私は一般的な教養と計算が出来ますが、ウェイン様は勉学について問題は無いのでしょうか?私たちが通学するとなると年齢的に成習学校(この世界の大学のこと)程度の学力が必要になります、一朝一夕の知識では通学はおろか、入学する事すらかないません」
トルテはどこからか黒縁眼鏡を取り出して説明する。
喋っているだけなのに眼鏡をつける必要性が分からない。
というどうでもいいことは気にしない方向で。
「それについては秘策がある」
embody
「え、え?勇者様?」
トルテは俺の姿を見て、驚き、目を見開いた。
だから勇者って呼ぶなって……
「これならどうだ?」
自分自身に魔法をかけた俺は見た目が十代前半の少年になっていた。
視線が低くなり、トルテを見上げなければいけないことが非常に腹立たしいが仕方ない。トルテの言うとおり、俺の学力は皆無に等しいのだ。
「か……………………っ完璧でございます、ゆう……ウェイン様」
「そうか、それはよかった…お姉ちゃん」
トルテが鼻血を拭いて倒れた。
なぜだろう?
「ウェイン様………不意打ちは……反則で……ございます」
「どうした?これが一番手っ取り早いだろう?親元を離れて姉弟で学園の寮に住むという設定は」
「…なるほど、そういう設定ですか、それはとてもこうふ……いえ、体裁がいいかと」
「だから、俺のことは呼び捨てでいい、いや呼び捨てで呼べ」
「はい、かしこまりました、ではウェイン、……お姉ちゃんに対してその言葉遣いは、イケませんね」
そう言うとトルテは目を細めた、コイツ…何する気だ?
「調教します、”姉として”」
「へ?」
あれ?何だ……目が据わってるぞ……おい、ちょ………おま………
「さぁ、まずはその小さな……」
embody
ボコッ!
「調子に乗るな」
即席ピコピコハンマーをトルテの頭上に具現化させる。それは重力に引っ張られてトルテの頭に直撃した。
「失礼、つい設定にはまってしまいました」
頭に大きなたんこぶが出来たトルテはいつもの無表情だった。
危ねぇ、魔王なんかよりもコイツの方が何十倍も怖い。
「全く………じゃあ俺は未門学校(中学校レベル)に通う、トルテは近くの成習学校に通ってくれ」
「ウェイン様、言い忘れていましたが、ハイデルベルクには学校が一つしかございませんよ」
「何だ、それはどういう事だ?」
「ハイデルベルクはその町こそが学校なのです、様々な校舎がありますが、中央に全学年の生徒が集う校舎があり、全ての教育課程が詰まっていて下は初年生、上は十二年生まである特別な学校なのです。ここ以外では四つに学校を分けているのですが、この町では私もウェイン様と同じ学校になります、さらに学校は全寮制で、ハイデルベルクに住居は一件も存在しません」
やはり黒縁眼鏡をどこからか取り出してトルテは説明する。
その説明を聞いていて俺はこの世界の事をまるで把握していないのだと痛感させられる。
「そうなのか?、だったら俺とトルテが別行動になるのか………」
それはあまり望ましくない。
「ですが一つだけ方法があります」
自信満々の表情のトルテである。
「……言ってみろ」
若干の期待を込める。
「私が教師になればいいのです」
……期待した俺が馬鹿だった。
いや待てよ。ハイデルベルクには生徒と教師以外にも住んでいる人はいるはず、例えば……
「トルテ、良い案が浮かんだ」
コイツにはピッタリだ。
「……ですか、確かに私に問題はありません、それは得意分野です」
よし、これで俺たちが学生の町ハイデルベルクでやっていくための計画が立った。
※ちなみに姉弟の案は必要なくなった。その際トルテがしつこく食い下がったので、もう一発ピコピコハンマーをお見舞いしておいた。
ピコピコハンマーでもぶたれたら痛いんです。