三幕:小休止
「はぐれるなよ」
折角警告しても全く聞く耳持たずのようだ。きょろきょろして今にも道に迷いそうである。買ってあげた薄い青色のワンピースを風になびかせながらスキップまでしてる。服は普通なのにもかかわらず、あまりに挙動不審なので周囲から視線を集めまくっている。もっとも、整った顔立ちであることも理由であるとは思うが……。
あまりに危なげなので女性の手首をつかみ目的の飲食店まで引っ張っていく。スキップは止めてくれたが、歌を口ずさみ始めた。思わずため息をつきながら、飲食店のドアを開けた。
「ところで、その指輪なんなの?」
口にスパゲッティーを含んだままモゴモゴと女性が尋ねてきた。食べるか喋るかどちらかにしろよ、と心の中で思いつつ
「これは元々俺の種族のものなんだ。今はもう俺以外は殺されちまった種族だけどな。極東の島の種族の最後の忘れ形見ってコトだ」
「なるほどねー」
そう言いながら今度は餃子を口に運んでいる。何だか真面目に答えている自分が情けなくなってきた。とりあえず餃子を食べ終わって満足したのか箸を置き、こちらに身を乗り出してきた。
「ねぇねぇそれって魔法みたいなものが使えるものでしょ。他にないの?」
思わず、飲んでいた珈琲を吹き出しそうになる。
「な、なんで知っているんだ!」
「だって私、その字、さっき見えたもん」
笑いながら楽しそうに言った。しかし、見えただけではこの指はの特徴が分かるはずがない。もしかすると……。
「……君、この字が読めるのか?」
「君、じゃない。私には秋楓って名前があるんだから」
「オーケー。じゃぁ秋楓はこの字が読めるんだね?」
「……うん、読めるよ」
少々不服そうに認めた秋楓をまじまじと見つめる。ここに刻まれている文字は古代グンパジ文字と言って、俺らの種族、つまりゼカミカ族で大昔に使われていた文字だ。この文字を読める者はゼカミカ族でもかなり限られた者だけだったはずだ。それを読めると言うことは……。
「そうか、秋楓もゼカミカ族の者なのか」
「んー? 何それ?」
「つまり俺と同じ民族ってコトだ」
「あーなるほどねー」
大して興味のなさそうな様子で返事をされたが、俺としてはかなり興味深いコトである。自分が最後の血だと思っていたが、生き残っていた血がいたワケである。しかも、聖血の方の血であるようだ。俺の体を巡っている賢血とは異なり、前線向きの血ではない。その代わり、生まれたときから古代グンパジ文字が読め、また操ることのできるまさに魔導師の様なタイプの血である。もっとも、攻撃向きの血なのか補助向き後であるかは分からないが……。
「……なぁおい、秋楓」
「何?」
首をちょっと傾けながら、いつの間にか食べていたパフェを机においた。
「俺と一緒に旅に出ないか?」
「……告白?」
「……そんなワケあるか……」
「別にいいけどー。代わりに小遣いちょうだいね」
軽く答えた秋楓の様子から察するに、両親はすでに他界しているようだ。大都市の者ならばこうも簡単に同行を同意しないだろう。だが俺といる以上命を危険にさらす可能性がある。ならば……。
「これ、腕にはめとけ」
そう言って、さきほどと同じ鞄から、銀色のブレスレットを取り出し、秋楓の右腕にはめた。ブレスレットには同じく複雑な文字、つまりグンパジ文字が刻まれてる。
「何これ? えーっと『火の道標』?」
「名前はよく知らないが、炎属性の腕輪だ」
「わぁ、かわいい! ありがとう」
「使い方は……」
「うん、大丈夫分かるから♪」
そう言いつつ秋楓は嬉しそうにブレスレットを眺めてる。これで少しは身を守れるだろう。
さて、と小さくつぶやき、次の注文をしようとしていた秋楓を無理矢理引っ張り、勘定を済まして店をあとにした。