クロと婆ちゃん
「婆ちゃん。大丈夫か?」
おいらはそう“にゃあ“と鳴いた。
「ああ、クロちゃん。ごめんねぇ、お腹すいたよねぇ。」
婆ちゃんはそう言うと、おいらの頭をゆっくりと撫でた。
おいらは猫のクロ。
生まれてすぐに、元の飼い主の家を飛び出したまま迷子になって、さまよっていたところを助けてくれたのが“婆ちゃん“だ。
それ以来20年、おいらは婆ちゃんの家に住んでいる。
その間に、婆ちゃんの旦那が死に、娘さんは結婚して家を出ていって...。今、この家は婆ちゃんとおいらの二人暮らしだ。
おいらは婆ちゃんを独占できるから嬉しいんだけど、婆ちゃんは時々寂しそうだ。
だから目一杯甘えてやる。婆ちゃんの膝の上は俺の特等席だ。
でも最近、おいらは婆ちゃんの膝に乗っていない。婆ちゃんが体調を崩して、寝込むことが多くなったからだ。
特に、ここ数日は起き上がることもできず、ずっと寝たきりだ。
「ごめんねぇ、ご飯も作ってあげられなくて。」
気にすんな、とおいらは“にゃあ“と鳴く。
おいらは【猫又】だからな。大抵のことは自分で出来るんだ。
そう、おいらは猫又。
猫は20年生きると猫又になるっていうだろ。
ちょっと前にな、神様に導かれるまま進化したんだよ。まさか本当の話だとは思わなくてびっくりしたぜ。
というわけで猫又になったおいら。割と大抵のことは出来る。しかもちょっとした能力も手に入れた。
......手に入れちまったんだよな。
「もうちょっとしたら起き上がれるようになるからね。もうちょっと待っててね。」
“にゃあ“
猫又になったおいらには他人の寿命が視える。
婆ちゃんはもう保たない。命の灯が消えかかっている。おそらくあと数日の命だ。
こんな事知りたくなかったぜ。
おいら猫又だぞ。まだまだ死なないんだぞ。婆ちゃんがいなくなったら、この家でおいら一人、どうすればいいんだよ。
婆ちゃん、来月から娘さん夫婦と一緒に暮らす事になってんだろ? 楽しみにしてたじゃねぇかよ。
なんだよ。
死ぬなよ。
婆ちゃんが死んだらおいら、つまんねーよ。
ちぇっ。こんな能力、無けりゃ良かったのによ。
**********
「クロちゃん。婆ちゃんやっと良くなったよ。
ごめんねぇ、心配かけたねぇ。いまご飯作ってあげるからねぇ。
...クロちゃん?」
**********
三途の川って、めっちゃデカいのな。幅数百kmもあるとか、知らんかったわ。
渡し船もよ、あれジェット船じゃねーか? 半分空飛んでたぞ。
さてと。いきなり話が飛んじまったな。
おいらは三途の川を渡り、いま、閻魔大王さまの御前に居る。
正座で。
おいらの脚、正座用に出来てないんだけどな。勘弁してほしいんだけど。
「やってくれたな貴様。
【寿命渡し】は禁忌だぞ? 何故やった?」
「やってみたら出来たのでやりました。」
そう、おいらは婆ちゃんに自分の寿命を渡した。
なんと! 猫又は寿命が視えるだけじゃなく、自分の寿命を渡すことも出来るんだ。すげーだろ。
しかも猫又の寿命だからな、上物だぜ。婆ちゃん、相当長生きできると思うぜ。
「そんなことは聞いておらん! ...このワシを前にして生意気な小僧め。
よいか! 【寿命渡し】は猫又のみが使える秘術。しかし世の理を歪める外法であり、使えば大罪じゃ。
軽々しく使って良いものでは無い。神にもそう聞かされているはず。
よもや忘れたとは言わせぬぞ。」
まあな。
人死になんて『些細』なことで、いちいち世の理を歪めてたら世の中無法地帯になっちまう。
でもさ、
「おいらにとっちゃ一大事だったんだよ。」
婆ちゃんが死んだら寂しいじゃねーか。それにみなし子のおいらと違って、婆ちゃんには家族がいる。家族とまた一緒に住めるのを楽しみにしてたんだ。
いま死んだら悲しいじゃねーか。
俺より生きてて欲しいんだよ。
「...それは力を持つ者として正しい在り方ではない。」
それは分かる。
おいらは間違っている。
だから正しく罰を受けなきゃならない。
「言い訳はしないよ。しっかり罰は受けるからさ。地獄でも何処へでも連れて行っておくれよ。」
「どこまでも太々しい奴め。
貴様は地獄になど行かせぬ。もっと厳しい罰を与えねばならぬ。」
「......裁きを言い渡す。
猫又クロ。
その方、大罪と知りながら【寿命渡し】の禁忌を犯したること、真に許しがたし。
よって、
【彼岸への無期限出入禁止】
を命ずる。
今この時より、三途の川から内に入ることまかりならん!
疾く川の向こうへと、疾くと立ち去れいっ!!」
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おいらはあの世を追い出された。
またこの世に戻って来ちまった。
そして戻ってきたらさあ大変。婆ちゃんが俺を庭に埋めるところだったんだ。
息を吹き返した時には、もう体の半分が土に埋まってたんだぜ? 仕事が早ぇーよ婆ちゃん。
土葬で助かったぜ。
婆ちゃんはわんわん泣いた。
おいらも“にゃあ“と鳴いた。
おしまい
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「閻魔さまは、お優しいですね。」
「何を言っておる。あの世に行けぬ、それほど辛いことはあるまい。」
「しかも『無期限』。閻魔さまの胸先三寸。
ふふ、お厳しいことで。
でも、今回のお裁き。神様は納得されるかしら。」
「『善人なおもて往生を遂ぐ いわんや悪人をや』。」
「なんですか? それ。」
「人間が言ってた。神は寛大なんだとよ。」
今度こそおしまい




