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クロと婆ちゃん

作者: ひろ
掲載日:2026/10/30

 「婆ちゃん。大丈夫か?」


 おいらはそう“にゃあ“と鳴いた。


 「ああ、クロちゃん。ごめんねぇ、お腹すいたよねぇ。」


 婆ちゃんはそう言うと、おいらの頭をゆっくりと撫でた。




 おいらは猫のクロ。


 生まれてすぐに、元の飼い主の家を飛び出したまま迷子になって、さまよっていたところを助けてくれたのが“婆ちゃん“だ。


 それ以来20年、おいらは婆ちゃんの家に住んでいる。


 その間に、婆ちゃんの旦那が死に、娘さんは結婚して家を出ていって...。今、この家は婆ちゃんとおいらの二人暮らしだ。


 おいらは婆ちゃんを独占できるから嬉しいんだけど、婆ちゃんは時々寂しそうだ。

 だから目一杯甘えてやる。婆ちゃんの膝の上は俺の特等席だ。



 でも最近、おいらは婆ちゃんの膝に乗っていない。婆ちゃんが体調を崩して、寝込むことが多くなったからだ。


 特に、ここ数日は起き上がることもできず、ずっと寝たきりだ。



 「ごめんねぇ、ご飯も作ってあげられなくて。」

 

 気にすんな、とおいらは“にゃあ“と鳴く。

 おいらは【猫又】だからな。大抵のことは自分で出来るんだ。




 そう、おいらは猫又。

 猫は20年生きると猫又になるっていうだろ。

 ちょっと前にな、神様に導かれるまま進化したんだよ。まさか本当の話だとは思わなくてびっくりしたぜ。

 

 というわけで猫又になったおいら。割と大抵のことは出来る。しかもちょっとした能力も手に入れた。


 ......手に入れちまったんだよな。



 「もうちょっとしたら起き上がれるようになるからね。もうちょっと待っててね。」


 “にゃあ“



 猫又になったおいらには他人の寿命が視える。

 婆ちゃんはもう保たない。命の灯が消えかかっている。おそらくあと数日の命だ。


 こんな事知りたくなかったぜ。


 

 おいら猫又だぞ。まだまだ死なないんだぞ。婆ちゃんがいなくなったら、この家でおいら一人、どうすればいいんだよ。



 婆ちゃん、来月から娘さん夫婦と一緒に暮らす事になってんだろ? 楽しみにしてたじゃねぇかよ。



 なんだよ。

 死ぬなよ。

 

 婆ちゃんが死んだらおいら、つまんねーよ。



 ちぇっ。こんな能力、無けりゃ良かったのによ。





 **********


 「クロちゃん。婆ちゃんやっと良くなったよ。

 ごめんねぇ、心配かけたねぇ。いまご飯作ってあげるからねぇ。


 ...クロちゃん?」



 **********




 三途の川って、めっちゃデカいのな。幅数百kmもあるとか、知らんかったわ。


 渡し船もよ、あれジェット船じゃねーか? 半分空飛んでたぞ。



 さてと。いきなり話が飛んじまったな。


 おいらは三途の川を渡り、いま、閻魔大王さまの御前に居る。


 正座で。


 おいらの脚、正座用に出来てないんだけどな。勘弁してほしいんだけど。




 「やってくれたな貴様。

 【寿命渡し】は禁忌だぞ? 何故やった?」


 「やってみたら出来たのでやりました。」



 そう、おいらは婆ちゃんに自分の寿命を渡した。

 なんと! 猫又は寿命が視えるだけじゃなく、自分の寿命を渡すことも出来るんだ。すげーだろ。

 しかも猫又の寿命だからな、上物だぜ。婆ちゃん、相当長生きできると思うぜ。



 「そんなことは聞いておらん! ...このワシを前にして生意気な小僧め。

 よいか! 【寿命渡し】は猫又のみが使える秘術。しかし世の理を歪める外法であり、使えば大罪じゃ。

 軽々しく使って良いものでは無い。神にもそう聞かされているはず。

 よもや忘れたとは言わせぬぞ。」



 まあな。

 人死になんて『些細』なことで、いちいち世の理を歪めてたら世の中無法地帯になっちまう。


 でもさ、


 「おいらにとっちゃ一大事だったんだよ。」


 婆ちゃんが死んだら寂しいじゃねーか。それにみなし子のおいらと違って、婆ちゃんには家族がいる。家族とまた一緒に住めるのを楽しみにしてたんだ。

 いま死んだら悲しいじゃねーか。


 俺より生きてて欲しいんだよ。



 「...それは力を持つ者として正しい在り方ではない。」


 それは分かる。

 おいらは間違っている。

 だから正しく罰を受けなきゃならない。


 「言い訳はしないよ。しっかり罰は受けるからさ。地獄でも何処へでも連れて行っておくれよ。」



 「どこまでも太々しい奴め。

 貴様は地獄になど行かせぬ。もっと厳しい罰を与えねばならぬ。」




 「......裁きを言い渡す。


 猫又クロ。

 その方、大罪と知りながら【寿命渡し】の禁忌を犯したること、真に許しがたし。

 よって、



 【彼岸への無期限出入禁止】


 を命ずる。


 今この時より、三途の川から内に入ることまかりならん!

 疾く川の向こうへと、疾くと立ち去れいっ!!」



 **********


 おいらはあの世を追い出された。

 またこの世に戻って来ちまった。


 そして戻ってきたらさあ大変。婆ちゃんが俺を庭に埋めるところだったんだ。

 息を吹き返した時には、もう体の半分が土に埋まってたんだぜ? 仕事が早ぇーよ婆ちゃん。

 土葬で助かったぜ。



 婆ちゃんはわんわん泣いた。


 おいらも“にゃあ“と鳴いた。




おしまい


 **********


 「閻魔さまは、お優しいですね。」


 「何を言っておる。あの世に行けぬ、それほど辛いことはあるまい。」


 「しかも『無期限』。閻魔さまの胸先三寸。

 ふふ、お厳しいことで。

 でも、今回のお裁き。神様は納得されるかしら。」

 

 「『善人なおもて往生を遂ぐ いわんや悪人をや』。」


 「なんですか? それ。」


 「人間が言ってた。神は寛大なんだとよ。」




今度こそおしまい

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