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政略結婚の私、母国が滅んだので離縁して自由に生きようとしたら皇帝陛下が離してくれません!

作者: あんにんず
掲載日:2026/10/12

 母国が滅んだ。


 隣国に嫁いだ王女クラリスは、静かにその知らせを受け取った。

 小さな肩を震わせ、顔は力無くうつむき、大切な祖国、国民、全てに心を痛めて悲しんで……

 

 (こ……これは逃亡のチャンスなのでは!?)

 

 いなかった。

 

 彼女は和平の礎として隣国へ輿入れしたデルシア王国の王女クラリス・デルシアではなく、クラリス王女にそっくりなただの移民の孤児フィオラだったからだ。


 (離縁してもいいよね……? 結婚継続の理由ないよね? 滅んだし。むしろ、利益もないのに私に食費も人件費もかける必要なんてないよね? むしろ離縁したほうがメリットだよね!?)

 

 考えながらフィオラの心が躍りだす。

 デルシア王国で生まれ育ったわけでもなければ、そっくりだという理由で突然平和な暮らしを乱され、さらには散々な扱いをされて嫁がされたのでフィオラはデルシア王国には何の思い入れもない。むしろ嫌いである。

 

「アストレア帝国の皇帝は残虐非道との噂だ。そんな恐ろしいところに我らの最愛の娘を嫁がせるわけにはいかぬ」

「死んでもいい女を代わりに嫁がせて不可侵条約だけ結びましょう。あぁ、ただの小娘が王妃になれるなんて……なんて光栄なことかしら。私たちに感謝して首を垂れなさい」

 突然拉致されたと思えばそんなことを言われたが、孤児で移民のフィオラに拒否権なんてあるはずもなかった。

 

「こんなみすぼらしいのがわたくしに一番似ているなんてなんだか癪だわ。でもわたくしの美しさは隣国にはもったいないから、こんな劣化版でも充分ね。よかったわね、わたくしに似ていて。劣っていてもそこそこ可愛いわよ」

 一つだけ救いがあるとすると、クラリスは確かに綺麗な少女であった。金髪碧眼の透き通るような儚さを持ったザ・美少女である。けれど姑息な手段で王位を奪った意地の悪い両親に甘やかされた彼女の性格は高慢で最悪だった。

 

 身代わりの王女を差し出すという、バレたら戦争ものの反故を我欲で行い、国を危険に晒すようなデルシア王国のトップであったので滅ぶのも道理であったかもしれない。

 しかしそんなデルシア王国との関係も今日で終わりである。

 (離縁して、これから私自由に生きていくんだ!)

 

 途端にフィオラの夢が溢れてくる。

 街で働いて、露店で食べ歩いて、お祭りに行って、旅に出て……。

 衣食住が保障された暮らしはありがたかったが、それ以上に窮屈で、身代わりが露見する危機と隣合わせの日々は普通に恐怖だった。

 

 (陛下とは一度も寝室を共にしていないし、ほとんど喋ったこともない。挨拶しても無視されるから嫌われているはず……。彼にとってメリットしかない離縁を断るはずがない!)

 そんなことを考えながら、フィオラは陛下への直談判に向かうのであった。


 ***


「認めない」

「え?」

「離縁は認めない。話は以上だ」

 

 ギルベルト陛下の執務室。こちらを見ることもなく、黙々と執務をしながらアストレア帝国の皇帝ギルベルト・ヴィ・アストレアは告げる。

 

 黒髪金眼の美丈夫は今日も静かに冷気を放ち、普通の人であれば一言で怯むような威圧感である。


 しかしフィオラは食い下がらない。

「……ちょっと、ちょっと……待ってください。もうデルシア王国と和平を結ぶ理由はありませんよね? 結婚継続のメリットなくないですか? 子どももいないわけですし。滅んだ国の妃なんて政治的にも何の役にも立ちませんよ?」

「………………」

 沈黙を気にすることもなく、フィオラは離縁の説得を続ける。けれど自分が言っていることは、明らかにギルベルトにとってもメリットがあるはずだ、と確信している。彼は私以外に失うものはない。それは明らかにメリットなのだ。

 

「あなたに慰謝料も求めないですし何もいりません。今後迷惑もおかけしませんから離縁してください。外聞が悪ければ私の気が狂ったとでも言ってください」

「……………………」


 数秒の沈黙の後、ギルベルトが重い腰を上げてフィオラに近づいてくる。


 何を語ることもないまま、一歩一歩と静かに近づくギルベルト。今までにない超至近距離でふたりは向かい合う。

「……陛下……?」

 行動の意図が分からないフィオラは彼の顔を覗き込む。

 ただ無言でフィオラを見つめるギルベルトは少し怒ったような表情だった。

 

(……初めてちゃんと顔を見た……かも……。今まで横顔ばかりだったから……。怖いけど、すごくかっこいい。)


 無言のギルベルトをいいことに、彼の顔に呑気に釘付けになるフィオラ。

(背は高くて筋肉質なのに、顔は甘くて……なんか子犬みたい……。表情怖いけど……)

 

 しかし次の瞬間、不意にギルベルトの顔が近付き、耳元に低く重い声が響く。

 

「子どもでもできれば、君はここにいるのか?」


 彼は怒っているらしい。声にドスが効いている。怖い顔は気のせいではなかった。

 

 でもなぜギルベルトが離縁しないのか、フィオラには全く心当たりがない。

 これは契約結婚で、白い結婚だから初夜どころか今までまともに陛下と顔を合わせたことすら、会話したことすらなかった。


「……今から務めを果たしてもらう」

 混乱で固まるフィオラをよそに、ギルベルトはフィオラを抱えあげ、寝室へと連れていく。

「ひゃっ! 陛下!?」

 ばたつくフィオラにぴくりともせず、手際よくベッドに押し倒した。

「君が離縁を撤回しないのならこの方法しかないが、いいのか」

 そう言ってギルベルトはフィオラの手をシーツに沈めていく。

 

「…………へ、陛下はそんなに子どもが欲しいのですか!?」

 咄嗟に絞り出した一言。

 しかし、おそらく見当違いのことを言ったのだろう、ギルベルトの眉間の皺がさらに深くなる。

「……違う」


「ですが、初夜に来られなかったじゃないですか……私のことが嫌いだからだと……」

 フィオラはめげずに聞いてみる。

 だって分からないのだ。皇帝が離縁を拒否する理由が本当に。

「……この国の決まりでは君は昨日から成人だ。それまでは手を出したくなかっただけだ」


 彼は律儀な人なのかもしれない、と思った。だから滅んだ国との約束でも守ろうとしている。彼の言葉からフィオラはそう結論付けた。

 それならばフィオラがすることはひとつ。

 ギルベルトは充分に不可侵の契約を果たしてくれたと、これ以降はもう必要はないと伝えることだ。


「……ご配慮ありがとうございます。ですが、もう私に政治的価値はありません。滅んだ国との契約を律儀に守る必要もありません。私はあなたに何もしてさしあげることができませんので、早く離縁したほうが……」


「君は本気で自分が何もしていないと言っている?」

 少し驚いたような、怒ったような顔でギルベルトはフィオラに食い気味に問いかける。


「……え……私……何か失礼を働いていたのですか……?」

 ギルベルトの語気から冗談ではないことは察しているようで、その顔にはうっすらと焦りと恐怖が滲んでいた。しかし、フィオラは心底何のことかわからない、という表情でギルベルトを見つめ返す。

 

 一連のフィオラの様子にギルベルトは思わず顔を手で覆った。

「………………」

 そして、大きく一呼吸ついてからフィオラを起こし、向かい合ってからおもむろに執務室の窓を指差した。


「この部屋に朝、光が差し込むようにしたのは君だ」


「……そうですね、あまりに暗かったので……メイドの方々と窓に絡みついていた植物を掃除しました」

「……そうだ。君はいつの間にかメイドと仲良くなって誰も近寄らせていなかった私の部屋を勝手に綺麗にした」


 次にギルベルトはベットサイドのテーブルを指差す。そこには柔らかい香りのするキャンドルと薬のようなものがある。

「……安眠効果のあるキャンドルと回復効果のある薬ですね。陛下のクマが酷かったので、贈らせていただきました」

「そうだ。何年も眠れず、眠っても魘される日々だった。だがこれを使ってから、初めて悪夢を見ずに眠ることができた」

 

 そして、ギルベルトはピッチリと整えられた胸元のタイに手をかけてゆるめ、ネックレスを取り出した。

 ネックレスには石がはめ込まれた指輪がかかっており、指輪は幻想的な青い光を纏っている。

「……これも私が贈ったものですね。陛下がいつも冷気を放ち重苦しい雰囲気でしたので……リラックス効果と疲労軽減の効能があるとされる石をはめ込みました」

「そうだ。これも君がくれたものだ。これをつけると暖かくて、肩の荷が軽くなる。今は肌身離さず身につけている」


 言い終わるとギルベルトはフィオラを再び押し倒す。

「ここまでしていて何もしていないと言うか?」

 先ほどとは違い、指を絡めて手はベッドに縫い付け、身動きが取れないようにフィオラをホールドしている。

 

「……朝も昼も夜も僕の生活に君がいる」

 逆光でギルベルトの表情は読めない。

「そうやって僕を君なしでは生きられない身体にしておいて……どこかへ行くのか?」

 ギルベルトの手がフィオラの足を滑る。

「……そんなこと認められない……それならば僕は君を……」

 フィオラのドレスに手が掛かろうとしたその時

 

「す、ストップ! 陛下! 確かに全部私だけど! 部屋が暗すぎたら驚くし、隈がひどい人は心配するし、国の王の健康は守るべきじゃないですか! それは誰でもそうですよ!」


「それに! 陛下がそんなに良く思ってくれていたことを今知りました。あいさつも無視だったじゃないですか。普通嫌われていると思いますよ!」

 言われてみると思い当たる行動ではあったが、それはフィオラにとってもごくごく当たり前の思いやりで、してあげているという認識がなかった。それに好かれているような反応をされた記憶が本当にない。


「無視していない」

「え?」

「僕が返事をした時には君がいなくなっていた。君は他人が返事をする前にどこかへ行くんだ」

 

(……それはそうかもしれない)

 せっかちの自覚があるフィオラは押し黙る。ギルベルトの反応を受け取っておらず勘違いしていただけらしい。

 

 急に静かになりうーんうーんと表情を変えるフィオラにギルベルトはふ、と笑みをこぼす。

「……!」

 初めて見るギルベルトの表情にフィオラは思わず心を奪われた。

 いつも張り詰めて鋭い表情の彼がこんなに柔らかい顔をするなんて、想像ができなかった。

 そして、そんな表情を自分が今向けられていることに、急に彼の気持ちの重さを実感したのだ。


「……あぁ。そうだった。君は僕の世界をいとも簡単に変える」

 そう言ってギルベルトはフィオラの顔を優しく撫でる。

 

「踏み込んでくるのも、言い返してくるのも、贈り物をしてくれるのも……君がはじめてだった」

 ギルベルトの表情に、フィオラは胸がきゅっとなる。

 彼から垣間見えた孤独と、純粋さになんだか泣きたくなった。

 そんなことで喜んでくれるのなら、これから先もいくらでもしてあげたい。彼が背負ってるものと同じぐらい幸せにしたい。

 しかし、フィオラにはそれでも離縁しなければいけない理由がある。

 

 自分の身分が偽りだからだ。

 彼の想いは受け取ってはいけない。ただの娘が王を騙して結婚なんてしていいはずがない。

「……あなたの気持ちはわかりました」

 フィオラは決死の覚悟で自身の素性についてギルベルトに打ち明ける。

「……ですが私は……本当は」

 

「君の素性は知っている。本物の王女でないことも」

「え!?」

 ギルベルトは最大の障壁をいとも簡単に突破した。

 

「まさか誤魔化せていると本気で思っていたのか」

「……はい……」

「メイドと共に仕事をする王女がどこにいる。それに君はデルシア王国のことを知らなすぎだ。君の素性は随分前から城のみなが知っている」

「え……」

 ばれる恐怖に怯えていた私の気持ちを返して……と思ったフィオラだが、思い返せば明らかにバレたかもと思った時は何度もあったし、後半は普通に油断して生活していたので納得である。

 

「もし自分の出自を気にしているのなら心配するな。そんなこと誰も気に留めていない。もし何かあっても僕が皇帝だ。どうにでもなる」

「職権乱用ではないですか…………」

「あぁ。何でもする。君がここにいてくれるなら」

 フィオラを見つめるギルベルトの表情は穏やかで優しい。先ほどの不穏な気配はもう影もない。

 

「陛下に……ギルベルト様にそんなに想われているのに離縁する必要はありませんね」

 フィオラは満面の笑みでギルベルトを見つめ返す。笑顔は大輪の花が咲いたように明るく温かく、ギルベルトは眩しそうに目を細めた。


「これからは君にも分かるように気持ちを言葉にしよう」

「それはお願いします」

「陛下ではなく、わざわざ名前で言い直して僕を呼んでくれた君が好きだ」

「さっそくですね!?」

「あぁ。もう僕は君なしでは生きていけないし、君はあまりに鈍いようだから」

 そう言うとギルベルトはフィオラの手を掬い上げてキスを落とす。

「愛している、フィオラ」

 フィオラをまっすぐに見つめるギルベルトの表情は色っぽくて恥ずかしくなるほど甘い。

 容赦のないギルベルトに逃げられもせず、頬を赤く染めたまま、はくはくと言葉にならない声を上げるフィオラであった。

  



——後日、メイドとの会話にて——

「え!? 陛下からの好意に一切気づいてなかったんですか? あんなにわかりやすかったのに!?」

「……やっぱりそうなの?」

「…………でも確かにすれ違ってはいたかも?

『陛下おはようございます!』

『………………………………………………………………………………………………ぁぁ』

 って感じでした。陛下は返答がすごく遅くて小さくて、王女様はせっかちでいつの間にか違うところへ行かれておりましたので」

 どっちもどっちじゃん! と思うと同時に、近くで見ていたならフォローして欲しかったと思うフィオラだった。




 お読みいただきありがとうございました!

 リアクションやブックマーク、評価など大変励みになります。

 

 今回はもう滅んでいるので失った後のふたりの後日譚とかは存在しません。これにてハッピーエンドです。

 またどこかでお会いできましたら幸いです。ありがとうございました! 

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