継承の指輪
曇天の、憂鬱になるような、そんな日だった。1人の男がクラウスのアトリエを訪ねてきた。
「いらっしゃいませ」とカナデが出ていくと、男は「コーネリア・ダグラスはいるか?」と尋ねてきた。
「ダグラス…ですか?聞いたことありませんね」
そもそもコーネリアは20年も前に亡くなっている。
それに、そもそもこの世界では民間人には名字がない。
だから、コーネリアにもクラウスに表向き、名字はない。
「このアトリエの主人は誰だ?」
低い声でカナデに尋ねる。
カナデは察した。
ーーーこの男をクラウスに合わせてはならない、と…
「クラウスは現在作業中ですの。ご用件は私がお伺いしますわ」
淡々とカナデ。
「ドールごときが…」
ガツ!
鈍い音がした。男がカナデを蹴ったのだ。
小さな体が飛ばされて壁にぶつかる。
「おい!アトリエの主人よ、出てこい」
大きな声で男は言った。
そしてカナデの頭部を踏みつけた。
ぐりぐりと靴裏で床に押し付ける。
「出てこなければ、この人形がガラクタになるぞ!」
バタバタと階段を駆け下りる音がし、クラウスが降りてきた。
彼は男と、その足元で動かないカナデを一瞥し
「なんの用だ」
と普段からは考えられないくらい低い声で尋ねた。
男はクラウスを上から下まで観察すると、なるほどと笑い、彼に向かってカナデを蹴り寄越した。
クラウスは急いでカナデを抱き寄せる。
パーツがいくつか破損していそうだが直せそうだった。ほっとする。
「その髪、その目、確かにコーネリア様と同じだな。他はあの男によく似ているが…確かに貴様にも面影がある…クラウス…だな」
「母を…僕を…知っているのか?」
「『民間人』のお前に話すことなどない。確認はできた。充分だ。」
男は踵を返す。
そして、ドアノブを掴み振り返った。
「コーネリア様に伝えろ。継承の指輪と共に戻る様、侯爵様がお望みだ。3日後また来る」
男がでていった。
クラウスはそのドアをじっと睨んでいた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
コーネリア・ダグラスが魔法人形職人であるライエルと出会ったのは偶然だった。
家を抜け出し街を歩いていた時に、人混みに飲まれ、コーネリアの相棒のであるアリスが調子を崩した。
それをたまたま通りがかったライエルが応急処置し、知り合った。
あれの工房を知るとコーネリアは暇を作っては通った。
彼の隣で夢だったドールの衣装をデザインし、服飾をする。
楽しいひと時だった。
そのうちに、コーネリアはライエルを愛する様になり、彼もそれを受け入れた。
気づいた時には彼女の腹には命が宿っていた。
侯爵は激怒し、彼女を屋敷に閉じ込めた。
彼にとってコーネリアは目に入れても痛くないほど可愛く、彼女の弟を差し置いて、後継の指輪を授けたほどだった。
……時が経ち、コーネリアが男児を産み落とすと、侯爵は経緯はどうであれ初孫を喜んだ。
安泰だと思って油断したのだろう。
男児ーークラウスが4歳の時、コーネリアは出奔した。裏でライエルが手引きしたのだろうと侯爵は考えるがわからない。
とにかく、彼女は忽然と姿を消した。
ライエルの工房ももぬけの殻だった。
3人がたどり着いたのは王都から離れた街だった。だが、逃げ延びたところでなんの当てもない。
そんな一家を迎え入れたのが、のちにロッタの両親となるエルザとミッシェルだった。
「あら大変」
というが、2人は特に事情を訊かず、食事を与え、持っていたアトリエを彼らの家として提供した。
「困ってる時はお互い様よ」
エルザはそう言ってコーネリアを抱きしめ、クラウスを我が子の様に可愛がった。
コーネリアとエルザは仲の良い姉妹の様だったとミッシェルはのちに語る。
やがてエルザが女児ーーロッタを産むと、コーネリアとクラウスはますます一家から離れなくなった。
「クラウスをよろしくね」
小さなロッタにコーネリアはよく言っていた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ロッタは悩んでいた。
クラウスから送られてきたワンピースをいつ着るか。
一着なら着てもいい…と言ったのは自分だ。
だが、いつ、どんな顔をしていけばいいかわからない。
クラウスもクラウスだ。
アトリエでいつものノリで「はい、これ着て」と私できたら、その場で着替えて見せて終わりだったのに、しっかりとラッピングしてプレゼントとして持ってきた。
「ああああっ!!」
叫ぶ。
その上、最近変な夢を見るのだ。記憶だろうか?
小さな子供が遊んでいる。少年と女児。
女児は自分…な様な気がした。
「大きくなったら僕のーーーになってくれる?」
「ーーー?」
言葉はところどころわからない。
「僕だけのお姫様」
伝わらなかったのか少年が言いなおす。
「お姫様…なる!」
女児は少しだけ悩み、喜んだ。
「約束!」
2人は指切りをした。
「僕のお姫様、
僕が可愛いものいっぱいで飾ってあげるから」
この前、クラウスに『僕だけのお姫様』なんて言われたから、こんな夢を見たのか…わからない。
ただ、最近の悩みのど真ん中にクラウスがいるのはたしかだった。
「ああああっ!!」
早く済ます!
彼女はガタリと立ち上がり、部屋でワンピースにきがえるのだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
約束の3日は訪れなかった。その前にクラウスと歳の変わらない青年が現れたのだ。
足元には騎士の様な姿のドールがいる。
青年は「お前がクラウスか?」と尋ねた。
「だったら?」
「俺も覚えていないが、お前の従兄弟のオスカー・ダグラスだ」
青年ーーオスカーは名乗る。
「申し訳ないが、仕事が立て込んでいてね、新規の仕事は受けていないんだ」
営業スマイルを向けるクラウスに「誰が仕事の話だ!」とオスカー。短気らしい。
「話はわかっているんだろう?」
言われてクラウスの目が鋭くなった。
「こないだのやつはお前の差金か」
カナデが傷ついたことを忘れてはいない。
ドールなのでパーツを組み換えれば直るが、そういう問題じゃない。
「いや、お祖父様の手の者だろうな」とオスカー。
彼は一歩クラウスに歩み寄る。
「コーネリア伯母様の持つ継承の指輪を寄越せ」
「母は亡くなっている」
「そうか…」とオスカー。
彼はさらに距離を詰めた。
「ならば貴様が持っているだろう!寄越せ」
そして手を伸ばす。
「継承の指輪ってなんだ?」
クラウスが尋ねる。
「伯母様にお祖父様が授けた爵位継承者の証だ」
「そんなものは知らない!」
そもそも聞いたこともない。が、オスカーは信じない。
「ならば思い出してもらう」
彼がいうと、ずっと大人しくしていた騎士のドールが動いた。
クラウスの腹部に当身を喰らわせると、彼の身体がぐらりと傾いた。
「いくぞ、サフィー」




