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始まる物語

翌日、早朝からロッタはクラウスのアトリエの扉を叩いた。

「あら、おはようございます」

出てきたのはカナデ。

「クラウスならまだ休んでますわ」

奥へどうぞと小さな体で促す。

ロッタはキョロキョロと辺りを見渡しながら奥へと進む。

「クラウスのアトリエに入るの久しぶりだわー」

アトリエができた当時に遊びにきて以来だろうか。自分の店側にはできてからは初めてかもしれない。

「今、お茶を淹れますわね」

カナデはそう言うとキッチンへと向かった。

「ねえ」とアリスが声をかける。

「なあに?」

「早く行きたいなら、起こしてきたら?」

言われてなるほどと、手を打つ。

「クラウスなら2階ですわ。ロッタなら入っても怒らないと思うの」

先に茶菓子を用意したカナデ。

「はいはーい」と軽い返事をしてロッタは階段を上がった。二つの部屋。一つは作業場だろうか?鍵が閉まっている。

反対側の扉はノブが回った。

そっと開けると、ベッドに膨らみがある。

ロッタは歩み寄り「おはよう」と声をかけた。

反応はない。

布団を軽く叩いてみる。

「お、は、よ、う」

するとぬっと腕が伸びてきて、ロッタを捉えた。そしてそのまま引き摺り込まれる。

「ひぃっ!」

思わず声が上がった。

「……ロッタ?」

掠れたクラウスの声。彼はそんなわけないかと続け、夢だと結論づけたようだ。

彼は彼女を組み敷く。寝る時は半裸派なのだろう。無駄のない、引き締まった身体がロッタの眼前にある。

「ロッタ、好きだよ」

「……っ!」

ロッタの頬が赤く染まる。

そんなロッタの額に彼は唇を落とした。

「…ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

ロッタは悲鳴をあげた。悲鳴というより雄叫びだ。

予想していたのだろう。階下でアリスとカナデは耳栓をして優雅に紅茶を飲んでいる。

「寝ぼけんな!このすけべ!」

「え?ロッタ?」

悲鳴に…いや怒声に?目が覚めたのか、クラウスは戸惑いの声をあげた。

とっさにロッタを掴む腕の力を弱めると…

パシッ!

「…痛い」

彼は顔面を殴られた。

「おはよう、すけべ!早く服着てよ、変態!」

そしてロッタは彼の腕をすり抜け、階下に降りていった。


「…え?夢じゃ…ない?」

顔面の痺れるような痛みに、クラウスは思わず笑っていた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


ロッタはテーブルにうつ伏せていた。

その頭をカナデが撫でている。

アリスは見ないふりをしていた。

「ご馳走様、ロッタ」

身なりを整え降りてきたクラウス。

ロッタは彼を指差し「反省してないーーー!!」と泣き真似をする。

「クラウス、朝食はどうするの?」

尋ねたのはアリス。彼は「お茶だけでいいよ」と言い、自分で紅茶を入れた。

「食べなきゃ、馬車酔いするわよ」

少しだけ顔を上げてロッタ。

「心配してくれるのかい?」とクラウスはどこか嬉しそうだ。

「大丈夫、僕はロッタの唇だけで僕はお腹いっぱいだから」

「唇じゃないからーー!!!」

「「へー」」

ドールたちが2人を生温かい目でみている。

「ち、違うからね?キスしてないし!」

「おかわり、させてくれてもいいんだよ?」

「しないわーーー!!」


本日2度目のロッタの雄叫びが響き渡った。

カナデは、ご近所さんに騒音のお詫びの品を買ってくることを心に決めていた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


当初の予定よりだいぶ遅れて馬車に乗った。

「不安定だから、僕に寄りかかって?」

と言って、クラウスはそっとロッタの腰を引き寄せる。

「ちょっ、そんなに寄ったらアリスとカナデが潰れちゃう!」

ロッタとクラウスの膝の上のドールたちがコツンとぶつかった。

「大丈夫、僕はそんなにやわな素材じゃないから」

「私もですわ」

「ほら、2人もこう言ってるし」

「わかった、わかったから腰撫でないで、変態!」

乗り合わせた他の客が「仲良いね」と笑い、ロッタは真っ赤になって俯き、早く着いて…と心の中で強く願うのだった。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


隣街は首都も近いこともあり賑わっていた。

「ロッタ、はぐれないように手を繋がないかい?」

「カナデと繋いであげて」

私の手はアリスで塞がってますぅーと言おうとすると、「私は大丈夫ですわ」と返される。

アリスも「僕も大丈夫」というが、人混みではぐれてしまったら、幼児ほどの背丈しかない小さなドールと合流することは難しい。

「残念」とクラウス。


そのままお目当ての機物問屋に向かった。

色とりどりの生地、レース、宝石のようなボタン、シルクの糸にロッタの目が輝く。

「想像以上だ…」とクラウスも感嘆の息を漏らした。

「ねえ、アリス!この生地、アリスに合いそうじゃない?」

ロッタが言うと、

「この記事でドレスを作ったらロッタに合いそうじゃない?」

すかさず負けじとクラウス。

「クラウス、仕事道具を仕入れてくださいまし」

と珍しくカナデがつっこんだ。

「少しくらいいいじゃないか。それに僕の原動力なんだ」

と言うが、カナデは白い目を向けて無視する。

2人は持ちきれないほどの記事や糸などを購入すると配送手続きを済ませた。


店を出ると「流石におなかすいたかな」とクラウスが言うので、近くの店に入る。

テラス席に案内され、パスタとサラダのセットをドールたちの分も含めて4つ頼むと、ロッタをじっとクラウスが見つめていた。

「やっとデートらしくなったね」

「ほんとにデートのつもりだったんだ…」

ハハっと笑うロッタ。

「保護者付きだけどね」

「口を挟んじゃいけませんわ、アリス」

クラウスはドールを無視して、テーブルの下でロッタの手を取った。

突然のことにロッタはどきりとする。

「この後はどうする?せっかくだし観光しよう」

「観光…」

「ああ、どこでもいいよ、好きなところを見に行こう」とクラウスは微笑む。

「じゃあね…」

「お待たせいたしました、本日のパスタセットでございます」

タイミングよく食事が運ばれ、彼は渋々ロッタの手を離した。

「食べてから考えようか?」

「そ、そうだね」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


食事の後、4人はまた商店街に戻ってきていた。

結局のところ、ロッタもクラウスもドールテイラーという仕事の虜なのだ。

あの記事が可愛い、あのデザインが良い!などと話しながら歩く。

「あんな感じでいいなら、僕がいくらでも作るよ?」

「え?嫌」

即答。

クラウスはムッとして彼女の腕を掴んだ。

「なんで君は僕の作品をそこまで拒絶するの?」

「え…」とロッタは立ち止まる。

「既製品の服は着るのに、僕が送ると言っても拒否するのはなぜ?」

「それは…」

ロッタが口籠る。足元でカナデが

「こんなところでおよしなさい」と言っているが、クラウスには聞こえていなかった。

「……」

「…言って。聞くから。」

「……悔しいじゃない」とロッタ。

「は?」とクラウスは一瞬、間の抜けた顔になった。

「だって、あんた、いつだって私の上行くじゃない…ドールテイラーとしても…」

コンテストで連敗続き、彼女の視界に入りたくての彼の行動が、まさかの負けず嫌いに火をつけていた。

「あんたの服、着たら、負け、みたいで…」

「そんなこと…」

「負けなの!私にとっては!」

そんなロッタのスカートをぎゅっとアリスが掴み、カナデが励ますようにクラウスのそばに立つ。

「先…帰る…」

ロッタが駆け出す。一瞬よろけてアリスもついていった。

「……追わなくて、よろしいんですの?」

尋ねるカナデに彼は首を振った。

「どうしたらいいかわからない」と…


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


そんな彼らが目立たないわけがなく、たまたまそれを見かけた人の中に、首都から来た男がいた。

女性に振られ…たのか?1人と1体で立ち尽くす青年ーークラウスの髪と顔に、男は妙な懐かしさを覚えた。

「……もしや」

彼は呟くと、踵を返し、部下たちに命じた。

あの青年を調べるように…と。


 

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