表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を断罪するはずの王子が、なぜか毎日おやつを差し入れてくる〜断罪イベントまで毎日甘やかされるのは聞いてません〜  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/15

第1話 断罪される予定の私に、今日もおやつが届く

 断罪まで、あと三十六日。


 その事実を思い出すたび、胃がきゅっと縮む。

 公爵令嬢としての優雅さ? 今日は家出した。たぶん二度と帰ってこない。


 私は机に広げた紙束――「破滅回避メモ」を睨みつけた。


【破滅回避計画(暫定)】

・王子と目を合わせない

・ヒロインに絡まない

・陰口を言わない(最重要)

・廊下で転ばない(イベント発生率高)

・階段付近を歩かない(同上)

・お茶会に参加しない(噂が増える)

・転ばない(転ぶな)

・転 ぶ な


 最後、もはや呪文だ。

 でもこの学園、何かが「起きる」前提で世界が回っている気がする。気がするじゃない、回ってる。


 私は前世の記憶を持っている。

 そしてここは、乙女ゲームっぽい世界の中――らしい。

 私は悪役令嬢、公爵令嬢リリア・エヴァンス。


 幸い、まだ大きな失点はしていない。

 ヒロインに意地悪なんてしてないし、王子にも噛みついてない。

 むしろ、笑顔で距離を取っている。すごい。褒めてほしい。胃が。


 なのに。


 コン、コン。


「リリア様……失礼します……」


 扉の向こうから覗いたのは、取り巻き――だったはずの同級生、マリアンヌ。

 彼女はなぜか、終末を告げる使者みたいな顔をしている。

 そして両手には、上品な木箱。


 嫌な予感が喉の奥で鳴った。


「どうしたの、マリアンヌ。まさか……階段が増えた?」

「増えません……! 学園は迷宮じゃありません……!」


 ならよかった。よくない。

 マリアンヌは木箱を机の上に置き、視線を逸らしながら言う。


「……差し入れです」

「誰から」

「第一王子殿下から……」


 私は静かに、椅子の背もたれに頭を預けた。

 天井が遠い。人生も遠い。


 第一王子レオン・ヴァルディス。

 私の婚約者。未来の断罪執行者。

 そして最近、私に向かって「毎日おやつを差し入れてくる男」。


 何がどうしてそうなるの。


 私は木箱を見下ろした。

 飴色の木肌に、薄い金の箔押し。深い青のリボン。丁寧な結び目。

 品が良すぎて逆に怖い。罠の匂いが上品。


「今日は……何」

「焼き菓子、だそうです。殿下が“午後の分”と……」

「午後の分……?」


 午後の分って何。

 午前の分もあるの? 私は時間割? 私は菓子受け係?


 恐る恐る蓋を開けると、ふわりと香ばしい匂いが立った。

 小ぶりのマドレーヌ、フィナンシェ、紅茶の香りのクッキー。

 見た目も完璧、焼き色も完璧、そして何より――


 全部、私の好みど真ん中だった。


「……こわ」

「リリア様、声が漏れてます……」

「だってこわいよ! なんで知ってるの、私の好みを! 私、言ったことある!?」

「えっと……以前、食堂で『紅茶の香りのするクッキー、好き』と……」

「私の口は軽いの!? 私の口は!!!!」


 悪役令嬢が好みを漏らしただけで、王子が毎日餌付けに来る世界線。

 そんな分岐、ゲームにありましたっけ。


 そのとき。


 ガチャ。


 ノックもなく扉が開いた。


「いる?」


 軽い。軽すぎる。

 振り向いた先にいたのは――噂の本人。


 第一王子レオン・ヴァルディスは、制服姿でも異様に絵になる。

 整った顔、金の髪、涼しい瞳。

 近くにいるだけで空気が「王子」になる。ずるい。


「殿下、どうしてここに……」

「君が逃げるから」


 責められた。

 私は逃げている。断罪から。フラグから。主にあなたから。


 殿下は机の上の木箱を見て、満足そうに頷く。


「届いたね。今日は軽めにした」

「軽めの基準がおかしいです。毎日なんですけど」

「毎日じゃないと忘れるだろ」


 何を。

 私の破滅予定? 忘れたくないんですけど?


 殿下は当然のように机の端に腰掛けた。

 距離。距離という概念。どこ。

 私は反射的に椅子を少し引く。

 殿下も同じぶんだけ身を乗り出してくる。


 縮まる。縮まる! 縮まらないで!


「殿下……差し入れは……」

「嫌?」


 その一言が、妙に真剣で、私は詰まった。

 嫌と言えない。おやつは好きだ。悔しいくらい好きだ。


「……お菓子は、好きです。でも、その……」

「じゃあ問題ないね」


 私の「その……」を回収して捨てないで!


 殿下は木箱からクッキーを一枚取り、すっと私の口元に差し出した。


「はい」

「えっ」

「口、開けて」


 空気が止まった。

 マリアンヌが「ひっ」と小さく息を呑んだ。

 私は固まったまま、殿下の手とクッキーを交互に見た。


 これ、ラブコメでよくあるやつだ。

 よくあるけど、実際にやられると羞恥が刺さる。心臓に。


「む、無理です! 自分で食べられます!」

「そう。じゃあ自分で食べて」


 言い方が優しいのに、撤退を許さない感じがする。

 私は勢いでクッキーを奪うように受け取り、口に入れた。


 サクッ。

 紅茶の香りがふわっと広がる。

 美味しい。最悪。美味しいのが最悪。


 殿下は私の顔を見て、目を細めた。


「……かわいい」

「今、なんて」

「顔」


 顔。

 クッキー食べてる顔がかわいい?

 私は小動物じゃない。公爵令嬢だ。小動物じゃない!(二回目)


「殿下、私をからかってます?」

「からかってない。観察してる」

「もっと怖い単語を選ばないでください!」


 殿下が小さく笑った、その瞬間。


 廊下から複数の足音。

 そして女の子たちの楽しげな声。


「リリア様ー!」

「今、いるー?」


 私は青ざめた。


「殿下、誰か来ます! 隠れてください!」

「どうして?」

「どうしてって……!」


 説明が難しい。

 婚約者が部屋にいるのは本来問題じゃない。

 なのにこの学園では、問題が「面白い方向」に育つ。育てるな。


 扉が開き、令嬢たちが顔を覗かせた。

 中心にいたのは、学園の特待生――平民出身の少女、セシリア。

 いわゆる「ヒロイン枠」っぽい子だ。


 セシリアは私を見るなり、ぱっと笑顔になった。


「リリア様! 今日も殿下の差し入れ、届きました?」

「……届いたよ」

「わぁ、やっぱり! すごいですよね、毎日ですよ!?」

「王子殿下、ほんとにリリア様が好きなんですね~!」


 好き。

 その単語が飛んできた瞬間、私は変な声が出そうになって飲み込んだ。


 隣の殿下は平然としている。

 平然としないでほしい。照れるとか否定するとか、そういう社会性を。


 令嬢たちの視線が、私と殿下を行ったり来たりする。

 頬を押さえたり、手を握り合ったり、なぜか祈ったりしている。

 やめて。祝福みたいな空気を作らないで。


 セシリアは木箱のリボンを見て、目を輝かせた。


「今日のリボン、深い青ですね! これって“独占”の色じゃなかったでしたっけ?」

「独占って何の独占!?」

「学園の噂です。贈り物のリボンの色で気持ちが分かるって」


 いつ、誰が、何の目的で編み出した文化なの。

 私は噂文化に断罪したい。


 殿下が涼しい顔で言った。


「噂って便利だね」

「便利じゃないです……!」


 令嬢たちが「きゃー!」と小さく悲鳴を上げる。

 セシリアが「今のも甘い」とでも言いたげに頷いた。

 味方がいない。胃薬だけが味方だ。


 ……胃薬。

 そうだ、胃薬。

 私は絶対にこの学園に胃薬を常備させる。公爵家の権力で。


 そのとき、セシリアがふと真面目な顔をした。


「でも、リリア様。殿下って、断罪イベントの準備、進めてるって聞きましたよ?」


 空気がぴしっと張った。

 断罪。

 来る。やっぱり来る。甘い差し入れで油断させて、最後に――!


 私は殿下を見た。

 殿下も私を見返した。


「準備はしてるよ」


 心臓が、ひゅっと縮む。


「……やっぱり」

「君を守るために」


 ……はい?


 私の脳が停止した。

 令嬢たちの悲鳴が一段階上がった。

 セシリアが胸の前で手を組み、なぜか神に感謝する顔をした。


「殿下、今のは口説きですね」

「口説きだよ」


 認めた!!!?


 私は頭を抱えた。

 破滅回避計画が、砂糖の海に沈んでいく音がした。


 殿下は私の机の上のメモをちらりと見て、声を落とす。


「リリア。君、何か勘違いしてない?」

「してません! してるのは殿下です!」

「僕は毎日、君に会いに来てるだけだよ」

「それが問題です!」


 殿下は楽しそうに笑い、木箱を軽く叩いた。


「明日は、君が好きそうなチョコを用意する」

「聞いてない! 拒否権ください!」

「拒否は受け付けない」

「独裁!? 王子って独裁!?!?」


 令嬢たちがまた盛り上がる。

 セシリアまで「尊い……」と呟いている。誰が何の尊さを。


 私は悟った。


 破滅フラグより怖いものが、この学園にはある。

 ――距離感が壊れている王子の、毎日のおやつ。


 断罪まで、あと三十六日。

 私の理性がもつのは、果たして何日だろう。


 たぶん、チョコが来たら終わる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ