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【短編小説】ネガティブ明鏡止水プロンプト

掲載日:2025/12/21

 電車は良い。

 電車は決まった時刻に発着する。自動車とかオートバイみたいに、いい加減で曖昧じゃない。

 電車の発着を乱す駆け込み乗車とかは歴然とした悪だ。道路みたいに、それぞれの事情なんてものは関係がない。


 俺は、その完全な電車に揺られている。

 通勤か退勤か、今日が休みかなんてのはどうでもいいことだ。電車の発着に関係が無い。つまり、俺は悪じゃない。

 そして俺は電車に揺られながら、ずっと考えている。けれど、たどり着く結論はいつも同じだった。

 俺は間違っていないし、あいつらはクソ。

 学芸会みたいな芝居をやるあいつらの仲間の、あの女だって、俺が振ったのだ。

 断ってやる!


 別に俺は負けた訳じゃない。あいつらから仲間外れにされた訳じゃない。

「俺から縁を切ってやったんだ!」

 ウハハ!スカッと爽やかな笑い!

 あんな奴らとは仲良くできない。小説家だか劇作家だかを気取った連中だったし、鼻につく不愉快な存在だった。

「おれたちと遊ぶなら、少しくらい本を読んだ方がいいよ」

 ウハハ!真似をしてみて、また笑う。


 読書なんて嫌いなんだよ。俺に本なんか読ませやがって。お前らは俺が薦める戦隊ヒーローを少しも取り合わない癖に!

 だけど、太宰治は少しだけ俺に似ていたな。ちょっぴり、ほんの少しだけど。

 でも本は嫌いだ。

 小学生の頃に無理やり読まされた読書の時間を思い出す!ハラスメント!


 俺はあんな連中とは違う。

 俺にはそれがよくわかっている。奴らみたいな社会不適合者たちには分からないだろうけれど。

 俺の家系は有名な武士と繋がりがあるし、俺の勤務先は某大企業とも取引がある。あいつらみたいな中小企業とは違う。

「何が取締役だ!役職なんてなんの意味もない!」

 ウハハ!グフフ!言ってやったぞ!お前らみたいな推測給与手渡し企業勤めとは違うんだよ!


 奴らが吐き出した、俺を否定する数々の言葉は、きっと奴らが自分のコンプレックスを発露したに過ぎない。

 何故なら、それは俺に当てはまったりしないからだ。

 俺は十全に正しい。奴らこそ悪だ。電車を遅らせる駆け込み乗車だ。閉まりかけのドアに傘や本を挟んで開かせるクソだ。

 そしてそれをブンガクとか芝居とか、太宰とか三島とか言って戯れているクソだ。

 社会のゴミでお荷物だ。


 俺はあいつらと違う。

 何故なら俺は正しいからだ。


 カーブにさしかかった電車が大きく揺れる。レールと車輪が悲鳴をあげる。車輌がギシギシとうめく。

 とっさに捕まった手すりは誰かの手脂で厭な粘りを持ち、うっすら鈍く光っていた。



 このつり革を、俺の前に使っていたのは誰か知らないが、どうせ大したことの無い人間だろう。

 まるであいつらみたいに!少なくとも俺より正しい存在なんて事はありえない。

 俺は正義だ。


 つり革から視線を下げた窓ガラスに自分が映りそうだったので、慌てて視線を下ろした。

 すると目の前の座席にいる女が見えた。

 その女はおしゃぶりを咥えていた。

 しかし幼女では無かった。そして少し不健康に細く白かったが、けっして病的では無かった。

 細い眉と耳に複数のピアスを開けていたが、それらは華美には見えなかった。

 黒縁の眼鏡に届きそうな金色の前髪は細過ぎず、しかし乾いて広がったりしていなかった。


 俺は女を見ていた。

 この女もクソなのか?あいつらみたいにクソなのか?

 俺は清楚な女が好きだ。黒髪ロングで、煙草を吸わない酒も飲まない、ギャンブルなんて当然にやらない、ピアスもタトゥーもない女!


 目の前にいる女は俺の目を見ているように思えた。セクシービームを出してるのか?

 残念だな!俺にその気はない!

 女は俺の視線に気づくと、俺と目線をあわせたままでゆっくりとおしゃぶりを外した。

 そのおしゃぶりは単なるおしゃぶりではなく、内側がきらきらと光る陰茎になっていた。

 そのきらきら光る陰茎は女の唾液でぬめり輝いていた。


 汚く見えなかった。

 俺はその陰茎が自分の怒張であるような錯覚に陥った。

 だがその陰茎は俺の怒張ではない。

 しかし俺はその光る陰茎と自分の怒張をシンクロさせたまま立ち尽くしていた。



 それはまるであいつらの語るブンガクや芝居の悪夢の様だった。

 いや、俺は奴らとは違う!

 明鏡止水の心もちでつり革を握り締めた。

 女は俺と目を合わせたまま、長い舌を出すと、再びおしゃぶりを咥えた。

 俺は自分の怒張がますます膨張していくような気がした。これ以上は立っていられないかも知れない。


 女が張り型おしゃぶりを噛み千切った。

 よって、俺の怒張は断絶した。切断されたのだ!女の歯によって!

 そしてその瞬間に俺の怒張は女の咥える陰茎と一体化した。

 俺から怒張が離れた瞬間こそが完成、天国の瞬間だった。


 俺はあふれ出す体液に飲まれながら復讐を果たした。

 そう、俺は奴らとは違う。

 この先にこそある美しさに到達するのだ。

 奴らとは違う方法で、奴らには到達できない高みに。

 俺の愛に怒張は要らない!


 電車は止まっている。

 女は静止している。

 俺に一切の動揺は無いし後悔も無い。何故なら俺は十全に正しいからだ。

 俺は行くよ、間違った世界を正に行くんだ。

 電車は動かない。

 女も動かない。

 それは明鏡止水だからさ。

 俺には要らないんだ。肉欲なんて悪夢は醜いだけだからね。

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