見える人(眷属視点)
朝日が眩しくて、僕は目を覚ました。
すぐに、あいつの声が響く。
「おはよう! どうした? そんな顔して」
僕はうなだれながら、昨夜の夢ではなかったことを再確認するような気分になった。あの痛み──黒い渦と白い光が無理やり絡みつき、魂が引き裂かれるような感覚……全部、現実だ。
心の奥で、何かが少しずつ変わり始めている気がした。尖った苛立ちと、穏やかな温かさが、混ざり合おうとしている。
「ねぇ、離れる気ないの?」
修復者の声が、いつものように笑いながら返す。
「魂一緒にされてんのに、離れられるわけねえだろ?」
でも、その声の端に、ほんの少しだけ柔らかい響きが混じっていたような……気のせいか。
僕は急いで服に着替え、狩りの準備を始める。父と母が先に朝食の支度をしているのがわかる。母の声が台所から聞こえてきた。
「ちょっと待って! あと少しだから」
慌てて食卓に着くと、パンと温かいスープが置かれていた。
突然、修復者の声が急かす。
「はやく食え! はやく!」
僕はスープを口に運ぶ……美味しい。母の手作りはいつも優しい味がする。
「やっぱたまんねえ! もっと食えよ!」
これ以上は無理だ……。父と母に声は聞こえないから、心の中で制する。
そいつは、少し大人しくなった。でも、今度は別の感覚が胸に広がった。食べ物の温かさが、魂の奥まで染み込んでいくような……優しい光が、黒い苛立ちを包み込むような。
「どうしたの? 顔色悪いわよ」
母に心配され、僕は咄嗟に答える。
「ううん……大丈夫。少し眠いだけ」
父が僕の頭を撫でながら、額に手を当てる。
「熱があるな。薬師に診てもらおう」
教会近くの小屋に連れていかれ、薬師の診察を受ける。薬草の匂いが部屋に満ちていた。
……だが、薬師の隣に悪魔がいた。影のように揺らぐ黒い体躯、鋭い爪を伸ばした異形の姿。
僕は青ざめた。
薬師は体を診ながら薬草を煎じている。悪魔は爪を伸ばし、僕を掴もうとする。
その瞬間、修復者の声が爆発した。
「めんどくせえ! その手どけねえなら、食い殺すぞ!」
次の瞬間、僕の目の前に純白の狼が現れた。美しい白い毛並み、だがどこか異質な光を放つ存在。守るように僕の前に立ち、牙をむき出しにする。
悪魔は一瞬怯み、すぐに姿を隠した。
「ふむ……美味しそうだったんだけどな。そこの医者はグルか?」
薬師は震えながら、狼を凝視していた。
「はい……これが薬です。それと、聞きたいことがありますが」
狼は体を大きくし、僕を完全に隠すように立つ。
薬師が呟く。
「悪魔でもない……神獣ですらもない。神とも言えない存在に護られている。君は、そいつを知っているのかい?」
僕は心の中で制した。
「やめて……その人、何もしてないでしょ」
狼は少し後退したが、警戒を解かない。
修復者の声が苛立たしげに響く。
「俺の存在なんか、どうでもいいんだよ!」
でも、その声の奥に、ほんの少しだけ──守りたいという想いが混じっていたような気がした。
狼は小さくなり、僕の体の中に溶け込むように消えた。
魂の奥で、黒い渦と白い光が、また少しだけ近づいた気がした。
薬師は驚きと興味を隠さず、言った。
「ふむ……調べる価値があるようだ。定期的にここに通ってきてくれ」
僕は、この謎の存在を知るため、医者に協力することを決めた。
家に帰り、薬を飲んでベッドに横になる。
──あの赤髪の悪魔が来た時、静かに、でも確実に周りが変化を始めていた。




