心の声の正体(眷属視点)
「起きろ! 起きろ!」
僕は悪夢から目覚めた。誰だ……? あの一体何の声なのか、さっぱりわからない。
僕の家は、村の外れにある古い猟師の家系だ。代々この深い森と共にある一族で、父親は村で一番の腕利き猟師だった。幼い頃から、父は僕を森へ連れていき、狩りのすべてを叩き込んだ。
弓の引き方、矢の番え方、罠の仕掛け方。動物の足跡の見分け方、風向きを読んで獲物を追う術、匂いで獣の種類を判別する方法、折れた枝や踏みしめられた草から通り過ぎた時間を推測する術──。
「匂いが残ってる。鹿だな」
「この枝の折れ方……熊が通った証拠だ」
「あのままじゃ獲物が逃げるぞ。もっと息を殺せ」
父の教えは厳しかったが、それが僕の日常だった。母は優しくて、狩りの帰りに獲物を捌く手伝いをしながら、いつも微笑んで言った。
「お前は神様からの大切な贈り物よ」
でも最近、いつも心の奥で別の声が響くようになった。
「あのままじゃ……獲物が逃げるぞ」
まただ。父の教えと同じような言葉なのに、明らかに違う。苛立ちを抑えきれず、僕は思わず話しかける。
「君は、一体誰なんだ?」
そいつは、くすくすと笑った。
「忘れたのか? まあ、そうだよな。転生したら記憶なんて失うもんだ」
転生? 何を言ってるんだ。両親はいつも言っていた。僕は神様からの贈り物だって。
「違うよ。僕は神様からの贈り物だって、両親が教えてくれた」
そいつは、鼻で笑うように返した。
「いや? 俺とお前は、魂を無理やり一つにされたんだ。■■様が──あれ? なんであの方の名前が言えないんだ?」
心の中の存在が、急に慌てた様子で呟く。
「なんで言えないんだ?」
そいつは明らかに困惑していた。
「困ったな……。まあいい、とりあえず俺はお前の魂の中にいる。危ない時はちゃんと教えてやるさ」
僕は戸惑いを隠せなかった。きっとこれは幻聴だ。そう自分に言い聞かせ、いつものように教会へ行き、祈りを捧げる。この得体の知れない化け物を、どうか消えてくれと願いながら。
「きっとお前は、目覚めたらまた逃げるんだろうな」
日に日に、そいつの声ははっきり聞こえるようになっていった。
「少しは黙ってくれないか……うるさくてしょうがない」
そいつがまた笑っているその時、突然、別の声が響いた。
「お久しぶりです……■■様の眷属と修復者。お元気で何よりです」
僕は見た。教会で言う“悪魔”そのものだった。赤い髪、目に白い包帯を巻いた、異様な姿の男。
「よお、久しぶりだな! だがこいつは記憶を完全に失ってる。話しても無駄だぜ。あんたのことなんか、ただの悪魔としか思ってねえよ」
包帯の男は、困ったような顔をした。
「強制的に目覚めさせるしかありませんね……修復者。これから起こることを、あなたに伝えます」
二人は、僕には理解できない言語で会話を始めた。僕はただ、混乱するしかなかった。
「あんた、正気か? まだガキだぜ?」
その言葉で、なんとなく悟った。もしかしたら、これから僕は何かを強制されて……下手したら、殺されるのかもしれない。
「お二人さん、これから頑張ってくださいね」
僕は咄嗟に叫んだ。
「待って! 僕はまだ何も聞いてない!」
だが、包帯の男は静かに教会から去っていった。
心の中のそいつが、楽しげに笑いながら言った。
「安心しろよ。俺がいるからな」
僕は怖くて、布団に潜り込んだ。眠れない。でも、はっきりわかる。
──きっと、これからろくでもないことが起こる。




