反省(修復者視点)
俺は、年を取っていた。今ではお客さんと世間話をする余裕も生まれ、老夫婦が亡くなった後、自然とお店を継ぐことになった。
一人で、ほっそりと暮らしていた。
ある日、常連の一人が小声で話しかけてきた。
「店主……聞いたか? 反乱の話を」
最近の情勢が悪いのは知っていた。盲目や女神から、時折耳に入ってくるからだ。
「そうだな……聞いてる。でも、ここでそんな話はしない方が身のためだ」
ここ数ヶ月、人々が反乱の噂を口にすると、衛兵に連れていかれる。俺の客の中にも、何人か姿を消した者がいた。
「悪いな、店主。とりあえず徴兵が来るらしいから、逃げるなら今のうちだぜ」
会計を済ませて、彼は去っていった。
材料を買いに出かける。市場は人で溢れ、ざわついていた。
「パン屋の店主! 良い小麦粉が入ったぞ。見てくれよ」
俺は袋を開け、手で触って確かめる。
「確かに……香りも質感も申し分ない。いくらだ?」
商人と値切り、5袋を買って店に戻す。
そんな日常の買い出しを終え、明日の下準備をしていると、盲目が現れた。
「お久しぶりですね。だいぶ顔立ちも変わりましたね」
俺はため息をつきながら、
「はぁ……人間の世界は生きにくいよ。でも、なんか考えさせられるな」
盲目は静かに微笑み、手紙を差し出した。
「原初様からのお手紙ですよ。早く帰還してこい、と。天の主が何かを始めるらしいので、作戦会議だそうです」
内心、喜びが湧いた。でも、ここで大切な人たちができてしまっていた。もう少し、寿命が近づくまで——
「俺は、まだ……死にたくねぇよ」
盲目は、目に巻いた包帯をゆっくり外し始めた。
「私はなぜ目を隠しているか、今ここで教えましょう」
その目を見た瞬間、俺の意識は一瞬で絶った。
体が崩れ落ち、痛みも後悔も、すべてが闇に飲み込まれた。
そう……あれは、死の魔眼だった。
盲目は包帯を巻き直しながら、静かに言った。
「恨むなら、私を恨みなさい。さあ、行きますよ」
霊体となった俺は、少しだけ恨みを抱きつつ、呟いた。
「貴方は、本当に唐突ですね……俺の意見を聞く前に、無視して」
盲目はくすりと笑う。
「しょうがないですよ。それに、私は貴方をいくらでも殺せる許可を原初様から取ってるんです。責任は取りますから」
その言葉で、初めて分かった。
原初と盲目は、狂っている。
「本体は……狂ってるよ」
盲目と共に書庫へ戻ると、本体——原初は俺を見て、穏やかに微笑んだ。
「君はやりすぎだ。反省部屋に行こうか」
俺は、反省部屋に閉じ込められた。
……まさか、俺は転生した相手たちの目線に立たされていた。
どれほど残酷なことをしてきたか、この身で思い知らされる。
部屋は暗く、冷たい。
過去の被害者たちの叫び声が、絶え間なく響く。
ナイフで刺された鋭い痛み。
魂を喰らわれた虚無の絶望。
家族を失った、引き裂かれるような悲しみ。
すべてが、俺の体に何度も流れ込んでくる。
死の痛みを味わい、
生き返るたびに、また味わう。
いつしか、狂気の笑みが漏れていた自分が、
涙を流していることに気づいた。
「早く……出たい……」
やがて、司令官が扉を開けてくれた。
「修復者……出ていいぞ。ゆうに10年(人間界で言う1000年)は越えてる」
もう、そんなに経ったのか。長いな。
「そうか……ということは、原初の眷属も帰ってきてるのか」
司令官は頷き、俺を支えてくれる。
「早く行くぞ。これからについて、話し合いがあるらしいから」
俺は、原初達が待つ部屋へ、足を踏み入れた。




