永遠の書斎
俺は街の外れであの時の男を見つけた。
形は変わり、皺と傷に覆われていたが、
溢れ出るエネルギーの波長だけは、
着陸の瞬間に触れたものと完全に一致していた。
時間は肉体を朽ちさせるが、
魂の残響だけは、永遠に同じ音を奏で続ける。
崩れた石の壁に背を預け、震えている男。
同じ顔、同じ目。
でも、あの子の、かつての「もう一つの存在」の面影なんてどこにも残っていない。
追い詰めると、男は地面に膝をついた。
「命だけは……頼む……!」
俺はゆっくりと首を振った。
危害を加えるつもりはない。
ただ、この世界のことを教えてほしい。
そして、俺が探している人がどこにいるのか。
男が何か答えようとした瞬間、
背後から別の存在たちが現れた。
彼らは、探していた「あの子」と同じ、純粋な光のエネルギーを放っていた。
人間たちが**「天使」と呼ぶ、高位の存在たち――「輝く者」**だった。
白い翼の残影、光の鎧、鉄の剣。
彼らは初めて出会う俺の姿を、驚きと警戒をもって見つめていた。
男は狂ったように輝く者たちに縋った。
震える指で俺を指さし、叫んだ。
「化け物だ! あいつが! あいつが俺を殺そうとしてる!」
違う。
違うんだ。
俺はただ——
次の瞬間、輝く者の一人が光の剣を振り下ろした。
彼らの「光」のエネルギーによる「認識」が、俺を世界の理に縫い留めた。
肩が裂け、血ではなく冷たい闇が零れた。
痛い。
なんでだ。
俺は何もしてない。
ただ話がしたかっただけなのに。
俺は必死に叫んだ。
「待ってくれ! 聞いてくれ! 俺は敵じゃない! その光は……あの子と同じだ!」
だが、誰も聞いてくれない。誰も、俺の言葉を信じてくれない。
涙が溢れた。
今、初めて、その涙は地面に小さな影を落とした。
俺はこの世界に、存在させられてしまったのだ。
そのとき、
輝く者たちの群れの中から一人が前に出た。
兜を外し、静かに俺を見下ろしている。
傷だらけの顔。疲れた、どこか悲しげな目。
そいつはゆっくりと、俺に手を差し出した。
俺は震えながらその手を掴んだ。
掠れた声で、覚えたばかりの言葉で言った。
「危害を加えるつもりはない……
俺は、探している人がいるんだ……
昔、俺が置いていった……
あの子を……
どうすれば……どうやったら、あの子に会える?」
輝く者のリーダーは、静かに首を振った。
そして、残酷なほど優しい声で告げた。
「知っている。あなたを呑み込んだ『箱』――我々が**『古き者』**の遺した『天の記録』と呼ぶもの――には、あなたの旅立ちと、彼女の最期までの全てが記録されている。
もう、いないよ。
君が探している人は、
とっくに君を待つことをやめてしまった。
この世界のどこにも、
いや、どの世界にも、もういない。」
俺は膝から崩れ落ちた。
宇宙船が遠くで静かに光っている。
帰る場所なんて、どこにもない。
輝く者のリーダーは続けた。
「だが、彼女の『記録』ならある。
――ただし、それを君に見せることは決してない。
我々は永遠に集め、永遠に封印する。それが定めだ。」
俺は顔を上げた。
「記録」……?
俺は、
最初から、
この世界に帰ってきちゃいけなかった。
会えない。
知ることも許されない。
それでも俺は、
永遠に探し続けるしかない。
俺は静かに尋ねた。
「どうすれば、あの子の元に行ける?」
俺はただ、それだけを聞いた。
輝く者たちは顔を見合わせ、
やがてリーダー格の男が口を開いた。
「……我々の光は有限だ。この記録システムは限界を迎えている。
だが、あなたは違う。あなたは**『原初の闇』**、無限の存在だ。
我々がやろうとしていること――全ての魂の記録と管理――に手を貸してくれ。
そうすれば、きっと、そこに抜け道がある。」
俺は頷いた。
何でもする。
あの子の泣き声が聞こえる場所なら、どこへでも。
彼らは俺を**「原初の存在」**と呼んだ。
理の外に置かれた、唯一の観測者。
無限の闇を持つからこそ、魂の記憶を正確に記録し、管理できる、と。
小さな書斎が与えられた。
そこに、死んだ人間たちの魂が次々と送られてくる。
俺は彼らの生前の記憶を書き写し、
その魂に相応しい「形」を与えた。
おぞましい姿の者たちは、
生前も破壊と憎悪に満ちていた。
美しい姿の者たちは、
誰かを守ろうとした優しさで輝いていた。
俺は彼らのために、二つの領域を作った。
光と安寧に満ちた場所。
闇と苦痛に満ちた場所。
だが、何度作り替えても結果は同じだった。
魂は自分で選ぶ。
自分で落ちていく。
俺が作った場所は、ただの鏡にすぎなかった。
ある夜、書斎の片隅で、
一つの魂が震えていた。
小さくて、儚くて、
でもどこか懐かしい光を放っていた。
俺は息を呑んだ。
まさか、
いや、まだ早い。
でも、確かに、あの子の欠片のような、
あの子の涙の匂いがした。
俺は震える手でその魂に触れた。
「……お前、まさか」
その瞬間、
書斎の外で輝く者の一人が叫んだ。
「原初の存在よ!
次の仕事だ!
今度は“生まれる前”の魂を管理してほしい!」
俺は顔を上げた。
まだ、終わらない。
旅は、まだ始まったばかりだ。
あの子の欠片を、
輪廻のどこかで、
掴まえられるはずだと、
そう信じて、
俺は狂ったように働いた。
でも、何万年経っても、
その魂は二度と現れなかった。
俺が作った記録システムは完璧だった。
だからこそ分かる。
彼女は最初から、
輪廻の外に逃げたんだ。
俺は永遠に、
空っぽの書斎で、
欠片すら残らない泣き声を、
追いかけ続けるだけだ。




