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共鳴者達  作者: 昼行燈
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第1話

投稿初めてです。

バトル系になるかも

朝の空気はまだひんやりとしていて、どこか寝ぼけ眼を覚まさせるような透明さがあった。森本祐一は制服のネクタイを片手でぐいっと直し、眠気を残したままアスファルトを踏みしめる。遠くで小鳥の声が重なり合い、パン屋の店先からは焼き立ての香りが漂ってきた。何の変哲もない、どこにでもある平凡な登校の朝。

 「……あー、腹減った」

 口に出してみても、返事をする人は誰もいない。カバンの中には母親が作ってくれた弁当が入っているが、それを開けるのは昼までお預けだ。時計をちらと見て、少し急がないと遅刻かもしれないと足を速める。


 だが、角を曲がったその瞬間。

 「おい、祐一」

 低い声に足を止めると、道の真ん中に数人の男子が立っていた。近所でも有名な不良グループで、朝から煙草の匂いをまとっている。彼らの真ん中で腕を組むのは、グループの取り巻きの一人。にやりと笑って歩み寄ってくる。

 「今日は気分いいんだよな。ちょっと遊んでけよ」

 祐一は深く息を吐いた。面倒くさい。けれど、通り抜けるわけにもいかない。制服のポケットに手を突っ込んだまま、不良が飛びかかってくる。


 気づけば拳が振り上げられていて、祐一はとっさに腕で受け止めた。鈍い音。次の瞬間、反射的に振るった自分の拳が相手の頬をかすめる。

 「……っ!」

 不良は呻き声をあげ、後ろに倒れ込んだ。驚きが走る。やれた、と思った瞬間——背後に影が差す。


 「お前が相手か、祐一」

 ぞくりと背筋を撫でる声。振り返れば、リーダー格の檜山綾二がそこに立っていた。肩を揺らしながら歩み寄るその姿に、周囲の空気が固まる。次の瞬間、鋭い拳が腹にめり込み、祐一の身体は前に折れた。息が詰まる。視界が白く霞んで、膝がアスファルトに触れた。


 「そこまでにしときなさい!」

 澄んだ声が割って入る。振り返れば、井上茉奈が駆け寄ってきていた。その隣には、長身の遠藤克己。言葉少なげに腕を組み、状況を見守っている。

 「朝からやめなよ、檜山くん。学校に遅れるでしょ」

 明るい口調だが、目は真剣そのものだった。檜山は舌打ちを一つ残し、取り巻きを連れて去っていく。


 「大丈夫?」

 祐一の前にしゃがみこんだ茉奈の顔が、朝日を受けて眩しい。彼女の笑顔に、痛みよりも安心が先に立った。

 「……大丈夫、大丈夫だよ」

 無理に笑ってみせると、隣で克己がわずかに頷いた。その表情は変わらず無口なままだが、不思議と支えられる気がした。


 こうして騒動は終わり、三人はいつも通り学校へと歩き出す。昨日と同じ道、同じ空、同じ会話。けれど祐一の胸の奥では、どこか針のようなざわめきが残り続けていた。

朝の小競り合いから、何事もなかったように始まった一時間目。黒板にチョークの音が乾いたリズムを刻む中、祐一はぼんやりとノートを埋めていた。

 そのとき、背中に鋭い痛みが走る。振り返ると檜山がにやりと笑っている。手には鉛筆削りで角ばった消しゴム。どうやら全力で投げつけてきたらしい。


 「……あの野郎」

 小声で呟き、祐一は反射的に拾い上げて投げ返した。狙いは見事に檜山の額に命中。小さな「ぱしっ」という音が教室に響く。

 が、その瞬間だけを教師が振り返っていた。

 「森本! 授業中になにをやっている!」

 「ち、違うんです、これは……!」

 必死に弁解するが聞き入れてもらえず、立たされる羽目になった。クラス中の笑い声が広がり、檜山は机に顔を伏せて肩を震わせている。笑いを堪えているのは明らかだった。


 昼休み。

 机に突っ伏していた祐一は、檜山に腕を掴まれて引きずり出された。

 「腹減ったろ? ちょっと買ってこいよ」

 定番のパシリ。克己が間に入ろうと一歩出る。

 「やめろ」

 低く短い声。だが祐一は彼を押し戻すように手を伸ばした。

 「いいんだ、克己。俺が行く」

 無理に笑って走り出す。けれど売店はすでに行列、やっと戻ったころには昼休みはほとんど終わっていた。


 「ご飯、食べられなかったでしょ」

 弁当箱を開いていた茉奈が、おかずをひょいと箸でつまみ、祐一の口元に差し出した。

 「……ありがと」

 恥ずかしさを隠すように顔をそらす。教室のざわめきの中、ふと小さな安心が胸に灯る。


 午後の授業は眠気とともに過ぎていった。窓の外にはゆっくりと陽が傾き、影が伸びる。終業のチャイムが鳴ると同時に、祐一は深く息を吐いた。今日も、なんとか一日を乗り切った。


 下校時刻。

 昇降口で靴を履き替えると、いつものように茉奈と克己が隣に立っていた。茉奈は軽やかに笑い、克己は無言で頷くだけ。それでも三人で並んで歩くと、不思議と心が落ち着く。

 「今日の先生、めちゃくちゃ怒ってたね」

 茉奈が笑いながら言う。

 「俺が悪いみたいにされてさ……ほんと、運ないわ」

 愚痴をこぼす祐一に、茉奈は「そういうところが祐一らしいんだよ」と笑い返す。克己は横目で見ながら、ほんの一瞬だけ口の端を上げた。


 夕焼けに染まる道を歩き、分かれ道が近づく。茉奈はそちらへ進み、手を振った。

 「じゃあ、また明日!」

 「うん、またな」

 何気ない一日の終わり。そう思った矢先——乾いた衝突音が街路に響いた。

乾いた衝突音は、祐一の鼓膜を震わせるよりも先に心臓を握り潰した。

 振り返ると、そこには信じたくない光景があった。茉奈がアスファルトに横たわり、鞄の中身がばらばらと道に散らばっている。赤いリボンがほどけ、髪が乱れているのに、彼女の表情だけは眠るように静かだった。


 「……茉奈……?」

 声にならない声が喉から漏れた。足がすくんで動かない。代わりに誰よりも早く駆け出したのは克己だった。彼の大きな身体が地面に膝をつき、すぐに茉奈を抱き起こす。呼吸を確かめ、意識を確認し、制服の胸元を押さえる。無表情のまま、しかし動作は驚くほど的確だった。


 「救急車! 誰か呼べ!」

 その怒鳴り声でようやく周囲の人間がざわめき始めた。スマートフォンを取り出す音、駆け寄る人の靴音、すべてが遠くで響いているように祐一には聞こえた。


 運転していた車は数メートル先の電柱に突っ込み、前方がぺしゃんこに潰れていた。運転席の男は動かず、ガラス越しに血が流れ落ちている。世界が一瞬にして壊れていた。

 祐一の脳裏に、弟の冷たい手の感触が甦る。あの日の川の水の匂い。沈んでいく背中を掴めなかった後悔。叫びたいのに声が出ない。足を前に出したいのに膝が震えるばかりだった。


 「祐一!」

 克己の低い声が飛ぶ。その一言でようやく身体が動き、祐一は茉奈のそばに駆け寄った。だが目に映る彼女の姿はあまりに脆く、触れることさえためらわれる。震える手が空中で止まる。

 「……ごめん……俺のせいだ……」

 呟きは誰にも届かない。克己が祐一の肩を押しやり、代わりに茉奈の呼吸を確認する。唇は青ざめているが、わずかに胸が上下していた。


 サイレンの音が遠くで響き始める。人々のざわめきに混じって、救急車が赤い光を揺らしながら近づいてきた。

 「大丈夫だ、まだ息がある」

 克己の声は落ち着いていたが、その横顔から汗が滴り落ちていた。


 救急隊員が駆けつけ、茉奈をストレッチャーに載せる。

 「同乗できますか?」

 問いかけに、祐一は口を開いたが声が出ない。喉が詰まって言葉にならなかった。代わりに克己が「こいつも乗せてやってください」と短く答える。


 サイレンが再び鳴り響く。祐一は座席に押し込まれ、ストレッチャーに横たわる茉奈を見つめた。白いシーツに覆われた小さな身体。顔色は青白いが、わずかにまぶたが震えているように見えた。

 「茉奈……」

 呼びかけても返事はない。震える声が車内に吸い込まれていく。


 克己は無言で茉奈の手を握り、その大きな体を小さく丸めていた。祐一はその横顔を見て、怒りをぶつけようとした。

 「どうしてお前はそんなに平然としていられるんだ」

 けれど次の瞬間、克己の頬を伝う一筋の涙に気づいた。彼は声を出さずに泣いていた。

 祐一の喉の奥で言葉が溶け、代わりに嗚咽が漏れた。


 赤い光が街を切り裂くように流れていく。救急車は夜へと走り、三人を非情な現実のただ中へと運んでいった。


救急車の赤い光が病院の玄関口を照らしたとき、祐一の時間感覚はすでにぼろぼろに崩れていた。担架に乗せられた茉奈が運び込まれ、彼はそれに縋るように足を動かすが、すぐに白衣の腕に制される。

 「ご家族以外は待合室でお待ちください」

 その一言が、まるで鉄格子のように祐一の胸を閉ざした。


 待合室のソファは硬く冷たい。隣に座る克己は一言も発さず、拳を膝に押し付けている。

 やがて、廊下の奥から駆け寄る足音が響いた。振り返ると、息を切らした茉奈の両親が現れた。その顔に浮かぶ恐怖と焦燥が、祐一の胸をさらに締め上げる。


 「茉奈は……!」

 母親が声を震わせる。そこに看護師が来て、「命は助かりました。ただし、脳に強い衝撃を受けており、昏睡状態にあります」と告げた。


 父親が深く椅子に腰を落とし、頭を抱え込む。母親は一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに静かな微笑を浮かべ、祐一の前に膝をついた。

 「大丈夫よ、祐一くん。茉奈は必ず目を覚ますわ」

 その声音はあまりに落ち着いていて、まるで嵐の中心にいるようだった。


 しかし祐一は、その言葉を受け止められなかった。頭を地面に擦りつけるようにして声を絞り出す。

 「……ごめんなさい。僕が、僕が悪かったんです」

 喉が裂けるほど叫んでも、誰もその罪を否定してくれない気がした。だが彼の母親が駆け寄り、泣きながら肩を抱いた。

 「違う、ゆうちゃんのせいじゃない……!」


 その温もりさえ、祐一には苦痛だった。もし自分がもっと早く、もっと強く、何かをできていたなら。弟を救えなかったあの日と、今が重なり合っていく。


 場面は病室へと移る。

 白いカーテンの隙間から夜の街灯が差し込み、モニターの電子音だけが規則正しく響いていた。茉奈はベッドに横たわり、静かな呼吸を繰り返す。

 祐一はその枕元に座り、震える手で彼女の指を握った。

 「茉奈……頼むから……」

 声は涙で途切れ、言葉の形を成さない。


 その背に、克己が静かに立っていた。彼は長い時間何も言わなかったが、やがてぽつりと口を開く。

 「……祐一、お前が泣くのは悪いことじゃない」

 その一言で祐一の張り詰めていた糸は切れ、抑えていた嗚咽があふれた。祐一は子どものように克己の胸にすがり、涙を流し続けた。克己は何も言わず、その肩を黙って支えた。


 だが、そんな二人をあざ笑うかのように、モニターの音が一瞬乱れた。祐一が振り返ると、茉奈のまぶたがわずかに震えたように見えた。

 「茉奈……!」

 期待と恐怖が胸をかき乱す。しかし次の瞬間には、彼女は再び眠るように沈黙する。


 その夜、祐一は病室で暴れ出した。ベッドのシーツを掴み、壁に拳を叩きつけ、どうしようもない怒りと絶望を吐き出す。看護師が慌てて飛び込んできたが、克己が彼を押さえ込み、耳元で低く囁いた。

 「落ち着け。ここでお前が壊れたら、茉奈は帰ってこない」

 その声に、祐一は力なく崩れ落ちた。


 やがて深夜、帰宅を促される。病院を出ると、夜の空気は妙に澄んでいた。克己の母が迎えに来た車に二人は乗り込む。窓の外には高層ビルの灯りが流れ、都会の夜景が走馬灯のように過ぎ去っていく。


 祐一は窓にもたれ、かすれた声で呟いた。

 「……悔しい……」

 拳を握る。何に対して悔しいのか、自分でもわからない。ただ、無力なまま泣き崩れるしかなかった自分に、どうしようもない怒りが渦巻いていた。


 その言葉が、確かに夜の闇に刻まれた。

 物語はまだ始まったばかりだった。


週一で投稿できたらいいかも

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